第5話 俺が悪かったから許してくれー!
「はぁ……はぁっ……! ここまで逃げれば大丈夫だろ……!」
お茶会会場から逃げ出し、控室のドアにカギをかけた俺は、ソファーに倒れ込んだ。
「なんなんだよアイツら! 『靴下を放置するズボラ女です』って言ったのに『僕が拾う!』とか意味わかんねえだろ! 恋は盲目にも程があるだろ!」
冷や汗を拭いながら荒い息を吐いていた、その時だった。
――ガチャリ。
「……ミーナ?」
合鍵を使ってドアを開け、部屋に入ってきたのは元妻だった。
「お姉様……! た、助けて! みんなの頭がおかしくなって……」
「ちょっと待って」
元妻は部屋に入るなり、じっと床を見つめて足を止めた。
その視線の先にあるのは――俺がパニックになって脱ぎ捨てた、丸まったままのストッキングだった。
「……ミーナ」
「は、はい……?」
「あんた、さっき会場で『脱いだ靴下を丸めて放置する』『トイレットペーパーの芯を替えない』って、自分のズボラさをアピールしてたわね?」
「えっ? あ、いや、それは奴らを追い払うためのウソというか……」
「ウソじゃないわよね。あんた、前世でも全く同じことやって私に毎日怒られてたもの」
ギクッ!!
「シャンプーの詰め替えがすぐ横にあっても絶対に詰め替えずに『なくなったよ』と言ってくるだけ。ちょっと熱が出た(37.1℃)だけで『俺もうダメかも…』と世界の終わりのように大騒ぎして寝込むくせに、こっちが38度あっても家事させようとする。『これどこにある?』って目の前にあるものを自分で探さず聞いてくる。ゴミ出しを手伝ってと言っても、『俺朝忙しいから』と言い訳する……」
「いやそれはほんとに忙しっていえいえなんでもないですなんのことやらさっぱりですわおほほほ」
慌てて誤魔化すも、元妻の目が、スーッと冷たく細められていく。
「……私のティーカップの下に挟まれていた、あの汚い丸文字の手紙。『次の恋なんてさせてたまるか』。……あれ、あんたが書いたんでしょ」
「な、なにを言ってるんですのお姉様! 私は可憐な妹のミーナで――」
「言い逃れは無駄よ。……『元旦那』」
――詰んだ。
全身の毛穴から冷や汗が噴き出す。
イケメンたちを追い払うために暴露した『ズボラ癖』が、皮肉にも長年一緒に暮らした元妻に対する動かぬ証拠になってしまっていたのだ。
「……っ、ちくしょう! バレたら仕方ねえ!!」
俺は開き直り、前世のおっさん口調で叫んだ。
「そうだよ俺だよ! 気づいたら妹になってたんだよ! お前が異世界で新しい男作ろうとしてるから、邪魔しようと思ったんだよ!」
「……はぁー」
元妻は深いため息をつくと、額を押さえて呆れ果てた顔をした。
「ほんっとバカね。イケメンの中に元旦那が潜んでると思って警戒して損したわ。……っていうか、あんたがイケメンたちを遠ざけようとして自爆した結果、全員からプロポーズされてるの、最高に間抜けなんだけど」
元妻は「ふはははっ」と高笑いする。
「笑いごとじゃねえよ! あいつら『ズボラなところも愛おしい』とか言ってきたんだぞ!? 頼むから助けてくれ!!」
「えー、どうしようかしらねえ」
その時、廊下からドタバタと大勢の足音が近づいてきた。
「ミーナ殿! ドアをお開けください! 君の靴下は僕が拾います!」
「私ならトイレットペーパーの補充も完璧にしてみせる!」
「ひぃっ……! 来た!! 助けて!」
恐怖でパニックになる俺を横目に、元妻は優雅にテーブルの紅茶を一口すすると、ニッコリと極上のドSな笑顔を浮かべた。
「嫌よ。前世で私をワンオペさせて放置した報いを受けなさい。……ほら、愛しのイケメン貴族様たちが迎えに来たわよ?」
「お前……! 鬼! 悪魔!!」
「ミーナ殿ーーーっ!!」
「くそっ!! 覚えてろよーーーっ!!」
俺はドレスの裾を高く持ち上げると、窓枠をまたぎ、外に逃げ出しそうとした。
「みなさん! 妹は庭に出ます! どうか、私の変わりに追いかけてください!」
「おまっ! なんでバラすんだよ!」
「ふんっ。せいぜいイケメンたちに甘やかされて、改心することね」
「わ、悪かったから! 許してくれ!」
「嫌よ。神様がどうしてあんたを妹にしたのか、わかったわ。たしかに私、今のあんたとならものすごく『仲良く』なれそうだもの。神様は、あんたの願いをちゃんと叶えてくれたのよ」
満面の笑みで、元妻は再び紅茶を飲んだ。
「いたぞ!」
「ミーナ殿!」
「ぜひ僕と一緒に!」
「ぎゃあーー!! 俺は男だーー!!」
庭でイケメンたちに追われて悲鳴を上げる俺を、元妻はいい気味だとうれしそうに見物していた。
「さあ。今度こそ、良い人見つけなくちゃね」
おわり。
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