最後のひと口
屋上のドアを開けると、北風が冬の匂いと共に僕を包み込む。
「寒っ!」
巻いてきたマフラーに顔を埋める。
「彼女は今日も来るだろうか……」
こんな寒さの中、わざわざ屋上でお昼ご飯を食べる変わり者はいない。
明日には雪が降るっていうし……。
だから、今日が最後のチャンス。
僕は今日、彼女に告白すると決めていた。
⸻
ギィィ——。
屋上のドアを開けると、外に出るのをためらわせる風の音と冷気が、私の髪を揺らした。
「寒い……」
思わず身体がブルッと震える。
「……彼はもう来てるかな?」
こんな真冬の屋上でお昼ご飯を食べる人なんて、教室に居場所のない人くらいだ。
私と、彼のように……。
空を見上げると、今にも雪が降りそうな曇り空。
「今日しかない……」
私は今日、彼に告白すると決めていた。
⸻
「こ、こんにちは……」
彼女が遠慮がちに挨拶してきた。
「こ、こんにちは……」
ドギマギしながら返す。
来てくれたことが嬉しい半面、これからのことを考えて少し硬くなる。
上手くいけばいい……。
でも、断られたら?
強張る顔をなんとか抑え、平静を装う。
「寒いね……」
「うん」
言葉が上手く出てこない。
もともと僕たちは会話が多い方じゃない。部活でもそうだ。
だから今日も——いつも通り、のはずなのに。
彼女が隣に腰を下ろし、弁当を取り出す。
いつも通り、可愛らしい弁当箱。
彼女が食べ終わったら告白しよう。
僕は緊張と一緒に覚悟を決めた。
⸻
彼はお弁当箱を抱えて、いつもの場所に座っていた。
ドクン——。
心臓が跳ね上がる。
「こ、こんにちは……」
なんとか振り絞って声を出す。
「こ、こんにちは……」
今日の彼は、いつもより顔が強張っていた。
寒いせい……だけじゃない気がする。
「寒いね……」
勇気を出して声を掛ける。
「うん」
彼は寒そうにしながらも、ニコリと笑ってくれた。
同じ部活で、静かな空間で本を読むのが好きな私たち。
会話は多くないけど、ふとした感想を言い合う時間が心地よくて——私はいつの間にか、その時間を楽しみにするようになっていた。
そんな私がお昼を食べる場所を探して偶然屋上に来た日。
さらにひと気のない場所を探して歩いた先で、彼がひとりでお弁当を食べていた。
それから毎日、2人でお昼を食べるようになった。
……それが今日、終わるかもしれない。
暗い気持ちを振り切るように決意する。
お弁当を食べ終える前に告白しよう。
⸻
2人で静かに食べ始める。
彼女はゆっくりと食事をしている。
その時間が今日は、やけに長く感じる。
……早く楽になりたい。
そう思っていたからだろう。
気づけば、僕はとっくに食べ終わっていた。
彼女はといえば、緊張しているのか「最後のひと口」だけ残して箸が止まっている。
もちろんその間、会話はゼロ。
……情けなさに頭を抱えたくなる。
そして、そのひと口が終われば……。
⸻
彼は黙々と食べている。
会話は今日はほとんどない。
私は緊張で言葉を忘れてしまっていた。
彼も私のただならぬ雰囲気に気づいているのか、静かに食事を続けていた。
気づけば彼は既に食べ終わっていた。
心拍数がさらに跳ね上がる。
食べ終える前に告白しなきゃ……でも、怖い。
私は心を守るために、「最後のひと口」がどうしても進まなかった。
頭では分かっているのに、この寒空の中待たせるのが申し訳なくて……でも、箸は動かない。
⸻
バサッ——。
僕と彼女の間に、何かが降ってきた。
見ると、一羽のカラスが何かを咥えて立っていた。
「あ……」
彼女が息を呑む。
弁当箱を見ると、彼女が残していた“最後のひと口”がなくなっていた。
バサッ。
呆然とする僕たちをよそに、カラスは彼女のひと口を咥えたまま飛び去っていく。
……これ、食べ終わったってことになるよな?
顔に一気に血が昇る。
⸻
私は泣きそうだった。
勇気が出ないまま、彼を待たせてしまっていたから……。
そんな時、私と彼の間に何かが飛んで来た。
ガサッ。
カラス?
お弁当箱を見ると、あれほど躊躇っていた“最後のひと口”がなくなっていた。
カラスは私を見て、ふてぶてしい顔つきをしたまま飛び去っていく。
これは……私、まだ食事中ってことにならない?
そう思った瞬間、胸の中で何かが弾けた。
⸻
「「あの!」」
2人の声が重なった瞬間——
雪が、ひとひら落ちてきた。




