恋人たちの声を映す“鏡の教室”
暖かい日差しと、どこかにまだ隠れている冬の風が合わさる桜色の似合う季節。
私たち演劇部は新入部員獲得のため最後の練習をしていた。
私たちの出し物は毎年決まっている。
演劇部伝統の舞台だ。
何故この演目が選ばれ続けているのかは分からない。
ただこの舞台には面白い云われがある。
ある小道具のスカーフを巻かれる者と巻いた者は必ず結ばれる。
そんな都市伝説だ。
けど、これは都市伝説なんかじゃない。
去年も一昨年もその役をやった2人舞台をきっかけに恋人同士になった。
けど私はその理由を知っている。
これは出来レースなのだ。
最初から両想いだと思われる2人をその役に配置する。
だからこの舞台でそっと2人の背中を押して、カップルにしてしまう。
それがこの都市伝説の正体だ。
きっと新入部員獲得のための宣伝として上手く利用しているだと思う……。
そして今年は私と彼がその役に選ばれた。
確かに私は彼に好意を持っていた。
その事に気を使った私の親友の演出家がこの配役にしてくれた。
彼も選ばれているのだから、きっと彼も……。
そんな淡い期待と恥ずかしさを胸に私は台本を手にする。
※
「これ、もうボロボロだね……」
小道具のスカーフを手に親友が苦笑いを浮かべる。
スカーフは薄汚れ、所々破れていた。
確かにこれを首に巻くのはちょっと躊躇われる。
「し、仕方ないよ。伝統だし……」
私の声はちょっとだけ大きくなった。
「はいはい、わかった、わかった」
とニヤニヤしながら私の肩を叩く。
私は恥ずかしさで顔から火が出そうだった。
※
舞台の練習が始まる。
照明が照らされ。
舞台の真ん中で私と彼は向き合う。
彼はポケットから例のスカーフを取り出す……はずだった。
「え……」
彼のポケットから何も出てこない。
彼の手にも何も握られていなかった。
彼はスカーフを広げ、私にスカーフを巻く仕草をする。
けど私の首には何も巻かれていない。
その光景を見ていた部員たちが騒つく。
(これって……私の事好きじゃないってこと?)
私は涙が出そうになるのを必死に堪える。
彼はそのまま演技を続けていた。
私は彼の姿をまともに見れなくなっていた。
※
練習が終わり私は静かに校門を出る。
親友が私を謝り励ましてくれる。
私はただ頷く事しか出来なかった。
※
翌朝、私は誰よりも早く登校してしまった。
昨日の夜は眠れなかったからだ。
教室に寄らずにそのまま部室に行く。
「嫌だなぁ」
舞台の事を考え、思わず声が出る。
部室のドアを開けると正面にある姿見に自分の姿が映る。
(なんて顔してるんだろう)
鏡に映っていた私の姿は泣きじゃくっているように見える。
「もう辞めたい……」
そんな声が聞こえた気がした。
ガタッ!
「!?」
部室から物音がした。
見ると彼が驚いた様子で私を見ていた。
「お、おはよう!
随分来るの早くない?」
彼は慌てた様子でしどろもどろに挨拶してくる。
「……おはよう。そっちこそ随分早いね。何をしていたの?」
私は気まずさを隠して挨拶を返す。
「い、いや、ちょっとね。
だ、台本の読み直しとか……」
見るからに怪しい……。
明らかに目が泳いでいた。
私は彼が後ろに回した手に何かを隠している事に気がついた。
そして後ろに回した手はしっかり鏡に映っていた。
「あ……」
そこには綺麗に直された例のスカーフが握られていた。
「な、何でもないよ!本当に!」
彼は全く気がついていない。
私は何だか無性におかしくなった。
「分かった。邪魔しちゃ悪いから私は教室に行くね!」
私は優しく微笑む。
「ああ、また後でな!」
そう言って私は部室を後にした。
あの時鏡に映っていたのはスカーフじゃなかった。
映っていたのは私たちの未来だった。
そして演劇部に伝わる都市伝説は来年も続くのだろうな……。




