Episode. 31 - 協力
......けれど、そう決意したとて、まだ大きな障壁が二つもある。
一つ目が、いくら無意識中の彼が覚えていようと、この夢の中には彼自身が動かす『蔓見穂月』が存在する。そちらはやはり何も覚えていないのだろう。そこからどうやって記憶を引っ張り出してくるかという問題。
そして、二つ目が。
『関係が希薄だし、会話は私が回すことが多いし......もう少し、二人きりで話す機会を作るべきなのかなあ、なんて』
先ほど双葉ちゃんから紡がれた言葉が脳裏に浮かぶ。これは、私自身の問題だった。
今回の一件、全部が全部私のせいではないかもしれない。だけれど、やはり原因の一端を担っていることに違いは無いだろう。
そして、その中でも悪かったのが、彼とちゃんと向き合わずにいたこと。夢の提供につられて穂月くんとの約束を交わした私だったが、『友達以上恋人未満』という交換条件で私が提供したのは、色んな夢から引っ張ってきた人間のモンタージュ。それも、ぼんやりとした、どこをとっても平均以下な人間の演技。
今思えば、彼がそんなもののどこに双葉ちゃんを重ねたのか分からないが、何にせよ、それは良くなかった。もし、もっと彼と話し合って、彼のことを、双葉ちゃんのことを理解していれば、もっと未練の解消が早く終わり、こんなことにならずに済んだかもしれない。
でも、私にはそれができなかった。ほんのりと頭に浮かんではいたのだが、私が思う『明るい人間』をでたらめに演じることで精一杯で、他のことなんてできそうもなかったから。
そして、それは今も何も変わっていない。私の中にはまだ、私がいない。また、人との関わり方もまともに知らないのだ。それを知らなければ、もし彼を引き連れて現実に返ることができたとしても、このままじゃあまた同じようなことが起こってしまいかねない。
そして何よりも、私がそんな後ろ向きのままでは、穂月くんに『帰っておいで』なんて、言えやしないだろう。
彼の意識を変えたいのならば、まず、私から変わらなければならない。
そのために、私がやらなければならないことは.........
「......私は、嫌じゃないよ」
「え?」
「蔓見君と話すのも、嫌いじゃない——いや、むしろ、好きだから」
「ん~、何々? もしかして穂月のこと気になったりしてる?」
にまにまと笑みを浮かべる双葉ちゃん。なんというか、こういうところは普段通りなんだなあ、と、内心苦笑する。
まあ、それはいいや。
それよりも、彼女が口にした言葉の方が私の頭で引っかかっていた。穂月くんのことが、気になる? それって、あれだよね。俗に言う、『好き』ってやつ。
そういえば、散々こんな役回りをしていたにもかかわらず、今までそんなことは一切考えてこなかった。これに関しては逃げていたわけでもなく、本当に頭の片隅にも浮かんでいなかったのだ。
でも、一から彼のことを、そして私のことを知ろうとしている今、そういう感情にもちゃんとけじめをつけておいた方がいいのだろう。
私は、穂月くんのことが好き? .........何だろうか、その自問は、あまりしっくりこない。恋情というものをちゃんと理解していないというのもあるかもしれないが、彼に対する感情は、もう少し違うもののような気がする。強いて文字にするとすれば、依存。はたしてそこに好意はあるのだろうか?
でも、彼女の言葉に対して、完全なる否定はできなかった。
「違う——と、思う。多分」
「なんでそんなに曖昧なのさ」
冗談で言っていたであろう双葉ちゃんは、そんな私の返答に困惑の表情を浮かべていた。
「そういうの、よく分からないんだよね。これまで人を好きになったことって、なかったから」
「ふうん......でもまあ、みんなそんなもんだと思うけどね。明確に『この人が好きだ』ってなることの方が珍しいんじゃない?」
「そ、そうなの?」
「まあ、そう改まって聞かれてもちょっと困るけど、少なくとも私はそうかな」
「へえ、なるほど......」
と相槌を打ってみるものの、正直よく分からない。まあ、それに関しては今すぐに結論を出さなければいけないことでもあるまい。
「そ、それはともかくとして。私は蔓見くんと話すのも好きだし、二人の力にもなりたいと思ってる」
その後すぐに「でも」と逆接するが、更なる続きを紡ぐには少しの時間を要した。たとえ相手が実在しなくとも、自分の恥部を晒すのは、些か勇気がいるもので。
「実は私、元々人と関わるのが苦手で、ずっと逃げてたせいで関わり方が分からなくて、たまに他人と接するときも人の真似ばかりしてしまうものだから『自分』がなくて、そんなだからコミュニケーションが下手で......」
ああ、駄目だ。この期に及んで言いたいことがちゃんと整理できていない。もういいや。とりあえず言わないといけないことだけはっきりと言おう。
「だからさ、双葉ちゃん。私に『私』と、蔓見くんと、双葉ちゃんについてのことを教えてくれないかな」
それは、普通の人間が十数年かけてようやっと形成できるものだ。普通でない私が、あまつさえ一日二日でどうにかできる問題でないことくらいは理解している。しかし、たとえその全てが解決できなくとも、きっかけが掴めれば何かが変わるかもしれない。あるいは、穂月くんや双葉ちゃんを形成する芯と向き合うだけでも変化があるだろう。
それくらい、今の私には何も無いのだから。
すると、そんな私の言葉を受け、彼女は一瞬困惑したような表情を浮かべるも、すぐにそれを崩しふっと柔らかく笑む。
「なんだか難しいこと言われてる気がするなあ。......でもまあ、私にできることがあるなら手伝わせて。きっと、望実ちゃんが変わればあいつも少しは変わろうとするだろうからさ」
正直、何をどうすれば解決の方向に向かって行けるのか、私自身も分かっていない。
でも、どこかで自分を知るためには他者と話すといいと聞いたこともあるし、そういう点で考えれば、双葉ちゃんはこれ以上ないくらいに頼もしい存在だった。
「ありがとう、双葉ちゃん」
そうして、自分探しの旅が始まるのであった。




