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涙の夜のカフェテリア─王都に灯る優しい光─  作者: 石田空


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そして夜に灯る優しい光

 仕事終わり、私は二階の居住スペースに戻ると、魔法石を窓辺に並べて月の光を当てつつ、使える魔法石で夕食に取っておいた豆のスープとサラミをいただきつつ、レイモンさんからもらった草稿を捲っていた。

 草稿に付けられていたタイトルは【涙の夜のカフェテリア】と書かれている。


「……これ」


 内容はコメディであり、出てくるパティシエがとにかくいろんな拾いものをしてくる。

 迷子を拾ってきてはお菓子をあげ、倒れている旅人を拾ってきてはスープを飲ませる。駆け落ちカップルも魔女も訪問者も魔族の血族も、とにかくなんでも拾ってきては騒ぎを起こすものの、出てくるお菓子や食べ物の数々で出てくる人々を幸せにしてしまい、騒ぎ立てた人々も、拾ってきた人々も幸せにしてしまうというものだった。

 そして出てくるパティシエだけれど。どこをどう読んでも私に見えるのだ。


「……レイモンさん、私のことこう見えてるってことなのかな」


 私、この主人公みたいに底なしのお人好しでもないけどなあ。

 思わず笑いながらも、最後に少しだけホコホコした気分になりながら、ひとまず眠りにつくことにした。明日にでも、レイモンさんに草稿の感想を伝えようと思いながら。


****


 夜カフェがあちこちに展開されてからというもの、不思議なことが起こった。

 前よりも騎士団の人の休憩が増えたことにより、自然と見回りになって、観光地区の治安がぐんとよくなったのだ。

 そのおかげか、女性ひとりでアパートメントを借りるケースも増えていき、カフェだけでなく、サロンドテの数も増えていった。だからと言って飲み屋や酒を取り扱うカフェが減った訳ではなくて、それぞれの競合が活発になっていった。


「まあ、楽しいわね。最近は劇を見にわざわざ王都まで越してきてくれたお客様とかいるもの」


 そう言って、今日もスカーフと帽子で完全防備しながら、こっそりと食事に来たソフィさんが教えてくれた。本当にお腹を空かしていたらしく、チーズリゾットを勢いよくいただき、デザートに取っていたクレームブリュレもスプーンでキャラメリゼを叩きながらおいしくいただいていた。


「そうなんですか……元々私がせっかく治安がいい場所なんだから、もっと女性がひとりで夜にカフェに入れればいいなくらいだったんですけど」

「ええ。ええ。あなたの思いつきで救われた人って結構いると思うのよ。そこはあなたが誇ってもいいところじゃないかしら」


 それに私は思わず笑った。自分はそんなこと考えたことなかったんだけどな。

 そういえば。私は「レイモンさんから草稿借りたんですけど」と言うと、ソフィさんは「あら」と口元に手を当てた。


「すごく面白かったんで、感想伝えたいんですけど、レイモンさん今日はいらっしゃいませんね?」

「あらあらあらあら……まあまあまあ」


 ソフィさんが変な反応をするのに、私は訝しがった。


「あ、あの……?」

「あの変人、まだ書きかけの原稿を人に読ませることなんて滅多にないのに。まあまあまあ……」

「ええっとですね、ソフィさん。それは多分勘違いだと思いますよ。だって、この草稿の登場人物のモデル、私ですし」

「あらあらあら、まあまあまあ」

「ですからソフィさん? ソフィさん? その変な態度はやめましょう?」

「だってサエ、レイモンってば気難しいし、文句があったら舞台監督だろうが主演だろうがすぐに喧嘩腰になるのよ? そんな喧嘩っ早いレイモンが、他人の話から着想を得て書き上げることはかなりあるけれど、他人をモデルに使うことなんて滅多にないのよ? だってすぐ喧嘩するんですから」

「……そうだったんですか?」

「ええ。ねえ、その草稿どうだった? よかった? 面白かった?」

「そうですね。すごくコメディだったんですけど、本当に面白かったんですよ。明るくって楽しくって」

「ええ、ええ」


 それにソフィさんはにこやかに微笑んだ。


「それ、相当いい話なんだと思うわ。多分その舞台、わたくしが主演をすると思うから、そのときにはよろしくね?」

「ええっと……はい。わかりました」


 そう言っている間に、彼女は食事を終え、会計を済ませたのだった。


****


 次の夜カフェの日。

 生のラズベリーが手に入るようになってからというもの、ラズベリーを使ったお菓子が飛ぶように売れていく。

 特に人気なのは、ラズベリーのショートケーキだ。この時期じゃなかったら食べられないせいか、ラズベリーのムースとビスキュイ生地を挟み、生のラズベリーを飾るそれをコーヒーと一緒に頼む人が本当に多いのだ。


「ラズベリーのタルトとホットミルク」

「はい」

「あとラズベリーのムースとコーヒー」

「はあい」


 昼間からたくさんつくっていたというのに、そろそろ完売しそうだ。ケーキだってあとひと切れだし、皆そんなにラズベリー好きなのかなと感心していたところで、アベルくんが言った。


「あとあんたがずっと感想言いたいって言ってる作家来てる」

「あら、ありがとう」

「そのラズベリーのショートケーキとコーヒー、自分で持っていけ」


 アベルくんにそう言われた。

 店長はコーヒー豆を少し蒸らしながらちらりと私を見た。


「なんだ、なんかこの間やけに分厚い紙束もらってたが」

「もらってないです。草稿読ませてもらってただけです。それじゃあ、ちょっと行ってきますね」

「おうおう行ってこい」

「はあい」


 私はラズベリーのショートケーキと店長が淹れてくれたコーヒーを携えて、レイモンさんのテーブルにまで届けに行った。


「お待たせしました。ラズベリーのショートケーキにコーヒーになります」

「ああ、ありがとう」

「それと。私読ませてもらいました。あの草稿」

「どうだった?」


 レイモンさんにじぃーっと見つめられる。

 私は「ええっとですね」と言った。


「すごく面白かったです。いつも明るくファンタジックな話を書いている人って印象だったんで、こんなコメディも書ける人だったんだなと思いました」

「そりゃな。仕事にも書くものにもよる」

「それとですね。あの主人公のモデルって私だったんでしょうか?」


 レイモンさんは私の話を聞きながら、フォークでサクッとショートケーキを切ると、ひと口分食べる。そしてコーヒーを口に含んだ。


「……美味いな、やっぱり季節のラズベリーは心にいい」

「とーぼーけーなーいーでーくーだーさーいー」

「……一応確認するが、嫌だったか?」

「いや、それは全然。むしろよく書かれ過ぎだと思いました。私そこまでお人好しじゃありませんし」

「それはどの口が言うのかね」


 レイモンさんはげんなりとしたように肩を竦めながら続けた。


「単純に君は面白い人間だからな。夜カフェなる君の国にあった文化を持ち込んできたこともそうだが、王都だとあまりないような考え方だったり、気質だったりを持ち込んでくる。その面白い人間を書いてみたいと思っただけだ」

「……なんかレイモンさん、無茶苦茶言いますね?」

「褒めてるつもりだが、不愉快にさせたなら謝る」

「いや、さすがにこれをけなされてると取るほど性格は悪くありません」

「そうか」


 思えば、騎士さんといい店長といいドナさんといい、いろんな人にお世話になったものの、なんだかんだ言って一番お世話になっているのはレイモンさんなような気がする。

 王都での常識が私にはとにかく足りないし、ここに流れている緩やかな偏見ってものを知ったのもこの人のおかげだった。


「私もレイモンさんにはお世話になっていると思っているんですよ」

「ふむ?」

「いや。私もお菓子さえ焼ければ本当にそれだけでよかったんですけど。それだけでは生きていられないじゃないですか。だからレイモンさんに会えて、いろいろ教えてもらえてよかったと思ったんです」

「私は私の知っていることしか教えた覚えがないが」

「それで充分です。多分、それが必要なことだと思いますから」


 疲れている人や困っている人、ひとりな人。

 そんな人たちが休める場所がつくりたかった。

 多分そんな人たちのためにつくった居場所が、私が今ここで生きている理由になれたんだ。

 きっと外では差別だって、偏見だって、いろんな悲しいことがあるけれど。

 せめてこの店の中でだけはそんなものからひと休みできる場所であってほしい。

 きっとそれが、私がこの王都で生きていく理由になるのだから。


<了>

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