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少し心が晴れて

 競合店一号が出来てからというもの、ポツンポツンと他の夜カフェもできるようになった。

 驚くことに、どこもかしこもうちの店とはコンセプトが絶妙にずれているおかげで、丸被りすることがない。

 夜だからとお酒を強く使ったお菓子を提供する店もあれば。飲み会の締めに甘い物を提供する店。夜で客数をある程度絞れるからと、昼間に出すにはやや実験的過ぎるお菓子を出す店まで、とにかくバリエーションが豊富だった。

 どの店にも通わせてもらい、私はドナさんとお菓子を堪能していた。


「おいしい……! これだけ濃いワインの酒気を残したケーキってどうなのかと思いましたけど、ワインの風味をここまで生かしたケーキになるなんて思いませんでした!」

「驚きましたねえ……貴腐ワインの味わいをそのままにケーキにできるなんて、思いもしませんでした」


 ケーキにしっとりとワインを染み込ませ、クリームにもワインの香りを移して葡萄のコンフィチュールを加えている。口の中が貴腐ワインの味と香りでいっぱいになるけれど……これ本当に少し間違えたらワインの香りがきつ過ぎるし、そもそもクリームが分離してしまうのにどうやってつくってるのかさっぱりわからない。


「これどうやって分離させずに貴腐ワインのクリームつくったんですか?」

「さすがにこれは企業秘密ですので。でもお楽しみいただけまして満足です」


 店長さんはにこやかに言ってくれた。

 後日うちの店長に「これどうやったんだと思います?」と聞いてみたものの、店長はあっさりと「魔法石を応用させて、分離するしないのギリギリのタイミングを見計らったんだろう」と答えられた。どうも魔法の心得がある人だったら、あのケーキがつくれるらしいけれど、どの魔法石を使って混ぜたかがわからない。魔動ハンドミキサーはあるけれど、多分あれだけじゃ説明つかないもんなあと、企業秘密が過ぎるクリームに頭を抱えてしまった。

 一方飲み歩きの締めの甘いものを出すというコンセプトの店も様々だ。

 ある場所で驚いたのは、ちゃっかりと魔女と契約してフレッシュハーブをふんだんに使ったケーキを提供している店だ。ひと口食べるとかなりさっぱりする。カスタードを挟んだパイだけれど、クリームにハーブを加えることで軽い味わいになって、たしかに酔い覚ましや締めにちょうどいいのだ。


「魔女さんたちと契約したんですねえ……」

「むしろ【ルミエール】さんには感謝してるんですが。我々だって魔女ともっと交流したかったにもかかわらず、なかなかさせてもらえませんでしたから」

「ああ……」


 私がヴァネッサさんと堂々とレシピ開発したことで、まさか他の店の人たちにも影響与えているとは思わなかったなあ。偏見ってなかなかなくならないって思ってたのに、それを乗り越えてなお、いいものつくりたいって人の欲があるんだから、やっぱりすごいものだ。

 そして実験的な店はというと。私は出してもらったケーキを食べて、困っていた。


「……このクリーム……これ生クリームでもバタークリームでもないですよね。これなんでしょう……」

「レバーのパテです」

「……なんでこれでケーキつくっちゃったんですか!?」

「新鮮な卵欲しくって鶏飼っていたら、だんだん鶏本体でもなにかつくりたくなったんですよ」


 ……一応、肉を使ったデザートというものは私の国にも存在はしたけれど、ケーキって存外に保守的なメニューが持て囃され、なかなか思い切った味のものが流行らない。果物とチョコレート、バターに生クリームと、既にお菓子として認知されているものだったら意外とどんな調理方法でもすんなりと受け入れられるものの、レバーについては香りは全部ハーブとスパイスで消し飛ばされているから嫌なにおいとかもないけれど、なかなか頭では受け入れられなくって困っている。


「レバーのパテとしてはほんっとうにおいしいんですけど、頭ではなかなかデザートと結びつかないと言いますか……すみません」

「ああ、わかります! これ本当に見た目とかもすごいですよね。でも卵も鶏ですし、このレバーも鶏ですし、どこかで絶対にケーキにできる素養はあると思うんです。自分はそれを目指しています」


 この人はどこに行こうとしているんだろう。いや、本当にレバーのパテとしては既に完成されているのに、これをケーキにしてしまっていいんだろうか。ケークサレ……甘くないケーキ……にするんじゃ駄目なんだろうか。

 私はどう引き止めるべきかと悩んでしまった。


****


 あれだけ夜カフェが並んだんだから、うちに来るお客様はもっと減るかと思っていたのに。


「……なんだか……客増えてないか?」


 アベルくんはげんなりとした顔をしていた。癖毛が疲れでへしゃげてしまっているのに、私は慌てて「ごめんね。あとで賄い奮発するから!」と返すと、アベルくんはへしゃげた頭のまま返す。


「いや……賄い奮発ってなんなんだよ……」


 店長はわかっていたような顔で、コーヒーを淹れている。


「まあ、こうなるだろうなあとは思ってたがな」

「どういうことですかあ……他に夜カフェの店が増えたら、うちの店ももうちょっと楽になるかと思いましたのに……いや、競合店にお客様取られるのは悲しいですけど、王都の治安がよくなるなら、それでいいかなと……」

「そりゃなあ。むしろ夜カフェが増えたことで、夜に人の外出が増える」

「……バーとか他にも店あるじゃないですか」

「だがサエの見立て通り、夜に酒を飲まなくてもいいと気付いた人間が存外にいたって話だよ。たとえば騎士なんかは、勤務中の休憩時間に酒場に行けないだろ」

「……そういえば」


 たしかに、騎士さんたちが夜カフェによく来るのだ。あれはてっきり今日の仕事が終わったのかと思っていたけれど、夜間勤務の見張りの騎士さんたちが休憩時間に来てるんだったら話は変わってくる。

 ……いくらなんでも、見張りや見回りの騎士さんが酒飲んでたら、仕事にならないもんね。そういう需要にたまたまとはいえど、夜カフェが一致してしまったんだ。コーヒーだって、眠さを抑えるって特性があるから、騎士さんたちの夜間勤務にもちょうどよかったんだろうし。

 店長は続けた。


「あとイヴェットみたいな、暇を持て余している隠居だな」

「私、貴族夫人や商家の奥様方が夜にカフェに来るのはさすがに想定してなかったんですけど」

「まずひとりでカフェでお菓子やコーヒーを楽しむっていうのは、うちの国になかなかない文化だったからな。魔女とか警戒されてしまうから」

「……レイモンさんとか、普通に仕事してたじゃないですか」

「あれだけ職業がわかりやすかったら、誰もあれを魔女だとは思わないだろうが。サエからしてみれば、夜に下戸が楽しめる店があればいいくらいのものだったんだろうが、存外にいろんなものから解放された人が出たって話だよ。ほら、コーヒーができた。アベルに持ってけと言え」

「はあい。アベルくん、これ三番の人のコーヒー。あとこれ、三番の人の注文したモンブラン」

「はい」


 アベルくんが持っていってくれたモンブランとコーヒーの組み合わせを眺めながら、私はしんみりとしてしまった。

 私からしてみれば、せっかく治安がいいんだから、治安がいいなりに夜カフェがあったらいいのにと思っただけだった。あと単純に、私は夜に甘い物を食べるならアルコールを入れたくなかっただけ。

 そうこうしている間に、アベルくんが戻ってきた。


「次、四番のテーブルにショコラトル」

「はあい」


 小鍋に火をかけ、ミルクと刻んだチョコレートを入れてじっくりと煮溶かす。香りを強調させるために、ほんのわずかだけ黒胡椒を加え、艶が出るまで木べらでよく混ぜる。アベルくんは他のお客様の食器を下げているのを見て、私がお客様に出しに行く。

 そこに座っていたのは、今日はタイプライターを片付けていたレイモンさんだった。


「お待たせしました。ショコラトルになります」

「……ずいぶんと客層のバラエティーが増えたな」

「はい? そうですか?」


 私は珍しくお菓子を食べずにショコラトルだけ取り、それを飲みながらお客様の様子を眺めているレイモンさんをキョトンと見つめた。

 ひと口ショコラトルを口にしながら「ふむ」と言う。


「一時期はどうなるかと思っていたが。魔女はいるし、魔物の血族はいるし……だが舞台女優は常連になる、騎士や王城勤めが通うで、存外に安全だと判断した客層がそのまま常連になったのは大きいな」

「まあ……そうですね。一時期はどうなるかなと思っていましたけど、割と落ち着きましたよ、はい」

「君は存外に人たらしか?」


 そうレイモンさんに言われて、私は思いっきり首を横に振った。


「いいえ、とんでもない。ただ、運がよかっただけです。皆さん親切でしたし、右も左もわからない中、皆がいろいろ教えてくれましたから。私がこうやって王都で元気にお菓子をつくれているのも、皆さんのおかげですから」

「そうか。あんまり謙遜するのもよろしくないとは思うが。ああ、そうだ」


 そう言いながらレイモンさんは、鞄からなにやら取り出すと、私に差し出してきた。それは紙束だった。


「あの……これは……?」

「まだ草稿途中の脚本だ。次はコメディ作品を依頼されて書いているものだから、読んでほしいんだが」

「あのう、私。最近になってようやく単語は読めるようになったくらいで、長文は結構時間かかってしまうんですが大丈夫ですか?」

「君は大丈夫だろ」


 私はその紙束を受け取りながら「これいつお返しすればいいですか?」と尋ねた。


「次に自分が【ルミエール】に来たときにでも」

「……次の夜カフェ時ですね。わかりました。お待ちしております」


 私は渡された草稿に、ただただ首を傾げていた。

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