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涙の夜のカフェテリア─王都に灯る優しい光─  作者: 石田空


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競合店の見学

 その日、私は店長と一緒に焼き菓子を焼いていた。

 最近は市場にもラズベリーが出回るようになり、ラズベリーを使ったケーキやタルトを焼けるようになった。果物はコンフィチュールもコンポートもおいしいけど、やっぱり生で食べたいもんねえ。

 ラズベリーのタルトの準備をしている中、「そういえば」と店長は口を開いた。


「前にも言っていた夜カフェの店、とうとう二号店ができるらしい」

「はい? そうなんですね。どんな店ですか?」

「うん。なんでもソルベメインだと」

「ソルベですかあ……」


 ソルベはシャーベット。たしか私の国でも、夜に飲み会の締めにアイスを食べようみたいなコンセプトの元、夜アイスの店が繁盛していたように思う。

 たしかにアルコールでカラカラに乾いた脱水気味の火照った体に、ソルベの冷たいひんやりとした食感はたまらないものだろうけれど。でも。

 この国、夜は結構寒いけど大丈夫なのかなと、勝手に心配になった。


「夜カフェにソルベって寒くないですか? うちは基本的に夜にコーヒーと一緒にお菓子を食べるってコンセプトですから、案外寒くはないんですけど」


 アイスだもんなあ。ソルベだもんなあ。大丈夫なのかな。

 その辺りは店長も思ったらしく「そうだなあ」と頷いた。


「まあ、その辺はいろいろ考えてるんだろうさ。なんだったら、見学に行けばいい。どうせあと三日はうちも夜カフェ開いてないんだから、その店のほうを」

「いいんですかねえ。行ってもいいんですかねえ」

「そもそもお前さんは夜カフェを王都に流行らせようとしている立役者だろうが。もうちょっと自信を持て。まあ……誰か誘って行けよ。さすがに女を襲う客はいなくても、酔っ払いやらなんやらは普通にいるからな」

「わかりましたぁ」


 さすがに何でも屋さんだからって、七日に一度アベルくん雇っているのに、それに加えて偵察まで依頼するのもよろしくないし。

 ドナさんかレイモンさんか、その辺りの人に頼んでみよう。


****


「ソルベですか。楽しみですねえ」


 その日、半休で珍しくカフェテリア時間にやってきて、ホットサンドを頼んでいたドナさんに見学の話を持ち込んだら、それはそれはもう、あっさりと了承された。

 私は何気なく聞いてみる。


「でも私、正直驚きました。生の果物って、この国だと旬以外になかなか手に入らないじゃないですか。その中でソルベってどうやってつくってるのかなと」

「おや? サエさんの国だったら、ソルベの材料は……」

「うーん、果物を使ったジュースですかねえ? 所謂専門店では、生の果物を使ったりもしてました。私の国だと、果物を旬以外にも提供する技術が存在してたので」

「ふわあ……! すごいんですねえ! 異世界っていうのは!」


 ドナさんが目をキラキラさせて言うので、私は「ええっと、多分」と返す。

 冷蔵庫があるおかげで、生クリームもバタークリームも普通に提供できるとはいえど、生の果物は旬以外だったら出回らない以上、なかなか難しいんだけれど。

 それにはドナさんが教えてくれた。


「ジュースならば、各地から持ち運びできますから。冷蔵庫もありますし」

「あー……なるほど。生の果物だと持ち運びが難しくっても、魔法石で冷やしてジュースにするなら持ち運べる……とかですかね?」

「そうですねえ。生の果物を各地から流通する方法っていうものが、まだまだ確立されていないんですけど、その辺サエさんの国はどうだったんですか?」


 さすがに私も流通についてはそこまで詳しくはないぞ。そう思いながらも、一応は言う。


「……馬車よりも速い乗り物がありましたけど、それでも皮の薄くて傷みやすい果物は自産自消以外に方法はありませんでしたね。あとは加工品にするとかしか」

「ほうほう……その辺りはたしかに訪問者の方々がたびたびおっしゃっていたようですが、なかなか各地を走り回ることのできる丈夫な乗り物ができなくて」

「……馬車以外の乗り物が難しいんですか?」

「というより、道の舗装でしょうかね。馬の場合は蹄に細工をすることで悪路も走れるのですが、悪路に対抗できるような車輪が馬なしで走らせることができなくって」

「なるほど……」


 どうもこの世界でも一応車の開発はされているみたいだけれど、悪路対策できる車輪の開発が道半ばらしい。多分流通が変わったら、果物だけでなく、いろんなものが変わるから、上手くいくといいなあ。

 それはさておき、私たちは待ち合わせをして、早速夜カフェに出かけていった。

【パルフェタムール】……それが今回出かける店の名前だ。

 てっきりテイクアウトの店かと思っていたけれど、普通に店内でも食べられるようになっているようだった。

 店のメニューを見て、私は「なるほど……」と声を上げた。


「どうされましたか?」

「お腹壊さないかなあと思ってたんですけど、意外といろいろ考えている店だなあと思って見てました。ここ、ソルベの店っていうよりもパルフェの店ですね」

「パルフェ……ですか?」

「はい」


 パルフェはパフェとも言う。生クリームとアイスクリームにクッキー、ケーキを足したりするあれだ。ここだと生フルーツをたくさんは使えないからどうするんだろうと思っていたけれど。

 お酒をたっぷり染み込ませたケーキを使ったり、無茶苦茶濃いラムレーズンを使ったりと、意外と凝ったものを出しているようだ。

 なによりも。お酒をたっぷりと染み込ませたパルフェなんて、たしかに昼だとなかなか出せない。


「いらっしゃいませ……あら、サエさん?」

「あれ、私のことご存じで?」

「はい。夜カフェ文化をはじめた方だと、以前に何度も何度も伺いましたけど」


 店の店長らしき人は、びっくりするほど存在感のない人だった。

 真っ黒な髪に真っ青な瞳。これだけ特徴あるにもかかわらず、なぜか記憶に残らないというあっさり顔。コックコートを着た彼が夜パフェの店を開いているとは意外だった。


「意外ですね……夜にパルフェの店とは。昼間にパルフェの店でもよろしかったと思いますが」

「いえ。昼間ですと、ここは観劇帰りのお客様が大勢いらっしゃって、なかなか最後まで召し上がっていただけませんから。食べ頃のパルフェが溶けてしまうのは悲しいですし」

「あー……なるほど」


 パフェはできたばかりのを食べるのが一番おいしいもんなあ。

 アイスをアイスのままの内に、生クリームは生きてる内に、ある程度いろんなソースやアイスや生クリームが染み込んでおいしくなったスポンジケーキだって、おいしいんだ。

 でも。観劇帰りのお客様は、とにかくしゃべる。そりゃもう無茶苦茶しゃべる。

 ……アイスも生クリームも溶けてしまい、全部溶けたらスポンジケーキだってシャバシャバになり過ぎておいしくない。


「なるほど、ものすごく理解できました」

「はい。夜カフェと聞いて、夜にそんなに甘いもの食べたい人ってそんなにいるんだろうかとびっくりして、営業中に何度も通いました」


 おかしいな、この人本当に接客した覚えがないぞ。アベルくん来るまでは普通に接客してたし、会計だってしてたのに。店長だけが相手していた訳ではないだろうに。

 ものすごく「記憶にございません……」と頭の中で平謝りしながら店長さんの話の続きを聞く。


「ですけど……たしかに夜に甘いものを食べたくなるタイミングがあるんだなと理解できました。たしかに酒に浸りたいときもありますけれど、酒を飲むとき、大勢でわいわいしてしまいますので、一日をひとりで振り返りたいときに、飲み屋はあまり向いていません。でも【ルミエール】と違うものを選ばないと被ってしまうと思い……」

「それでソルベやパルフェにしたと?」

「はい。うちは実家が農家ですので、ジュースにしたものを送ってもらえますから」


 なるほど。それでうちとはコンセプトが被らないものを選んだと。私はそれで納得してから「それじゃあ……」と考えた。


「このショコラパルフェを。ドナさんはどうしますか?」

「そうですねえ。自分はラムレーズンのアイスを」

「かしこまりました。飲み物はどうされますか?」

「じゃあ私は紅茶をストレートで」

「自分はコーヒーを」

「かしこまりました」


 店長さんはすぐに厨房に入ると、戻ってきて並べてくれた。

 ブラウニーが刺さり、チョコレートアイスとチョコレートソースがかかったそれは、久々のチョコレートパフェだった。生クリームも愛らしい。


「可愛い」

「……すごいですね、匂い」


 一方ドナさんの注文したラムレーズンアイスだけれど。反対側に座る私のほうからでもわかるくらいに、ラムレーズンの匂いが強い。一日漬けてもここまで匂いしないから、最低でも三日は漬けこんだなあ。

 私はその匂いを嗅ぎながら、刺さったブラウニーを一旦受け皿に載せて、スプーンをパフェに入れた。そしてすくってひと口。


「……おいしい」


 この国のチョコレートどうなってるんだろうなあ。とにかく多幸感がすごい。香りが強い上に甘味は意外とあっさり。ソースの甘さとアイスの甘さ、そしてブラウニーの甘さがそれぞれ細かく分けられていて、飽きが来ないようになっている。生クリームに……間に挟んであるソースはアプリコットソース。甘酸っぱさがアクセントになり、より一層チョコレートの甘さが際立つようになっている。

 出された紅茶で冷えた体を温めつつ、夢中で食べていた。

 そしてドナさんはというと。


「これだけ濃いラムレーズンアイスは初めて食べましたけど……これかなりおいしいですねえ」

「ドナさん。これ多分アルコール度数かなり高いと思いますが、大丈夫ですか?」

「平気です。これくらい飲む内には入りませんから」

「それはよかったです」


 もりもり食べながら、私は周りのお客さんたちを盗み見た。

 パルフェがたくさん並んでいるのに戸惑うお客さんたちは多い。夜にパフェってなんだろうとは、夜パフェ文化ができる前の私の国でもあった考えだしね。でも。

 白鳥の形につくられたラングドシャを囓りながら、真っ白なパルフェをうっとりと食べる女の子たち。

 ほろ酔い気分の集団は、酸っぱいソルベを無心で突いている。

 なるほど。たしかにうちの店とはお客さんの種類が分けられそう。ここは完全に締めパフェの雰囲気で来てるから。

 あの人、訪問者じゃなさそうだったのに。昼間のお客さんはパフェを溶かしてしまうのわかっていたからとはいえど、パフェを出したくて仕方なかった人なんだなあと、ニコニコしながら夜パフェや夜アイスを食べる人たちを見ている店長さんを見た。

 幸せなお客さんを見るのも、また経営者の幸せだもんな。

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