騎士団の訪問
その日は少し肌寒いせいか、ケーキやタルトはそこそこに、焼き菓子が飛ぶようになくなっていく日だった。
マドレーヌやフィナンシェが飛ぶように注文されていくのはもちろんのこと、パウンドケーキやフロランタンが消えていく。
店長が淹れてくれたコーヒーやカフェオレを、アベルくんがきびきびと運んでくれる。何でも屋をやっているだけあり、この子は普段のぶっきらぼうな口調とは裏腹に接客がものすごく上手い。
客が捌けそうな席にサッと立っては食器を下げてくれ、会計を丁寧にやってくれる。滅多に来ることはないとは言えど、食い逃げは追いかけ回してお金を取り返してくれるし、酔っ払いは追い出してくれる。
本当に雇ってよかったぁと、しみじみ思っていた。
「今日は冷え込むせいか、あんまりケーキ捌けませんでしたね」
「そんな日もあるだろ。ほら、アベル一部は持ち帰れ」
「うっす。あの……持って帰っていいの、選んでも大丈夫っすか?」
アベルくんはいつもうちの売れ残りのお菓子を持って帰るとき、近所の小さい子たちの好きなものを優先して選ぶ。小さい子たちが特に好きなのは果物を使ったお菓子で、今日はあまり売れなかった桃のタルトやタルトタタンは余るとせっせと持ち帰る。
さすがに近所の小さい子のものばっかり選ばなくてもと「アベルくんが好きなのはある?」と尋ねると、アベルくんは小さく首を振った。
「いや……オレは自分で買えるから。チビたちはこの辺りにはまだひとりで来られないから……」
「あー、そっか。ごめん。余計な気を回して」
「いや、いい。ありがとう」
せめてもと、私は「ならせめてこれをご飯のときにでも」と、ミルクプリンを差し出した。この国だったらお米を煮て固めたお菓子は結構食べられていて、ミルクプリンもお米を牛乳で煮て固めたものだ。それをアベルくんは「ありがと」と言い残して、帰っていった。
その日の片付けをしつつ、私は店長に「そういえば」と言った。
「なんか、この間出かけたときに、騎士団がうちに視察に来るかもしれないって話を伺ったんですけど……」
「あー……とうとう来るか」
「あ、あのう……私、なんか悪いことしましたか?」
オロオロとしながら尋ねると、店長は厨房を掃除しながら鼻を鳴らす。
「いや、サエが悪いというよりも、王都の問題だな」
「あの……?」
「うちの店に、王都的には問題児が集まっているからだろうさ」
「……誰も問題起こしてないですよぉ」
「そりゃな。サエは訪問者の中でも自己顕示欲は低いし、基本的にお菓子と客のことしか考えてない善良なほうだからな。だが、前にも言っただろ。元々は訪問者は、魔物やらなんやらと戦っていた時期があったと。王都の中でも、その辺りで訪問者を警戒するのもいるって話だ」
「私、全然戦えませんけど!?」
「だから言っただろ。昔の話だって。その訪問者がよかれと思って魔女やら魔物の血族を店に呼び込んでいるとなったら、勝手になにか企んでないかと疑う人間だっているって話だ。属性っていうのはひとつふたつくらいだったら見逃されるが、三つ以上重なったら勝手に疑い出す人間ってぇのが世の中にはいるんだよ」
「えー……」
それはいくらなんでも横暴過ぎる。
悪いことなんか本当にしちゃいないのにと、口の中ではゴニョゴニョしていたものの。
「まあ……サエの場合は元々は騎士団に保護されて、うちの店を紹介されたクチだろう? だから普段通りのことさえしてたら、そこまで悪いようにはならないだろうさ」
「普段通りにって……普通に昼間はカフェテリアをして、夜には夜カフェしてって感じですか?」
「そうだ。真面目に仕事している人間については、勝手な思い込みで行動取ったとしても、粗なんか出る訳ないだろ」
「……わかりました。ひとまず、そういうことにしておきますね」
とりあえず、私は店長に言われながら、片付けを終えたのだった。
****
カフェテリア時間では、軽食になるものが飛ぶように売れていく。
最近はホットサンドが人気で、卵とほうれん草とチーズを挟んで焼き付けたもの、ハムとチーズとアスパラガスを挟んで焼き付けたものが特に人気だ。
あとクイニーアマン。クイニーアマンはパンとお菓子の間くらいの存在で、【バターのお菓子】という意味だ。表面は砂糖とバターでサクサクにキャラメリゼし、生地はバターを練り込んでしっとりと焼き上げている。食感としてはたしかに菓子パンとお菓子の間くらいの食感で、腹持ちもいいから、これと一緒にカフェオレを頼む人は比較的多い。
今日はずいぶんとクイニーアマンが人気だなと思いながら並べていると。
「すみません。今日一番のおすすめをよろしいですか?」
「いらっしゃいませ、本日はホットサンドとイウニーアマンが……あれ?」
騎士団の制服の人がやってきたのだ。私は王都の人の見分けがなかなか付かない性分だけれど、さすがに会ったことある人のは区別が付く。
この人、私が訳もわからず王都に放り出されたときに、騎士団に連れ帰ってくれて、【ルミエール】に紹介状書いてくれた人だ。
「お久し振りです。ご無沙汰しております」
「いえいえ、サエさんこそお久し振りです。アンリさんの店も繁盛していて、本当になによりですよ。本当に、本当によかったぁ……」
……騎士さんは感動のあまりに少し泣いている。そっか。宮廷料理人辞めたせいで、店長のつくったお菓子が食べられなくなって拗ねたって人だったもんな、この人も。
お客さんたちが「なにごと?」と言う顔でこちらを見てくるので、私は慌てて訴えた。
「と、とにかく! 他のお客様のご迷惑にもなりますから! ご注文どうぞ! 好きなもの選んでくださいね!」
「はい!」
そう言いながら、騎士さんはトングを持っていそいそと選びはじめた。
この人、どれだけ店長のファンなんだ。店長の焼いたクイニーアマンとブリオッシュを選び、飲み物は豆のポタージュを選んで席に着いた。
私は他のお客様の会計や接客をしつつ、騎士さんの様子を伺った。
騎士さんはそれはそれはおいしそうに食べつつも、ときおり我に返ったように店内を見回しているのだ。これは……。
普通に査定だよなあ。なにも悪いことしてないんだから堂々してろとは、店長も言っていたけれど。こうやって見張られるとどうにも落ち着かない。
そうこうしているうちにとうとうクイニーアマンがなくなった。
「店長、どうしましょう。クイニーアマン売り切れました」
「今日は夜カフェもないし、今の時間がピークだからな。追加はなしだ」
「わかりました。店長、次のお客さん人参のポタージュを」
「はいよ」
ふたりできびきびと接客と次に焼くお菓子の段取り、クイニーアマンはともかく、焼き菓子の追加は焼こうと、フェナンシェを焼きに厨房に行ったときだった。
騎士さんが「ごちそうさまです」と食器を片付けに来た。
「ありがとうございます」
「おいしかったです、それに……いい店になりましたね……」
そう騎士さんがしみじみとした口調で言う。
普段通りのことしかしてないから、こう言われると反応に困る。
「ええっと……ありがとうございます?」
「アンリさんの店が夜カフェはじめるとか聞いて、変な時間にカフェをするので味が落ちるんじゃないかと思ってましたけど、杞憂でした」
「すみません、夜カフェは私が開いていまして……店長はあくまで補助なんですよ」
「ああ……サエさんが夜カフェの店長でしたか! それは失礼しました!」
「いえ……」
「でも、あなたが夜に出すものもいただきたいです。今度の営業時間に伺ってもよろしいですか?」
そう綺麗な瞳で尋ねられた。
綺麗な碧い目だなあとぼんやりと思いつつも、「これって、普通に査定ではなかったの? ただのファンの店の偵察に来ただけなの?」と反応に困る。
「うちはお客様、誰でも歓迎なんですが……」
「ありがとうございます! お邪魔しますね!」
そう元気に言われてしまうと、反応に困ってしまう。
これで何事もないといいんだけどなあ。そう思いながら、元気に帰っていった騎士さんを見送ったのだ。




