観劇帰り
なんだかんだ言って、私は約束していたソフィさんの舞台へと出かけることとなった。
ドレスコードに合うよう選んだドレスに帽子。帽子は劇場に着いたら脱いで膝の上に置いておこうと、髪はシュシュでひとつにまとめておいた。
普段うちの店に来るようなお客様たちが、劇場でひしめき合っているのがわかる。
私の国でもあんまり観劇経験はなかったけれど、これで合っているのかなと自分の座席に向かう。座席はかなり計算されたつくりで、どこから見ても舞台の上が見られるようなつくりになっていた。
安い席だと角度の問題でほぼ声しか聞こえないところもあるらしいけれど、ここは問題なさそうだ。
舞台がはじまるまでにトイレに行っておこうとしたところで「あ」と声がかけられた。レイモンさんだった。
「来たのか。ソフィの舞台を見に」
「はい。約束でしたから。ドレスコードのことはなかなか難しかったですけど。この話が、レイモンさんがおっしゃってた『竹取物語』のオマージュなんですよね?」
「ああ……君から聞いた話は面白かったからな。かなりアレンジを加えたが、使わせてもらった」
「いえいえ。うちの国でしたら、『竹取物語』のアレンジは本当にたくさんありますから。まさか異世界に来てまでそのオマージュが拝見できるとは思ってもみませんでした」
「そうか。楽しんで行ってくれるといい」
「はい」
私はレイモンさんに会釈を済ますと、急いでトイレを済ませて舞台に戻る。
魔法石の光源は落とされ、舞台にだけ照明が集中する。光り方が私の知っている舞台とは違うけれど、この光源も魔法のものなんだろうか。ぼんやりと光について考えている間に、芝居がはじまった。
簡単なあらすじは全部レイモンさんから先に伺っていたとはいえど。普段はあっけらかんとした言動が目立つソフィさんの演技力は圧巻だし、彼女を中心にして巻き起こる騒動は、胸が躍るものだった。
貴族たちがソフィさん演じる妖精に振り回される様は痛快だったし、その中でもただひとり妖精を捕まえようと躍起になる国王との悲恋は胸を打たれる。ラストで妖精が帰っていく様は、静かにすすり泣く声を耳にしながら、私も手持ちのハンカチで鼻と目尻を押さえていた。
観劇が終わったあと、私はカフェに入るとクロワッサンとショコラトルを頼み、それを思いっきりかぶりついていた。
たしかに、これは舞台を見に行ったら、一度は感想を言って吐き出さないと気が済まないものだったわ。本当に舞台のどれもこれもが凄まじかったのに、舞台は見に行った人でなかったらその臨場感を共有することもできないんだから。
私がムシャムシャと食べている中、ふいにウィンドウがカツカツと叩かれて振り返った。見て驚いたのは、普段こんなところにいる訳ないと高を括っていたイヴェットさんだった。私が思わず立ち上がって挨拶をしたら、彼女はくすくすと笑って店に入ってきた。
「すみません。あちらの方と相席よろしくて?」
「少々お待ちくださいませ」
店員さんは私が「はい」と答えると、すぐにイヴェットさんを連れてきてくれた。
「ご機嫌ようサエさん。まさか泣きながらクロワッサンを食べてるとは思わなかったから声をかけたのだけれど……元気そうね?」
「ああ、すみませんすみませんすみません。招待された舞台が素晴らしかったので、その感想を言いたくってですね……」
「まあまあ……もしかして、ソフィ・コルネイユの新作?」
「はい。脚本家さんにアイディア出しに付き合っていましたけど、まさかあれだけ素晴らしいものになるとは思ってもみなくて。最後まで見て感動で胸を詰まらせていました」
「あらあら。わたくし、まだそちらは見られていませんの。でもそれならばなによりです」
彼女は店員さんに「わたくしも彼女と同じものを」と言いながら、私のほうに向き直った。私はおずおずと尋ねる。
「すみません……私さすがにイヴェットさんがまだ見終わってないのでしたら、ネタバレは避けたいのですが……」
「いえいえ。あなたにはどうしても感謝を伝えたくって伺っただけで、舞台のことは二の次ですのよ」
「二の次……なんですか?」
「ええ。あなたが夜カフェを開いてくれたことについてね」
それに私は「あれ」と言った。
「たしかに店長も、夜カフェみたいな店をもうちょっと増やそうって、観光区画のほうで決まったと伺いましたけど」
「ええ。ひとりでお茶ができて、お菓子を楽しめる場所ってなかなかないものだから」
「そうだったんですか?」
「あなたの国ではどうでしたか?」
「そうですねえ……少なくとも、私の国では、レイモンさんみたいにひとりでカフェに篭もって仕事をしたり、甘いものやコーヒーを楽しむって普通のことだったんですよ。私の国以外のところでは、カップル文化みたいに、ひとりでいると変に思われるって文化のせいで、なかなかそれを楽しめる風潮ってなかったみたいなんですけどね」
「ええ。そうね。その考えで合っていると思います」
「そういえば……イヴェットさんはご自宅は王都なんですよね? 王都で人を雇ってお茶を飲むっていうのはなさらないんですか?」
私が知っている限り、貴族のお茶の時間ってものは重要みたいなことは、海外ドラマでも時代ものだった場合はあったように思うけれど。私が当てずっぽうで尋ねてみると、イヴェットさんは「そうですわねえ」と答えてくれた。
「もちろん、家で飲むこともありますが、家だと変わり映えがありませんから。変化を求めるとしたら、外に出てみるしかございませんでしょう?」
「ああ……なるほど」
不思議だと思っていたんだ。
カフェにパソコンを持ち込んでいる人たちの気持ちがよくわからなかったんだ。人がたくさんいる場所で集中できるんだろうかとか、うるさくないんだろうかとか。
家にずっと篭もりっきりだったら、なかなかインスピレーションが湧かないから、外に出て仕事していたんだな。もちろん、そんな仕事の人たちばかりではないんだろうけれど。
「でも夜カフェでそんなになにかが変わりますかね?」
「ええ。変わると思いますわ。でも……もしかしたらいずれ騎士団が視察に来るかもわかりませんから、その辺りだけは注意してくださいませ」
「え……」
それは困るなあ。
アベルくんは一応訳ありの区画に住んでいるとはいえど、しっかり加勢で生計立ててるんだから、見逃して欲しい。なによりも夜カフェで貴重な男性店員なのだから、酔っ払いがまた来たときにさっさと追い払えないのは怖い。
「まあ……伝えておきます」
「うふふ。あまり力まないでくださいね。あなたがアンリの店で働いてくれて、本当によかった」
そうクスクスと笑ってイヴェットさんが言うので、「そういえば」と私は尋ねる。既にイヴェットさんは未亡人のはずだけれど。
「イヴェットさんは、店長とはもう、なんとも……?」
「あらあら。アンリは仕事第一主義だから、あの人と付き合うとなったら大変でしょうね。それは今も変わらないのではなくて?」
「ええ、まあ……」
「わたくしも若い頃、同じ場所で働けたからもしかしたらということも期待したけれど。今はそこまでの元気がございませんもの。夜に少しだけお茶をいただいて、少しお話をするだけで、充分です」
そうきっぱりとイヴェットさんに言われてしまった。
あれだなあ。元々彼女のほうが身分が高い家だとは伺っていたけれど。だからこそ、もしも一緒になるとしたら店長から仕事を取り上げないといけなかったとなったら、そりゃイヴェットさんも身を引くしかなかったんだろうなあ。
「……夜カフェはだいたい七日に一度は必ず開きますから、そのときにいらっしゃってくださいね。またお菓子新作も準備しておきますから」
「あらあら。楽しみにしていますわね」
ふたりのこととか、騎士団のこととか、考えることはいろいろあるけれど。
ひとまずは次の夜カフェのメニューを考えることからはじめよう。




