パティシエの独り言
自分語りはあまり得意じゃない。日頃からレイモンさんが根掘り葉掘り話を聞き出してくれるから、まあこの人ならいいかと思っただけだ。
どっちみち、この国には私の旧知はいないのだから、変に憐れまれることもないだろうと。
「私、母子家庭だったんですね。お父さんは気付いたときにはいませんでした。離婚したのか、早死したのか、私も知りません。ただ私の国では、家庭の事情についてとやかく言うことではないって風潮でしたので、特に誰かに話す話でもありませんでした。うちの国、この国と違って女性ひとりで家庭支えるのがかなり大変でして。お母さんも私が学校に通っている頃はヘロヘロになるまで働いていましたね。だから私も早く身を立てなきゃと思って、大きな会社でだったら雇ってくれるだろうくらいの気持ちで、製菓学校に通ってパティシエになったんです」
お菓子は特別なものだった。クリスマス開けにクリスマスイブで売り切れなかった半額セールのケーキを買ってふたりで祝うのが、定番だった。誕生日はなんとか半額のカットケーキを買ってきて、それで祝っていた。
もしケーキ屋で働きはじめたら、社内割引で買えるだろう。それも私がパティシエになった動機だった。
とことん私は、打算で生きているから、そこまでお人好しにもなれないんだよなあ。
「私が学校に通っている中、お母さんが倒れましてねえ」
「それは……大丈夫だったのか?」
「ほら。お母さん既に再婚してますし。そのときはちょっと働き過ぎたせいで、風邪引いただけですよ。一日寝てたら治りましたし。でも当時の私もテンパりましてねえ。どうしようどうしよう、お母さん死んだらどうしようって。そこでつくったのが、ちょうどフランだったんですよねえ。あの子に持っていってあげようと思った」
私は籠を撫でた。
元々卵と砂糖と牛乳を使っているお菓子は万能食だ。だいたいの栄養とカロリーは摂れるし、少しの甘味で満足できる。
「ちょうど家に卵も牛乳も砂糖もありましたから、習ったばかりのそれ出して、薬もあげたんです。そしたらお母さんに泣かれましてねえ……。甘いものって、主食にはなりません。心ない人にはさんざん『お菓子屋なんてなんになる』みたいなことを言われ続けました。でもねえ、この頃にやっと、私もパティシエになりたいって思えたんですよ。忙し過ぎる人が休める場所をつくりたい、ひとりで物思いに浸る人にそんな場所を用意したいって」
「だから夜カフェを?」
「はい。お母さんも毎日毎日忙しそうでしたし……私が独立して、再婚決まるまでは燃え尽き症候群みたいになってたのを、近所のコーヒーショップで癒やしてたみたいです。その話を思い出したんで」
私はそう言いながら路地を歩いていると。
ちょうど私が引ったくりが倒れているのに遭遇した場所に辿り着いた。ちょうどそこは小さな子たちが遊んでいるのが見えた。
「あの……こんにちは」
「あれ、訪問者?」
「そうだね。そう。ここら辺で何でも屋さんやっている子知らないかな? 灰色の癖毛の男の子なんだけど」
「何でも屋? アベルのこと?」
「名前は聞いてないけど……多分その子」
「うん。アベルの家はあっち」
そう言って小さな子たちが指を差したのは、集合住宅だった。
王都の表通りにもアパートメントは点在しているけれど、それよりもモノクロで殺風景に見える。ただあちこちに垂らされた洗濯物の紐や夕ご飯の準備の匂いは生活感があり、今日は小さな子たちもうろうろうしているから、この間箸って表通りに出たときよりも怖くなかった。
小さな子たちに案内された家には、たしかに癖字で【何でも屋】と書かれていた。
「アベルー、お客さんー」
「あんだ? 今依頼終わって寝てたんだ……帰ってもらえ……あ」
アベルと呼ばれて出てきたぶっきらぼうな口調の人は、たしかに私を助けてくれ、何でも屋の依頼で買い物に来ていた男の子だった。
私はレイモンさんと一緒にペコンと頭を下げる。
小さい子たちはキャラキャラ笑っている中、アベルくんは溜息ついて「お前らさっさと帰れ」と言って、私たちを入れてくれた。
「なんの用だ?」
「なんの用と言われても……前に助けてもらったのに、なんのお礼もできなかったから。ひとりで行くなと店長に言われたから、知り合いの脚本家さんに着いてきてもらいました。はい。これお土産のフランです」
私が籠の中身を差し出すと、ひくひくとアベルくんは鼻を動かし、こちらを警戒する目で見た。
「……なに企んでるんだ?」
「企んでないよ! ただ、元気かなと様子を見に来ただけ」
「別にあんたも暇じゃないだろ」
「今日は暇だよ。明日からまた働くけど」
「物好きな……これ、金取らねえだろうな?」
「取りません。このお兄さんに誓って」
「私に誓うな」
レイモンさんにツッコミ入れられつつ、なんとかアベルくんの言葉を返していたら、やっと根負けしたように、フランをひとつ手に取った。そしてスプーンを三つ取ってきた。
「あんたたちも食べるか?」
「……いいの?」
「うちには冷蔵庫なんて上等なもんはねえ。甘いもんはそんなにたくさん食べられねえよ」
そうか。冷蔵庫は魔法石を使うから、一般人でも店をやっている人でもない限りは持ってないことのほうが多い。ヴァネッサさんみたいに魔女だったら箱を冷蔵庫のように使えるんだろうけれど、一般人はまず魔法を使えないもんな。
多分魔物の血を引いているらしいアベルくんも、魔法自体は使えないんだろう。
私たちは言われるがままに、何でも屋の中に入れてもらって一緒に食べはじめた。何でも屋は拾った椅子がバラバラに並び、所謂依頼者としゃべるだろうローテーブルも素材が違う。多分粗大ゴミの拾いものやら、夜逃げした商家から持ってきたやらしたものだろう。
そのちぐはぐな部屋でバラバラの椅子に座って、皆でフランを食べるのはシュールだ。スプーンで少し割って食べる中、小さくアベルくんが「美味い」と言ったことに、少しだけガッツポーズを取った。
今はまだ、それだけで充分だ。