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涙の夜のカフェテリア─王都に灯る優しい光─  作者: 石田空


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夜のお困り事

 それからと言うもの、アベルくんはときおりフラッとカフェテリア【ルミエール】にやってくるようになった。

 何でも屋の依頼でやってくることもあれば、ただご飯を食べに来るだけのときもある。

 こちらが心配するくらいに痩せている子だから、こうやって元気にご飯を食べて仕事をしているのを見ると、こちらもほっとするんだ。


「よかったです。アベルくん。悪態つきながらも、仕事して、ご飯食べてて……」

「庶民区画の訳ありとなったらまあ……大きな仕事にもなかなか就けないからな。その点、あいつは庶民区画の困り事そのものをメシの種にしてるんだから、地頭はいいんだろうさ」

「そうですね……でも庶民区画、前にレイモンさんと歩きましたけど……人が言うほど悪い人たちがいるようには思えませんでしたけど」

「そりゃなあ。大昔だったらいざ知らず、今の魔物の血族は、大分血が薄まってそんな悪さできるようなのもいないしな」

「なら普通に暮らせないんでしょうか……」

「こればっかりは、俺たちも助けを求められないことには、下手な手は打てんよ」

「そうなんですか?」

「お前の国にはなかったのか? 下手に助けて上手くいかなかったら、逆恨みされて助けようとした人間が真っ先に狙われるというのは」

「あー……」


 うちは母子家庭で、私が独立してお母さんの再婚が決まるまでは、そんなサリサリしていた時期もあるから、うっすらと覚えがあった。

 思春期で一番嫌いだったのは、私を心底可哀想がっていた学校の先生だったからなあ。性格の悪い先生よりも、性格のいい先生のほうがよっぽど恨みがましく思ってた。


「ものすごく覚えがあります」

「だろう? だから、こちらが下手な助けをするのは駄目だ。あちらから助けを求められるような関係性をつくることだけを、心がけるといい」

「わかりました……そうします」

「ところで。次の夜カフェの日だが」

「ああ、はい」


 今度の夜カフェの限定メニューはどうしようか、予算と材料の在庫を見ながら考えていたところだ。店長は浮かない顔をした。


「その日、少々組合で話し合いに行って俺はいないから、店は休んだほうがいいと思うぞ」


 それに私は「えっ?」と言った。

 ちなみに組合とは、観光区画全域の店舗の組合だ。店を出す場合は、だいたい組合に加入して、あれこれと情報交換が行われるのが常だ。

 夜に話し合いっていうのは、要は組合での飲み会のことなんだけれど。夜カフェの日に話し合いの席と当たったことがないから、妙に新鮮に思えた。


「でも夜でもここ、平和じゃないですか。私ひとりでも大丈夫だと思いますけど」

「そりゃな。男手がいるときは、魔女のこともあって大概の人間はわざわざやってこないが。酔っ払いはタガが外れてるからそうもいかねえだろ。ひとりで捌けると思うなよ」

「ですけどぉ。夜カフェ楽しみにしてらっしゃるお客様もいらっしゃいますし、次なんかは仕事明けのドナさんたちもやってきますから」

「まあ……文官連中が酔っ払いを追い出したりはできねえと思うが、男客がいるならまだマシか。あんまりひどいようだったら、本当に営業時間中でもいいから、店を閉めてさっさと二階に帰れ。わかったな?」

「大丈夫ですよ……」


 店長に何度も何度も警告を受けつつ、私は次の夜カフェになにを出そうか考えていた。

 そういえば前に焼いたパンデピスも好評だったし、パウンドケーキを焼いても喜ばれるかもしれないな。あんまり夜カフェに置いてなかったし、考えようかな。

 そんなことを暢気に考えていた。


****


 その夜のカフェは、案の定ドナさんたち文官さんたちが、大きな仕事が終わったあとで、ここに駆け込むようにやってきては、もりもりとお菓子を食べていた。その日は紅茶をたくさん飲んでいく。


「ああ、生き返る……! ありがとうございます、ありがとうございます!」

「いや大袈裟な」

「このケイクオフリュイもおいしいですし!」

「それはよかったです」


 ちなみにケイクオフリュイはパウンドケーキの別称だ。ドライフルーツをぎっちり詰めて焼いているのはパンデピスと同じだけれど、パンデピスと違って発酵させる必要はない上に、ハチミツを使って甘ったるくは仕上げてない。でもドライフルーツをラム酒にひと晩漬け込んで、その香りが生きるようにバターと砂糖の配合を調整しているから、パンデピスよりもドライフルーツの味が生きているはずだ。

 見た目の地味さをカバーしようと、パンデピスの場合はドライチェリーを生かした生地にしたのに対して、こちらは味で勝負しようと、レーズンを種類豊富に加え、風味のよさを大事にしようとくるみやアーモンドプードルを混ぜ込んでいる。

 それをおいしそうに食べつつ「ところで……」とドナさんは尋ねた。


「風の噂で、ここに庶民区画の訳ありの方が来るようになったと伺いましたが……」


 それにギクリとした。

 なにも悪いことしてないのに、アベルくんが騎士団に通報されても困ると、私は必死になる。


「悪いことは、なにもされてません、よ!」

「いえ。悪いことがないんんだったら、こちらも下手に動きませんが……王城側としても、先日からこちらに来ている魔女のヴァネッサさんといい、魔物の血族の皆さんといい、どうにかして偏見を払拭したいんですけど、なかなか上手くいってないんです……」

「……それは。お疲れ様です」

「いえ。大昔こそ、魔物と人間は争い合っていましたし、魔女と人間もいがみ合っていましたが……時代が変わりましたから、そろそろなんとかしたくはありますが……偏見ってなくそうって言ってなくせるものじゃなくて、本当に難しいです」

「あくまで私が訪問者だから思うのかもしれませんけど。偏見ってなくならないと思ってます」


 誰だって、既成概念ってあるものだと思う。

 自分がそう思うってことと、人がそう思うとは限らないってことがイコールだってなかなか結びつかない人とか。

 でも、私はそれを全部が全部悪いとは、どうにも思えなかった。


「ただ、自分には偏見がある。相手にも偏見がある。互いにそれがわかっていればいいって感じで。なかったことにするってのは、また違う問題が起こる気がするんですよね……すみません、偉そうなことを言ってしまって」

「いえ。サエさんの国でも、そうだったんですか?」

「そうですね……そんなところもある国でしたから」


 そうしんみりとしているときだった。

 鼻の奥に焼き付くほどの濃く強いアルコールの匂いがしたのに、思わずむせそうになる。

 扉を開けてやってきたのは、見るからに酔っ払いの客だった。


「うー……席空いてるか? なんかお勧めの酒……」

「いらっしゃいませ……申し訳ございません。当店はアルコール取り扱いなしのカフェでして、こちらではお酒の注文はできないのですが」

「酒……そこの菓子に酒使ってんだろ? あるじゃねえか……」


 ドナさんの食べていたパウンドケーキを指差すのに、内心「こいつ……」と思ってしまった。そりゃラム酒はあるけど、飲むためじゃなくってお菓子の香り付けなんだから駄目でしょ。


「申し訳ございません。他のお客様もいらっしゃいますから」

「なんだぁ?」


 久々だなあ。

 私はうっすらと遠い目になった。日頃お菓子をひたすら焼いていたものの、入社してひと月は、店の顧客はどんな人かを見るため、店舗でバイトさんと混ざって働いていたことを思い出した。

 酔っ払いでも、機嫌がよくって笑っているようなお客様だったら害がないから、こちらも笑って接客すればいいからまだいい。

 問題なのは、酔っ払い客でも絡み酒専門の人は、とにかく厄介な言動を繰り返して、こちらが断るのも嫌がるのも絡んでいることにカウントされ、ますます調子に乗って帰ってくれなくなるんだ。

 これどうしよう。

 店長が何度も口酸っぱく「今日はやめとけ」「酔っ払いが出てたら営業時間中でも店を閉めていい」と言っていた理由がよくわかった。

 どうしたもんかと、酔っ払いの酒気に当たっていい加減目眩を覚えていたときだった。店先に人の気配が来た。

 やめて、もうこれ以上酔っ払い客増えても捌けない。だんだんと涙目になったときだった。


「……もしかして、あんた困ってる?」


 呆れた声をかけてきたのは、アベルくんだった。どうも仕事帰りらしく、どことなく煤けたにおいがした。火の取り扱いの依頼だったのかもしれない。

 私は小さく頷いた。

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