後悔
side.城春
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何がいけなかったんだろう。
私はベッドの中で情けなく蹲って考えていた。未だ涙は枯れない。
私が色々エッチなことを仕掛けてたから?やっぱり他の男の子と同じように嫌がっていたのかな。優しい不木崎のことだから、我慢して付き合ってくれてたのかな。
私のからだ、ずっと気持ち悪いって思ってたのかな。
あの後、帰ってから私は着替えもせずベッドで考えている。もう一晩は経っただろうか。妹が何度も呼びに来たが、応じる心の余裕はなく、鍵を閉めて無視を決め込んだ。
「嫌いにならないでよぉ、ふっきぃ」
幾度となく発せられる情けない声、1時間に一回くらいはどうしようもなく心が締め付けられて声が漏れる。
あんなに拒絶をされたのは初めてだった。まだ、まともに話してから1か月程度しか経ってないが、あんなに私を恐れている不木崎を見たのは初めてだった。まるで、悪魔でもみるような目。怯え、嫌悪、憎悪、色々な感情が入り混じったような、拒絶の瞳。
あの目を向けられただけで、私は胸が締め付けられ、どうにかなりそうだった。
嫌われたくなくて、許しを請いたくて、何度も近づいてみたが、全て空振りに終わる。その度に私の心が引き裂かれた。
放課後のデート場所が良くなかったのか、それとも美術館デートで何か失礼なことをしてしまったのか、勉強会で私が意味のないマウントをとって機嫌が悪くなったのか、その時にした色仕掛けがすごく不快だったのか、お弁当も本当は迷惑だったのかもしれないし、間接キスなんかもしたくなかったのかもしれない。
振り返って考えてみるが、どれにも原因があるように思えてくる。
全て、不木崎が優しいから付き合ってくれただけで、私は一人で馬鹿みたいに舞い上がっていただけなのかもしれない。
私、これからどうしよう。
とりあえず、学校は辞めたい。不木崎が近くにいるのに話せない、なんて耐えられないし、そんな状態で学校に行く意味もない。
あれ……?というか、そもそも私、生きてる意味ってあるのかな。不木崎に拒絶されて、気持ち悪がられて、私に生きている価値はあるのだろうか。
「いい加減に……しろーッ!!!」
ドン、と強い衝撃と、爆音が部屋に響いた。
電気はついていないが、カーテンから漏れる光で部屋の状況は辛うじて見える。
様子を見ようと布団から顔を出すと、鍵をかけた扉が衝撃と同時に凹んでいく。
どうやら妹がドアをたたき割ろうとしているらしい。
バキッ、とひと際大きな音が聞こえ、扉に頭一つ分くらいの穴が開く。
廊下の電気で開いた穴の部分だけ光が入ってきた。
その穴からにゅっと手が伸びてきて、鍵を解除する。
瞬く間に扉が開いて、怒り心頭の妹が突入してきた。
電気をつけられ、妹が私の前に幽霊のように立ちすくむ。
「ぜんぶ!声聞こえてんの!バカ!呼んでるのに無視すんな!」
顔を上げた妹はハンマーを持った手を挙げて、顔を真っ赤にさせて叫んだ。
「……椿、学校は?」
「そんなの休んだに決まってるじゃん!お姉ちゃんと一緒!サボり!」
「私サボりじゃない……もう学校辞めるし」
「は?……いや、一晩中声は聞こえてたから事情は察してるんだけど、一応全部聞かせて」
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「なるほどね、ふっきーの手をお姉ちゃんが触ったら気味悪がって拒絶したって話ね」
妹が要約する。そんな単純な話ではないんだけど…。
「それで、お姉ちゃんはどう思ったの?」
「ふっきーに嫌われるんだったら学校辞めようって」
私の答えを聞いて、妹はあからさまにため息をついた。
「ってかさ、ふっきーのその反応って普通じゃないの?」
「え…?」
「いや、普通男の子って女の子に無断で触られたら大概そういう反応するでしょ」
「で、でもふっきーは」
「違うんでしょ。でも、それってお姉ちゃんが勝手に思い込んでるだけじゃないの?その思い込みをふっきーにぶつけて、勝手に学校辞められたりなんかしたら逆にふっきーキツくない?」
「……でも」
下を向いて俯くと、妹が何かを私の顔に近づけてくる。
「スマホ、昨日玄関に落としたでしょ?」
「スマホ…?」
椿の手に白色のスマホが握られていた。確かにそれは私のスマホだった。
それどころではなかったため気づかなかったのか。
「ライン、見てみて」
そう言われて、手渡されたスマホを見る。
不木崎とのラインが開かれていた。
「か、勝手に見た!」
「ごめんごめんって、いいから見てよ」
全然申し訳なさそうな顔ではない。
文句を言っても仕方ないので、私はもう一度、スマホに視線を落とす。
不木崎からメッセージが届いていた。
『さっきは勝手に帰ってごめん。ちょっとしんどくて帰った。城が嫌いとか、そういうのじゃないから気にしないでくれると助かる、ほんとごめん』
『今日休みか?大丈夫か?飯は食えてるのか?』
『昨日のことはホントごめんって。城にダメなとこなんてないから。できたら返事ください』
『怒ってる?怒ってるよね?既読無視しないで…』
不木崎は私のことを嫌いになったわけじゃないようだった。
今日なんか、私を心配しているメッセージさえくれている。いつもの優しい不木崎だった。涙が止まる。心臓が動き始める。
「お姉ちゃんの言う通り、ふっきーは他の男子とは違うね」
妹は優しい笑顔で微笑んでくる。
「……既読無視の件は椿が勝手に見たからだよね?」
「い、いやー、それはお姉ちゃんがずっと部屋で泣き叫んでるから心配で…」
「……ごめん、嘘。ありがとう椿。ちょっと元気出た」
「『……ごめん、嘘。ありがとう椿。ちょっと元気出た』はい、録音しました。今からお姉ちゃんにはふっきーがやられた気持ちを味わってもらいます」
「け、消して!」
まだ、ちょっと怖いけど、明日は学校に行こう。
明日は職業体験の日。場所の結果はやはり不木崎の言う通り。喫茶店ロアナに行くのは私と不木崎の二人だけ。
だから、私は明日、二人きりで喫茶店ロアナで過ごすことになる。きっと、ここで関係を修復しないと戻れない気がする。あの居心地のいい、ひだまりのような感覚を取り戻せない、そんな気がする。
やっぱり、私は不木崎を諦めきれないみたいだ。
「あ、そういえば、ドア破壊した件なんだけど…」
「わかってる。私も一緒にお母さんに謝るから」
その後学校をサボった件も含めて、お母さんにめちゃくちゃ怒られた。




