第18話 蛮勇とその後
〜前回のあらすじ〜
敵の指揮官はメルビンの心臓を持っていた!竜化した敵指揮官がヒデキ達を襲う。
今にも俺を押し潰そうと近づいてきた大きな前足をバックステップしてかわす。
「キシャアアッッッッ!!!」
ドラゴンは雄叫びを上げながら口から火を吹き、周囲を灼熱のマグマへと変えていく。
幸い多くの兵士は既に避難していたので被害は最小限に抑えられた。
それでもドラゴンによる猛追はやまず、敵味方関係なく攻撃してきた。
ある者は炎に焼かれ、またある者はハンマーのような形状の尻尾が建物を破壊した際に吹き飛ばされた屋根の破片に当たって死んでいく。
稀に大砲や魔法によって反撃するも、異常な再生能力によって直ぐに回復してしまった。
辺り一帯の大きな建物を全て破壊し尽くし、ドラゴンはゆっくりとウルバヌ村南門の方に進んでいく。
このままでは南門で戦っている兵士にも多くの被害がでるだろう。
俺とメアは急いでミラルの元へ赴く。
彼女は多くの兵士たちと同様、転移してきたウルバヌ村北西の森に避難していた。
ミラルの居座っている白いテントの中へ入っていく。
騎士が警備していたが、知り合いなので顔パスだ。
「おいミラル、あいつは一体なんなんだ!」
「恐らくですが、あれは竜化魔法といって、龍人の使用する強力な魔法です。自分の身体を依り代に、ドラゴンの精霊を呼び出して使役ができると言われています。強力な分、外部から大量の魔力を供給されなければ魔法を維持できません。なので魔人の心臓である魔核にあらかじめ魔力を込めておき、アンナとかいう女の身体を通して巨体を維持しているのだと思われます。」
「これからどうするつもりだ?」
「暫くは傍観ですね。精神感応にて南門を監視している天使には状況を伝えました。カイパードロップ辺境伯なら上手く撤退しながら、あのトカゲモドキがマグラーシュ男爵軍に襲い掛かるように誘導するでしょう」
精神感応は確か天使固有のスキルで念話と異なり、遠距離でも意思疎通のできる魔法だったはず。
なるほど。天使がいると情報の面でも戦争を有利に進められるわけか。
「それまでただ指を咥えて待っているのかしら?」
「いいえ。今のうちに負傷者の手当や大砲のメンテナンス、更には魔力の温存をしておきましょう。あのドラゴンを仕留めるには魔人の心臓の破壊もしくは魔力の供給を受けているアンナを殺すしかありません。幸い、巨体を維持するのに多くの魔力を消費しているため、魔力障壁は使用できない上、心臓もアンナも頭部にありますから、カイパードロップ辺境伯がマグラーシュ男爵軍にドラゴンをけしかけた後は頭部を砲撃や遠距離魔法によって攻撃するつもりです。向こうも獲物の群れている場所に移動する程度の知性は残っているようなので、反撃してくるでしょう。おまけに硬度の高い頭部を削っても直ぐに再生してしまうので時間はかかると思いますが、膨大な魔力を保有しているといっても有限ですので、心臓とアンナ両方の破壊ができるはずです」
「ふざけないでよ!」
怒り狂ったメアがミラルの襟を掴んで猛烈に反対する。
「あの魔核は私の母のものなのよ! それを破壊するなんてふざけているの!」
「貴様、ミラル様に向かってなんて口を聞き方をしている!」
ジェリーがメアを引き離そうとするもミラルがそれを左手で制した。
「ふざけているのはあなたでは? 私は軍の指揮官として最も最適な選択をしているだけです。あなた1人の私情のためにどうして軍を動かさねばならないのですか? それにメアさん。あなたの命を握っているのは私だという事をお忘れなく」
メアはミラルを軽く後ろへ押しながら手を離した。
ミラルの主張は残酷だがまともだ。しかも契約によって教会の勢力には手を出せない。
メアはテントからでて行こうとする。
「どちらへ行かれるのですか?」
テントの入り口に手をかけ、首を回して横顔をこちらに晒しながら返事をした。
「決まっているでしょ。あなた方があいつを攻撃する前に魔核を回収してくるわ」
「正気ですか!? 竜化した龍人は魔人1人の手に負えるものではありませんよ! 自殺行為です!」
「分かってるわよ! それでも、それでもやらねばならないのだわ!」
拳に力を込め、両目から涙を流している。不謹慎ながら、そんな彼女も美しいと思ってしまった。
「ちょっと待ってくれ。俺に考えがある」
「考えとは」
ミラルが疑り深い目でこちらを見つめてくる。
「結局の所、大砲や魔法による攻撃じゃドラゴンが暴れ回る上に、あの肉厚な巨体じゃ集中的に1箇所を狙わないと奴の姿勢を崩す事すら叶わない。おまけに回復力も高いときた。だから俺が単騎で飛びながらドラゴンの頭に近づいて、魔核を回収しに行こうと思う。上空から急襲したら奴 の頭部を魔爪で一気に削り取ればいけるはずだ。その方がちまちま攻撃し続けるより手っ取り早いだろ?失敗しても犠牲になるのは俺だけだ」
俺が魔力を通して伸ばす爪――魔爪と呼ばれるらしいが、これは吸血鬼最大の手札とも言える強力な吸血鬼特有のスキルらしい。
強力な分消費魔力は半端ないわけだが、魔力を多く込めれば込めるほど硬度が増す魔爪はオリハルコンの武器ですら切り裂いてしまう事もあるとか。
今回のような敵には有効だろう。
「なっ! それじゃヒデキ、あなたが危険だわ!」
「心配しなくても俺は再生能力に関してはあのドラゴンにも劣らないレベルだ。心臓を回収したら直ぐに戻ってくるさ」
「急襲するまで飛行し、その後に魔爪を使用するならかなりの魔力消費になるじゃない! 戻ってこれる保証なんて無いわ!」
「だとしても成功すれば少ない犠牲で奴を葬りさることができますね」
「ちょっとあなたまで賛同するというの!?」
「ええ。面白そうですしやってみましょう」
おお、無事に食いついてくれたか。
「俺が上空に飛んでいったらドラゴンの足を攻撃してバランスを崩してくれ」
「勿論です」
「……本気なのね」
「ああ、本気だ」
俺はまっすぐにメアを見つめ合う。
「分かったわ。あなたを信じる。だから無事に帰ってきて」
「そう簡単に死ぬ気は無い。約束する」
◆❖◇◇❖◆
俺はミラルと共にモニターで南門の映像をリアルタイムで観ている。モニターといっても当然テレビではなく、これもまた天使の魔法だ。透明な画面が空中に浮いていて、そこから南門の天使の目を通して映像が送られてくる。現在、カイパードロップ辺境伯軍側は2正面作戦を強いられていた。
向心薬を吸い込みながらじっと画面を見つめる。
お互いに陣地を飛び出した両軍は砦と南門の間で戦っていた。
南門からの攻撃の他、砦の東側――背丈の高い木々が生えた大地から多くの敵兵が現れ、交戦している。
どうやら南門を攻撃する間、密かに東側へ集まって急襲するのがマグラーシュ軍側の作戦だったようだ。
天使に魔力を感知されないよう、隠密性の高い魔物の素材でできた装備をしているらしい。
装備の数を揃えられなかったのか東側の敵兵は数が少ないものの、練度は高く苦戦している。
しかしカイパードロップ辺境伯軍側は2つの前線を器用に維持しながら少しずつ西側に移動し、その後今度は後ろに後退――砦の中に避難していく。
「キシャアアアァァァ!!!」
暫くするとドラゴンが巨体を引きずりながら現れ、身を守る術を持たないマグラーシュ男爵軍の軍勢を踏み潰しては火を吐き、次々と兵士を捕食していった。
一部逃げ遅れた辺境伯軍側の犠牲者もでたが、大半の兵士は砦に避難したので犠牲者の殆どは男爵軍の兵士だ。
「そろそろ行ってくる」
特に持っていくものは無い。メイスは肉を潰す事に特化した武器なので持っていっても使えない。
今回は肉をしっかり切り裂いていく必要があるからな。
「お気をつけて」
「絶対に帰って来なさい!」
声援に送られながら俺は翼をはためかして天高く舞い上がった。
下に目を向けると地面はどんどん遠ざかっていき、手を振っているミラルやメア、聖騎士達が少しずつ小さくなっていった。
最終的にはまるで豆粒のようなサイズになる。
地上から70メートルは離れただろうか。
今日は雲ひとつない快晴で、見渡す限り青い空が広がっている。
そんな中を南門の方へ勢いよく羽ばたいていく。
1時間程経過すると、遠くで辺境伯軍の砦に身体をぶつけているドラゴンの姿が見えた。
あらかた男爵軍を壊滅させたため、兵士の密集した砦を攻撃しているようだ。
俺は手に持った信号銃を地面に向けて放つ。
信号弾は地面に当たった瞬間、大きな音を立てて破裂し、色とりどりな煙を放出する。
それを合図にして砦の窓から一斉に砲弾や遠距離魔法がドラゴンの足に向けて放たれた。
姿勢を崩したドラゴンは前のめりになり倒れ込む。
俺は急降下してドラゴンの頭部に舞い降り、魔爪を額のアンナに向けて突き刺した。
「キシャアッ!」
痛みに悶えるも再生に暫く時間がかかるようで反撃してこない。
アンナに止めをさして殺そうとしたが、肝心の首より下は硬質な白い岩石に覆われていて削り取るのに多くの魔力を消費しそうなため諦めた。
周囲の肉塊を削りとってアンナとドラゴンを引き離せないか試したが、アンナは骨のような太い幹にまるでミノムシのようにくっついているのでそう簡単には外せない。
俺は頭やドラゴンの脳を掻き出してメルビンの心臓を探した。
アンナはともかくドラゴンは魔法で作られた生物の癖に体内がかなりリアルで、無数の血管や灰色の脳細胞を引きちぎっていく。
しかしどこにも心臓らしきものが見つからない。
(何故だ? 頭にあるはずだと聞いたのにどうして見つからない?)
焦る気持ちを胸に抱きつつ、ひたすら肉塊の海を潜るかのように捜索し続ける。
脳の中心にたどり着いた所で俺は脳内の壁に叩きつけられた。
足が再生してしまったらしい。頭を強く振っているのか揺れが激しく、上手く身動きできない。
脳内も少しずつ再生し始めてしまっていた。このままではドラゴンの脳に俺自身が埋もれかねない。
左の爪を脳漿に突き刺し、右手で周囲を再び削ろうとしたその瞬間、赤いムカデのような昆虫が現れ右胸の上を噛まれた。
「痛ってぇ!」
慌てて振りほどき、魔爪で切り裂く。
うなじや左足にも痛みを感じたので見ると噛みつかれていた。
こいつらは体内に異物が入り込んだ際の防衛機構みたいなもんだろうか。
相変わらずの揺れとムカデによる襲撃を抑えながら魔爪で頭部の様々な箇所を探す。
うなじの方までたどり着いても見つからない。
頭頂部の方まで掘り進めても見つからない。
下の方を削り、頭と首の中間にある太い骨のような幹が少し膨らんでいるのを見つけた。
そこに向けて魔爪を放つ。
ガキィンッ!
それなりに魔力を練っているはずなのに予想以上の硬度だ。
この時点で俺は魔力が殆ど失っていた。
少しずつ削っていくも、中々力が入らない。
(あと少し……あと少しなんだ……)
大量のムカデに全身を噛みつかれているが相手にする余裕は最早ない。
それでも気力を振り絞り、魔爪を膨らみに打ち付けると白い骨は砕け散り、中から魔核が現れた。
メルビンの魔核を取り出す事に成功した刹那、爆音が遠くから聞こえ、一際大きな揺れが周囲を襲った。
辺境伯軍の砲撃がドラゴンに当たったのだろう。
(これでドラゴンは活動できないはず……)
混濁した意識の中、魔核を守るようにして蹲りながら俺は意識を失っていった。
◆❖◇◇❖◆
「ヒデキ、早く来なさい!」
「ああ、分かってるよ」
一点の曇りもない青空の下、俺とメアは裏庭にあるお墓に向かった。
あの戦いからもう1年になる。
意識を失った俺は無事にドラゴンの脳内から救出されたものの、魔力切れを起こして1週間意識を失ったままだった。
その後目を覚まし、事の顛末を聞いた。
マグラーシュ男爵軍は崩壊し一族は全員処刑されて断絶。
ウルバヌ村はアーリィ子爵が現在も管理している。
しかし、多くの人命や建物が破壊されたために復興は進んでいないらしい。
向心薬の製造にも影響がでて困っているとミラルもボヤいていたな。
俺とメアは今、サラゴサにて家を建てて住んでいる。
こじんまりとしていて外観は寂れているせいか、いかにも中古感漂う家ではある。
しかし風呂や小さな庭もついている上、教会所有の建物なだけあって貴族街なため治安も良い。
食い扶持は教会の私兵として敵対勢力との交戦や護衛、魔物の討伐なんかで稼いでいる。
珍しい吸血鬼と魔族のコンビだけあってこの町ではすっかり有名になってしまった。
裏庭に到着すると、庭の中心にある、楕円形でてっぺんが十字架になっているお墓に水をやり手を合わせた。
アルバン風のお墓で、中にはメルビンの魔核がメアの防御魔法によって厳重に保管されている。
この先無事に生きてゆける保障はどこにも存在しない。
だとしても俺はこの世界で足掻いてゆくだろう。
そんな事を考えながら俺はメアと供養を続けた。




