蛍はいつも泣いている 10
ピョンピョンうさぎのイチゴレアチーズケーキをもきゅもきゅと頬張りながら亜美は真剣にパソコンの画面を見つめていた。今や蛍が渡したゲームのどっぷりとはまっていた。
窓際の椅子に腰かけてそんな亜美を蛍は眺めていた。
女の自分から見ても亜美は美少女だ、と蛍は思った。
亜美とは高校に入ってから知り合った。
一年の時にたまたま席が隣になった。窓の外に広がる柔らかな桜を背景に、よろしくね、と微笑んだ亜美にドキリとさせられたのを今でも覚えている。
気立ても良かった。真っ直ぐで、少し融通が効かないところあり、ちょっと天然。誰かに似ているなと最初思い、すぐそれが健にだと気がついた。
親近感が湧いた。
亜美のことが一辺で好きになった。
亜美も蛍と波長が合ったのか、二人で居る時間が増えた。学校の帰りにコーヒーショップでの馬鹿話で盛り上がったり、仲間内で話題になった所に一緒に遊びに行った。
仲が近くなるにつれて二人は自分たちのことを話す機会も多くなった。蛍は両親が離婚して、今は母親と二人暮らしだと言うことも話せた。さすがに、そのせいで小学生の頃、苛められたことは伏せたけれど。
亜美は亜美で、小学生の頃までこの町で暮らしていたが引っ越して、5年ぶりに戻ってきたことを話して聞かせてくれた。
いつしか二人は親友になっていた。
□
『本は預かった。
話がある。
6時に校舎裏に来い』
手渡されたメモにはそう書かれていた。
放課後帰ろうとした時に亜美が急に騒ぎだしたのだ。
「つまり、図書室の本を盗まれて、校舎裏に呼び出された、と?
ふーん。で、どうするの?」
「どうしよう」
亜美は少し泣きそうな顔になっていた。
先生に相談する手もあるけれど、と蛍は思った。ただ、蛍は学校の先生というのを基本的に信用していなかった。
「取り返しに行くしかないんじゃないの?」
そうよね、と亜美はため息をついた。そして、目をうるうるさせながら言った。
「一人じゃ怖いから、蛍。一緒に来てよ」
亜美にそんな風にお願いされれば嫌とは言えないが、と蛍は思う。
「私が行っても余り役に立たない気がするけど……」
言いかけて、健の顔が頭に浮かんだ。 健にボディーガードをさせようと蛍は思いついた。
亜美には下駄箱で待つように言うと、蛍は健を探しに行った。
教室や健が居そうな所をあちこち探し回り、ようやく校舎の屋上で見つけた。
「やっほー」
蛍の呼び声に振り向いた健の顔は強ばっていた。予想外の表情に蛍は少し引く。
「なに、どうしたの?」
「……なんでもない」
蛍の問いにぶっきらぼうな答えが返ってきた。健がぶっきらぼうなのはいつものことだが、蛍にはいつものぶっきらぼうとは少し違うのがなんとなく分かった。蛍は眉をひそめた。
「本当?
なんか、出入り寸前のヤクザみたいな顔になっているよ。もしかして誰かとケンカしようとしてない?」
「そんなことはしない」
「じゃあ、こんなところでなにしてるの?」
「別になにもしていない。ただ、学校を眺めていただけだ」
「はあ、学校をねぇ~」
健の横に立つと蛍は下へ視線を落とした。校庭を下校する生徒が沢山歩いていた。
ちらりと横の健を盗み見る。健の背は蛍より頭一つは軽く高い。小学生の頃はもうちょっと差がなかったと思うけれど、いつの間にこんなに差をつけられたのだろう。と蛍は考えた。
そういえば背丈ではないない、と少し感慨深げに蛍は思った。
こんなに近くに健がいるのは何年ぶりだろうか。いつから健とこんなに距離が開いてしまったのだろう。と
「それで、蛍の方こそ俺に何か用なのか?」
健の言葉に蛍は我に返った。
そうだ、こんなことをしている場合ではない。下駄箱では亜美が首を長くして待っていることだろう。
「そえそう。えっと、暇ならちょっと相談に乗って欲しいのよ。
私の友達がね、変な奴に絡まれて、校舎裏に呼び出されているのよ。
それで、健に一緒に行って貰いたいの。変なことしそうならぶっ飛ばしちゃって」
蛍の頼みを聞いていた健の顔が妙なひきつりを見せた。
「その友人の名前は久野亜美か?」
健がぼそりと言った。
「そうよ……
えっ?亜美のこと、知ってるの?」
「マジか。
久野亜美だと。へ、変な奴だと……
いや、悪いが、それには力にはなれない」
予想外の回答に蛍は少し驚いた。健は強面だが困ってる者や弱い者を黙ってみていられない性分なのだ。だから、今回も二つ返事で引き受けてくれると思っていた。
「えっ?なんでよ。いつもなら来るなって言っても来るのに、なんで駄目なの?」
「なんでもだ。悪いが用事がある」
「用事?う~ん。いつもは暇してるのに……」
バイトなのかしら、と蛍は思った。。
「いいわ、分かった。私たちだけで行くわ」
蛍は諦めるとそう言った。とたんに健が目を丸くする。
「待て!私たち、とは蛍、お前も校舎裏に行くつもりか?」
「当たり前じゃん。大切な友達を一人で人気の無いところで怪しい人物に会わせられるわけないでしょ!」
「いや、駄目だ。それは駄目だ。気まずい」
「はあ?気まずいってどういうこと?
なんであんたが気まずい……って、まさか、あんた!」
蛍は、あっと挙げた口を手で被い、信じられない物を見るような目で健を見た。健は観念したように少し肩を落とした。
「久野亜美を呼び出しているのは、この俺だ」
健はぼそりと呟いた。
2019/10/27 初稿




