蛍はいつも泣いている 9
「ねぇ、健さぁ、最近変わったことない?」
蛍は隣を歩く健に声をかける。
「変わったこと?」
健は気の無さそうな反応を返す。視線はどこか遠くの方をさ迷っていた。
「……何もないよ」
短くはない沈黙の後に返ってきたのは、そんな素っ気ない答えだった。
「ふ~ん」
曖昧な相槌を打ちながら、蛍は近くにあったベンチに腰かけた。
「この間さ。この公園で健を見たよ」
何気ない風を装って蛍は言った。健はなんの反応も示さない。
二人の間に再び沈黙が訪れた。気まずい空気に耐えられず蛍は言う。
「お巡りさんに何か話しかけられていたようだけど、なんだったの?」
ようやく健が蛍の方を向いた。
「見てたのか?」
「うん」
「……何でもないよ」
健は一言言うと、歩き始めた。
「どこ行くのさ?」
蛍は慌ててベンチから降りて、健の後を追った。
「なんでついてくるんだよ」
「いいじゃん。ついていっても」
健はついてくるなともいいよとも言わなかった。ただ、黙っりこくって、ずんずんと歩いていった。蛍もすぐ後ろを歩いていく。
歩きながら蛍は、例の女の子のことを聞こうか悩んでいた。
二人して公園を離れた後、どうしたのかを聞きたくてしょうがなかった。
が、結局聞けずに黙ってついていくと、二人は周囲を鉄製の背の高い柵に囲まれたところにやって来た。柵には汚れたビニールの幌がかけられていて中は見えなかった。
健は立ち止まらず、その柵の周りをぐるりと歩いていく。そのうちに幌が破れているところに出くわした。
健は迷うようすも見せずにその綻びに体を滑り込ませた。
蛍はその早業にあっけにとられたが、素早く辺りの人気を確認すると健の後を追いかけた。
そこは、どこかの会社の物置の様なところだった。土管やら木材、コンクリートを詰めた袋が無造作に置かれていた。
「健、どこ?」
蛍は健を見失っていた。あちらこちらさ迷いようやく見つけた。
健は木箱の上に腰掛け、なにやら物思いに耽っているようだった。
何してるの、と蛍が聞くと、健は何も、と答えた。しかし、蛍は健が何をしているのかなんとなく分かった。そして、健の気持ちも。
それは蛍にとって余り気持ちの良いものではなかった。
□
その後も蛍の日常は続いた。
それは概ねいつもと変わらない。
瑠璃果たちのいじめ。
両親の離婚の話し合い。
みな同じ日を繰り返しているようで少しずつ違っていた。そして、それは健も例外ではなかった。いや、健の変化が一番大きいかもしれない。
前から何を考えているか良くわからないところがあったが、あの公園の出来事を境にその傾向が強くなった。黙ってじっと校舎の窓から外を眺めていることが多くなった。道を歩いていても、どこか遠くの方を見ていることが多かった。かと思うと突然、周囲をキョロキョロと気にしだすこともあった。
そんな健を見るたびに蛍の心はざわついた。
そして……、
そして、蛍はついに見てしまった。健が例の女の子と一緒に歩いているところを。
蛍は反射的に身を隠した。
遠目で何を話しているのかは分からなかったが、女の子はやはり猫を抱いていた。女の子が楽しそうに笑うと、健も笑い返した。
それを見たとたん、何故だか目が急に熱を帯び腫れぼったくなった。
なんで泣きそうになっているのか分からなかった。
蛍は居てもたっても居られなくなり、その場を急いで逃げ出した。
2019/10/20 初稿