僕のヒーローアカゴケミドロ 11
「さあ、さっさと言うことを聞くのです」
舞台で黒メガネの男が叫んだ。
その時だ。
「待て!」
どこからともなく声がする。黒メガネの男はしばらくキョロキョロと左右を見回していたが、不意にはっとなって舞台の上を見た。
そこに五つの人影が現れる。
子供たちの歓声が沸き起こった。
「ピュアブルー!」
「スカイブルー!」
「マリンブルー!」
「プルシアンブルー!」
「マリッジブルー!」
五人が次々と名乗りを上げ、ポーズを決める。
「アオインジャー!? どうしてここに」
驚きの声を上げる黒メガネ。
「カルクアルケミスト。お前のたくらみなど全てお見通しだ!
くらえ、ブルーメラン!!」
ピュアブルーは、叫ぶと手に持ったブーメランの様なものを黒メガネこと、カルクアルケミストに投げつける。
「ぐぅあ」
ブルーメランの直撃を受け、カルクアルケミストは人質を手放し、苦悶の声を上げた。
大袈裟に苦しみながらヨタヨタと舞台の端に移動する。
「かくなる上は、私も本気を出すしか無いですね」
そのセリフを合図に舞台の端からもうもうと白い煙が立ち上ぼり始める。煙はたちまちにカルクアルケミストの姿を覆い隠す。
カルクアルケミストの姿が完全に煙の中に消えると客席にいた戦闘員たちが一斉に舞台に駆け登ってきた。
そして、そのまま舞台の上にいるアオインジャーたちと激しいアクションを繰り広げる。
ショーに熱狂する子供たち。
客席のほとんどの人がショーに見入っている、その一角でショーとは全く関係ない騒動が起ころうとしていた。
■
「おい、見つけたぞ」
ショーを見ていた唯は不意に肩を掴まれた。後ろを向くと、そこには金色トゲトゲ頭の少年、栗坂大悟がいた。
「お前が先公にチクったせいで俺たちがどんな目に会ったと思う」
大悟は目を血走らせながら言った。
「し、知らないよ。それにそんなの自業自得じゃないか」
唯は顔をひきつらせながらも反論した。とたんに右の頬に強い衝撃を感じた。
叩かれた、と分かったのは頬がじんじんと熱を持ってからだった。
話の通じない相手を生まれて初めて目の当たりにして唯は血の気がすーっと引いていくのを実感した。
このままだと何をされるか分からない。
そう思うと足元がガタガタと震えだした。
「おい、何とか言えよ」
大悟は唯の髪を掴むと乱暴に引っ張った。
周囲の人は少し距離を離し、誰も助けようとはしてくれなかった。
「なんとか言えって言ってるだろ」
唯は続けざまに頬を平手で叩かれた。
目から火花が飛び、涙が溢れる。なのに怖くて喉が貼り付いて上手く声が出てこない。
「ちょっとあなたたち何してるの」
さすがに見かねたのか、どこかの子供連れのお母さんが止めようとして声をかけてきた。
「うるせーよ、ばばあ」
唯を取り囲んでいる少年の内で背の高い、出っ歯の少年が女の人を突き飛ばした。
それを見て、わっーと蜘蛛の子を散らすように唯たちの回りに空間ができる。この状況ではもう誰の助けも期待できない。自分で何とかするしかないんだと、唯は悟る。
逃げないと
唯は無駄な足掻きと思いながらも大悟を突き離そうと両手を前に出した。
「ぐぇっ」
大悟が思いもよらず苦悶の声を上げ、唯を離してよろめいた。
唯が無我夢中て突き出した手には松葉杖が握られていた。その杖の角が偶然にも大悟の鳩尾にヒットしたのだ。
何が起きたのが良く分からないまま、唯は手に持つ松葉杖を必死に振り回した。
思いもよらぬ唯の反撃に少年たちは気を削がれ、後退する。その隙をついて唯は少年たちの囲いを破り逃げだした。
「大悟さん、大丈夫ですか」
丸顔の少年が腹を押さえて、片膝をついている大悟に心配そうに近づこうとする。
「バカ野郎。俺のことよりあいつを追いかけろ!」
しかし、大悟に一喝されて少年たちは弾かれたように、唯を追いかけ始めた。
■
白い煙に包まれた黒メガネ、カルクアルケミスト役の男は舞台のそでにひきこもうとして、アカゴケミドロ役の姿が見えずに戸惑った。
煙に乗じてアカゴケミドロ役と交代するよていだったのだ。煙が晴れると同時にアカゴケミドロが出現して、アオインジャーたちと最後のアクションをする手はずだ。そのアカゴケミドロが居ない。
「アカゴケミドロはどこだよ」
カルクアルケミスト役の男が小声でスタッフに尋ねる。
「いや、分かんないっす。さっきまでそこにいたはずなんですが……」
スタッフも困惑ぎみに首を傾げる。
「アカゴケミドロ居なくて、この後どうすんだよ」
カルクアルケミスト役の男は半分切れぎみに小声で叫んだ。皆、対応方法が分からず右往左往するだけだった。
そうこうしているうちに煙が晴れた。
カルクアルケミスト役の男は舞台のすそに取り残される格好になる。
舞台の反対側では、あらかた戦闘員たちを倒したアオインジャーメンバーが想定外の段取りに戸惑い、硬直していた。
一方、何も知らない客席の子供たちはキラキラと目を輝かせながら、次の展開を今か今かと見守っていた。
カルクアルケミスト役の男は無言で客席とアオインジャーメンバーを交互に見た。見比べる度に背中に脂汗が染み出てくる。
どうする、どうする、どうする
カルクアルケミストは目眩にも似たパニックに襲われる。
落ち着け、考えろ
子供たちの夢を壊すな
負けるな俺 考えろ
カルクアルケミストは懸命に思考を巡らす。
そして……
「うわぁはっはっはぁ」
カルクアルケミストは両手を腰に当てるとやおら高笑いを始めた。
「奥の手のアカゴケミドロに変身しちゃおーかなーと思ったが、お前らごとき、このままでも十分だ。
さあ、どこからでも掛かってこい!」
カルクアルケミストの挑発にアオインジャーたちは一瞬戸惑うが、すぐに気を取り直した。
軽くアイコンタクトで意思の疎通を図ると一斉にカルクアルケミストに向かって突進した。
■
杖をつきつつ懸命に走る唯。
それを追いかける五人の少年。少年たちはもうすぐにでも手が届くところまで唯に肉薄していた。
「うりゃぁ」
突然、唯は背中を蹴られた。蹴られた拍子にバランスを崩して、転倒する。
「舐めた真似しやがって、ふざけてんじゃねーぜ」
「お前のおかげで、近所で白い目見られてるだぞ」
「小遣い減らされたんだ、お前、金寄越せよ」
少年たちは口々に叫びながら倒れた唯を蹴りつける。唯は何もできずにただ体を丸めて痛みに耐えるしかなかった。
「ううう」
散々蹴られた後、また髪の毛を引っ張られ強制的に起き上がらせられる。
目の前に、口を歪ませて笑う大悟の顔があった。大悟はポケットからナイフを取り出す。
「へっへっへ」
唯の目の前でナイフをちらつかせる。恐怖で蒼白になる唯を楽しそうに眺めて、大悟は心底楽しそうに笑った。
「もう二度も舐めた真似出来なくしてやるよ」
大悟は持っていた袋の中からなにかを取り出す。
ウサギだ。
耳を掴まれたウサギはチイチイと苦し気に鳴いていた。
そのウサギの首もとに大悟はゆっくりとナイフを近づける。
唯は大悟が何をしようとしているかを悟る。
「止めてよ、なんでそんな酷いことするの?」
「なんでだって?楽しいからに決まってるだろ。お前もこいつも同じだ。弱っちいのはピーピー泣きながら踏みつけられるしかないんだよ。分かるか?」
「分かんないよ、そんなの!」
間髪いれずに唯は殴られた。鼻の奥がキーンと痛みに、口の中に鉄の味が広がった。ポタポタと鼻血が地面に垂れる。
「生意気な口をきくなつーてるだろ」
大悟はウサギの首にナイフを当てる。
「お前もこのウサギ見たく首をかっ切るぞ。
力の無いものは黙って踏みつけられてればいいんだよ」
ウサギが小さく鳴いた。唯はぼろぼろ涙を流しながら目を固く閉じる。これから起きる惨劇から目をそらす。やれることはそれぐらいしか残っていなかった。
2018/12/01 初稿
2019/09/14 改行などのルールを統一のため修正