亜美は秘かに思っている 8
「うるさいわね!
だったら手伝ってよ」
亜美は振り返り、怒鳴る。
怒鳴ってから、目の前に壁があることに気がつき、ゆっくりと顔を上げる。ついさっき、同じような反応をしたのを思い出しながら。
「えっ、あなたは、確か……」
雲をつくような大男。海道健がそこにいた。
何故ここに健がいるのか?という疑問より、この体躯の人ならば動かせるかもしれない、という期待が亜美の頭をよぎる。
「丁度良かった。力を貸して。この車を持ち上げて子供を助けたいの」
亜美の言葉に健は首を横に振る。
「無理だといっているだろう。一人二人でどうにかできる重さではない」
淡々と語る健の言葉に亜美は一瞬驚き、次に失望する。
ああ、この人もみんなと同じなんだ。
何故か亜美は裏切られたような気持ちになった。自分の事を好きだと言ってたのに、所詮この程度か。
どこかに変な期待があって、それを裏切られた気分だった。期待すれば裏切られた時の悲しみも大きい。だから、猛然と怒りが沸いてきた。冷静に考えると亜美の怒りは理不尽なものだ。だが、この時の亜美には至って当然なものに感じられた。
「ああ、そう。分かった。もう頼まない。
無理だって、なんだって私一人でやるから。
逃げたければどこへでも行きなさい」
亜美は言い捨てると、もう一度動かそうと車に手をかけた。
顔を真っ赤にして両の手に力を込めるが、やはり車は動かなかった。
「無駄だと言っているだろう」
車と格闘する亜美の肩に健の手が置かれた。
「うるさいわね。邪魔しないで!」
亜美は怒りに任せてその手を振り払おうとしたが、逆に強引に振り向かされる。健は物凄い形相で亜美を睨み付けていた。頭に血が上っていた亜美もさすがに恐怖を覚えた。
殴られる
そう思い、目を瞑る。
「一瞬だ」
健は言った。
「はい?」
健の言葉の意味が分からず、亜美は目を開き、聞き返す。
「一瞬だけだが俺がこいつを浮き上がらせる。
その瞬間に子供を引っ張り出せ」
「浮き上がらせるってどうやって?」
さっきは動かすことなんてできないって言ったのに浮き上がらせるなんてできるわけがない。亜美には意味がわからなかった。
「良いから準備しろ。浮いたら力一杯引っ張れよ」
健は有無を言わせぬ気迫でいい放つと軽自動車にほとんど触れるところまで近づく。
一体何をしようとしているのか?亜美には皆目見当もつかなかった。
「はあああああ」
周囲の喧騒の中、健の息を吐き出す音が静かに響いた。
バン!
健は左足を地面に打ちつけた。
そして、打ちつけたその左足を軸にして体をグルンと半回転させる。
回転の勢いそのままで流れるような滑らかな動きで両肩を軽自動車にぶつける。
ズン
亜美は、耳に聞こえない重低音スピーカから発せられる音のようなものがお腹を通りすぎるのを感じた。
その瞬間。
自動車がグラリと傾ぎ、ゆっくりと持ち上がっていく。
「今だ!引っ張れ」
健に言われて、反射的に亜美は子供の腕を力一杯引っ張る。
車に挟まれていた子供の足がするりと抜け、亜美の胸に子供が飛び込んでくる。亜美は受け切れず、子供を抱いたまま尻餅をついた。
気づくと子供が腕の中で火が点いたように泣いていた。
「大丈夫。大丈夫よ。よく頑張ったね」
亜美は、必死に泣きじゃくる子供の頭を撫でながらあやす。
と、体が浮き上がった。健が子供ごと亜美を抱き上げたのだ。健は二人を抱いたまま走り出していた。
数秒後、大音響が轟く。
ついにガソリンに引火して軽自動車が爆発したのだ。
「ぬぅ」
「きゃあ」
爆風に煽られ健と亜美は地面に叩きつけられた。
2018/06/08 初稿
2019/09/14 改行などのルールを統一のため修正
《オマケ》
今回、健が使ったのは八極拳で言うところの鉄山靠です。
バーチャファ○ターのアキラで有名な技ですね。
いわゆる体当り系の技。
体重をそのまま相手にぶつけていくので、通常の腕や蹴りとは比較にならない衝撃を相手に与えます。
達人レベルはサンドバッグを数メートル吹き飛ばせるとか。
今回は、健はこの技に回転の運動エネルギーも加え、威力の底上げをしています。




