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亜美は秘かに思っている 5

「意味が分からん」


 呟くと亜美は慌てて蛍に電話した。


『おかけになった電話は電波が届かない……』


 携帯から聞こえてくる音声メッセージに、亜美は軽い目眩を感じる。


「はい、はい。分かりました。一人で行けって事ですね。

良いわよ。一人で行けば良いんでしょ」


 亜美は口を尖らせて携帯を切ると一人で校舎裏へと向かった。


 校舎の裏は人気(ひとけ)はなかった。そっと建物の影から辺りを確認する。誰もいなかった。


「誰もいないのかしら……」


 亜美は身を乗りだし、もっと詳しく周囲を見回すが、やはり誰もいなかった。

 校舎裏は物置として使っているプレバブ小屋が何軒か(のき)を連ねていた。小屋に入りきらなかったとおぼしきガラクタ、壊れた椅子や机、ドラム缶等が幾つも雨ざらしにされている。

 基本的に学生に用がある施設は何もない。来て愉快な場所でもないから、人気(ひとけ)がないのは当たり前だ。

 自分だって呼ばれていなければ、一度も来なかったろうと亜美は思った。

 その時、後ろに気配を感じてた。

 振り返ると目の前に壁があり、亜美は面食らう。

 一歩後ろに下がる。そして、ゆっくりと顔を上げる。

 雲をつくような大男、と言う表現を亜美は初めて実感した。


「あなた、誰ですか」


 初めて見る顔だった。

 亜美は、てっきり下駄箱で絡んできた男が待っていると思っていたのだ。下駄箱で出会ったニキビ面の小男は体格的にも自分とそう変わらなかった。だから、強引な態度に出られたりしたとしてもいざとなれば振り切る事もできるだろう。と、どこかで高を括っていたところがあった。

 だが、この目の前の大男は無理だ。この男に捕まるような事になれば、逃れることは出来そうにない。亜美は本能的な恐怖を感じた。


「先ずはこれを返す」


 亜美が黙ったまま体を固くしていると大男は本を差し出してきた。


「私の本?」

「そうだ。すまなかった。

どうしても話がしたくてこんな事をしてしまった。申し訳ない」


 男は頭を下げた。

 状況の展開に今一つついて行けてないが、亜美は取り合えず本を受けとる。


「そ、それであなたは誰ですか?

私に何の話があるんですか?」

「俺の名前は海道(かいどう)(たける)

用件は……」

「用件は?」

「用件は…だな!

俺はお前が好きだ! 付き合ってほしい!!」

「はい?」


 亜美の口が『はい?』の『い』の形で硬直する。健は頭を深々と下げ、亜美の言葉を待っているようだった。しかし、亜美は亜美て硬直する。

 気まずい沈黙が流れた。


「付き合ってくれないか」


 ついに痺れを切らし、健の方が先に動いた。返事を求めて健がずいっと前に出る。


「ダメ、ダメ、ダメ、近づかないで!」


 亜美は反射的に叫ぶと、持っていた本を神楯(アイギス)のように前に突きだし、二歩後ろに下がる。その剣幕に健は動きを止める。


「駄目なのか。何故だ。誰か他に好きな奴がいるのか?」


 健はすがるような目で聞いてくる。実は断る明確な理由はなかった。ほとんど精髄反応のようなものだった。


「とにかく駄目なんです。

申し訳ないないですがお断りします。

もう、行きますね。ついて来ないでくださいよ」


 亜美は早口で捲し立てると、健の横をすり抜けて走り去った。引き留められるかと思ったが健は微動だにしなかった。


 深夜の病室。

 尚美と佐倉さんが亜美の話に聞き入っていた。話が一段落したので尚美が言った。やや呆れ顔だった。


「ド直球でしたね。速効打ち返されてますが」


「最悪なファーストインプレッションね」とは佐倉さんの評。


「告白も急すぎだし、呼び出しの仕方も最低。

初対面で『お前』呼ばわりも地味にポイント下げてるわね。

これでなびく女子なんていないでしょ」

「ですね」


 佐倉さんの総括に尚美が同意する。


「その時は、私、とにかく恐くて。その場から逃げだしたい一心だったんです」

「そりゃ、そうでしょうね」

「でも、でも。今は付き合ってるんでしょ。

話を聞く限り、こんなんじゃ奇跡でも起きない限り二人が付き合うなんて無理っぽくないですか?」


 尚美の言葉に亜美は少しはにかむような笑みを浮かべた。


「それが、その奇跡が起きちゃったんですよ。

それも、この後、直ぐに」

2018/06/05 初稿

2019/09/14 改行などのルールを統一のため修正

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