エピローグ ―迷いの果ての答えー
数日後、何とか回復して歩けるようになった光月は、オペレーティングルームに長官といた。
「これが今回の報告書です」
「うむ、ご苦労」
分厚い書類を手渡す。こうした情報の蓄積が、やがて皆を、人々を守る事に繋がっていく。光月は己の使命をよく分かっていた。
「しかし今回の敵は強敵だったな。まさか武をここまで極めた怪人が現れ、光月君をここまで追いつめるとはな……」
ぱらぱらと報告書を捲りながら、長官が呟く。実際、光月にとってもその点は重大な脅威と感じていた。
「えぇ……私自身、まだまだ修行が足りないと痛感しましたよ。それに……」
「それに?」
光月は、フ、と小さく笑って、勿体ぶって言葉を続けた。
「それに、久々に悩みましたよ。『力とは何か』。武を目指す人間なら誰もが一度は悩む通過点。改めて突きつけられると、なかなか難しい問いです」
朗らかに話す様子。長官は、かつて悩んでいた光月の姿を照らし合わせ、その吹っ切れた様子にほっとする。
「そうだったな。いつだったかの君も、私にそう聞いた。
それで、今その答えをちゃんと持てているかね?」
長官の問いに、光月は少し逡巡して、答えた。
パンッ!と手を打つ音。
「はいっ! 今日の練習はここまで!」
「「ありがとうございましたー!!」」
子供たちの元気な声が響き渡る。続いて、ドタドタ足音、きゃっきゃとはしゃぐ声が、道場に響き渡る。
光月はそれを、満足そうに頷きながら見つめる。
今日も平和に、子供達に武術を教えられる。何と嬉しい事だろう。
と、一人の子供が光月に駆け寄ってくる。前に強くなりたいと言っていた子だ。
「せんせー! 俺、また強くなっちゃったかな!? クラスのイヤな奴がいるから、ちょっと試してみたいんだ!」
無邪気に笑う子供。しかし光月は険しい表情、厳しい口調で諭す。
「前にも言いましたが、それはいけません。いつも言っているでしょう?
力とは、誰かを守る為にある。自分の為に振るってはいけない、他人を守る為に使うのだと。力を持てば、心に余裕ができます。余裕があれば、人に優しくできるんです。
君もそれができる。必ずできる。分かるかな?」
子供はう~ん?と首を傾げて答えない。あまりぴんと来ていないようだ。
「もし君が先生の言う事を聞けないなら、先生が君を引っぱたいて言う事を聞かせましょう。先生の事を嫌いと言ったら引っぱたきます。先生の事を好きだと言って、先生の言う事を聞くまで引っぱたきます…… そんな先生、好きですか?」
「……ううん、怖い」
「そうでしょう? 君が友達にやろうとしているのは、そう言う事です。力はやたらに振りかざせば、より強い力を呼び込み、その人を、その人の周囲をも不幸にします。でも力が無ければ、誰からも認められず酷い目に遭わされ続けます。そのどちらにもならない為に、力を付けるのです。分かりましたか?」
キョトンとした表情を浮かべる子供。ちょっと難しすぎただろうかと光月が内心思っていると、
「うん、何となく分かった! クラスのそいつ、弱い奴をイジめる悪い奴だから、その時だけ戦う! それ以外は絶対手を出さない! 約束!」
ん!と右の拳を突き出す。光月は、驚き、そして最高の笑顔で拳を合わせた。
「くそ、くそっ! またしても失敗するとは! 紅虎めっ! 役立たずが!」
ディオナルドは苛ついていた。度重なる失敗、首領がいつまでもお許しになるとは思えない。
元々紅虎とは馬が合わなかった。自信の塊、力そのもの。力無き者は存在価値無しと斬って捨てる様。とてもイヤな奴だった。
だから改造手術の折り、嫌がらせをしてやった。何、ちょっとした時間制限を設けてやったんだ。それでもきっと奴は勝ったはずだ。
だが負けた。まさかガドガイアーにあれを打ち倒す程の力があるとは……!
「ディオナルド」
低い男の声が響き渡る。今、もっとも聞きたくない声だ。
「しゅ、首領……」
口の中が乾いていく。緊張、畏怖。ディオナルドの思考は停止寸前であった。
「紅虎が破れたそうだな……」
「は、はい……し、しかし! 奴は新設部隊の壊滅という作戦自体は達成していきました! 戦力の喪失は痛手ですが……つ、次の怪人を現在準備している最中です! 急ぎ対応致しますので、お許しを!」
どうやったら許されるのか。その事で必死であった。
「……」
沈黙が恐ろしい。
「ガドガイアーはそれ程強いのか?」
「はっ? は、はい! しかし我がカリメアは必ずや! 奴らを打ち破り、野望を叶えて見せましょうぞ!」
「……任せたぞ……」
首領の声が消える。どっと汗が噴き出す。
未だ何とか猶予はある。次の作戦、失敗してはいけない。
……改造手術を急がねば……
自然、廊下を歩くディオナルドの足は速くなっていた。




