春のあと、言えなくなったこと①
春の大学は、やさしい顔をしているくせに、ときどきひどく残酷だった。新しい教室。新しい友達。新しい会話。誰もが少し背伸びした笑顔で、でもそれを当たり前みたいに着こなしている。軽い声で名前を呼び合って、講義のあとには自然に誰かと並んで歩いていく。そんな景色の中に立つたび、水城雪乃は、自分だけがうまく呼吸の仕方を忘れてしまったような気がした。
人と話すのが嫌いなわけじゃない。むしろ、本当はもっと自然に笑って、もっと気軽に言葉を返して、誰かの隣にいることを怖がらない自分になれたらと思っていた。けれど現実には、いざ誰かを前にすると胸の奥が先に強張る。何を言えばいいのかわからなくなって、言葉を選びすぎて、結局、当たり障りのない相槌ひとつで終わってしまう。高校の頃からずっと、そうだった。
だから、大学で彼を見つけたときは、少しだけ救われた気がした。高校時代、教室の中で何度か言葉を交わしただけの人。それでも、自分のことを覚えていてくれて、再会したときに声をかけてくれた人。彼の前でも、雪乃は相変わらずうまく喋れなかった。それでも、ぎこちない会話のあとに残る沈黙は、知らない人とのそれより少しだけやわらかかった。
今度こそ、もう少しだけ自然に話せたら。今度こそ、ちゃんと笑えたら。そんなふうに思ってしまったのが、よくなかったのかもしれない。




