508、慎重且つ大胆に
デュランはカムディア地方であったことを皆に周知する。デュランとしてはルグラトスがこの地で裏稼業にその身をやつしていたことが主題だったのだが、セオドアはゲムロンに着目した。
「……ゲムロンといやぁ、ドゥームロウのボスザルだなぁ。あれで何気に勢力の拡大狙ってんのな……」
その呟きにデュランがムッとしてセオドアを睨む。
「知っていたのか貴様っ! 何度も潜入しておきながら帝国に情報を通達していないとは何事かっ!!」
「バカ言え。魔導大国の暗部に関する情報はちゃんとファイルに纏めてある。隅々まで読めばその内出てくるだろうぜ。第一、こんな情報が必要になるのは戦争くらいでしかないだろ……」
セオドアは呆れた様子で長椅子に転がる。暗に読んでないだけと言われたデュランは奥歯を噛みしめながら悔しがる。
「ゲムロン? そんな奴聞いたことないけどなぁ……」
アセリアは頭を捻るが、今までに一度としてその名を聞いたことがないと困惑を隠せない。かの魔導星ですら聞いたことのない存在だが、当然だとセオドアは語る。
「そりゃそうだ。自分のお膝元ならともかく、ダモーイン地方だぜ? 知ってる方がどうかしてる」
「あっ! でもそうか。ダモーイン地方の都市『ドゥームロウ』と言えば治安が悪いことで有名な都市ね。深く考えてなかったけど、ドラッグの出所としては面白くも可笑しくもない場所ってわけか……」
考え込む様に頬杖を突くアセリア。
「近年、ドラッグで自らに状態異常を付与することが問題化していたんだけど、神聖魔法による回復効果で簡単に復帰可能だから放置しちゃうのよ。でも状態異常を回復させたところでドラッグを使用したことによる依存効果が後から現れるから、気付かずにまたドラッグに手を出しちゃうってケースが後を絶たないのよねぇ……」
ブルックは眉間にシワを寄せた。
「そんな物に手を出す者たちの気が知れんが……」
「使用する理由は様々だけど、学生だと成績不振や勉強疲れ、社会人だとストレスや閉塞感からの解放が主な理由だそうよ。実力主義の社会だけに周りとの差が自分を追い詰めるんですって」
がむしゃらに己を鍛えてきた剣聖たちや、使命に燃えて己を磨き上げてきた七元徳たちには理屈は分かっても同調は出来ない。極端な話、塞ぎ込んでいる暇があったらさらに努力を重ねろとしか言えないからだ。
ここでランドルフが深刻そうに考え込む。
「しかし面倒なことになりましたな。魔神襲来に加え、闇業界の拡大行為ですか? 弱り目に祟り目とはよく言った物です」
「まったくだ。挟み討ちになっちまってるから身動きが取りにくいぜ」
クレイの言葉の意味を理解する。今、この国は大揺れに揺れている。魔神に反抗するか、傅くか。多くの場合、後者を選ぶことだろう。当然、ゲムロンは魔神側につく。この時、確実に必要になってくるのは献上品だ。剣聖や七元徳といった外からの敵対者の情報の提示、または身柄を拘束し、自分を売り込んでいくのは目に見えている。自らの地位を上げるため、喜んで魔神の手下になる可能性は否めない。
その推測に行き着いたセオドアはカッと目を見開いて腹筋だけでスッと起き上がる。
「おいおい。そうなってくるとルグラトスに情報を握られちまったのは不味いな。ゲムロンに情報が行き渡るのも時間の問題だぜ」
その瞬間にデュランがハッとして目を泳がせる。感情のままに出て行ったことで悪人に隙を与えてしまったことになったのだ。潜入調査中いきなり背後から襲撃されても不思議ではなくなった。
「つまりわたくしたちは袋小路に嵌まってしまった……ということですわね?」
クラウディアの結論にアドニスも頭を抱える。レナールはこの際、全部敵に回しても良いんじゃないかと心の中で腹を括り、黙ってスキットルの中の酒を一口呷る。ブリジットも諦めているのか、特に口を出すことなく成り行きを見守る。
「であるなら、これ以上は動くことなく篭城戦と行くか? 幸いにもシードル殿は仲間入りを果たしてくれたであろう?」
オーウェンの提案をセオドアが即座に却下する。
「いや、ダメだ。あいつは現金な野郎だ。義理人情じゃ動かねぇ。一時は仲間に入ることを約束し、大金を差し出して完全合意をとっても、俺たちが完全に不利となったらそれっきりだぜ」
これにはアセリアが頷く。同じマスター同士、性格は把握済みである。
「……だったら前を向くしかないよね?」
ティオは淀み始めた空気を振り払うかの様に真っ直ぐ前を向いて言い放つ。
「当初の予定通り、残りの魔導星を勧誘しに行こう。仲間は少しでも多い方が良いからね」
「私もそう思いますっ」
リディアもティオに同調する。後ろ向きな意見ばかりの中に光が差した様だった。だがそれでは何も変わらないとアドニスが釘を刺す。
「確かにティオやリディアの言う通り最早考えるだけ無駄かも知れないが、待ち伏せは覚悟しなければならない。戦うのはこの際仕方ないとしても、暴れた末に魔神たちに気付かれるのだけは避けねば、戦力が整っていない内から本命とぶつかってしまう恐れもある。事はさらに慎重に運ばなければならない」
この慎重論はアレンが弾く。
「いえ、申し訳ないですが、ここからはさらに一歩進んだ行動を取る必要があります。ルグラトスさんがゲムロンという人物に俺たちの情報を伝達したらあちらもすぐに何らかの行動に移ります。ここで慎重になれば先手を打たれることは確実。ならば、こちらも迅速に対応する必要があるでしょう」
「しかし、目立つことを避けるのは絶対だ。あちらは目立とうが何だろうが関係なし。魔導大国というお国柄、ゴロツキと言えど魔法を使わぬものはいないだろう。下手をすれば狼煙1つで我々は退却を余儀なくされるんだぞ? 土地勘のない我々ではドツボにハマってしまうかもしれないんだ。慎重に動くことは間違いではない」
「だからこそ包囲を固められる前に動くんです。早くしないと取り返しのつかないことになりますよ」
考えるよりもまず行動。幸いにも残りは3名。移動に多少時間がかかったとしても、最初より人数は1人少ない。その分1名に割ける人数を増やせるので、より安全な道中と勧誘が見込める。それに各地に点在する教会という安地がある。何かあれば逃げ込むことだって出来なくはない。
これはアレンに軍配が上がりそうだと思われたその時、ブルックが新たに提案をし始める。
「この際、ゲムロンを叩き潰すのはどうか?」
その案に即座にレナールが「乗ったっ!」と大声で同調する。ランドルフが困った顔で右手をかざす。
「お待ちください。それでは先にアドニスが言った様に凄く目立ちます。魔神たちの興味を引いてしまっては本末転倒でしょう」
「そうだ。もっと現実的に考えてもらいたい物だな」
アドニスが不機嫌に肩を竦めるが、ブルックはやめない。
「2手に分かれよう。我々剣聖がゲムロンを叩き、君たちで残りの魔導星の勧誘に勤しむ。背後から襲ってきそうな邪魔者を排除出来る上に国益にもなる。そして仲間の勧誘も出来る。私、セオドア、レナール、デュランは潜入調査を行なっている関係上、土地勘はそれなりにあるからな。なにより……」
ブルックはアセリアに預けていた武器を机の上から手に取り、みんなの前にかざす。
「解禁だ。七元徳の供回りをやめ、ドゥームロウに殴り込みをかける。万が一派手に暴れてしまった場合、君たちの言う様に魔神の興味を引いてしまう可能性もあるが、それもまた良し。ドゥームロウに舞い降りるのであれば、他の地方には現れない証左となる」
「……なるほど、囮の役も兼ねると言うことか」
ブルックはコクリと頷く。剣聖たちは迷いなく机の上に置かれた魔剣の元に歩き、手に取って腰に佩く。
全く反論もなく、ごく自然な振る舞いだった。
「ここからが正念場だ。……アセリア殿、すまないがまた車を出してくれ」
「ふふっ、君たちといると退屈しないね。いいよ、行ってきな。上手くいくことを祈ってるよ」
アセリアの肯定に隣に座っていたアリーシャもニコリと笑顔を見せた。




