412、災害
『……ぐああぁぁっ……!!』
大禍津日神は刺された腹部に焼けるような痛みを覚える。同時に腹から煙を吹き、盛大に燃えているような有様だ。突如現れたアリーシャに背後から剣で貫かれたのが災いしている。
しかし大禍津日神にとってこれほど不可解なことはない。焼けるような感覚ということは火の属性を持った剣であると考える。大禍津日神には属性による攻撃は無意味。痛みはおろか、焼かれている感覚さえも感じることはないだろう。
突き出た切っ先を思わず触ると指先が焼けるような感覚を覚えて手を離す。確認すると指先からは煙が燻る。
(……ただの剣ではない……これは……?!)
爛れた指先は剣から手を離した2秒後くらいに再生を始めた。体感で2秒後くらいなので正確な時間は分からないが、瞬時に回復するはずの体に異変が起こっている。
『……し、神域の剣か……っ!』
「──ご明察。禍津神さん、お覚悟を」
『……わらわを焼くほどの神聖性を持つ剣を……扱える人間がいるとはな……しかしそれだけではわらわを消滅させることなど出来ぬ……っ!!』
大禍津日神は刺された剣をそのままに合掌する。
──パァンッ
凄まじい破裂音は音を消し去る。また能力を発動しようとしたその時、レッドが片方の腕を切り飛ばす。
『……ぬぅ……っ!?』
再生が追いつかない速度で斬られた腕は宙を舞う。手加減されていたことを知り、大禍津日神は怒りをあらわにした。
『……人間風情が……立場を知れぇっ!!』
*
──ゴゴゴゴゴッ
何をしたのか定かではなかったが、大禍津日神が叫んだと同時に地鳴りが起こる。
「な、なに? 何が起こったのっ?!」
全力で呪いの泥を抑えていた七元徳は辺りを見渡す。焦る面々をランドルフが口に指を当ててシッと細く鋭い息を吐いた。
「……耳をすませてください。何か音が聞こえませんか?」
ランドルフの言う通り耳をすませるが、遠くの喧騒が聞こえるくらいで特に何か聞こえるわけではない。赤いゾンビの群れをアリーシャが一挙に引き受けてくれたおかげで静かなものだった。
「……聞こえます」
リディアは誰より集中して音を拾う。リディアの聖装『聖なる鉄棺』は『流石はご主人様っ!』と高らかに自慢するが、「うるさいっ」「黙れっ」というアドニスたちの言葉に口を閉ざした。リディアに注目が集まり、聞き耳を立てる。
「近づいてくる……水が何かを掻き分けるような……波の音……はっ! 不味いっ!!」
何かに気付いたリディアはクレイを見る。
「今すぐに『神与の聖守』を解除してくださいっ!」
「何を……そんなことをすれば呪いの泥が……」
「あれは他にもあったんですっ!!」
その瞬間に全員の肝が冷える。クレイの『神与の聖守』解除のためにクラウディアは『輝きの天翼』との同期を切る。12枚の光の剣が戻ってくると同時に結界は消滅し、呪いの泥はその場に落ちていく。呪いの泥玉を閉じ込めておくのに聖なる力をかなり消耗したが、背後から迫り来る呪いの津波にしのごの言っていられない。
「──神与の聖守っ!!」
クレイは自分たちの周りに結界を張り直す。ティオとランドルフ、オーウェンとアドニス、そしてリディアとクラウディアはクレイに力を分け与え、結界の強度を上げた。
──ドパァンッ
打ち付ける呪いの津波がしぶきを上げて結界を直撃する。すべてを持っていかれそうなほど強烈な質量に7人分の結界が悲鳴を上げた。さらに、呪いの津波は建物や草木を破壊し、止めている7人に向けて無作為に放たれる。
「うおぉぉっ!? ヤバイヤバイっ!! 聖域が保たねぇぞっ!!」
ミシミシッと今にも圧壊しそうな結界。この事態に聖なる鉄棺が動く。
『こうなっては致し方ありません。少し窮屈となってしまうやもしれませんが、皆様どうぞ私の中にお入りください』
そう言うとよく手入れされた棺がキィッと音を立てて開く。
「そんな狭い中に全員が入れるわけがなかろうっ!!」
「くっ! 『インテリジェンス・ウェポン』とかいうご立派な武器種の癖になんて頭が悪いんだっ!」
オーウェンとアドニスが聖なる鉄棺に怒る。
『お待ちを。『インテリジェンス・ウェポン』に罪はございません。そのような言い方はおやめいただきたい』
聖なる鉄棺のズレた言い分に頭を抱えたい気持ちになったが、そんなことはしていられないのでランドルフはティオとリディアを見た。
「お二人とも中に入りなさいっ! 棺は強力な防護魔法が掛けられているはずですっ! 小柄なお二人なら助かりますっ!!」
「な、何を言うのっ?!」
「いいえ、その通りですわっ! ここで全滅するより2人だけでも生き残ってくださいましっ! 後をお任せ致しますわっ!!」
クラウディアも声を大にティオとリディアの無事を切に願う。2人は一瞬開いた棺の中を見た後首を横に振った。
「そんなこと出来るわけないじゃないっ!! ここを乗り越えてみんなで生き残るよっ!!」
ティオは顔を真っ赤にして力を注ぐ。
「……まったく……聞き分けのないリーダーですね……っ!」
ランドルフは片膝をついて汗を流す。ここで何とか2人だけでも生かそうと無理をして力を使いすぎた結果、立つ気力すら使ったようだ。無理に押し込む力もないので、この瞬間にランドルフは全滅したことを悟る。
そうはさせじとリディアも力を出し切ろうと前を向いたその時、棺の中で何かが光り輝いた。
「……え?」
リディアが中を覗き込むと、中に埋め込むように忍ばせていた大事な鍵が光り輝いていた。リディアは無意識のうちに手を伸ばし、その鍵を手中に納める。それは孤児だった自分が修道院に預けられる前から所持していたと教えられた大切な鍵。未だに何を開ける鍵なのかは分かっていないが、ただの普通の鍵だと認識していた。
鍵を握り込んだ直後、ほとんど使ったはずの聖なる力が一気に回復し、リディアは一気に元気になった。
「……まだ、行けます」
もうダメかと思われた圧壊寸前の結界は寸でのところで回復する。何が起こったのかなど聞く暇もない面々はとにかく命をつなぐために力を出し合い、呪いの津波を耐える。
*
呪いの泥が解放され、四方八方から呪いの波が押し寄せる。
「──まだ隠し持っていましたか。全方位攻撃とは厄介な……」
アリーシャは剣を大禍津日神から抜いてレッドの元へと駆け寄る。
『……させんよ……吹き飛べ……っ!』
──ボッ
アリーシャの体は斥力でも働いたかのように吹き飛ばされる。痛みはない。風の風圧で進めなくなるような感覚に近い。
『呪言』。名前を介さずとも発動する特異な力。
「──あ、レッドさんっ!」
手を伸ばすが、レッドからは3人分くらい距離が離れている。レッドはすぐにアリーシャを捕まえようと考えたが、白い鎌が行手を遮った。
『……飲まれよ……レッド=カーマイン……!!』
──ザパァッ
上から落ちてきた呪いの泥と津波に大禍津日神と共にレッドは飲み込まれた。




