5.誕生日パーティー【開始:前】①
早くも、本日2度目。
治癒魔法による顔面修復作業が、アルヴェインお兄様によって行われる。
魔法を行使するお兄様の表情が若干、硬い。
気のせいでは…ない。
出来ることなら、床に額を擦り付けて、土下座してお詫びしたい。
しかし、もうこれ以上、各方面、関係者各位にご迷惑をおかけするわけにはゆかない!
そんな行動をしたら、①ドレスが汚れる。→最悪お色直し。
②手も汚れる(チラ見したところ、床はピッカピカで、埃一つ見当たらなかったが)。→濡れタオル使用orお手洗いへ。
③髪が乱れる。→セットし直し。
④額が傷つく。→三度の治癒魔法。さすがの長兄もおこ(多分)。
軽く見積もって、これだけの余計な行程が増える。
それだけは、絶対に、阻止!
今後、如何なる些細な事でも、スケジュールを逸脱する行動は許されない。
カッツカツ、もうカッツカツなのであります!
分刻みの行程を完了すべく、忙しなく働く使用人の皆様をご覧になって!
こんな人々の努力と汗を無駄にする行動を、進んで行うなんて、そんなの鬼畜!
鬼畜の所業、許されないわ!!
脳内で懺悔し、自らを罵倒の後、軽はずみな行動を控えるよう戒める。
石橋は叩いて渡る!
有言実行、今度こそ、果たして見せる!!
大丈夫、私はやれば出来る、…やれば出来る子、な、筈……!!!
段々と自信が無くなってくる。
考えすぎるのも、良くない。
気を取り直すため、想像の中で両頬を手でペチッと叩く。
現実では、よしっ!と気合を入れて拳を握るにとどめる。
そして、治癒魔法を施してくれた長兄に感謝の言葉を伝える。
「お兄しゃま、あぃがとう!」
こんの、滑舌ぅぅぅ~!
コノヤロオォ~~~!!
「り」もダメなのか、そうなのか、もう喋りたくなくなりますけど!!?
自尊心は、ズッタズタのメッタメタのボロ雑巾状態だ。
今すぐ何処かの隅っこで、存分にいじけたいが、必死に堪える。
唇を強引に引き結んで、表情筋を総動員して何とか、笑みらしきものに、顔を歪める。
「ライラ、まだどこか痛むのか!? 我慢せず、言ってご覧??」
ーーめちゃめちゃ心配された!ーー
目線の高さを合わせる為、膝を折ってしゃがみ込んでくる長兄に、慌てて弁解する。
「ん~ん、イタくにゃい、ライリャ、元気だぉ!」
焦ったせいで、滑舌の悪さが極まった。
誰かこの恥辱地獄から、助けて……!!
この数時間で、精神の摩耗が激しすぎる。
内心での葛藤のせいで、顔面が厳しく強張り、説得力に欠けたのか、覗き込んでくる長兄の表情は未だ険しい。
「父上に、診て頂こうか?」
ンノォ~~センキュ~~~!
そんなに心配になるほどヤバい顔だったのか、スミマセン、お兄様!!
でも本当にヤバくて診察が必要なのは、顔じゃなくて、表情筋に命令を出す汚染された脳内です!!!
煩悩まみれで誠にスミマセ~~~ン!!!
「大丈夫! ライリャ、元気!!」
形振り構ってなど居られない、もう自棄糞だ。
滑舌、なんて~気・に・し・な・い・わ~~~♪
美少年の顔面の美しさを損なうほうが一大事!
表情を曇らせたって、美しさは増すばかりだけど、眉間のシワは、断固阻止せねば!!
癖がついて皺にでもなったら、世界にとっての損失だわ!!!
ボディーランゲージも交えながら、調子の良さを必死にアピールする。
しかし、3歳児らしい“元気”の表し方は、果たしてこれで正解なのか?
両手をブンブン振り回したり、謎のダンスを踊ってみたり…。
やればやるだけ、疑惑を深めてしまいそう。
天真爛漫な笑顔なんて、今の私には再現できそうもない。
途方に暮れかけた私に、救いの手を差し伸べてくれるのも、やはり目の前の美少年だった。
困惑したように苦笑しつつも、私がが元気なのは間違いないと納得してくれたようだ。
「いつもより、お転婆が過ぎるみたいだが、元気なことには変わりないようだな。 でもこの後少しでも、痛かったり、疲れたりしたら、お兄様か、お父様、お母様、他の使用人でも良い。 近くに居る顔のわかる大人に、直ぐに声をかけること。 これだけは、絶対、守ると約束できるかい?」
やっさしいぃぃ~~~~?!?
10歳でこれだけ、下の子に優しくできるものなの??
前世では、弟しかいなかったから、わからないけれど、天使並みの優しさなのでわ?!?!
降臨してる? 天から御使いが降臨召されてる?!
兄属性で天使とか、最強か??!
「ん、できぅ! お兄しゃまと、やくそくしゅぅ!」
心優しい天使を、これ以上心配させまいと、直ぐに返答する。
それぐらい、朝飯前だ、ゼ☆
只今の時刻はまもなく、私が食べられない夕食の時間だけどね!
兄の溢れる優しさに、キュキュンッ☆と胸をトキメカせながら心の中で悶える。
しかしトキメキ摂取量か致死量に至る前に、トキメキ値を減らすため敢えて軽口をたたく。
しかしながら、その優しさも、徒労に終わる現実の厳しさよ。
ごめんなさい、お兄様。
既にこの愚妹は、神でさえ、癒やすことの叶わない、不治の病に侵されております。
そう、推しを愛でないと死に至る不治の病(自己診断)を。
ですが、本当に生命を脅かす病では御座いませんとも!
……否、時と場合により、致死性があることも、無きにしも非ず。
やっぱり、駄目!強く否定はできない。
ですがご安心を!
根治は無理でも、緩和は出来るはず!!
恐らく、多分、いつかは、慣れられる筈。
これも100年後くらいになら。
今度はちゃんと笑えている自信がある。
だって、自然とニヤけてしまうもの。
こんな美少年天使、眼の前にしたら涎や鼻血を垂らさないように気遣う以外、心配する必要ないゼ☆
今度の笑顔は合格点だったらしく、険しかった表情がやっと緩んだ。
「ありがとう、ライラ。 これでお兄様も安心して、ライラの誕生日を祝えるよ。 ライラも楽しみにしていただろう? 今みたいに可愛らしく笑って、パーティーを目一杯楽しんで過ごそうな。」
「はぁい、お兄しゃま。あぃがとぉ!」
美少年の微笑は値千金だわ…。
思わず浄化されて、昇天しかける魂を何とか引き止める事に成功する。
だって、パーティーはやっぱり楽しみだもの♡
実は天使と判明した長兄を見送りつつ、先程傍にと言われたので、お母様の側に戻ろうとその人物がいる方向を見遣る。
なぜ離れたかといえば治癒のために、邪魔にならない場所に移動していたからだった。
首を巡らす途中に、不審な行動を取る人物がチラついた。
ーー……ツッコむべきか、スルーすべきか、それが問題だ。ーー
奇っ怪な行動をしている不審人物とは、実兄の一人、次兄のエリファスお兄様だった。
何が不審って、すべてかな?
何していらっしゃるのか、全く不明。
隠れていないことだけは、解る…。
先程、お腹が空いたと彼の人はぼやいていた。
今まさに、食事の並べられた一角を彼の人が視野に入れているのも、確かだ。
でも、その格好と言うか、ポジショニングが、可怪しい。
窓際に設けられた軽食スペース。
そのテーブルに所狭しと並べられた、垂涎必至の料理の数々。
目でも鼻でも、その美味しさが嫌というほど伝わってくる。
空腹に喘ぎ、満たされなかった飢えを凌げず、ふて寝を決め込んだ腹の虫が目を覚ましてしまった。
ぐっきゅぅ~~るるるぅう~~……。
ーー私の、お腹の虫の、バカバカバカァアッ!!ーー
小さくなかったお腹から発生した音は、当然、次兄の耳に届いてしまった。
途端、ぐりんと首を動かし、こちらを振り返る。
ーーぎゃっ! こっち見た!!ーー
見方がホラーなんですが?!
180度以上稼働してません?!
その首本当に人間仕様なの??
ドック、ドドック、ドクッ。
驚きすぎて、心の臓が不規則な律動を刻む。
今の次兄の態勢も相まって、一層恐怖が増している。
だって…、張り付いているのだ!
前世の嫌いな虫、堂々の一位に輝き続ける、不動のNO.1。
漆黒の流星(敢えて嫌悪感を減らすため格好良く言っている)、通称G。
そのGのごとく、カーテンの表、バッチリ姿が見え見えの状態で、恥ずかしげもなく、べったり張り付いて、テーブルの上を物色していた。
その態勢のまま、私を見据えている。
控えめに言って、他人だと思いたい。
知人や友人ができたとして、「私のお兄様です♡」とは、誰にも紹介したくない。
今の状態では、絶対、ナシの方向だ。
血縁者だと、知られたくない。
私を無言で見据える次兄から意図的に視線をずらした。
目の前の現実から逃避するために、兄が張り付いているカーテンを見る。
天井の際まである、透明でピッカピカに磨き抜かれた硝子が嵌め込まれた高い窓。
それがこちらの壁一面総てに張られ、庭園を臨めるようになっている仕様だった。
今夜は庭園は開放しないため、そのガラス窓壁面は、天井から垂らされているようにしか見えない、天幕のように厚いカーテンに覆われている。
軽く見積もって、20kgはあるだろうか?
その次兄の体重がのし掛かっている。
しかし、カーテンはその重さを受け止めてもびくともしていない。
不思議に思って、カーテンがどうやって天井に固定されているのか確認しようと、頭ごと見上げに見上げ、振り仰ぎ過ぎて、頭の重さを支えられず、後ろに引っ張られる。
こういうの、今日何度目だろう?
子供の身体のバランスの悪さを言い訳にしたいが…、今回は、私が自分の身体能力を把握していなかったのが敗因だと思う。
子供は頭が一番重いって、本当なんだぁ~、などと暢気にも思ってしまった。
磨き抜かれた大理石のようなマーブル模様の美しい床に、後頭部を強打して、大の字に倒れる。
そう、予想した未来は訪れなかった。
何度か体感した、魔法の有用性を今回も深く噛み締める。
私の傾いだ身体を、ふわりと受け止める、蠢く私の影。
しかしこれは今回、私が行使した結果ではない。
カーテンに張り付いたGから、態勢を改め、今は身体の後ろで手を組み、のんびりした歩調で私の側へ歩いてくる人物。
そして、上から私の呆けた顔を覗き込んできた、先程まで不審者だった次兄が、今私の影を支配している術者張本人だ。
「大丈夫かぃ? 駄目だよぉ〜、気を付けないと。 兄さんの治癒魔法でも治しきれない、大怪我になっちゃうよぉ〜?」
「エリファス、お兄しゃま…?」
「そうだよぉ~、はい、手。 掴める?」
言われるがまま、差し出された兄の両手を掴む。
すると、私を支えていた蠢く影がゆっくりと、元のただの影に戻る。
その際に、私の身体をちゃんと垂直に戻してから、足元に戻った。
「ん~~、ん! 大丈夫だね、可愛い、可愛いぃ〜。」
云いながら、頭を優しく撫でられる。
次兄が先程崩した前髪は、再びキレイに左右に撫で付けられ、元通りセットし直されていた。
だから、綺麗な顔立ちが隠されることなく、惜しげもなく晒されている。
この顔面も悪くない!
なんてもんじゃない、良い、凄く良い!!
ず~~っと、見てられる!!!
普通な体制で、普通に笑ってれば、美少年なんだよ、この次兄も!!!
爛々とした眼をしている自覚はある。
それでも、この次兄は全然気にした様子がない。
私の顔面含め、今の装いを称賛してくれている。
やっぱりこの人が撫でる手も心地良い。
「あぃがとう、お兄しゃま!」
「ん、どういたしましてぇ~♪」
感謝の言葉に、ヘラついた軽い調子で返されるが、それがこの次兄らしいな、と思えて。
ふふふっと笑ってしまった。
そんな私をキョトンとしながらしばらく見つめ、思い出したように後ろにある軽食スペースを振り返る。
ーーそんなに食べ物が気になるのか、私もです!!ーー
「お兄しゃま、お腹しゅいてぅの?」
頑張って意識して発音しているのに、これですよ。
今の私には、「さ行」と「ら行」が鬼門だ。
「そうなんだよねぇ~、でも、ちょっと、守りが堅くてさぁ~~。 様子見してるんだぁ〜。」
守りが堅いとは、はて?
そこにはいたって普通に、調理された最高に美味しそうな料理が並んでいる。
別に、警備兵が眼を光らせているわけでもない。
しかし、これは前世の常識や固定観念に縛られた、前世の私の浅はかな考えに過ぎない。
まさかとは思うが、この、一見何の変哲もない軽食スペースが、魔法で護られているというのだろうか?!
ーー何のために? 摘み食い防止とか?? え、そんなことするなんて、子供か??? いやいや、そんなぁ、まっさかぁ~~(笑)! この公爵家に摘み食いとか、そんなみみっちい事する不届き者なんて、居るわけ~~、……っ!!?ーー
浮かんだ考えを全否定し、一笑に付した。
その私の眼の前で、そのまさかな犯行が行われる。
顎に手を当てて、しげしげとテーブルの上を眺めていた次兄が、次の瞬間。
不規則な動きで腕をひらめかせた後、パチッと静電気が走ったような、小さな通電音がした。
そして、目に見えない風船が割れるような軽い破裂音がして、何かが消え失せたことを感覚が漠然と捉えた。
そして、敷かれていた守りを突破した不届き者は、手近に積まれた皿の塔から、一番上の2枚を取り、目にも留まらぬ早業で…。
目星をつけていた料理を、こん盛りと、小山に成るほど、盛りに盛って、キレイにバランスも計算して盛り付けていく。
異変を察知したらしいメリッサがこちらに急行してくる。
唯の侍女とは思えない俊足でかけてくる姿に、ぎょっとしてしまうが、兄の行動の続きも気になる。
同じく接近してくる侍女の存在に気付き、同じようにそちらを見ていた次兄がせせら笑う。
「残念、詰めが甘かったねぇ~♪ 今回もぉ、ボクの勝ちぃ~~♪♪」
その言葉を残して、食べ物窃盗犯は、料理を満載した2枚の皿をそれぞれの手に持ち、逃走に移った。
逃げ足がエグい。
もう全力全開。
魔法の力を駆使しまくって、見事逃げ果せる。
犯人が逃走した後の犯行現場に居合わせた私は、これも今日何度目なのか…、己の運の無さを嘆く。
怒れる般若の顔となった侍女の放つ、夥しい殺気を至近距離で、嫌と言う程浴びているのだ。
もう膝と言わず全身が、ガックガクのブッルブル。
ーー私、今日は誕生日よね?
おめでたい祝のパーティーが始まるのよね?!
殺戮パーティーじゃないわよね??!ーー
暗雲立ち込める、誕生日パーティは、開始時刻を目前に控え、未だ前途多難が続くことが、難なく予想された。