6.誕生日パーティー【開始:前】②
逃走した犯人はその後出頭してきた為、今回の窃盗事件は無事に解決した、かに思えたが…。
その犯人はと言えば…、全く反省していない。
今は般若から鬼に変わった侍女に、こぉ〜〜〜っっってり、ゆうに30分は絞られ続けている。
怒れる侍女の剣幕も何のその、もりもり盛りした厳選料理をキレイさっぱり完食した犯人、ことエリファスお兄様はと言えば。
時々、欠伸を噛み殺しつつ、延々と続くお説教を眠そうな顔で見事に聞き流している。
見ているこっちがハラハラドキドキしてしまう。
火に油を継ぎ足す行為にしか成っていない、次兄のふてぶてしい居直った態度に、益々ヒートアップしていくメリッサの怒りメーターが目に浮かぶ。
誰か次兄をガッツンと一発で絞められる人物は居ないのだろうか?
オロオロと周囲を見回すが、該当しそうな人物が見つからない。
ひとりオタオタする私の右肩に、手が添えられる。
添え置かれた手を辿ると、似合わない口ひげが目を引く童顔気味な我が公爵家の大黒柱、コーネリアスお父様が上体を倒し気味に、私を見下ろしていた。
「お父しゃま…?」
「うん。 ライラ、吃驚してしまったかい〜? エリファスはパーティーがある度に、いっつも、摘み食いをしてしまうんだぁ〜〜! あはははぁ〜、困ったお兄様だよねぇ~〜?」
間延びした喋り方が、エリファスお兄様を思い起こさせる。
正しい順序としては逆だが、今は前世を思い出してから出逢った順番でそう思ってしまう。
「いつも、してぅんでしゅか…。」
ーースゲーナスゴイデス!ーー
思わず、このフレーズが思い浮かんでしまったわ。
いや毎回て、何してんのあのお兄様は…?
毎回摘み食いするって、どんだけ欠食児童なの?!
断言できるわ、摘み食いする前のお兄様より、私のほうが断然、お腹ぺっこりさんだ!!!
ーー私だって、食べたいわっ! 独り占めとか、羨ましすぎる!! お腹へったぁ~~!!!ーー
感心、詰り、羨望、憤慨。
コロコロと感情を転がしながら、心のなかで次兄に当て擦る。
「そうなんだよぉ~、いっくら注意しても、全然響かなくってねぇ〜、立て板に水状態さぁ~~。 パーティーの度に困らされてしまうんだがぁ、参加させないわけにいかないしねぇ~~。 そこでねぇ〜、ライラにちょぉっと、お願いしたいんだが…良いかなぁ〜〜?」
「ふぁえ?」
ーーお願いとは、これ如何に?! こんなちんちくりんな3歳幼女に何を成せというのか??ーー
困惑が弾け飛んだ顔面で、実父の少々ニヤついた企み顔を見上げる。
そんな私の困惑顔に向かって優しくウインクしながら、悪戯を誘うようにコソコソと囁きかけてくる。
「大・丈・夫さぁ☆とぉ〜〜っても、簡単な事だからさぁ♪ お父様を信じておくれぇ〜〜?」
悪魔の囁きは、何と甘美な響きを帯びていることか。
やっぱり、口ひげに邪魔をされても、美形は美形。
美中年の、甘い誘惑に抗う術などある筈もなく。
誘われるまま、悪魔が嘯く“魔法の言葉”なるものを、3歳児の記憶力をフル活用して一語一句漏らさぬよう覚える。
覚えられたところですぐに背中を押され、不真面目な被説教者と憤慨し続ける説教者が対峙する場に向かわされる。
本当は行きたくない。
関わりたくはないが、いつまでも終わりの見えない説教を見守れるほど時間的猶予は残されていない。
パーティー会場の準備は万全。
後はこの2人をどうにかするだけ。
しかし、おいそれと仲裁に入るには、気が進まない剣呑な雰囲気なのだ。
主にメリッサが怖い。
積年の恨みをぶつけているかのような、鬼気迫るものがある。
グイグイと、3歳児にはちょっと強いと感じられる強さで背を押され、件の2人の前に連れてこられた。
こちらの存在にはまったく気付かない。
主にエリファスお兄様が、明後日の方向を向いて周囲をガン無視している。
パンパンッ。
乾いた音が会場に響いた。
さっきまで私の背を押していたお父様が両手を打ち鳴らしたのだ。
「君たちぃ~、その辺にしようかぁ? もう招待した方々が到着する時間だよぉ! 準備も終わって後は君たちをどうにかするだけ、なんだけどねぇ〜〜?!」
「旦那様…、申し訳ございません。 つい、日頃の鬱憤もあり堪えきれず…! 大変申し訳ございませんでした。」
「日頃ってぇ〜、そんなに迷惑かけてないよぉ? ボク。」
次兄の余計な茶々のせいで、メリッサが再び青筋を立てる。
「はいは~い、その辺で、ねぇ? メリッサはアヴィが確認したいことがあるみたいだからねぇ、今すぐ行っておくれ。 そしてぇ〜、エリファスぅ〜〜? 君には、ライラから一言。 ライラ、お兄様に言いたいことがあるんだろう〜?」
さも私発の言葉であるかのように水を向けられる。
何から何まで、お父様プレゼンツの計画立案ですけど?!
責任転嫁されてるの、これ?
ーーわたっ、私はっ、スケープ・ゴートなの??!ーー
メリッサはお父様の仲裁でなんとか怒りをおさめ、普段の冷静なデキる侍女の顔に戻り、すでに指示通りお母様のもとへ行ってしまった。
この場にはお父様と私、そしてエリファスお兄様こと愉快犯が居るだけだ。
ーーなんだかぁ…嫌な汗が、とどまること無く流れ続けてるんですけど…?! やっべぇ、こいつぁ、やべえ状況だぁ…!!ーー
教えられた台詞を思い出し、どっと汗の量が増す。
『大丈夫、大丈夫ぅ〜〜☆ これであの子もイチコロだともぉ〜、まず間違いなし!!』と、喜々としてのたまった先程の実父とのを遣り取りの一部を思い出す。
完全に愉しんでたわ、お父様ってば。
イチコロて…。
ーー何がイチコロ? 私の首?? 首が一発で転がるってか??!ーー
体中の水分を出し切ってしまいそうな尋常じゃない発汗量を噴出している私に声がかかる。
眼の前の居直っていた愉快犯から。
「ライラがぁ、ボクにぃ~? なぁ~~にかなぁ?」
先程までの不真面目さが嘘のように、私に身体から向き直って話を聞く態勢を取る。
愉快犯から…、お兄様に戻った?
お父様の話すら真面目に聞く気などなさそうだったのに、私の方を興味深そうに眺めながら、私が口を開くのを大人しく待っている。
なんだかちょっと、面映ゆくなる。
懐かない猫が、私にだけすり寄って喉を鳴らしてくれているような、ある種の感動が胸を満たし、つられて鼓動が高鳴る。
イヤな高鳴りじゃない。
ネガティブな要素はなく、ポジティブが溢れたドキドキ。
その高揚感に後押しされ、先程覚え込まされた台詞が自然と言葉になって口から押し出された。
「お兄しゃま、いつもイタズラしてぅの?」
「ん~~? ん~、そうだねぇ~、つい。」
「みんな、こまってぅ。」
「ん~、そうだねぇ~、困ってるよねぇ~。」
一部オウム返しのように私の言葉を引用しながら、私の言葉一つ一つにこたえてくれる。
その事も、私に自信をつけた。
自信がつくと、興が乗ってくる。
「お兄しゃま…ワルイコ。」
「ん~、ん、ん?!」
「ワルイコ、メッだょ! ワルイコなお兄しゃま、キァイ!! ライリャ、イイコなお兄しゃまがしゅきぃ~!!!」
「…っ?!!」
雷に打たれたかのように、言葉無く衝撃を受ける次兄に、成程これはイチコロだな、と納得した。
ーーこの次兄、めちゃめちゃチョロいな。 妹、大好きか?! 大好きなのか?!!ーー
前世も合わせた人生でこれほど、手玉に取れた瞬間を確信できた場面はない。
「ゴメンナサイ、してくだしゃい!」
「ゴメンナサイ、もうしません。 ボクが悪い子でした。」
土下座を知っていたら秒で実行していそうな勢いだ。
腰を90度に折り、深々と頭を下げる次兄。
ーー3歳児相手に、本気の謝罪とか…、こいつぁ本物だ!!ーー
居直り犯はどこへやら。
いっそ清々しいほど潔い、180°の転身ぶりに、感心するばかりだ。
そして、30秒以上頭を下げ続けた後、上げた表情が…。
道端に捨てられ、雨に打たれるダンボールinした子犬が背後に見える。
うるうるなお目々に、耳と尻尾が垂れに垂れきって、くぅ~~ん…、と鳴いている。
そんな幻影がくっきりはっきり視える、眉が下がりきった、頼りなげな表情でこちらを見つめている。
ーーな、なんてスタ○ド出しやがる…?! トキメキ摂取が過ぎて致死るぅぅう!!!ーー
私へさらなる追い打ちをかけるように上目遣いのうるうるお目々で言うことにゃぁ…。
「良い子になるから…嫌いにならないで? ね、ライラ??」
3歳女児に本気の謝罪をかました後、間髪入れず哀願からの懇願をかます7歳男児。
ーーえぇ?! 可愛が過ぎるんですけどぉ?? 子犬な兄とかなにそれ、可愛いしかないんですけどぉ!!!ーー
もう、キュンじゃない、ギュンギュンくる!!
ーーイチコロで落としたはずが、落とし返されるなんてっ!? こんなのっ、幸せでしかないぃ~~~!! 理性が溶かされるぅ~~、もうど~にでもな~~れっ☆とぉ、いけない! 大事なこと言ってなかった!!ーー
「ワルイコ、しない?」
お父様から厳命された、確認+約束を忘れるところだった!
可愛いに流されることろだったわぁ~!
遠い銀河の果にまで押し流されるところだったわぁ~~!!
「もう、絶対にしないよ。 約束する。 イイコなお兄様は、好き?」
ーーいや待って、その顔反則だから、小悪魔入っちゃってるから、最強だから、降参です!!ーー
小首をかしげて、上目遣いで問われる。
勝てるはず、無かった…。
最初から、私なんかが勝てる要素なんて1つも無かったわ…。
付け焼き刃の小悪魔モドキじゃ、天然小悪魔に立ち向かうには、土俵が違っったわ!!
「うん! だぁいしゅき!!」
ーーその顔面が♡♡ と~~~っても、大大だ~~~い好物ですっ♡♡♡ーー
もうメロメロでデロデロになりながらも、同じくらい嬉しそうに笑っている、小悪魔、時々、愉快犯な次兄。
そのあまりの可愛らしさに、絆される。
もういいやぁ、たとえ犯罪者予備軍なやっべぇお兄様でも♡
可愛いから♡
可愛いは、正義♡♡
もしこのお兄様からの溺愛が引金になって、悪役令嬢→ラスボス→死、になっても、むしろ本望♡♡♡
ーーっっっっって?! そんな訳ない!!ーー
流されちゃ駄目!
これは流されちゃ駄目なポイントだわ!!
アイワナビーアライブ、ネバーエバー!!!
小悪魔恐るべし!
やっぱり、要注意人物リストから外しちゃ駄目な人物だわ、この人は!!
ドドック、ドック、ドドック、ドック。
不整脈を彷彿とさせる不規則すぎる鼓動を刻む心臓を、胸の上から小さな紅葉型の手で押さえる。
少しでも落ち着かせたい、その一心で。
「いんやぁ~~、良かった良かったぁ~、これで安心して、パーティーを開始できるねぇ! エリファス、ライラに約束したんだからぁ、ちゃぁ~~んと、良い子になるんだよぉ~?」
「はいはいぃ~、父さんの差金なのは解ってたけどぉ、やぁっぱり、癪だなぁ~~。 でも、ライラが可愛かったしぃ、しょうがないかぁ〜。 嫌われたくないもんなぁ~~。」
「知ってた知ってたぁ~♪ 君がぁ、ライラから言われたら断れないなんて、常識だよぉ~~!」
「だよねぇ~、バレバレだよねぇ~~、でもしょ〜がないよねぇ〜。 可愛いからさぁ~、ライラがぁ~。」
同じ調子に間延びした話し方で、キャッキャウフフ的なキャピった会話を交わす親子を、至近距離で観察しつつ、話の内容に耳を傾ける。
パーティー会場に着いてすぐのときは並べられた料理に気を取られていて、彼には非常に珍しい事に私への態度がドライ気味だったらしい。
確かに今思出だしてみると、あっさりし過ぎな対応たったと思える。
家族全員+使用人一同の認識としては、エリファスお兄様は妹に激弱~で、メロメロ~で、溺愛~らしかった。
確かに、向けられる眼差しはいつも優しかった。
何だか、とても不思議な展開だ。
悪役令嬢なのに、家族に愛され過ぎてる。
ーー私の第2の人生は、波瀾万丈の人生かと思ったけど、そんなこともないのかなぁ…?ーー
慣れない家族愛に触れて、胸の中がちょっと、いや大分、ホッコリふわっふわとした温かさで満たされた。
まだまだ、親子の会話は続いている。
チラリと見上げた2人は、楽しそうに話し込んでいる。
その話題の中心は、常に私!
ーーい、居た堪れない…、でも、これも幸せっ!! イケオジとイケショタに話題にされてるなんて、幸せが過ぎて、尊死しそうっ!!!!ー
ギュフフッ、ギュフッ、フフフッ。
怪しい笑い声が漏れ出る。
それを気に留める人物は、近くには居ない。
ツッコミは未だ存在しないのだ。
この後しばらくの間、親子の間延びした会話と、怪しさしかない奇妙な笑い声が、平穏な静けさを取り戻したパーティー会場に小さく反響していった。




