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24.悪役令嬢のバッド・エンド【参−①】

 翌日は酷い起こされ方をした。

産まれてこの方、こんな扱いは経験したことがない。

(わたくし)の乳母のメリンダがノックもせず、許可も得ないで私の部屋へズカズカといきりたった靴音を響かせて侵入してきた。

そして躊躇なくベッドでまだ眠っている私の掛布を捲り、金切り声で問いただしてきた。


「ライリエル様、昨日は御自分が何をされたのかわかっておいでですか!? 聖女様を階段から突き飛ばして転げ落とし、あまつさえそのまま逃げ去るなどとっ!! なんと恐ろしいことをなさるのですか?! 聖女様は全身に酷いお怪我をされました! 幸い直ぐに通りがかったアルヴェイン坊っちゃまが介抱され、大事には至りませんでしたがっ!! 一体、何をお考えなのですか!!? 気でもお狂れになられたのでしょうか?! 何とかおっしゃいまし!!」


 ーー朝から何を…? 何故訳の分からない妄想を聞かされないといけないのか?ーー


未だ眠気の残る重い身体をなんとか動かして、ベッドの上に上半身を起こして座位になった。

その間に先程の乳母の言葉を頭の中で反芻する。


 ーー何をしたか、など…何もしていないとしか言えない。 何を考えているか、など…この冤罪を誰が捏造したかということを考えている。ーー


気が狂れているのは、私ではない。

誰がなんと言おうと、私は正気だ。

この公爵家で、正常なのは私独りきりだ!


「誰が何を言ったのか知らないけれど、私はそのような恥知らずな行いなどしないわ。 我が家の名誉を傷付ける行為なんて、するはず無いでしょう?」


「まぁっ! なんっって事!! このごに及んで白々しい!!! アルヴェイン坊っちゃまが見ていらっしゃるのですよ?! それなのに、開き直られるなんてっ!! 考えられませんわ!!!」


顔を真っ赤に染め上げて、憤慨して踵を帰し、部屋を出ていく。

激した感情に任せて扉を乱暴に閉めて。

こんな事、前代未聞だ。


乳母のかつて無い剣幕での誹りに頭が痛くなる。

身に覚えの無い罪で糾弾されるなんて…今日は昨日よりも最低だ。

解ってはいたけれど、最低が過度に更新されすぎて、どこまで落ちれば底なのか、ゾッとする。


そしてこれで終わりではない、恐らく食堂でも糾弾は待ち受けている。

私以外の家族と使用人達からの、非難の言葉と共に送られるだろう視線が容易に想像できてしまう。

想像しただけで、頭の痛みが増して額に両手をあてた。


こんな馬鹿みたいな話はない。

誰も私の味方にはなってくれないだろう。


 ーー本当なら味方であるはずの家族が全員味方じゃないだなんてっ!! こんな事が現実であって良いわけがないっ!! 悪い夢なら、今直ぐに、覚めて!!! こんなの酷い!! 私だけが正気で、私だけが苦しんで、私だけが摩耗していく!!! 正気であることがここまで辛いなど、想像もしていなかった。ーー


愛する家族からの否定的な言葉はそれだけで立派な凶器となる。

正気でないと解っていても、その口から語られる言葉は彼らにとっての本心として私に向けられる、そのことを想像するだけでこんなにも恐ろしい。


上手く動かない体で何とか着替えを済ませて、1階にある食堂へ向かう。

姿は見えないのに、視線だけは無数に感じる。

鋭く棘のある、良い感情は欠片も含まれない視線。

チクチクと私の肌を刺激する。

針の筵の上を歩いているかのようだ。

一歩一歩進む度に、傷が増えていく。


食堂の扉の前で、足を止めてしまう。

入りたくない。

入ったら、終わってしまう。

私の信じてきたあの日までの日常が。

私が今まで何とか目をそらしてきた今の現実が新しい日常になってしまう。


無視されるだけなら耐えられた。

私の居場所を取られても、何とか我慢できた。

でもこれは…耐えられない。

きっとこの先、家族の口から私に浴びせられる言葉に、私は耐えられない。


自然と身体が震える。

小刻みに震え続けて、動き出せない。


今の私にとっては、死刑宣告を聴くほうが簡単だったかもしれない。


進むことも、戻ることもできなくなった。

そんな私の目の前で、食堂の扉が開く。

内側から、私に向かって開かれた扉の先には、見たくなかった人物がいた。


この悲劇の騒動の主役、聖女様であるルシフェーラ・アンジェロンが、不安げに瞳を揺らし、怯えたように眉を寄せた泣き出しそうな顔でしっかりと立っていた。


「ライラ…お義姉様…っ! 怒っていらっしゃるのでしょう? 私が、私なんかがっ、この家に居ることが、お気に召さないからっ……!! でも、それなら、言葉で…話し合いで解決すべきでしょう?! こんなの悲しいですっ、こんな、の……酷いっ!! ううぅっ、ふうっ…うぅっ……!!」


身体の震えがピタリと止んだ。

何故か聖女様の芝居がかった涙ながらの訴えを聞いた瞬間から、恐怖ではなく怒りに思考が塗り替えられていく。


怒っているか?

それは勿論。

貴女なんかが公爵家に居ることが気に入らないか?

それも勿論。

話し合いで解決すべき?

それは、一体何を?


聖女の発する言葉一つ一つが、私の怒りに薪を焚べる。

一体何を理由に私が突き落とした動機にしようと言うのだろうか。

こんな三文芝居に付き合ってやる謂れはない。


この怒りの感情で、乗り切れるかもしれない。

家族が私に向ける冷たすぎる視線も、これからもたらされる言葉達も。

どの道逃げられないのだから。

受け身でいるよりも、傷が浅くて済みそうだ。


食堂には一歩も踏み入らないで、その場で強く床を踏みしめる。

攻撃は最大の防御。

それを今から実践してみよう。


「おはようございます、聖女様。 お嘆きのところ、大変申し訳ありませんが、一体何のお話をなさっていらっしゃいますの? 私が貴女様に何をしたと云うのです? 寝惚けていらっしゃるのなら、もう一度顔を洗っていらしたら、いかが?」


言葉が終わると、それまでしつこく上げていた嗚咽が止まる。

静かになって清々した。

相手の出方を待っていると、別の方向、食堂の中から怒気を孕んだ声があがる。


「ライラ! 空惚けるのもいい加減にしろ!! 昨日お前がしたことを忘れたなどと言ってくれるな!! 学園での暴挙、これは見過ごすことは出来ないぞ!!!」


アルヴェインお兄様が声を荒げている。

けれどもその内容は、上手く理解できなかった。

惚けるも何も、やってもいない行為を咎められているのだから、呆けたくもなる。


「学園での暴挙、ですか…? 申し訳ございません、身に覚えのないまったくの冤罪ですわ。 メリンダもそのようなことを言っておりましたが、一体何を証拠に私がやったとお思いなのです?」


「私が目撃した。 お前がルーフェを突き落とす瞬間をな。 慌てて走り去っても意味がないというのに…まったく馬鹿な真似を……、お前が妹などとは、嘆かわしいな。」


怒りが急速に熱を失っていく。


ズプリ……。


言葉の針が容赦なく突き刺さる。


「ライリエル、君は事の重大さがわかっていないのかねぇ? どんな理由があろうと、自分の義妹を傷つけようとするだなんて、あってはならない事だ。 ましてやルーフェは聖女様なのだよぉ? 恥を知りなさい、恥を! ライラ、君には失望したよ。 義妹の命を狙うなんて、悍ましい。 君が私の娘だなんて、絶望だよ。」


ズブズブ……。


深く深く、突き刺さって。


「どうして黙ったままなの? ライラちゃん、貴女どうしてしまったの? こんな事…するような子に育てた覚えなんて無いのに…。 ライラちゃん、どうしてこんな子に、育ってしまったのかしら? 貴女が私の娘だなんて…恥ずかしいわ。」


ズブッ!


「先程までの減らず口はどうした? 威勢が良いのもお終いかな? なら、もう十分だろう! さぁ、こちらへ来い。 お前に相応しい場所にエスコートしよう。 これで最後だ。 清々するよ、その顔を二度と見なくて済むのだから。」


ブツンッ!


針が肌を突き破って、針の先が飛び出しても、尚突き進むのが止まらない。

体中に刺さった針が、現在進行形で穿ち続けてくる。

穴を拡げるように、容赦なく突き進んでくる。


食堂の奥にいたはずの兄が、いつの間にかすぐ近くにまで移動してきていた。

ふっと影が差したかと思うと、乱暴に腕を取られた。

言葉のとおりに、何処かに連行するつもりらしい。


こんなに力任せな暴力に近い振る舞いを受けたことなどない。

一度だって、お兄様は私に紳士で無かったことなど無いのに…!!


悲鳴を上げそうだった。

掴まれた腕が、力の限り握られているからだけじゃない。

それ以上に心が痛かった。


頭が働かない…。

反論など浮かばない、言葉が見つけられなかった。

昔の優しい記憶が邪魔をして、私を打ちのめしてくるから…。

正気でない、わかっていても…目の前にいるのは紛れもなく私の愛した家族だから…!

その口から発せられる言葉に、傷つかないでは居られなかった。

私の存在を否定するだけの言葉に、心が傷つけられるのを、防ぐことはできなかった。


どこに連れて行かれるというのだろう?

これ以上の地獄は存在しない。

ならば天国だろうか。

きっとそうだ、ここから連れ出されたら、どこだって天国だと感じられる。


私を引きずるようにして、何処かに連れ出そうとするアルヴェインお兄様を止めたのは、最初の発言からずっと沈黙を保っていた聖女様だった。


「待って下さい、アルお義兄様…! ライラお義姉様を、赦して差し上げて? きっと魔が差してしまわれただけ…不幸な事故だったのだわ…!! だからお願い、私のせいで、お義姉様に酷い罰を与えないであげて?」


ズブッ…ドプッ…。


「ルーフェ…、君は優しすぎる…! もっと怒って良いんだ、生命の危険があったのだから、怒って当然だ!! 無理に許そうとしなくて良い! 父上だって、この処罰に同意されているのだから!!」


ドク、ドク…グチュッ。


「そうだよぉ~? ルーフェ、ライラは当然、罰を受けるべきなんだ、ここで甘やかしたらつけ上がってしまうだろう? これは必要な躾なんだ、気に病むことはない。 私も許可しているからね、これが最良の選択だよ、問題ないとも!」


ブチッ、ブツン…ボトッ…。


「そうよ、ルーフェちゃん。 貴女は聖女として素晴らしく寛容な心を持ち合わせているけれど、時には許すだけでなく、罰することも大事なのよ? 貴女の優しさが少しでも、ライラちゃんに備わっていれば良かったのに…。 ゴメンナサイね、私の落ち度だわ。」


ボタタタッ…ボタッ…バチャッ!


「ライラは、ルーフェに謝ってないよね? このままルーフェの優しさにつけ込んでちゃ、ダメじゃね?」


ここで初めてエリファスお兄様が口を開いた。


「ライラ姉様、見損ないました。 ルーフェ義姉様は自分を責めているのに、姉様は認めるどころか、覚えがない振りをするなんて…見損ないました、幻滅です。」


弟のメルヴィンも、私を悪しざまに詰る。


怒りの感情では何も乗り切れず、役にも立たなかった。

想像以上に、痛すぎて。

家族の言葉が、この身を突き刺す大小さまざまな鋭い針を無数に生成する。

その針が滅多刺しにしてくるのを、ただ無防備に受け止める。

受け止め続けて、もうこれ以上受け止めきれなくなる。


根本まで刺さりきり、貫通した数限りない針は容赦なくこの心を蜂の巣に変えた。

肉を引きちぎり、血を撒き散らして、バラバラに解体していく。


薄皮のみで繋がっている状態の四肢を、最後の仕上げとばかりに強引に引きちぎるのは、針では無く、この女。


「そうだとしても、私は嫌なんです、お義姉様がこれ以上、私を憎む理由をつくるのは。 ですから私に免じて、お義姉様のことはもう放っておいて差し上げて下さい! 私なら大丈夫です!! こう見えても、私、強いので…平気です! 同じ屋根の下に居ても、耐えられますから!!」


家族からは見えなかっただろう。

華奢な手入れの行き届いた手に隠された口元は。

彼等が云うところの清廉で情に厚い聖女様の口は清らかさとは無縁な邪悪そのもの、醜悪な愉悦の笑みに歪み切っていたその様が。

殊勝な表情を取り繕う一方で、口元は本心を如実に表していた。


聖女様の寛大で慈悲深いお言葉のおかげで、公爵家からの放逐は免れた。

聖女様の望まれた通り、私の存在は無いものとして扱うようにして。


衣食住には困らない。

ただ困らないというだけで、扱いは使用人以下。

2階の部屋からも追い出され、新しい部屋は屋根裏部屋だった。

ここには魔道具の恩恵はない。

空調魔法のない環境がこれ程身に堪えるものとは…。


この日から、公爵家の令嬢として扱われるのはただ一人となる。

ルシフェーラ・アンジェロン、聖女様ただ一人を。



 毎日行くと言ったのに…、結局、フィンレイ様との約束を果たせたのはそれから1週間後のことだった。

精神的にも、肉体的にも、まいってしまって。

食堂での一件があったあの日から寝込んでしまったのだ。

しかも誰の看病も無く、食事も差し入れられるだけ。

水も毎回の食事につけられるコップ一杯ずつだけ。


水は魔法で何とかできたが、それも意識がはっきりしていればの話だった。

熱に浮かされた朦朧とした意識では当たり前だが上手くいかず。

脱水症状一歩手前の状態でギリギリ持ちこたえていた。


生死の境を彷徨った気分だった。

生還してしまって、苦しさしか無い現実に、死にたくなった。


何故自分は持ちこたえてしまったのか。

何故自分は口約束のために約束の場所へ向かうのか。


あれから1週間だ。

音沙汰もなく、無断で約束を一方的に反故にした私を、律儀に待つ馬鹿はいない。

そのはずなのに…なぜかあの笑顔がチラついて。

聖人君子そのものの青年が見せた色々な表情が、熱に浮かされている最中も、ずっと事ある毎に浮かんでは消え、また浮かんでそして消える。

その繰り返しだったのだ。


その理由を確かめたくて、向かっているのだろうか。

今では馬車も用意されなくなった私は、歩いて目的の場所へ向かっている。

後もう少しで辿り着ける。


そこに彼がいなくても、仕方がない。

彼を責める資格は、私にはない。


でも、もし居てくれたなら。

1週間も果たされなかった約束を、護り続けていてくれたなら…。


私はまだ、諦めないでいられる。

家族を救う、その目標を諦めないですむ。

誰かを信じる心を、無くさずに…済む。

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