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23.悪役令嬢のバッド・エンド【弐−②】

 タウンハウスへは真っ直ぐ帰らず、予定通りに王国立魔導図書宮へ立ち寄り、その正面扉を潜ったところで、頭の片隅でもしやと考えた予想が的中したことに、嘆くべきか、喜ぶべきか…。


そこには悪びれた様子など一切なく、柔らかに微笑む司祭服ではない青年がエントランスに備えられた椅子に腰掛け、優雅に待ち構えていた。


「これは偶然、またお会いしましたね。 図書館ではろくな挨拶もできずに、失礼いたしました。 フォコンペレーラ、公爵家のご令嬢でいらしたのですね。 すぐにそれと分からず、世情に疎くてお恥ずかしい限りです。」


しなやかな身のこなしで、衣擦れの音も静かに椅子から立ち上がる。

そのままこちらの側近くまで歩み寄り、図書館での事に触れる。

簡素な服に着替えても、隠し果せぬ生来の輝き溢れる気品。

損なわれぬ美貌に、目が眩みそうになる。


何とか気を持ち直して、居住まいを正してから青年と対峙する。


「また偶然、お会いしてしまいましたわね、エリファレット様。 お約束したかと、勘違いしそうでしたわ。 迎えの馬車をお待ちですの? それとも、誰かお待ちでしたかしら?」


「ふふっ、いいえ、どちらでもありませんよ。 私の待ち人はもう来ておりますから。 勉強熱心なご令嬢に、是非お見せしたい書物が御座いまして。 ご一緒して下さいますか?」


「是非、見せたい……でございますか? それは一体……どのような?」


「ツテがないと見られない類のもの、とでも言っておきましょうか? 事の真偽は是非ご令嬢のその目で直に見てお確かめ頂きたい。 お手をどうぞ、フォコンペレーラ公爵令嬢?」


「エスコートを、ありがとう存じます…エリファレット様。」


自然な動きで差し出された手に、自分の手を重ねる。

久々に人肌に触れたな…と、どうでも良いことが頭を過る。


「良ければ、フィンレイとお呼びください。 私もライリエル嬢とお呼びしたいので。」


「まぁ、交渉がお上手ですのね。 承知しましたわ、宜しくお願い致します、フィンレイ様。」


まったくの嫌味、それを解っていながら青年は微笑みを深くする。


「褒め言葉として受け取っておきましょうか。 こちらこそ、宜しくお願い致します。 それでは参りましょうか、ライリエル嬢。」



 エスコートされ、向かった先は普段では決して足を踏み入れられない場所。

職員に何かしらの証を見せて、案内されたのは地下。

石材で造られた歪な階段をどのくらい下りたのか。

三回方向転換をしたのは覚えているが、正確には地下のどの辺りか見当もつかない。

地盤をくり抜いて造られた、複雑に入り組んだ何本もの通路。

もし仮に場所を教えられたとしても、案内がなければ目的の場所になど一生辿り着ける自信はない。


地下にこんな迷宮が隠されていたとは…普通に生活していたら聞き知ることも出来なかったことだろう。

案内されたのは、全面石膏で塗り固められた四角い部屋。

部屋の中央に、書見台が一つ置かれ、奥の壁際に小さな机が5つ横一列に並び置かれている。


案内役に続いて部屋に足を踏み入れると、左右の壁面にある照明が自動的に発光し、薄暗かった部屋を明らめた。


「中央の書物を、お願いできますか?」


フィンレイ様の言葉に無言で一つ頷き、案内役の男は部屋の奥に並べ置かれた内の中央の机へと向かう。

机の上には何も置かれていなかった。

どの机を見ても、何も置かれていない。

距離の問題ではなく、真実、物体の影も形も机の上には見受けられない。


これから何が起こるのか、どこから書物を取り出すのか。

不思議に思い、好奇心を隠しきれずに男の動向を逐一目で追い、注視する。


机の正面に立った男は、机の表面を不規則な導線で順に触れていき、その触れた部分はボゥっと淡く発光して残り、表面をある程度まばらに光らせると今度は小さな声で詠唱を始めた。

距離があるためハッキリとは聞き取れないが、今は使われていない、識る者も僅少な古語で詠唱している。


それも終わると、白く不透明な四角い箱が突如、机の上に出現した。

その箱の正面にあるのだろう鍵穴へ、首から下げていたらしい鍵を差し込み、カチッ…、という軽い小さな音をたてて解錠した。


その瞬間、白い不透明な箱は消失して代わりに一冊の古びた分厚い書物が姿を表した。


手袋をはめてから、慎重な手付きで中央の書見台までその書物を運んできた男に短く礼を云うと、フィンレイは自前の手袋をはめ、迷いなく書物を開き、明確な目的を持ってページを捲る。

静かな空間に、紙が捲られる乾いた音が木霊する。

そして目的のページに辿り着き、フィンレイがライリエルへ呼びかける。


「……あった、ここです。 ライリエル嬢、どうぞこちらへ。 この部分から、…どうぞこちらをお使いになって下さい。」


促されるまま、先程までフィンレイが立っていた場所へ立ち、差し出された未使用の手袋をはめ、指し示された部分から読み始める。


一体どれほど昔から存在するのか、外観こそ、古びて見えたが、中のページは経年による劣化は無く、作成された当時のまま、恐ろしく完璧な状態を留めており、苦もなく読み進められた。


そこにはある()()()らしき病の蔓延が記されていた。


[黒キ靄ヲ纏イシ者共、何処ヨリカ現レン。

 日ヲ追ウ毎ニ、纏ウ靄ハ濃クナリニケル。

 黒キ靄ガ其ノ身ヲ覆イ尽クス時、其ノ者死ニ至ル。

 黒キ靄ハ滅スル事無ク蔓延ル。

 屍ヲ焼コウト、黒キ靄ハ滅ッサズ。

 黒キ靄ヲ纏イシ者、日ヲ追ウ毎ニ増エニケリ。

 祈祷、生贄、行ウモ、黒キ靄ハ滅ッサズ。

 黒キ靄ニテ死ニ至ル者共、日ヲ追ウ毎ニ増エニケリ。

 黒キ靄ヲ“■■”ト呼ブ者現レン。

 神ニ伏シテ願イ奉ラン。

 “■■”ノ齎ス絶望ヲ止メ給エ。

 “■■”ノ齎ス死ヲ止メ給エ。

 “■■”ノ齎ス破滅ヲ止メ給エ。

 神ハ応エタ。

 コノ後、“■■”ヲ其ノ身ニ宿ス者現レン。

 “■■”ヲ其ノ身ニ宿ス者、悉ク黒キ靄ヲ収メン。

 黒キ靄ヲ収メシ“■■”ヲ其ノ身ニ宿ス者、死ナズ。

 黒キ靄ヲ収メシ“■■”ヲ其ノ身ニ宿ス者、育マン。

 新ナ黒キ靄ヲ。

 更ナル黒キ靄ヲ。

 此ノ世ヲ悉ク、壊ス為。

 此ノ世ヲ悉ク、滅ス為。

 “■■”ヲ其ノ身ニ宿ス者、害悪也。

 “■■”ヲ其ノ身ニ宿ス者、怨敵也。

 然し、“■■”ヲ其ノ身ニ宿ス者、害スル事適ワズ。

 然し、“■■”ヲ其ノ身ニ宿ス者、殺ス事適ワズ。

 唯一人、聖女ノミ、此ノ世ヲ救ワン。

 聖女ノミ“■■”ヲ其ノ身ニ宿ス者、殺セシメン。

 聖女ノミ“■■”ヲ其ノ身ニ宿ス者、救済セン。

 聖女顕現セシ時コソ、“■■”終焉ノ時也。

 聖女顕現セシ時コソ、此ノ世太平ノ時也。]


その後は、ざっと目を通しておいたが、神の言葉通り聖女が現れて世界は平和になった、というような内容が続いていた。


それはある童話をも彷彿とさせる内容だった。

この国で知らないものが居ないほど、馴染みのある物語。

『『聖女』と『破滅を招く魔女』』の内容に酷似していた。



 色々と気になることが多すぎる内容だった。

しかし今一番の疑問は、何故この内容を迷わずに選び出し、私に読ませたのか。

私が読み進める間、視界に入らないよう気遣ってか数歩下がった位置で見守る青年を振り返る。


身動(みじろ)いだ私に気が付き、こちらを見たその目と、私の目が合う。

疑問は自然と口から滑り出た。


「フィンレイ様は、何を知っておいでなのですか? 何故、私にこの書物の、この内容をお見せになったのです? 何をどこまで、ご存知なのですか…?」


「私は貴女が疑っておられるような預言を授かる能力などは一切持ち合わせておりません。 なので期待されているような全てを見通せる力など持ち合わせていないことを、最初にお断りしておきます。 ただ…あの学園内に於いて、貴女の最近の噂を私も耳にしておりました。 名前を聞いた時に、貴女が誰であるのか、本当は気付いておりました。 ですが敢えて何も知らないふりをして、貴女の反応を試したのです。 本当に噂通りの、短絡的で堪え性のない人格破綻者なのかを。」


「試されて、如何でしたか? 私は噂通りの人物、でしたでしょうか?」


「ふふっ、いいえ。 貴女は噂とは違う…あぁ、これは正しくない表現ですね。 あの噂は貴女の真実ではない、そう確信致しました。 そうであって欲しいとは思っていましたが、結果希望通りであったので嬉しかったですよ。」


「そうであって欲しいと、思われたのは…何故でしょう? 私とは初対面でいらしたのに…?」


「貴女の瞳です。」


「…え?」


「貴女の瞳が、本当に綺麗で。 こんな美しい瞳を持つ女性が、噂のような為人なはずは無い。 ただの直感によるもので、根拠など何もない願望からのものでしたが。」


「……お気に召して頂けて、何よりです…?」


「ふふっ、動揺させてしまいましたね、申し訳ありません。 話しを戻しましょうか。 噂が真実でないなら、誰がどんな目的で公爵家のご令嬢の、不名誉な噂を流したのか考えました。 フォコンペレーラ公爵閣下は剽軽で掴みどころのない御仁ですが、抜け目ない方なのもまた事実。 そんな方が、愛娘の根も葉もない不名誉な噂を放置している現状に、些か疑問に思いまして。 ライリエル嬢と図書館でわかれた後、少し調べてみましたら、驚かされてしまいました。」


言葉を区切って私に向き直る。

その目には、私を心から労るような優しさが見て取れた。


「聖女様がフォコンペレーラ公爵家の養女と決まった、そしてその翌日には公爵家へと居を移し、それから数日後にあの噂が出回り始めた。 地に堕ちた貴女の信用と対象的に、聖女様の評判は鰻登り。 そしてご家族の令嬢に対する無関心。 何だか、伝承の聖女様が途端に疑わしくなってしまいまして。 渦中にいる貴女なら、その記述を読んでどの様に感じるだろうかと、反応が見たくなり、お誘いしてしまいました。」


「人の反応を窺うのがご趣味なのですね。 ご満足いただける反応でしたでしょうか?」


「そうですね、悪趣味なのは自負しております。 貴女の反応は興味深いですよ、何をそんなに驚かれたのです? その記述の、何が貴女を怯えさせたのでしょう?」


問われた内容に言うべきか否か、一瞬逡巡する。

そして躊躇いがちに口を開く。


「…黒い靄を、最近良く見かけるのです。 最初はごく偶にだったのが、このところ、そこかしこで見かけるようになってきて。 日を追う毎に、目にする頻度が増えてきているのです。 ただ辺りに漂っていたり、人の身体に纏わりついていたり。 この記述にある[黒キ靄]と同じものであると、思えました。」


「……実際に目撃されたのですか? 他に気付いていそうな方は?」


緩く首を横に振る。

目撃した際に、周囲の反応を窺ったが、誰にも見えてないようだった。


「そうですか……。 ライリエル嬢が見たものが、[黒キ靄]であるのなら…[黒キ靄ヲ収メシ“■■”ヲ其ノ身ニ宿ス者]もどこかに居るのでしょうね。 そしてその存在を殺せるのは、聖女様のみ。 神聖で清い存在であるはずの聖女様が殺生など…、この記述は違和感を禁じえません。」


「そうですわね…、[黒キ靄ヲ収メシ“■■”ヲ其ノ身ニ宿ス者]の犠牲一つで、解決するとは到底思えませんし…。 これも偉大なる(メガロス)一なる神(モノ・テオス)》に関係する書物なのでしょうか?」


「いいえ、一般人の目には触れさせられない特殊な書物ですから。 異教の神の伝記と伝わっていますが…真偽は歴史の彼方、ではありますが。 …ですがこの書に偉大なる(メガロス)一なる神(モノ・テオス)》の御名は出てまいりません。 というより、神と思われる名は総て黒く塗りつぶされており、読み解けませんので。」


「ではこの記述に出てくる塗りつぶされたものも、神の御名なのでしょうか…? であれば、この神は私達の滅亡をお望みのようですわね…。」


「憶測の域を出ませんが、そうであれば…抗う術は、聖女様のみ、なのでしょうね。」


「その聖女様も、果たして信頼して良いものなのか…疑わしいですわ。 私には、到底思えません。 あの聖女が、全くの正義だなどとは、決して!」


「それは、穏やかでないですね。 しかしあまり大きな声で言わない事をおすすめ致します。 警戒されるならば、それをキレイに隠し果せないと。 相手に気取られては、元の木阿弥ですから。」


立てた人差し指を口元に運ぶ。

内緒話を促すような仕種で、あまり深刻になりすぎないよう配慮しながら忠告してくる。


「どうして…私の話など、取り合って下さるのですか? なんの根拠も、証拠すら無い、私の言葉などに…何故?」


「……そうですね、これを言ってしまうと、ますます警戒されてしまいそうですが……、あぁ、そろそろ戻りましょうか? 長居しすぎてしまいましたね。 どうもありがとう。」


書物に関係ない話を始めようとした私達に、案内役の男が咳払いで注意してきた。

相手の少し無礼な態度にも、気を悪くした様子ひとつ見せないで、にこやかに礼を告げて、書見台から気を遣いながら書物を持ち上げ男に差し出してやる。


書物を受け取った男は、元の机の上に書物を戻しに行く。

戻す時は簡単で、机の上に置くだけで良かった。

置いた瞬間、最初のように不可視となったからだ。


そしてまた案内役の男の背を見ながら、来た路を戻る。

行きよりも、若干歩いている時間は短く感じた。

歩いている最中は、気軽に話しかけてはいけない気まずさがあった為、お互いが始終無言となった。


やはり帰りの路でも、方向転換は3回だった。

そうして、地上への出入口を無事に潜ったところで、案内役の男は言葉無く一礼して去っていった。


「かなり遅い時間となってしまいましたね…、ライリエル様の迎えの馬車は、待たせてあるのでしょうか?」


「いいえ、一旦屋敷に帰しました。 通信具で呼べば直ぐですから。 フィンレイ様は、どうなさるのでしょう?」


「私のことは、お気になさらず。 教会は近いので、歩ける距離ですから。 では、迎えが来るまでの間先程の続きでも、お話しましょうか? あちらの席が良さそうですね、参りましょう。」


促されて正面玄関に近い、窓際の席へと移動する。

先に立って歩いていたフィンレイが、ライリエルのために椅子を引く。

軽く会釈してから腰をおろすと、動きに合わせて絶妙のタイミングで椅子を押して、丁度良く座らせてくれた。

向かいの席に腰を下ろし、居住まいを正してから顔を上げた青年の目を、少女はじっと見つめる。

その視線を微笑みに細めた目で受け止める青年。

先に口を開いたのは、少女の方だった。


「不躾に、失礼致しました。 私も少し確かめたくなりまして。」


「そうでしたか、構いませんよ。 それで…確かめられましたか?」


「いいえ、まったく。 なのでもう致しませんので、どうぞご安心下さい。 私には目を見ただけで、相手の本質を見抜く技術は持てそうにありませんもの。」


「おや、それは残念。 こんな美しいご令嬢に熱い視線を向けていただける貴重な機会が減ってしまいました。 役得でしたのに、非常に残念です。」


大仰に残念がる青年に、淑女の鉄壁の笑顔で切り返す。


「まぁ、お上手ですこと。 軽口はこの辺りで、私は経験が乏しいので、真に受けてしまいましたら後が大変ですから。」


「真に受けていただいて、結構ですのに。 身持ち良くていらっしゃるのですね。 益々、貴女に好感が持てました。 さて、先程の続きですね。 ……ふふっ、そんなに恥らっていただけるなんて、期待してしまいますよ? お気を付け下さいね?」


切り返し方が甘かった。

そのせいで倍の威力で、言葉が跳ね返ってきた。

いちいち褒め言葉を挟まないと喋れないとでも云うのだろうか?

目の前の青年を、赤らんだ顔で睨め付ける。


一向に話が進まない、このままでは埒が明かない。

羞恥心を誤魔化すように、話しを急かすよう早口にまくし立ててしまう。


「私の反応にはお構いなく! それで何故なのでしょう?! フィンレイ様が私にここまで手を貸してくださるのは?」


「ふふっ、そうですね、実はまだ隠している事が御座いまして…、警戒なさらないで頂けると良いのですが…。 実は今日がはじめてではないのです、貴女を図書館でお見かけしたのは。」


少し気恥しそうに、悪戯が露見した後の幼い子供のような無邪気さで隠していた事実を暴露する。


「お恥ずかしい話、この人目を引く外見のせいで、学園でも肩身の狭い思いをしておりまして…、気の休まる場所が図書館しか無いのです。 なので最初、誰も居ないと思った憩いの空間に先客がいらして、とても驚きました。 授業の合間の短い休み時間に図書館に人が居るなど、私の在学中にもありませんでしたから。 自惚れでしたが、待ち伏せされたのかと一瞬考えてしまい、身構えていましたら、貴女は私など目に写っていないようにあっさりと通り過ぎてしまわれて…正直拍子抜けしてしまいました。」


その時を思い出したのか、クスクスと可笑しそうに笑う。

穏やかに微笑むのとは違い、幼い笑い顔に、ドキッとする。


 ーー美形の笑顔は、心臓に悪いものね…。ーー


速度を増した鼓動に、理由が解らず困惑する。

落ち着かなくなり、ソワソワとした心持ちのまま身動ぐ。


それをどう解釈したのか、青年は咳払いをすると、改まって真面目な表情を取り繕う。


「失礼しました、脱線してしまいましたね。 いけませんね、貴女と話していると、気が緩んでしまって…余計な事を言ってしまい話が進まなくなってしまう。 気を付けますね?」


ニッコリ笑って、殊勝に謝ってみせる。

色んな笑顔を使い分ける目の前の青年に感心してしまう。


「休み時間の度に、貴女は図書館にやって来て、熱心に書物を読み漁り、また教室へと帰っていく。 何日も同じことの繰り返しで、そろそろこの図書館で読む書物も尽きるだろうと、そう何気なく考えて、貴女の来ない図書館は寂しくなるな……と思った自分に、驚きました。 驚いてから直ぐに、お話してみたいと思ったのです。 貴女が来なくなる前に。 貴女の読んでいた本の傾向から、今日辺りに建国に関する書物にも手が伸びるかと踏んで、待ち構えていたのです。 申し訳ありません、色々と後出しのようになってしまって。 ですが待ち構えていたと知ったら、貴女は逃げてしまうと思いまして。 隠しておりましたこと、心よりお詫び申し上げます。」


「まったく、フィンレイ様に気付いておりませんでした…。 なのでお詫びは結構です。 ですがその事が、何故私に手を貸してくださることに繋がるのでしょう?」


「……ライリエル嬢は本当に奥ゆかしい方なのですね。 純真さは尊いものですから、それを守り続けられたライリエル嬢は、素晴らしいですね。 今は理解らなくて結構。 これからの私の態度で、理解って頂きたいので。 私が勝手に貴女の役に立ちたがっているのです。 貴女の信用を得られるように、頑張りたいのです。 ですからご迷惑でないなら、貴女に手を貸すことをどうかお許しください。」


褒め言葉…だろうか?

なんだか遠回しな表現でモヤモヤさせられたが、取り敢えず、私をお手伝いして下さるのは、まったくの好意から、らしい。

それならば、こちらとしても断る謂れはない。

裏切られたとしても、別にどうということはない。

過度な期待をしなければ良いのだから。


「私などにそのように言って下さるなんて…ありがとう存じます。 ご助力に感謝を……いえ、これからどうぞ宜しくお願い致しますね、フィンレイ様。」


「ふふっ、何だか照れくさいですね。 ライリエル嬢はこれからもこちらにいらっしゃるのですか?」


「そのつもりです。 こちらには魔導に関する本が数多くありますから、図書館のように数日で閲覧し終わるとは到底思えません。 なので毎日でも、来られる日には来るつもりでおります。」


「では、私もこちらに参ります。 学園での接触は控えたほうが良さそうですから。 どの様な魔導の書をお探しなのでしょう? いらっしゃるまでに目ぼしいものを見つけておきますので。」


「精神を…操る、若しくは洗脳するような、その類いの魔導に関する書物を、今後は探したいのです。 それに類するものも、すべて一度目を通しておきたいのです。 取りこぼすことのないように!」


「……鬼気迫るものがあるのですね。 わかりました、可能な限り探しておきます。 ではまた明日、見つけやすい場所に居るようにしますので。 そろそろ、お迎えが来る頃では? 貴重な時間を私の我儘で潰させてしまいましたね…この埋め合わせは今後の活躍でしてまいりますので、ご容赦下さいね。」


「そうですの? ですが、ちょっとやそっとの働きでは、許して差し上げませんが、お覚悟宜しくて? 不用意な発言を後悔させて差し上げますわ。」


「お手柔らかに、ライリエル嬢。 こう見えて根性はある方なのですよ? なので期待していて下さいね。」


「分かりましたわ、記憶に留めておきます。」


それからも他愛のない話をしていると迎えの馬車が到着した。

馬車に乗り込むまでエスコートされ、見送られた。


不思議なもので、期待しないと決意したのに、もう既に期待したいと思ってしまっている。

独りに慣れていない弱い心が、突如降って湧いたようにもたらされた優しさに縋ってしまったのか。

一人ではないという安心感が、自分を弱くしてしまいそうで恐ろしくなる。


家族の変貌する様を、この短い期間で嫌というほど見せつけられている。

今はまだ、心変わりだけ。

しかしこのままで終わるとは思えない。

噂は日に日に悪質なものが増えていっている。

昼間のように、噂を鵜呑みにした者からは預かり知らない内に反感を買っていることがわかった。


まだ何の解決策も見いだせない。

それなのに、縋ってしまったら…独りで立っていられなくなる。

縋りきってしまったら、怖い。

縋る相手を無くすことに怯え、裏切られることを恐れ、心の支えを失うことに身動きできなくなったなら、家族を助けられなくなる。


聖女の使う不可思議な能力の正体を掴むまでは、気を引き締めなければ。

今はそれ以外に考えない。

後悔したくない、あのときああすれば、なんて思いたくない。

彼のせいにしたくないから、手を引かれても、預けないように。

心だけは、自分だけで保たないと。


帰りの馬車の中で、独り決意を新たにする。

一人揺られる最中でも、行く先を見失わないように。

顔を上げて、真っ直ぐ見据えていられるように。



 帰り着いた屋敷は、不気味なほど静まり返っていた。

明かりは煌々と点いているのに、人の気配がしない。

何故なのか疑問には思ったが、問う相手がいないのだから確かめようがない。

誰の出迎えも受けず、自室へと向かう。


2階に上がってやっと、人の気配が感じられた。

ある一箇所に家人が集中しているようだ。

そこは聖女様に与えられた部屋だった。

つい先日まで、私の部屋だった場所。

お母様が籠絡されてから、私の意見を無視して強制的に部屋が明け渡されていた。


今の私の部屋はこの階の北側の角部屋。

日の当たらない、風通しの悪い部屋。

今までは季節物の家具や備品が置かれていた場所で、急遽中にあった荷物を移動して空間が空けられ、私の家具や持ち物を移動されて部屋となった場所。


悪い冗談かと、思った。

そうであれば良いのにと、願った。

でもこれは現実に起こってしまった紛れもない事実だった。


人が慌ただしく行き来する、聖女様の部屋を見る。

見るだけで、近寄りはしない。

なぜか私の部屋の前の廊下は、照明が落とされていた。

暗がりから、明るい廊下の先を見ていると、自分が殊更惨めに感じてしまう。

まるで卑しい身分にでも(おと)されたかのように錯覚してしまう。


気持ちの上でこれ以上負けたくなくて、明るい廊下に背を向けて今の自分の居場所に帰る。

音をたてないよう注意して、薄く開けた扉の隙間から部屋に滑り込む。


数日前まではベッドメイクはいつも完璧だったのに、この部屋に移動してからは、メイドたちがサボッているようだ。

朝出かけた時のまま、掛布もシーツも乱れたままだ。

こんな些細な変化でも、心に刺さる。


それでも、私はこの公爵家の令嬢だ。

その事実は誰にも否定できない。

だから大丈夫。

必ず現状も変えてみせる。

聖女の能力が何であるかわかれば、自ずと解決策も見つけられる。

だから、それまで耐えてみせる。


皺の寄ったシーツを手で伸ばしながら、歯を食いしばる。

何とか気にならないくらい皺を伸ばし終えてから、寝支度を始める。

風呂場に向かう気力が今日はもう残っていなかった。

なので浄化魔法で汚れを取り去るだけにし、制服にも浄化魔法を施しておく。


どっと一日の疲れが押し寄せて、ベッドの上に寝転ぶとすぐさま瞼がおりてしまい、抗えず、その後開くことができなかった。

いつ寝入ったのか定かでないまま、岐路となる朝を迎える。

その朝が、穏やかさとは無縁な一日の始まりとなることを予感すら出来ずに。

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