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20.誕生日パーティー【宴も酣:終幕後】発表します!

 人も(まば)らとなったパーティー会場の一角。

この屋敷の主他、フォコンペレーラ公爵家の家族が集まるこの場で、喜色満面で駆け去っていく少女の後ろ姿を微笑ましく思い見送る。


その場に残されたのは常では見かけることのない、異色の組み合わせ。

老人と年若い騎士はしばし無言で佇む。

そして少しの緊張を滲ませながら、年若い騎士が口を開いた。


「魔法とは便利ですね。 私は門外漢ですので、あのような事も出来るとは…今初めて知りました。」


国の英雄と名高いゼクウ老師に、実際に会い声をかけるのはこれで2回目だった。

戦場の獅子も、緊張は解れず身を固くしたまま、口数少なに無難な言葉を口にするのみとなった。

そんな若人の恐縮しきった態度を払拭するように、殊更大げさに呵々大笑する老人。


「ほぉ~~っほぉ~っほぉ。 謙遜召されるな、攻撃魔法の腕は、魔術師団(わしら)に負けず劣らずな腕前であろうに。 近衛騎士団に置いておくには惜しい人材じゃと、噂は()()ね、方方(ほうぼう)より、聞き及んでおるわいのぉ。 おぉ、その筆頭がアレじゃ、毎度口を開く度に、五月蝿過ぎて敵わんがのぉ!!」


『アレ』と杖の先で雑に示したのは不肖の弟子こと、コーネリアス・デ・ラ・フォコンペレーラ公爵、この屋敷の主その人であった。


その遠目にも騒がしい姿を視界に捉え、苦笑する。


「買い被っていらっしゃるのですよ、彼方(かのかた)は。 私はそのように期待して頂くに値しない、矮小で無才な人間です。 自分の地力不足に、日々嘆くばかりで…、あの頃から成長できた気がしません。」


口端に自嘲の笑みを浮かべ、眉間に皺が寄る。

その声音は、先程よりも硬さを多くしている。


「お若いの、そう自分を卑下するものでないぞ。 お主はまだまだ若い。 自分の限界を決め、諦めてしまうには早計が過ぎよう。 儂に言わせれば、あの阿呆もまだまだ雛っ子じゃわぃ。 アレは今でこそ、あの様に唯の阿呆でいられるが、お前さんくらいの年の頃は、まぁ~~~、目も当てられんかったわ! ほんに手のつけられん、悪ガキも悪ガキ、鞘のない抜き身の(つるぎ)であったわ!!」


若人の雰囲気と対象的に、明るくハキハキと語る老人は、不肖の弟子を引き合いに出し、此処ぞとばかりにこき下ろす。


「コーネリアス殿が、ですか…? 確かに、同年代の方々は異様に彼方を恐れている様子をよく見ますが……、そんなに、ですか?」


絡まれれば確かに厄介だが、そんな『悪ガキ』の印象は感じられなかった。

フォコンペレーラ公爵とは、長いとも短いとも言い難い、微妙な付き合いの長さだが、終ぞ、その片鱗を感じ取ったことなど無かった。


「ふむ、今の若いもんは知らんかのぉ? アレは周辺諸国では悪魔だの悪鬼だの破壊の申し子だのと呼ばれておるほど、暴れ回っとったんじゃが、まぁ若気の至りじゃな。」


物騒過ぎる呼び名を平然と口にする。

どうやらこの老人の言う『悪ガキ』の暴れまわる度合いが、こちらの考える常識の範疇外のようだった。


「奥方と出会い、気持ち悪いほどのただの馬鹿者に成り下がったのじゃが…、結果は見ての通りよ。 これほど穏やかな家族が出来上がるなど、あの時分、誰も想像できんかったわ。 お主もそうじゃよ、まだ全てを決めつけるには、早すぎる。 それを今一度、肝に命じておきなされ。 良いかな? 年寄りの云うことは、もうしばらく、信じねばならんぞぉ??」


英雄も手を焼くほど危険な人物も、今では穏やかさを得て様変わりしていると言いたいらしい。

ほんの数年前の出来事らしいので、短い時間でも、人間は180度、きっかけさえあれば変貌すると言いたいらしかった。


確かに、変われる者もいるだろう。

しかし、自分は違うと、そう思えてならない。

ここが自分の限界なのではと、常に考えてしまう。

大口を叩いたのに、この体たらく…。

自分は、未だにあの男を超えられないでいる。

色々な意味で。


「破壊の申し子…、それは物騒な二つ名ですね……。 確かに、私の知るコーネリアス殿は、いつ見ても幸せそうです。 そして真実、奥方を深く愛していらっしゃる。 羨ましいですよ、私には、出来そうもありませんから…。 心から、誰かを愛するなど、未だに恐ろしくて……、できそうもありません。」


コレもその一つだ。

愛せない、誰も。

妻も、息子たちも、真心からの愛を伝えられる相手ではなかった。

常に裏切り続けている。

自分も家族も、不幸にしてしまっている。


「以前にも云ったのぉ、お主はそなたのお父上とは違う。 全くの別人じゃからなぁ、当たり前じゃが…これこそが真理よ。 比べるでない、誰かと。 そしてもっと自信を持て! 今の自分に欠けているものが何か見えておるなら、見つけられるはずじゃ! 理想を追い求めることも、欠けたものを探すことも、諦めてはいかん!!」


「そうですね、以前にも、同じお言葉を頂戴しました…。 そしてその言葉で、私は公爵になる決意をした。 ()()()から、全てを奪い取る為に、権力(ちから)が必要でしたから。 ですが未だに、その誓は果たせず…道半ばで立ち往生。 探すことにまで、手も、気も…回せておりません…。 自分の不甲斐なさに、反吐が出るばかり……。」


「セルヴィウス卿よ、焦るでない。 儂に言わせれば、あのときと比べようもない、立派な公爵家当主の顔つきをしておるわい! 一回りも二回りも、為人が大きく成長しておる!! 自覚がないのは当然と言えよう、お主は必死に足掻いておるだけのつもりじゃからなぁ~。 しかし、客観的に見れば違う。 落ち着き払って冷静に、やるべきことを見逃さず、然るべき対応をちゃぁんと出来ておる。 自信を持ちなされ! さすれば気持ちに余裕ができ、自ずと出来ることも増えるでなぁ!! それからで良い。 焦らずじっくり腰を据えて、探されるが良い。 案外、簡単に見つかるかもしれませんぞぉ~? ほぉ~っほぉ。」


短い顎髭を細い指で弄りながら、諭すように静かな声音で告げ、最後は調子を変えて嘯いた。


以前と同じ疑問が沸き起こる。

なぜ自分に、諭すような言葉を惜しげもなくもたらすのか。

何を成すことを期待されているのか。


相変わらず、その真意は読み取らせては貰えない。


よく、この老人を暗喩してコーネリアスが口にしていた『狸爺』という言葉が、しっくりくる。

的を得た表現に、クスリと忍び笑いが漏れる。


「ほぉ~~っほぉ~っほぉ、ええ顔に戻りなさったなぁ? その顔に免じて、今思ったことは、気づかんかったことにしてしんぜよぅかのぉ~? ほぉ~っほぉ。」


「ご無礼を、お詫びいたします、老師。 あぁ、いえ、前回に引き続き今回も。 激励のお言葉、感謝いたします、ゼクウ老師。」


「ほぉっほぉ、儂がなにか言ったかいのう~? ほぉ~っほぉ、礼を言われて、悪い気はせんでなぁ、受け取っておこう。 ……あの馬鹿者は、また何か騒ぎ出したみたいじゃのぅ~。 ほんに、落ち着きのない、大馬鹿者じゃなぁ~~。 腕さえなかったなら破門にしてやれたものを、口惜しいことじゃわい!」


遠くの方で、こちらに向かって大きく手招きするコーネリアスの姿が見える。

声に出すなり、魔法を使うなり、侍従を差し向けるなり、他の方法はいくらでもあるだろうに。

身振り手振りさえ、五月蠅く写ってしまう、コーネリアスあるあるだった。

それに心底疲れたように悪態をつく老人。

ぶすくれた表情に、軽く吹き出しながら、誤魔化すように真面目くさった声音を意識して年若い騎士が言葉を紡ぐ。


「それは…むしろ、コーネリアス殿の望むところなのではありませんか? 破門の言葉は彼を喜ばせるだけかと、愚考いたします。」


「ほぉ~っほぉ! 言いなさるなぁ、お若いの。 しかし、男児たるもの、そうでなくてはなぁ!! 成る程どうして、言い得て妙じゃ。 あ奴なら小躍りせんばかりに喜ぶことじゃろうなぁ~、それは儂が腹立たしくなるばかりじゃのぅ。 破門は見送るしかないのぉ~、口惜しいわい。」


「まだまだ、ゼクウ老師様は肩の荷を下ろしきる事はできそうもありませんね。 ご愁傷様です。」


その言葉には返答せず、渋面を晒すことで不満を示した老人に、今度は声を立てて笑ってしまった。

パーティーが終われば、慌ただしい日常が待っている。

パーティーの残り時間もあと僅か。

その僅かな時間を惜しみながら、こちらを急かすように手招きで呼びつけるコーネリアスに促されるまま足を一歩前に踏み出す。


会場に残った招待客は数えるほど。

長かったパーティーは、そろそろ幕引きの時間となる。

しかし最後の爆弾は、予想以上に予想外の内容だった。



 やっと自分の招集に応じた2人に満足そうに頷きながら、居住まいを正し、改まった態度で勿体振って話しを切り出した。


「やぁやぁ! 悪かったねぇ~、呼びつけてしまってぇ! 思い出したんだよぉ~、大事なことを伝え忘れていたってねぇ~~! 皆集まっていることだしぃ、折角の機会だから、言っておこうと思ってねぇ~~♪」


ここで一旦言葉を区切り、皆の顔を見回す。

老人1人からの冷ややかな視線はキレイに無視して。

わざとらしい咳払いを1つ落とし、話の核心を告げる。


「ぱんぱかぱ~~ん♪ 発表しまぁ~~すぅ!! な、なぁ~~~んとぉ、我が家に家族が増えまぁ~~~すっ!!!」


「「「 はぁっ!!? 」」」


戯けた口調で、予想外の内容を口にする。

それに過剰に反応する人物たちに、静かに驚きながら眺めるラピスラズリの1対の瞳。

その瞳の持ち主であるライリエルは、口元に手を当てて、周囲の反応を観察する。


 ーーあれれ、アルヴェインお兄様に、ゼクウ様に、それと…セルヴィウス様、凄く驚いていらっしゃる。 えっとぉ、弟の事って、周知の事実じゃなかったの? てっきり、お父様なら授かったとわかった時点で触れ回ってるかと思ってたのに、意外だわぁ…。ーー


驚いたのもつかの間、衝撃から直ちに持ち直したのはやはり騎士様が早かった。

今では穏やかな微笑みを浮かべて、お父様とお母様にお祝いの言葉をかけている。


ゼクウ老師様は、ただただ、呆れていらっしゃる様子。

『よくやる』的な事を思ってそうだ。


アルヴェインお兄様が一番ダメージが大きいらしい。

頭痛でも堪えるように、険しい表情で眉間を揉んでいる。


 ーーお兄様って、本当に10歳なのかしら? 私が言うのも何だけど、気苦労の絶えない中間管理職みたいに見えてしまう。 胃薬常用してそうなのよねぇ、心配。 ストレス過多で胃に穴があかないことを切に願うのみ、だわぁ。ーー



 兄を心の中で十分に労ってから、視線を巡らす。

驚きを表していない、じゃない方の面々にもチラリと視線を向けてみる。


エリファスお兄様は、安定の反応。

我関せず。

お父様の言葉を、右から左へと、キレイにスルーしていた。

片手に持ったお皿の上の、これまたモリモリ盛りした料理を、流れ作業のように黙々と平らげている。

興味を持たないにも程がある。


アヴィゲイルお母様は、こちらも安定の反応。

当事者でありながら、他人事のように美しく微笑んでいらっしゃる。

わかっていたけど、妖精さんは、妊婦さんでも可憐で美しい。

今一度そのお腹を注視してみても、全然目立っていない腹部に、思わず自分の腹部を見てしまう。


 ーー解せぬ。ーー


何故か私のほうが、胸部より腹部が張り出ていて、妊婦のような幼児体型だったのだ。



 甚だ不本意な現実に、憮然とした表情で自身の腹部を凝視する私の耳に、アルヴェインお兄様の精神的ダメージに疲れ切った声が届く。


「父上、もっと早く、教えて下さい…! 毎回毎回、何で直前なんです?!」


 ーーん? 今、お兄様は、何て? 直前、とか言ってたけれど、どういう意味??ーー


「あっはっはっはっはぁ~! いやぁ~~、だってさぁ、面白いんだものぉ~! 皆の反応がぁ~~♪ 今回も大・成・功~~~っだねぇ~~♪♪ てなわけでぇ、ライラもお姉ちゃんになるんだよぉ~、嬉しいかい?」


ドッキリ成功を小躍りせんばかりに喜ぶ中年男性が、いきなりこちらに話題を振ってくる。


「………えぇ! とっても嬉しい!! 赤ちゃんと会える日が楽しみですわぁ~~~!!!」


不自然な一瞬の間。

突然話を振られて、驚いたからだけではない。


 ーー大丈夫、きっと気づかれなかった。 上手く誤魔化せたはず、大丈夫、大丈夫、私は、大丈夫。 ()とは、違う。 今度こそ、良い『お姉ちゃん』に、なれる、なってみせるから。ーー


笑顔を貼り付ける。

今日、前世を思い出してから、初めて家族の前で表情を繕った。

隠したい事の為に、必死で。


私を見つめる家族の目は相変わらず、優しさが溢れていて温かい。

でもなぜが気付かれてる気がする。

今私が、自分の感情を偽って、わざと笑顔にすり替えた事を。

気付いていて、言わないでくれている。

そのことを指摘して私を追い詰めないように、気を遣ってくれている。


私は臆病で、卑怯だから、その優しさに甘えて、誤魔化したまま、有耶無耶にしてしまいたかった。

それを家族が全員、許容してくれる限り目を背けていたかった。

例えそれが直ぐに誤魔化せなくなり、露見してしまうとしても、今はまだ現実を受け入れたくない。

向き合いたくないから。



 似合わない口髭を弄りながら、愛娘を優しく見つめる。

何を考えているのかは、全く読み取れないエメラルドの瞳で、静かに眺めてから、続ける。


「そうかそうかぁ~~、じゃぁ、後ちょっと、待ってられるかなぁ~? そうだなぁ、遅くとも来月には、会えるはずだからねぇ~~~♪」


目が点になる。


 ーーん?ーー


首を傾がずに、いられない。


 ーーあれ…、聞き間違い? 来月って、あの来月? 次の月って意味の…、来月?ーー


 ーーはぁぁぁああぁあぁあぁっっっっっ????!


バッと、勢いよくお母様を振り返る。

麗しの妖精母は、相変わらず美しく微笑んでいる。

その腹部はドレスのデザインのせいで膨らんでいるかやっぱりわからない。

わからないから、もっと理解らない。


 ーーいや、いやいや? いやいやいやいやっ!! ないない~、ないないないない~~、ありえないって、ムリムリムリッ、理解できない!!! あれ、あのお腹で、臨月?! 魔法なの?? 目くらましの、認識阻害系の、魔法の為せる技なの??! 私のお腹のほうが、ポッコリさんなのに、妊婦さん方が、ぺっこりさんだなんてっ、不公平だわぁあ~~~

っ!!!ーー


ヘンテコな擬音で、トンデモない言い掛かりをつける。

頭の中は大混乱だ。

俄に心拍に不調があらわれる。



ドッ、ドドッ、ドドッ、ドッ、ドドッ、ドッ。



 ーーみ、脈が……、乱れまくってしまう………!ーー


パニックになって、不整脈にでもなっただろうか?

私の狭小な常識の範疇を超えた衝撃の現実に、頭が、途端にくらっくらしてくる。


 ーーあらあらぁ~~?? これは…冗談抜きで、やばめかしら???ーー


おでこが異様に熱い、それに身体も何だかしこたま暑い、気がする。

どうやら発熱まで、併発してしまったようだ。


よろよろ~~っと、身体が揺らぐ。

そんな私を、優しく抱きとめてくれたアルヴェインお兄様が、心配そうに覗き込んでくる。


「ライラ、大丈夫か?! 顔が赤い、熱は……! かなり熱いな、直ぐに治癒を……? 父上?」


治癒魔法を行使しようとした息子を肩に置いた手で、優しく静止する。


「アルヴェイン、コレは魔法では癒せないんだ。 残念だけどねぇ。 ライラ自身が自分で乗り越えないとならない、ある種の試練みたいなものさ。 何かライラのためにしたいのなら、部屋まで運んであげられそうかい? 私は気休め程度だけども、薬湯を準備するから、任せられるかなぁ~?」


何が原因か、わかっていて敢えて言及していない。

普段の巫山戯た喋りが抜け落ちている事でも、事の深刻さが透けて見える。

しかも、今の会話は全て、盗聴防止のため薄く張られた結界によって外部には届いていない。


「わかりました、父上。 エリファス、手伝えるか?」


「ん、何すれば良いのぉ~~?」


いつの間にか持っていた皿も、その上に盛った料理も片付けて、近くに来ていた弟が直ぐ側で応える。

父親の言葉を聞き流していた人物と同一人物であることが不思議なくらい、ここにきて前のめりな話しを聴く姿勢を見せる。


「メリッサをさがして、ライラの部屋を整えるよう言伝てくれ。 招待客に悟られないよう、慎重かつ迅速に、だ。 人目がなくなるまでは、魔法は使わない方が良いからな。 出来そうか?」


「ん~、問題ないよぉ~~、じゃぁ、捜してくるぅ~。」


1つ頷き、踵を返す。

末っ子のためならテキパキと行動を起こせる、ある種、デキた弟の背に向けて、どこか呆れを含んだ苦笑を見せる。

それもつかの間、直ぐに腕の中でグッタリとして呼吸の荒くなった妹に向き直り、横抱きにして抱え上げる。


少女の顔をできるだけ自分の側に向かせて、熱で赤らんだ顔が人目に触れないように配慮する。

体調不良でなく、寝てしまったかのように。

招待客達に顔が見えないよう、角度も計算しながら。


そして、平静な表情を作り、ゆったりとした足取りで会場を横切る。

この会場から出て部屋に戻るには、どうしても横切る他ない。

何せ()()()出入口は一箇所しかないのだ。


誰かに話しかけられる事を警戒していると、大きな影が差して妹の体ごとすっぽり覆い尽くされる。

視線を向ける前に、上から静かな声が掛けられた。


「客室に戻るまでの間、少しだけ世間話のお相手を願えるかな? アルヴェイン様」


「是非も御座いません、私で良ければ喜んで。 オーヴェテルネル公爵閣下。 妹は()()()()()()ので、少し声を落としてとなってしまいますが、宜しいでしょうか?」


「勿論、構わないさ。 後、家名でなく、名の方で呼んでくれて構わない。 堅苦しいのは苦手でね、畏まらずに呼んで欲しい。」


「承知いたしました、セルヴィウス卿。 本日は妹のために、ご足労いただき感謝申し上げます。 妹も話せたことをとても喜んでおりましたよ。 ご子息との対面は、あまり歓迎できる内容ではありませんでしたが、概ね、良い初顔合わせとなった事と、愚考いたします。」


「私も、ライリエル嬢との会話は愉しかったよ。 新鮮な驚きの連続で、3歳とは思えないほど、立派なレディだった。 その聡明さに驚かされた。 …レスターのことは、弁解の余地もない。 あれは、少々気難しくてね…、概ね社交的に振る舞うのだが、時々、理性の箍が外れるようなんだ。 ライリエル嬢には、申し訳ないことをした。」


「私も今日初めて知りました。 7つも下の妹にあんなに強い確固たる意志が宿っていたことを。 敵いませんね、侮っていたと、見通されてしまいました。 やはり、我が家の男共は、女性陣に頭が上がらない宿命のようです。 ご子息の件は、私では何とも。 ライラが判断すべき事ですから。 しかしライラはもう彼を許してしまっている。 懐に、迎え入れてしまっているのですから、私達に口を(さしはさ)む余地は在りませんが。」


「大人びた、不思議な少女だな。 だから酷く危うくも見える。 しかしそれも杞憂になるだろうね。 君たちは愛情深い。 部外者の私が心配せずとも、家族がしっかり見守っているのだから、彼女はまず間違いなく安全だ。」


「それは勿論。 護り通してみせます。 大事なたった一人の妹ですから。」


「快い時間はあっという間だな、ここまでで結構。 話し相手となってくれて、感謝する。 良い夜を、アルヴェイン様、ライリエル嬢。」


「こちらこそ、御礼申し上げます。 良い夜をお過ごし下さい、セルヴィス卿。」


軽く手を上げ、別館へ向けて去ってゆく背中をしばし見つめる。

その背中が、廊下の角を曲がり見えなくなるまで見送ってから。

そこからは、一瞬で跳んだ。

人目を気にする必要がなくなった為、一気にライラの寝室へと空間跳躍した。

まだまだ、屋敷内の短い距離しか移動できないが、問題なく跳べたことに内心安堵する。


そこには既に、万全の準備を終えた乳母のメリッサと、言伝を託した弟のエリファスが首を長くして待ち構えていた。


「兄さん、遅いよぉ~? 待ちくたびれちゃったじゃない! 早くライラを寝かせてあげなよ、どんな具合??」


メリッサが掛け布を外したベッドの上に、ライラを横たえる。

脇に控えていたメリッサが素早く掛け布をライラの身体にしっかり掛けてやる。


ベッドの枕元に歩み寄りながら、兄に小声で問いかける。

文句を言いながらも、妹の容態を気にする弟に苦笑しながら詫びる。


「すまなかった、途中までセルヴィウス卿と一緒だったんだ、だから少し遅れた。 ライラは…、また少し熱が上がったか? 汗も酷い……。 メリッサ、身体を拭いて着替えさせてやってくれ。」


暗い室内の明かりの下でも、妹の顔の赤みが見て取れる。

手際の良い乳母は、既に何を言われるか想定していたように、水を張った桶にタオルを浸していた。


「承知致しました、アルヴェイン坊ちゃま。 ライリエルお嬢様のことは、万事私にお任せを。 エリファス坊ちゃまも、どうぞ自室にお戻り下さいまし。」


着替えさせるためにも、乳母は兄弟へ退室を促す言葉をかける。

長男は素直に退室する為、出入り口に向かう。

しかし、妹愛が過ぎる次男はまったく動こうとしない。


「……ついてちゃ駄目なの…? こんなに苦しそうなの、初めて見るけど、本当に大事ないって言えるの?」


荒い呼吸を小さな口から吐き出す妹の赤すぎる寝顔を見つめながら、静かな声でごねる。


「旦那様が薬湯をご準備下さっておりますし、旦那様がおっしゃっていたのでしょう? お嬢様が乗り越えなければならぬ試練のようなものであると。 ライラお嬢様はそんなにやわではございませんわ。 きっとすぐ良くなられます。 さぁさ、お解り頂けましたら、お出でくださいな! 私の仕事をこれ以上邪魔なさらないで下さいまし!! このままではお嬢様が風邪まで召してしまわれますわ、お嬢様の為にも、早くお出で下さな!!!」


梃子でも動こうとしないエリファスに、ライラの為、を殊更強調して捲し立てる乳母。

次男の琴線をよく解っている。


「エリファス、行くぞ。 ここでライラにへばりついていても、何も出来ない。 心配だろうが、僕たちに出来ることは無い。 メリッサに任せて、行こう。」


往生際悪く、しばらく動く気配がなかった。

ライラの頭を一撫でしてからやっと、扉の前で待つ兄の元へ向かいながら、思いついたように戯れつく。


「なんかぁ~今日は人肌恋しいなぁ~~? アルヴェインお兄様ぁ~、今日はボクにぃ、添・い・寝・してぇ~~??」


「断固断るっ! かってに風邪でも何でも、罹ると良い。 僕は独りで寝る。 部屋までは送ってやろう、エリファス。 その後明日の朝まで部屋から出られないよう、扉には魔法でしっかり目張りしてやるから、安心すると良い。 頼んだぞ、メリッサ。」


「冷たいなぁ~兄さんはぁ~~! 可愛い弟が戯れ付いてあげてるのにぃ~、い・け・ず・なんだからぁ~~っ!! そんなノリ悪いとぉ、ライラにも愛想尽かされちゃうよぉ~~???」


「どこに()()()()がいるって言うんだ? 僕には思い当たる弟が居ないが? ライラはそんな薄情じゃないさ。 なんと言っても、愛情深い『鷹』の一族だからなぁ、誰かと違って、な。」


「それって、誰を指して言ってるわけ? ボク?? ねぇ~、兄さんったらぁ~~、ボクの目を見て答えなよぉ~~~??!」


パタン…。


扉が閉まるまで、兄弟の戯れ付きは終りが見えなかった。

恐らく廊下でも、まだまだ続いていることだろう。

やっと静かになった室内で、小さな少女の荒い息遣いが大きく聴こえてくる。


テキパキと慣れた手付きでドレスを小さな身体から剥ぎ取っていく。

滲んだ汗を、冷たい水で湿らせたタオルで丁寧に拭って、乾いたタオルで余計な水分を拭き上げる。


ゆったりとした寝間着を着せ、掛布を身体に優しくかけ終えたと同時に、控え目なノックの音が静かな室内に響く。


「入って良いかなぁ?」


「旦那様、お待ち下さい……、どうぞ。」


ノックの主に短く答え、足音を立てず扉に向かい、音を立てずに開いて、訪問者を招き入れる。

部屋に入ると一直線に、ライリエルの寝台を目指す。

目指す最中、あとに続く侍女に短く言葉を投げかける。


「すまないねぇ、邪魔したかな?」


「いいえ、丁度。 お召し替えが終わったところでございます。」


「相変わらずの手際だねぇ、いつもテキパキと子供たちを世話してくれて助かっているよ。」


「勿体ないお言葉、ありがとう存じます。」


畏まって頭を下げる侍女に軽く頷き、愛娘の顔を覗き込む。

寝台の脇、枕元のほど近くに腰を下ろす。

汗で額に張り付いた前髪を、無骨な手で、優しく横へ梳いてやりながら、独り言ちる。


「こんな事しか、してやれないとは…。 魔導師も大した事は無いなぁ……。 嫌になるねぇ、まったく。 出来ることなら、変わってやりたいがぁ…、出来ぬ我が身の苦しさよ………、なんてねぇ~?」


「あはっはっ、らしくなかったねぇ~! 今のは聞かなかったことにしておくれよぉ~~?? 少し感傷的になってしまったねぇ~、実にらしくないぃっ!! ライラが口にした、言葉のせいかなぁ。」


『ーー『鷹』の意を持つ“フォコンペレーラ”の一族は、コレと決めた相手を生涯を通し一途に慈しみます。ーー』

凛とした澄みきった声と、強固な意志を宿した毅然とした態度で、高らかに宣誓してみせた、あの姿が忘れられない。


「私の両親は、クズだった。 まぁ、古株の使用人なら知っているがぁ、まったく理想にそぐわない人達だったぁ。 だからかなぁ、ライラが迷いなく言い切ったときに………感極まっちゃったんだよねぇ~~、年甲斐もなく。 幼い日に、見失ったモノを…見つけて貰えたような、そんな気分だった。」


クズだったからこそ、早々に引導を渡し、御隠居願った。

公爵家当主の座を奪い取った、そのことにはなんの後悔も罪悪も抱いていない。

ただポッカリと穴が空いていた。

ずっと昔から、心がいつも空虚で、だから破壊することに躊躇などしなかった、若い頃の自分は特に。


「親になる、そのことに自覚も実感も、未だに持てている気がしないがぁ。 今日あの時に、この子が1つの答えをくれた気分だったよぉ…。 ライラ、君はぁ……、不思議な子だねぇ~。」


ずっと心にあった虚しさが埋められた気分だった。

欲しかった言葉を、やっと貰えたような心地だった。


「さぁさ、薬湯を…飲ませようかなぁ~? ちょ~っとぉ、いやぁ大分苦いがぁ、我慢しておくれよぉ…ライラ。」


小さな後頭部を支え、飲ませやすい角度にして、匙で掬った薬湯を小さく開いた唇から流し込む。

無事に嚥下して、眉間に一瞬、皺がキツく刻まれるが、褒めるように撫でてやるとその皺は立処に解消された。


「これで朝までは、与えなくていい。 その時も、私がやろう。 昼間はメリッサに任せるよぉ、良いかなぁ~?」


「承知致しました、旦那様。」


「うんうん~、頼りにしているよ! 私もアヴィも、君が居てくれて、大助かりさぁ~!!」


「ご期待に添えるよう、一層励んで参ります。 旦那様も、どうぞお休み下さいませ。」


「そうだねぇ、わかっては居るけどもぉ~、離れ難いものだねぇ~~。 ………ふぅ、邪魔したねぇ! それじゃぁ、また朝に来るよ。 それまでライラを宜しく頼んだよぉ~~?」


しばし愛娘の頭を撫でてやりながら、言葉の通り離れ難そうに枕元に沈めた腰を上げられない様子だった。

嘆息した後は、未練を断ち切るかのように勢いよく立ち上がり、スタスタと扉に向かって歩き出しだ。

それに追従し、扉の手前では先んじて開きながら、有能すぎる侍女は、主人に恭しく頭を下げて見送る。


「はい、お任せください。 おやすみなさいませ、旦那様。」


片手を上げて、扉から廊下へと出ていく。

主人の背を少し見送ってから、音もなく扉を閉める。


「私の小さな御主人様は、大人気過ぎてお世話に気が抜けませんね、まったく…。」


珍しく砕けた口調で独り言ちる乳母は、直ぐに気を取り直し、テキパキと動き出す。


まだまだ、長い夜は明けない。

この後1週間、この部屋の主が寝込み続けるなどとは、この時誰にも予想出来なったに違いない。

乳母兼侍女の、受難の日々。

見舞いという名目のもと、部屋に居座り、居直る屋敷の主人とその息子(次男が主)達との戦いの日々は、始まったばかりだった。

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