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女神様の眷属  作者: みぬま
おわりとはじまり
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再誕!

 俺、死んだんだよな?

 なのに何で、こうして思考できるんだろう。


 ああ、でも手足の感覚がないな。目を開けようと思っても開く気配がない。というか視界が白い?

 どういうこと? いま俺どういう状態なの?


 わからないことだらけで混乱していると、突然すぐそばに強烈な気配が現れた。

 視界は利かないし、物音がしたわけでもない。なのにはっきりとそれを認識する。


「気が付いたか」


 聞こえてきた声にびくりと体が反応する──反応した。

 五体満足かは不明だけど、とりあえず体があることは認識できた。ちょっとほっとする。


「人の子よ、生きたいと願うならばこれを飲め」


 続いて聞こえた声、口元に冷たい金属のような何かをあてがわれた感覚。

 ああ、感覚がある。顔は無事だったということだろうか。


 そんなことを考える一方で、激しい喉の渇きを覚え、口内に流れ込んできた液体を無意識に飲み下す。味は甘苦い。子供向けのシロップ薬みたいな味で、じんわり熱い。

 味覚がある。口の中の感覚もあるってことは、やっぱり頭部は無事……いやそもそも思考している時点で頭は無事だったのか。


 などと呑気なことを考え──次の瞬間、内側から焼くような激しい熱が全身を駆け巡り、意識が混濁した。


 あまりの熱さに叫び声を上げた気がする。体中を掻き毟った気もする。

 遠のきかけた意識は間断なく襲いくる痛みで何度も引き戻され、気を失うことすら許されない。


 意識も体も燃やし尽くされ、燃え尽きて、引き裂かれてバラバラになって、また元に戻されていく……そんなよくわからない感覚がどれだけ続いただろう。


 不意に、真っ白だった視界が色や形を認識する。

 けれど目で見るのとは違う、目を通さず直接認識させられているような感覚。


 そうして認識した視界に映り込んだのは、神々しさを纏う美しい女性だった。


 足下まである長い髪と慈愛に満ちた瞳は神秘的な深い藍色。

 その姿は佇んでいるだけで畏怖を抱かせ、けれど優しく包み込む包容力をも感じさせる何とも不思議な印象を与えてくる。

 同時に、間近で目にすることなど許されないような気持ちを抱かせる、遠く尊き存在。


 ああ、目の前にいるのは神様だ。


 確認するまでもなく、そう理解した。


「無事定着したようだな。気分はどうだ?」


 ようやく落ち着いて思考できるようになったからか、心地よく響く美しい声に全身が震えた。

 ぞわっとするやつじゃない。感動で打ち震える方だ。


「……ええと、かつてないほど快調です」


 ともすれば上擦りそうになる声を何とか抑えて返答する。無事に声も出た。声の感じも変わったりしてないし、これにも安堵する。

 すると目の前の美しい女神様はその表情を綻ばせた。


「そうか。ならば重畳」


 しかし綻んだのは一瞬のこと。すぐに真剣な表情へと変わる。これから大事な話が始まるのだと予感した俺は慌てて起き上がり、背筋を伸ばした。


「そなたに与えたのは妾の力の一端だ。残念ながらそなたは命を落とした。こちらの世界の問題に巻き込まれ、本来であれば受けるはずのない苦痛を受けて……。何と謝罪すればいいかわからぬ。わからなかったからこそ、そなたの魂を引き留めた」


 さらさらと心地いい音を立てて女神様の髪が流れ──女神様が、頭を垂れていた。

 あまりの出来事に困惑する。何せ俺はこの件に関して、特に怒りは感じていないのだ。どう反応したらいいのか分からない。


 しかし、不意にひとつの疑問が浮かんで思わず口にする。


「あの、これは確認なんでけど……俺ってもう元の世界には帰れないんですかね?」


 俺の問いに女神様は頭を下げたまま頷き、「すまない」と謝罪を重ねた。


 やっぱりか。

 今の俺の状況としては、一度死んで目の前にいる女神様の力で生き返った状態。つまり、女神様の力が届かない場所に行けば元の死体に戻ってしまうのだろうと予想できる。

 故に、元の世界に帰ることはできない。


 でも「そっかー、帰れないのかぁ」とは思うものの、恨む気持ちは湧いてこない。

 何だろう、自分でもびっくりするくらい吹っ切れている。恨みもなければ悲しみもない。怒りもない。


 そう自覚出来てしまえば、目の前のことに意識が向く。

 次に俺がすべきことは、何とかして女神様に頭を上げてもらうことだろう。


「いくつか、質問してもいいですか?」


 俺は身を屈めて女神様の顔を覗き込む。

 恐れ多くてちょっと震えるけど、相手の目を見て話すことが今の状況において有効だと思うから気合いで敢行する。きっと俺の表情を見れば俺が全く怒ってないことに気付いてもらえるだろう。


 そしてその目論見は成功した。こちらを見た女神様は俺の様子から察してくれたようで、困ったように微笑んでから顔を上げてくれた。


「なんなりと」

「では、自分の状況を知りたいです。俺は生き返ったって認識で合ってますか?」


 この問いに女神様は首肯する。


「正確には循環しようとしていた魂を引き留め、再生した体に紐付けて再起させた。妾は滅びと再生、挫折と再起、停滞と循環と言った事象や繰り返す円環を司る神サリスタ。そなたには再生と再起の加護を与え、妾の眷属として蘇らせたのだ」


 故に、もはや只人にあらず。

 言外の言葉に納得して俺は頷いた。


 自覚はあった。何と言えばいいのか、明らかに感覚が違う。特に視界がもう大変なことになっている。

 試しに俯瞰で見たいと思ったら視点が俯瞰に変わるし、遠くから全体を見たいと思えばその通りになる。どうやら自分の望む視界が得られるようだ。


 それに体が軽い。

 あくまで感覚的なものだけど、以前の体とは明らかに違う。


 ほかにもまぁいろいろあるけどそれは置いといて、一番恐いのはこの異常な体に順応してる自分だ。通常ではあり得ない状態を受け入れている自分が最たる異常だと感じる。


 けれど納得した。どうやら今の俺は普通の人間ではないらしい。ならばそういうこともあるだろう。

 うん、深くは考えない。考えたってわかるわけがない。


 ちなみに、視点を変えると自分の姿を自力で見ることができる。

 その上で現在の俺の第一印象を言い表すなら、半裸族だ。何というか、服が服の体を成さず、ボロボロになった布の残骸がまとわりついている状態だ。


 半裸だったことでもうひとつ気づいたことがある。それは背中にある大きな傷痕だ。これはあれだな、死ぬ直前に背中に受けた衝撃の正体だな。

 あと背中と同様に顔面にも派手な傷痕がある。たぶん最期はこの傷痕に沿ってパックリいったはずなので、即死だったんだろうなとわかる傷痕でもある。


 で、顔面には傷痕以外にもうひとつの変化が。

 予想通り、俺の目は開かれていなかった。これについては理由を想像することができるわけだけど……たぶん俺の眼球は、再生されていないのだろう。

 両目蓋ともに傷痕の範囲に入ってるしな。ほぼ確定だろう。


 ほかに変わったところと言えば、髪の色だろうか。嬉しいことに目の前の女神様と同じ髪色である。まぁ神秘さ具合では数段どころか何百段も落ちるけども。

 体格は全く変わらない。傷痕と髪色以外は元の体のまま──いや、髪色以外は元の体のままなのだろう。見た目上は。


 そう、見た目……半裸族……うん、女神様にお願いしてみようかな!


「あの、お願いがありまして」

「なんだ、遠慮せず言ってみよ」

「はい。あの……服をいただけないでしょうか」


 ちょっとした羞恥心にやられながらも何とか願い出ると、サリスタ様は今気が付いたとばかりに苦笑してパチンと指を鳴らす。

 するといつの間にか俺は白を基調とした濃紺の装飾が入った聖職者のような服を身につけていた。見た目以上に神聖な雰囲気を感じるのは女神様から頂いたものだからだろうか。


「それは妾を信仰する巡礼者の衣装だ。その姿であれば地上に下りて各地を巡ろうとも怪しまれることはないだろう」


 その言葉を耳にして、服を確認していた俺はサリスタ様に向き直る。


 今、地上に下りるって言った……?

 地上に下りていいの?


 俺の疑問を察したのか、サリスタ様はゆっくりと首肯した。


「そなたは妾の眷属となった。だが使命を与えるつもりはない。妾はただそなたに詫びたかったのだ。そしてそなたは妾の謝罪を受け入れてくれた。感謝している。だからこそ、そなたに自由を与えたい。もし妾の眷属であることが嫌であればこの世界で転生させることも可能だ。そなたの望みを言うがいい」


 女神様が、それも権能的にかなり高位っぽい神様が望みを言っていいだなんてサービス過剰ではなかろうか。


 しかし望みか。うーん……。

 正直さっきサリスタ様が口にした言葉が魅力的すぎて他に何も思い浮かばない。仮にあるとすれば、あれかなぁ。


「これも確認なのですが、俺と一緒にこの世界に召喚されたクラスメイトを元の世界に帰すことはできますか?」

「それは……申し訳ない、妾の力では不可能だ。そなたたちをこの世界に転移させたのは時空の神ラクロノースの力。帰すにも奴の力が必要になる。だが、そのためには対価を用意せねばならぬ」


 対価を用意する、か。


「それってやっぱり魔晶石ですか?」

「知っていたか。その通りだ。奴は魔晶石を対価として救世主を召喚する役目を担っている」


 なるほど……やっぱりみんなを元の世界に帰すには時空の神の力を借りなきゃだめで、そのために魔晶石を集めなければならない、と。

 既に知ってたことだけど、神様が言うなら本当にその方法しかないんだな。


「……死してなお仲間を思いやるとは、そなたは情が深いのだな。妾に手助けできたらよかったのだが」

「えっ、そんないいもんじゃないですよ。ただクラスメイトの身に何かあったら寝覚めが悪いなと思って」


 ただ気がかりなだけで情が深いってほどではないのに、大袈裟に取られている気がして落ち着かない。

 その予感は的中しているらしく、サリスタ様は勝手に何かに納得した様子で「そうか」と言って微笑んだ。その微笑み、明後日の方向を向いてそうで怖いです。


「それで、そなたはどうする?」

「俺は……先ほどのサリスタ様の言葉が魅力的だなぁと思いまして。自由に生きていいのなら地上を巡ってみようかなと」

「そうか。では餞別にこれをやろう」


 再びサリスタ様が指を鳴らすといつの間にか俺の手に錫杖が握られていた。

 白銀色の杖身の天辺には円環が、そしてその円環には深い藍色の輪がいくつか付いている。振ってみれば涼やかな音色が鳴り、耳に心地いい。


 これはとんでもないものをもらってしまった気がする。しかし餞別だと言うのだからありがたく頂戴しておこう。

 あっそうだ、お礼を言わないと。


 そう思い、口を開こうとした。しかしサリスタ様は礼を言う暇を与えてくれなかった。

 美しい微笑みを浮かべ、指をパチンと鳴らす。


「存分に生きろよ、我が眷属よ」


 不意に贈られた言葉。白む視界。


 こうして俺は、サリスタ様の力で地上に送られた──






 ────と思ったんだけど。

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