三柱の神様たち
白んだ視界が再び色を取り戻した時、俺の目の前には予想とは違う世界が広がっていた。
そう、先ほどまでとさほど変わらない、景色という景色が存在しない世界が。
えーと……ここはどこ?
「いらっしゃい、アキオくん!」
いきなり背後から呼ばれて飛び上がる。
び、びっくりしたぁ。
飛び上がってしまった恥ずかしさを隠しつつ、聞き覚えのない声に警戒しながらゆっくりと振り返れば、そこには三人──いや、三柱の神様が立っていた。
なぜ神様だとわかったのかと言えば、直感と、この体になってから何となくわかるようになった気配的な何かで。
「いやぁ、サリスタがこういう形で眷属を作るなんて初めてだからね、ぼくらも一枚噛ませてもらおうかと思って」
「一枚噛むって、投資じゃないんだから……」
「でもまぁ似たようなもんだ」
最初に声をかけてきたのは天真爛漫を具現化したような少年姿の神様。手には分厚い本を持っていて、学者然とした格好をしている。
そんな少年神にツッコミを入れたのは気弱そうな少女の姿をした神様。小さな体に不似合いな大きな剣を背負っている。
そして少年神に同意して頷いているのが、気さくな笑顔を浮かべた青年姿の神様。作業服を着ていて、この世界にも作業服があるんだなぁと、よくわからない感慨を覚える。
しかし状況が読めないぞ。
サリスタ様の眷属に一枚噛みたいってどういうこと? 意味不明すぎるんだけど……。
「あっ、ぼくは知識や知恵、記憶を司る神スワイズだよ。よろしく!」
「わ、わたしは力や武芸を司る神ストレイルです……」
「俺は主に技術を司る神テックス! よろしくな」
突如始まった自己紹介に何とか「倉田秋生です」と返せば、半ば強制的に三柱の神様と握手を交わすことになった。
状況についていけない俺はされるがままだ。
「突然ごめんな。君を地上に下ろす前にどうしても接触しておきたかったんだ」
「そうそう。サリスタはちょっと抜けてるところがあってね、きみの今の身体能力って基本的に生前のままなんだよ。むしろ魔力の器を使って再生した関係で魔力が使えなくなってて、生前より能力的には劣ってるわけ。そんな状態で地上に下ろしたってまた命の危機に陥るだけでしょ?」
「な、なのでその、わたしたち、あなたの力になれたらなと……」
テックス様、スワイズ様、ストレイル様の順で捲し立てられた。
ええと、つまり……?
「そ・こ・で! ぼくらからきみに贈り物だよ!」
ばっと両手を広げてスワイズ様が言い放つ。
おぉ、神様から贈り物!?
期待のあまり思わず前のめりになると、横から伸びてきた手にガシッと顔を掴まれた。
突然のことに硬直していると、
「まずは俺からな! 眼球までは再生できなかったみたいだし、こいつをプレゼントだ!」
いつの間にかテックス様の手にふたつの球体が握られていて、それを俺の閉じたままのまぶたに押し当ててきた。それも力いっぱいに!
痛い! というか痛気持ち悪いっ!
吐き気を催しているあいだに神の御技とでも言うべきか、なぜか押し込まれた球体はまぶたの上から内部へと入り込んできた。
すると潰れたはずの眼球の位置に別の眼球が再生したような……そんな形容し難い感覚を経て、テックス様の「義眼装着完了!」の声で我に返る。
は……? 義眼?
「こいつにはいくつか機能を持たせてるんだが、俺の一押しは右目に設定してある光線射撃な! 発動条件は右手をこの形にして、こうする。んでもって発動言語は『目からビーム!』だから忘れんなよ?」
意気揚々とピースサインを作って目の上下に指がくるように当てたテックス様に、俺は飛び出しそうになった言葉を咄嗟に飲み込んだ。しかし心の中でくらい叫ばせて欲しい。
そんなんぜっっってぇ使わねぇわ!!
目から怪光線発射するとか……うわぁあ。想像してみたら猛烈な脱力感が……。
「ほい、これ取説な。他にも便利機能がいっぱいあるからぜひ活用してくれ」
そう締め括って渡された取説とやらは某高額辞典かと問いたくなるくらい分厚かった。おっも。読む気になれない。
「んじゃ次はぼくね。ぼくからはこの子を貸してあげるよ」
ずしりと重い取説と『目からビーム!』の脱力感でちょっとどんよりした気分でいると、底抜けに明るい声とともにスワイズ様が白い何かを差し出してきた。
よく見てみれば、差し出されていたのは真っ白な体毛の狐によく似た動物。スワイズ様の小さな手にも乗ってしまうくらい小さなことを除けば、普通に可愛らしい愛玩動物のように見える。
「……この子は一体?」
そういえば彼らと会ってから俺、めっちゃ無口になってるな。久しぶりに喋った気がする。
「この子はぼくの眷属で白夜っていう名前でね、きみと同じ世界から来た人が名付け親なんだよ。賢い子だからきみに不足しているこの世界の知識とか色々教えてくれるし、きみが魔力の器を失っている……つまり魔法が使えない点もサポートしてくれるよ」
この言葉に俺は思わず少年神の両肩をがしりと掴んだ。
目から怪光線とは比較にならないありがたさ!
「ありがとうスワイズ様! 俺、あなたのことも信仰します!」
「そう? それは嬉しいなぁ。信仰ついでに地上で面白そうなものをみつけたらぜひ白夜を通して教えてね!」
俺は全力で首肯しながら白夜を受け取った。本当に生きてるのか不思議に思うくらい大人しいな……なんて思っていると。
「どーも。ボクがいれば大抵のことは何とでもなるけど、迷惑だけはかけないでよね」
おっ……そういう感じなのか。
まぁでも拒絶されてるわけじゃないし、問題なしだな。
「よろしく、白夜」
「まぁ適当に面倒みてあげるよ。ていうかキミさぁ、その派手な顔を晒して地上を歩くつもり?」
ひょいっと肩に乗ってきたかと思ったらその小さな前足で頬をぺしぺしと叩かれる。
全然痛くないし、言ってることはごもっとも。確かにこの派手な傷痕を晒して旅をするのは微妙かもしれない。
「そうだよな……どうしたらいい?」
さっそく知恵を借りようと問いかけると、「しょうがないなぁ」と言いながら白夜はどろんと煙を上げて姿を変えた。
そうして白夜が変化したのは顔の上半分を隠す仮面。服に合わせてくれたのか濃紺を基調とした神秘的な見た目の仮面だった。
えぇと……これをつけろと?
かえって目立つような気がしなくもないような。
「白夜の提案は正解だと思うよ。顔の傷を隠すために仮面をつけている人は案外いるからね。きみの場合その仮面をつけても傷痕が少し見えるから察してもらえるだろうし」
つけるべきかつけざるべきか。悩んでいるとスワイズ様が後押ししてくる。
そうか、そんなに珍しいものでもないならつけておくか。俺はありがたく白夜仮面を装着させてもらった。
うん、すごいフィット感だ。つけているのを忘れてしまいそう。
「で、では最後はわたしですね……」
仮面の装着感に満足していると、タイミングを見計っていたらしいストレイル様が声をかけてくる。
ちょっと微妙だけど何やら多機能らしい義眼をくれたテックス様。色々と助けてくれそうな白夜を貸してくれたスワイズ様。
この流れで、ストレイル様は一体何をくれるのだろう?
「わたしからは、旅をする上で必須の体力づくりのお手伝いと、戦闘技術の伝授を……」
おっとぉ!?
たぶんきっと今最も必要なものを伝授してくれると!?
「少し厳しくするかもしれませんが必要なことなので……頑張ってついてきてください……」
「はい! よろしくおねがいしますっ!」
この時の俺は舞い上がっていた。
地上でも訓練は受けていた。が、今回は神様直々に鍛えてくれるというのだ。期待しないわけがない。
──そんな俺の期待が絶望に変わるまで、そう時間を要さなかった。
「こういうのって、神様の加護とか恩恵とかで、さらっと強く、してもらえる、もんじゃないんですか!?」
「何を甘ったれたことを。何事も塵も積もれば山となる、だ。お前たちの国の言葉は素晴らしいなぁ? しかも今のお前は塵ひとつないまっさらな状態だ、伸び代がいっぱいあるぞ!」
息も絶え絶えに訴えた俺に、ぴしゃりとストレイル様の叱咤が飛ぶ。
どうもこの神様、何かのスイッチが入ると熱血脳筋に早変わりするらしい。よろしくお願いした直後から俺は景色が変化しないこの空間をひたすら走らされている。
もうどれだけ走ったかわからないくらい、ただただ走らされている……!
ていうか体が重い! 酸素が薄い!
疲労で倒れたいのになぜか倒れられない! なにこの地獄!!
「ストレイル様っ! きゅーけい、きゅーけいしましょう!」
「まだ早い! この甘ったれめ!」
「別人なんてレベルじゃないよこの神様!」
「無駄口叩いてる暇があるならキリキリ走れ! そしてサクサク避けろよ!」
ひぇっ、必死に走ってるのに攻撃仕掛けてきたよこの脳筋! 意味わからん! 意味わからん!!
大事なことだから二回言ったけど、二回言っても言い足りない!
こうして迂闊にも武芸の神様の申し出をありがたく頂戴してしまった俺は、人間の限界を超えたどこかに辿り着くまでひたすら走り、ひたすら避け、ひたすら殴り合い……気付けば自分史上最高に理想的な肉体を手に入れていた。
こう、ムッキムキというよりも細マッチョ的な。服を着てたら生前と変わらないように見えるのに、脱いだらすごいんだぜ的な。




