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私はアイテム  作者: 月井じゅん
5/105

5.UGC

 黒田元総理が言った「再会」「若い時のママ」の意味を頭の中で一生懸命整理しようとしていた。

 母は総理と昔からの知り合いで、私も会った事があるという事だ。


 そして、スカイは()()()()()()と、()()()()()()()()()()()


 私は頭が混乱したまま、黒田元総理の次の言葉を待った。


 「私が今日ここに来たのは皆様に事の重大さを知ってもらうためです。これから福山君に事件の詳細を説明させますが、麻紀ちゃんにはある程度の覚悟が必要となります。それは拒む事ができません。なぜなら君はUGCの存在を知ってしまい、状況は国民の安全をも脅かす事態だからです」


 全員の視線が私に集中し、重苦しい空気が漂った。


 「それから、伊藤さんご夫妻は亡くなった事にさせていただきます。その代わり、今後はここで安心して余生を楽しめるよう、お2人には最高の住宅設備と世界屈指、最高の医療を提供致します」


 祖父母は反論せず黙って聞いていた。

 静かな部屋に、総理の声だけが響いていた。


 「麻紀ちゃんには秘密を守ってもらわなければなりません。スカイの事も今日の事も誰にも話さないと約束していただけますか」

 「……はい」

 「もしも誰かに漏らした場合は一生自由を奪われる事になるかもしれません。我々は君を信じて君の判断に任せるしかないのです。急には難しいでしょうが、少しここに滞在して考えてみて下さい」


 総理は穏やかな表情と優しい口調で言っているが、内容はまるで脅しだ。

 続けて総理は私に質問をした。


 「お母さんについて何か疑問に思ったことはありませんでしたか? お母さんのご職業についでなど」

 「疑問に思った事などありません。母は音楽ホールで働きながら時々音楽を通して児童施設のボランティア活動をしています」


 母は無表情で私の答えを聞いていた。


 「最近、周りで不審な出来事はありませんでしたか?」

 「いいえ、ありません。あの、ここはどういう所なんですか?」

 「ここはUnderGround Resarch Office of CIRO、略してUGCといいます。麻紀ちゃんのお母さんはここの職員で、UGCについては家族にも話す事は出来ないルールになっています」


 母が覚悟を決めたように話し始めた。


 「麻紀、ママはここで主に警護や捜査を担当して25年目よ。音楽ホールで勤めているというのは嘘なの。ごめんなさい」

 「ここはスパイか何かの組織なの?」

 「スパイは大袈裟ね。情報機関と言った方がいいかしら。警察よりも動きやすく、独自の捜査方法で捜査を行っている組織よ。主に国内で活動し、内調(内閣情報調査室:実際にある内閣府の部署。重要政策に関する情報の分析や調査をする)や警察、公安にもUGC職員が潜り込んでいる。政界、経済界、必要とあらば一般市民をも盗撮や盗聴し監視する。重大事件や警察が手出しできない事件に対し、私達は法に触れるやり方で対処ができるの」


 母がそこまで説明すると、総理が補足した。


 「もともと我々は産業スパイの調査を専門にしていました。ある大企業の産業スパイ事件をきっかけに発足した組織でね。産業スパイによって発生する損害額は何百億、何千億円と莫大なものになる。それを考えれば安いものだと、私の私財で組織を発足した。我々はスパイを捕えては極秘交渉で企業同士、あるいは国と国とで話をつけ、協定を結ばせるなどしてきた」

 「国と国?国内だけの活動ではないのですか?」

 「昔はそうでした。ところがインターネットの普及やあらゆる分野のグローバル化にともなって産業スパイは国内企業だけに留まらず、近年では軍や独裁国家、テロリストからもスパイが送り込まる事態です。企業の機密情報だけではなく国家の機密情報までが簡単に危険人物の手に渡るようになった。従来の生ぬるいやり方では防げず「犯罪者引き渡し条約」の協定が結ばれていない国家間では解決に至らない。お互いの国や企業が不利益を被ったり、国家同士がいがみ合い、それで戦争になるくらいなら、法に触れる手段を用いてでも解決しようと、水面下で活動を始めた組織です。最近ではA国の捜査機関とも共同捜査しています」

 「UGCや産業スパイなんて、新聞やニュースで見た事ない」

 「我々の活動は極秘だからです。なぜなら私達は法を犯す。一般に知られてはいけない存在なのです」


 「知られてはいけない存在……」


 祖父母はずっと黙って話を聞いている。

 母が再び口を開いた。


 「我が家で起きた事件はある事件とつながっていて、極秘捜査中で公表できないの。UGCが20年以上追い続けてきた事件でね、それが大きく動き出した。だからこうして麻紀にも話しているの」

 「20年以上!?」


 私が生まれる前からだ。

 いったいどんな事件なのだろう。

 母がこの組織の人間だから、私達が襲われたのだろうか。

 総理が言った。


 「何が起きているのか気になるでしょう。事件については福山君から説明させますが、その前にコンサートで起きた事件だけ話しておこう。入手困難なスカイのチケットは由美君ではなく、UGCが用意したものでした。ある理由からスカイは命を狙われていた。そして君をあのコンサートに招待したのは、犯人が君と由美君の顔を知っているかどうかを確認するためでもありました。あのコンサートは我々が用意した罠です。地下鉄と会場にいた者は全てUGCの職員とVR、バーチャルリアリティによる客、つまり君が見た客は人ではなく仮想現実で、直接壁に投影された大規模VR、コンピューターによって作り出された映像です。国民を危険に巻き込む訳にはいかないからね。結果、君と由美君は狙われた」


 あれがバーチャルリアリティ?

 信じられないような話だ。


 「犯人達は我々の罠にかかった。君がコンサートを楽しんでいる間、彼らはスカイを殺し、君を誘拐しようと企み、準備を進めていた。UGCはそれを食い止めるべく準備を進めていた。UGCがテロ前提の大がかりな準備をしていた事など、犯人側は想像もしていなかった。何も知らず犯人たちは犯行を実行し、君が見た通りの騒ぎとなった。逃げ惑う観客や警備員はUGCの職員たちで、すべては君と犯人達に見せるための芝居だった」


 私と犯人に見せるための芝居?

 私はごくりと唾をのみ込んだ。


 「会場付近の道路では、UGCがにせの渋滞を発生させ、一般の車両が入れないよう細工をし、一般車両はすべて迂回させた。そしてスカイの車が走るルートにはUGCの車だけが往行し、歩道も車道もUGC職員しかいない状態を作り出した。その中を君とスカイを乗せた車が走行し、途中で、薬で眠った君を別の車に移して家まで送り届けた。何度もリハーサルを繰り返し、完璧でした」


 あの紅茶には薬が入ってたんだ!

 偽の渋滞を発生させ一般車両はすべて迂回させる……

 そんな大がかりな仕掛けが可能なのか。


 「コンサート終了後、会場からホテルへ向かうルートは映画さながらの追走劇となった。徹底した準備のお蔭で某国のスパイと思われる一味を確保する事ができた。新聞やニュースではこの追走劇を「薬物中毒者による車の暴走」と発表し、暴走車により多重交通事故が発生しスカイが巻き込まれた事にした。スカイのファンの方々には申し訳なかったが、これを機にスカイの活動に終止符を打った。彼らも30代半ば、アイドルには無理がある。ちょうどいいタイミングだ。そして捜査のため数名の犯人を確保せずにわざと泳がせていたところ、今日彼らは伊藤家に忍び込んだという訳です」


 総理は紅茶をひとくち口に運び、少しの間、喉を休ませた。

 総理は腕時計をちらと見たあと、私に言った。


 「そういえば麻紀ちゃんはH大学に入学が決まったそうですね、おめでとう。優秀ですね」

 「ありがとうございます」


 秘書らしき男性が総理に近づき小声で何か言った。


 「時間が来てしまったようです。申し訳ありませんが私は用事がありますのでこれで失礼しますが、真紀ちゃん、大学にはきちんと通えるよう手を打つので安心して下さい。続きは福山君と由美君から説明してもらうとしよう。福山君、あとはよろしく頼みます」


 私達も立ち上がり、見送ろうとすると、総理は「そのまま、そのまま」と手振りで私達を着席させ、速足で部屋を退出した。

 部屋には私達家族と福山という男だけとなった。

 上座に福山が移動すると、先に口を開いたのは祖父だった。


 「福山君、お蔭で助かりました。ありがとう」

 「ご無事で何よりです」

 「ジイ!この人知ってるの?」

 「ああ、ずっと前からね。福山君は由美さんの相棒だ」

 「福山君はママの同僚で優秀な捜査官よ。パパとも仲良しだったの。ジイもバアも初対面ではないの」


 だから祖父母は素直に着いてきたのか。

 何も言わず従っていたのは福山を信頼できる男だと分かっていたから。


 「なぜ私達が狙われたの?」

 「それを説明する為にここに連れて来たの。簡単に言うと犯人はある装置を探しているの。話はとても複雑でね。犯人の中にはとても危険な人物が存在する。感情も恐怖心もない、恐ろしい奴よ。まるで生身の殺人マシーン。普通の人間だったんだけど装置によって変貌してしまったの。野放しにはできない存在よ」

 「生身の殺人マシーン!?」


 私は震え上がった。

 そんなのが家にいたなんて。

 福山が言った。


 「奴らは電柱から屋根に登りベランダから侵入した。3人のうち1人がアイテムだった。1人が1階へ降りた後、もう1人は第九で異変を起こしたアイテムに気を取られて出遅れた。そこに僕らが突入し乱闘になった。まさか真昼間に屋根から侵入するとはな」

 「そうだったの。だけど作戦通り上手くいって、ほっとしたわ」

 「アイテム?ダイク?」

 「装置にかけられた人間をアイテムと呼ぶの。装置は20年以上前に開発された医療機器よ。人間の脳に人工知能を書き込めるの。与えたい知識や能力、情報を人工的に脳に記憶させる事が出来る。アウトプットの質が高く、装置にかかった人間はインプットされた情報通りに行動し、限りなく理想に近い人間に生まれ変わる。悪く言えば、装置は脳を支配し、人間をコントロール出来る」


 今日の母はいつものお気楽でのんびり屋の母とは違って厳しい表情だ。

 我が家を失った光景が、まるで映画のワンシーンの様に思い出される。

 全く知らなかった世界に一歩踏み込んでしまった感覚だ。

 これは夢ではないのか。

 話しを聞きながら、テーブルの下に置いた手で思い切り太ももをつねってみたが、夢から覚める気配はない。

 これは現実なのだ。


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