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私はアイテム  作者: 月井じゅん
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4.再会

 30分程走り続けただろうか。

 景色は、トンネルの暗がりに等間隔に照らされた照明と、鏡のように自分達の姿が映し出される車窓(しゃそう)だけだった。

 その車窓には、背もたれに体を預けて眠っている祖父母の姿が映っていた。

 私は2人の姿を車窓越しにじっと見ていた。

 不安と恐怖からか、私はまったく眠る気になれなかった。

 運転席の見知らぬ男は、時々、ヘッドマイクで誰かと会話をしている。

 しばらくして車は止まった。

 身を乗り出して前方を見てみると、そこは行き止まりだった。

 先を走っていた母はすでにバイクから降りている。

 そこはコンクリートで塞がれてはいるが、行き止まりと言うより、どこかへの入口らしい。

 母はインターホン越しに、通行の許可を求めているようだ。

 暫くするとコンクリートの壁が左右に開き、母は再びバイクにまたがり、走り出した。


 景色が変わり、少し明るく広いトンネルに出た。

 ゆるい傾斜の下り坂を暫く行くと、今度はグルグルと、少し急な坂道を降り始め、いつも母の車で行く大型スーパーの駐車場を思い出させた。

 ようやく坂を抜け、平坦な道に出ると、トンネル幅は更に広くなり、天井はどんどん高くなっていった。

 思わず私は目を大きく見開いた。

 突然、目の前に真っ白で巨大な空間が現れ、まるでそこは屋内だが空港の滑走路の様だった。

 豪華客船か外国の巨大空母が停泊する港の様にも見える。

 前方に、豪華客船のような真っ白で巨大な建物が建っているからだ。

 辺りにいる人々は、まるで海上自衛隊の幹部や海士に似た、白い制服で身を包んでいる。

 車は滑走路のような、だだっ広い道を走り抜け、真っ白な巨大建物のそばに停車した。

 と同時に、制服姿の若い男女4人が車に近づいて来た。

 髪をすっきりと一つに束ねた女性が後部座席のドアを開け、


 「どうぞこちらへ」


 と丁寧に私を出迎えてくれた。

 母と見知らぬ男は車を離れ、幹部らしき雰囲気の男性らと何やら話し始めた。

 祖父母は、長かったドライブに少々疲れた様子が見てとれ、女性が声をかけた。


 「お疲れでしょう。少々歩きますので移動はこちらでされた方がよろしいかと思います」


 女性がそう言うと、2人の若い男性が、祖父母に車椅子を差し出した。

 祖父母は先程の一件でショックを受けただけではなく、危険なハシゴを降りた上、長時間に及んだドライブでかなり疲れているに違いない。

 私は「そのほうがいいよ」と車椅子を勧めようとした。

 すると、私が言葉を発する前に、祖母が言った。


 「お気遣いありがとうございます。ずっと座っていたので歩きたいのですが、よろしいですか」


 疲れていると思ったが、確かに座りっぱなしだったため、かえって腰に負担がかかっているかもしれない。


 「私も歩きます」


と祖父も言うと、女性が優しく微笑んで言った。


 「分かりました。では後ろに職員が控えておりますので、いつでもお声掛け下さい」


 そう言って女性は私達を建物へと案内した。

 女性職員の後に祖父母が続き、その後ろに私、私の後ろに車椅子を運ぶ2人の若い男性職員が続いた。

 私が母の姿を探して辺りを見回すと、後ろの男性職員がそれに気付いたらしく、優しく言った。


 「お母様は福山と用事を済ませてからいらっしゃるそうです。代わりに私共がご案内致します。お困りの際は何なりとお申し付け下さい」

 「は、はい。ありがとうございます」


 あの見知らぬ男は福山というのか。

 それより後ろにいる、車椅子を運ぶ2人の若い男性職員のうち、やさしく声をかけてくれた男性が気になった。

 目は制帽に隠れてよく見えなかったが、何となく見覚えがある。

 声にも聞き覚えがある。

 私は小さい頃から、人の顔と名前を覚えるのが得意で、学校のクラス替えでも、その日のうちに、同じクラスの生徒の顔と名前を全て覚えていた。

 だがこの男性は思い出せない。

 不安と緊張のせいか、後ろから見張られている様な感じもして、彼が誰かなど詮索する余裕もなかった。

 後ろの2人の目が私の緊張を高め、運動会の行進の様に、私はぎこちない足取りで祖父母の後に続いた。


 ここは防衛省か何か、国の施設なのだろうか。

 母がここの組織の人間らしい事は分かる。

 何の組織だろう。

 巨大建物を目の前に、ここが変なカルト紛いな組織でない事を祈りつつ、先程突然起こった映画のワンシーンのような出来事を思い出していた。

 豪華客船のような真っ白で巨大な建物の自動ドアが開くと、豪華ホテルのような、赤じゅうたんを敷詰めた吹き抜けのロビーが、目の前に広がった。

 広々としたロビーと、どこまでも伸びる通路を見ただけでも、建物の巨大さが分かる。

 いくつもの大きな扉を横目に、やわらかな赤じゅうたんの通路を暫く歩いた。

 先頭を歩く案内役の女性職員が、ひときわ大きな両開きの扉の前で足を止めた。

 扉の前には、白い制服姿の男性がドアマンの様に立っていた。

 男性は扉を開いて、私達を中に招き入れた。


 部屋の中に足を踏み入れた私は、あまりの広さに目を見張った。

 室内はどこかの国の国会議事堂宮殿の様だった。

 真紅の壁には名画だろうか、金縁の大きな絵画がたくさん飾られている。

 床は大理石、中央には重厚感のある分厚い長テーブルと、豪華な刺繍が施されたアンティークな肘掛け椅子が数十脚ほどテーブルを囲んでいる。

 天井は金色で高く、豪華としか言いようのないシャンデリアがいくつもぶらさがっている。

 ふと横を見ると、壁の一部に部屋とは不釣り合いな大スクリーンがあり、その側にはマイク付きの壇上も備わっていた。

 ドアマンと職員達が、高級レストランの給士さながら私達を席まで案内した。

 上座左手から祖父、祖母、私と座席順が決まっていたようだった。

 席につくと、福山と母も部屋に入って来た。

 私の後ろを車椅子を押しながら歩いていた若い男性職員が、福山と母を上座右手に案内した。

 やはり、その若い男性に、なんとなく見覚えがあり、声にも聞き覚えがあった。

 私は男性の顔を見るチャンスと思い、ちらと彼を見た。

 瞬間、彼と目が合い、私は驚きのあまりに息をのんだ。

 死んだはずのスカイのメンバー(たつみ)だ!

 もう一人の男性もメンバーの成瀬なるせだ!

 母に驚きの表情を向けると母が軽く微笑んで言った。


 「さっき家でも会ったわよ。侵入者を運び出していたのは彼らよ」

 「やあ麻紀ちゃん、無事でよかった」


 (たつみ) が言った。

 私は状況が飲み込めず、驚きで声も出なかった。


 「もういいよ、ありがとう」


 スカイが生きていて、しかも目の前にいる。

 うれしさが込み上がる前に福山がそれを遮った。

 (たつみ)成瀬なるせは「はい」と返事をするとすっと部屋から出て行った。


 「ごめんね、麻紀ちゃん。せっかくのスカイだけど、今からもうひとり大物が来るんだ。厳しい話をするかもしれないが悪い人ではないから、力を抜いて話を聞いてやってくれ」


 福山という見知らぬ男がまた私を「麻紀ちゃん」と呼んだ。

 私は初対面なのに、この人は私をよく知っている様だ。

 何者だろう。


 1分も経たないうちに扉が開き、その「大物」がやってきた。

 スーツ姿の白髪男性が大股の早歩きで入ってきた。

 細身で背が高く、昭和に活躍したシブい俳優のようにスーツが良く似合い、仕草は若々しく老人と言う表現は似つかわしくない。

 彼と一緒に部屋に入って来た秘書らしき男性は、扉の前で姿勢よく立ち止まった。

 その白髪の男性にも、私は見覚えがあった。

 再び平静を失い、大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせようとした。

 あれは黒田元総理だ。

 それほど政治に詳しくはないが、歴代総理大臣の顔くらいは知っている。

 彼は私が生まれた頃に就任し、国民に大人気だった総理大臣だ。

 50歳という若さで総理大臣に就任し、通訳がいらない程に英語が堪能で、当時のA国大統領と親しく、国際協力に熱心に取り組み、いまだ政界に影響力を持つと聞く。

 総理は速足でテーブルに近づきながら、私達の存在を確認すると、総理らしく右手を軽く上げて


 「やあ」


と挨拶した。

 上座に座るや否やテーブルに両肘をつき、組み合わせた手の甲に顎を乗せ、私達の顔を見渡した。

 再び扉が開き、紅茶セットを持った、白い制服姿の若い男女が入って来た。

 春摘みダージリンの新緑のいい香りが部屋中に広がった。

 全員のカップに紅茶が注がれると、総理は組み合わせた指を解き、姿勢を正して話始めた。


 「ようこそいらっしゃいました。ここは政治家でも一部の者しか知らない組織、UGCの本部です。麻紀ちゃんとは先日コンサートの時に車でお会いしました。まさかあんな形で再会するとは。若い時のママに少し似ています」


 あの時の!スカイが運転する車の助手席にいた白髪の男性だ!


 「麻紀ちゃんはスカイのファンでしたか。元々彼らは私の秘書とケリー元大統領のシークレットサービスでした。数年前に任務で全身に火傷を負って顔を変えたんです。整形せざるを得ない程の大火傷でしてね。それがなかなかの男前に仕上がったものですからリハビリも兼ねて情報収集のため芸能界に配属させました。芸能界は様々な情報が入り、テレビを利用して情報も流しやすい。それがまさかあんな国民的スーパーアイドルスターになるとは思いも寄りませんでした」


 そこまで言うと総理の笑顔が消えた。


 「この度はこちらの不手際で皆様を危険な目に合わせてしまい、本当に申し訳ない。そしてこれからのあなた方の生活を大きく変えることになるであろう事を、深くお詫びします」


 総理は立ち上がり、深々と頭を垂れた。

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