12.史子叔母さん
衝撃的な告白の後、私は偽の我が家に帰ってシャワーを浴び、寝る前に、リビングでちーちゃんと斉藤さんと戯れていた。
すると、もう23時を回っているというのにインターホンが鳴った。
祖父母は寝ている時間だ。
誰だろう。
職員だろうか。
少し眠気を覚え、休もうと思っていた時だったが、来客が気になって玄関まで様子を見に行った。
「由美ぃ、私!」
誰かがインターホン越しに母の名前を呼んだ。
慣れ親しんだ、お友達っぽい呼び方だ。
「え!? ちょっと、何しに来たの! 今日はダメって言ったでしょ!」
母は慌てて玄関ドアを開け、来客を中に引っ張り込んだ。
「何よ、歓迎してよ。せっかくお礼を言いに来たんだから」
お礼に来たようには、とても見えない彼女は、どかどかとずうずうしく家の中に入ってきた。
そして私を見るなり、大声で言った。
「きゃー!! 麻紀ちゃん!? 麻紀ちゃんでしょ? 麻紀ちゃんよね!」
彼女は、驚く私の肩を両手で掴んで、ぶんぶんと揺さぶった。
「ちょっと! うるさい! 声が大きい!」
怒鳴る母を無視して、女性は両手を私の肩に乗せたまま、まじまじと私の顔を見ると、大声で言った。
「なんて可愛いの! いい目をしてるわ! さすが私の姪!」
姪!?
私の眠気は一気に覚めた。
いきなりやって来て、私の肩をつかみ体を揺さぶるこの女性、濃いメイクにショートカットヘア、というよりワイルドなスパイキーショートヘアのこの女性、この面影は小さい頃にも何度か見かけた記憶のある、知ってる顔だ。
まさか。
「麻紀、ごめんね、まだ秘密があるのよ。これ史子叔母さんよ」
母は溜息をついた。
「ちょっと、これって何よ、おばさんって誰よ!」
スパイキーショートヘアの女性は母に噛みついた。
「だって叔母さんでしょう」
「生まれて初めておばさんなんて呼ばれたわ。ショック!」
「史子……さんってあの?」
「そう史子叔母さん。何もかも知ってるのよ、とっくの昔から。あまりにもじゃじゃ馬すぎて、ママ、警護しきれなかったのよ。警護中に巻かれるは、逆に後つけられるわ……」
「UGCに忍び込んで見つかった時は殺されると思ったわ」
「これでもね史子は優秀なの、5か国語を話し、運動神経抜群。ピアノも一流。頭もいい。ちなみに独身」
「独身?史子叔母さんは結婚してA国に行ったって……」
「うそうそ、ぜんぶ嘘! 史子はA国国家と結婚して、今はA国の情報機関、分かりやすく言うとA国版CIAにいるのよ。おかげで史子叔母さんを通じて色々な情報が日本に入る。お義母さんが史子の真実を知ったらどんなに驚くか」
「もう! 叔母さん叔母さんって連呼しないで!」
母と史子叔母さんは大笑いしながら再会を喜んでいた。
それはまるで義理の姉妹というより、本当の姉妹か親友の様だ。
「早くお義母さんにあなたを会わせたいわ。その前にその頭とメイク、何とかしないとね」
確かに、実家に飾られた写真とは、髪型もメイクもまるで別人だ。
「麻紀ちゃん、ジイとバアにはまだ内緒よ。由美、両親の事、本当にありがとう。麻紀は私の命に代えて守るわ」
「史子・・・」
A国にいる史子叔母さんは上品でおとなしく、か弱くて家庭的な女性だとばかり想像していた。
それどころか史子叔母さんは美しく活発で聡明で、しかもA国版CIAだなんて。
「昔ね、私はママに守ってもらってたの。そして色々教わった。今度は私があなた達を守る番よ。けど、あなたも自分を守るすべを学ぶべきだわ。それが一番安全よ」
私はこんな人に会った事がなかった。
こんなに頼もしく正義感溢れる女性に。
「相談したい事があるの。総裁にも会いたいから一緒に来て」
さっきまでふざけて話していた時とは別人のように、真剣に話す史子叔母さんの瞳は、まっすぐで力強かった。
こんな素敵な女性になりたいと思った。
テレビで見る有名人や映画のヒロインに憧れる事はあっても、身近に憧れる人物は、今までいなかった。
だけど、なんとなく私は史子叔母さんの大きな瞳の奥に、深い憂いの影を見た気がした。




