13.バアの秘密
翌朝、目が覚めるといつもの朝だった。
いつもの部屋で目覚め、いつものようにあくびをしながら階段を下りた。
リビングにいる母に「おはよう」と挨拶をすると、ちーちゃんと斉藤さんが尻尾をたててトコトコドコドコと私に近づき、足にすりすりした。
私は2匹の頭をなでた。
いつもと違うのはトラがいる事ぐらいだ。
朝食は食堂でモーニングビュッフェを楽しむ事にした。
祖父母は疲れたらしく、部屋で朝食を取りたいということで、母と2人で食堂へ行った。
朝食を取りながら、母は巨大な施設についてあれこれ教えてくれた。
「斉藤さんは私がずっと面倒みていいんだよね。大学はここから通える? 麻紀はずっとここに住めるの?」
少し気持ちが落ち着いてくると、聞きたい事が山ほどあり、母は質問攻めにあった。
「ママはここに住むけど、あなたの事は検討中よ。大学は遠すぎるわ。ちーちゃんと斉藤さんは職員が面倒みるから大丈夫よ」
「職員さんが?」
朝食を終えて家に帰ると、庭にマスクをした白衣姿の女性職員の姿があった。
見た感じかなりご年配に見える。
「お庭にあるちーちゃんと斉藤さんのベッドやおトイレの清掃から、この部屋の管理までして下さってる方なの。ちーちゃんと斉藤さんがとても懐いているのよ。信頼があって、安全局衛生管理部と保健局の健康管理課の両方に所属してらっしゃっるんですって」
職員は無愛想に会釈をした。
すると母が小声で言った。
「少し……いいえ、かなり無愛想なの。ママはあの方のマスク姿しか見た事なくて。素顔も知らないし、話した事もないの」
庭をよく見ると、隅っこに猫のトイレらしきものがある。
そして窓のそばには藤の大きな籠があり、ふかふかの毛布が入っていた。
「ママが近づくと避けるようにどこかへ行ってしまうの。最初は知らない人に娘を預けているようで心配だったんだけど……今はすごく信頼してる。ちーちゃんを見ていれば分かるわ」
人見知りのちーちゃんが、尻尾をたてて職員の足にスリスリとまとわりついていた。
斉藤さんも彼女の後ろをついて歩いている。
「じゃ、ママとジイは会議だから行くわね。今日はバアとゆっくりくつろいで。職員さんはそのうち専用出口から出て行くわ」
「はあい」
母が出て行き、私は白衣姿の職員に目をやった。
後姿だが、何やらちーちゃんと斉藤さんに話しかけているのが分かった。
耳を澄ますと会話が聞こえてきた。
「ママお出かけしちゃったみたい。でも大丈夫、今日はバアも麻紀ちゃんもずっと一緒だからねえ」
「バア!?」
少しびくっとして振り向いた職員は私と目が合うと、マスクの下で気まずそうに笑った。
「麻紀ちゃん、よく分かったわね。どうして分かったのかしら?」
「どういうこと? ママは職員さんだって」
「まあ、どうしましょ。ママは何年も私の存在に気付いていないのに。麻紀ちゃんはどこで見抜いたのかしら?」
「私、耳がいいの。バアの声だってすぐ分かったよ。声と歩き方もバアに一致してた。それよりいったいどういうこと?」
「ちょっと待って。福山さんを呼ぶわ」
携帯すらいじった事のないはずの祖母が、白衣のポケットからスマホを出し、手慣れた手つきで操作し始めた。
「麻紀ちゃんにバレちゃったの、ちょっと来て下さる?」
数分後、福山さんが生垣の裏から現れた。
どうやら庭の向こうにも通路かエレベータがあるようだ。
「もうバレちゃったんですか。麻紀ちゃんはすごいなあ。由美はまだ気づいていないんだ」
福山さんは入って来るなり、めずらしく笑顔を見せた。
「ちーちゃんにちょっと声をかけただけなのに、麻紀ちゃん、私の声だと聞き分けたのよ」
「私、耳がいいの。麻紀の知らない事ばっかり!」
少し怒りながら2人を見て言った。
「麻紀ちゃんごめんね。バアも麻紀ちゃんと一緒だったのよ。知らない事ばかりだったの。だから騙された仕返しに、騙されたふりして、今度は私が騙してやってるの」
「どういうこと?」
私が困惑すると、福山さんが笑いながら言った。
「奥様はUGC本部に何度も来てるんだ。伊藤教授と由美に内緒でね。僕と奥様2人だけの秘密だ」
「ええ?」
「節子さん、そろそろすべてお話されてはいかがです?」
福山さんはそう言いながらすり寄って甘えるちーちゃんと斉藤さんの頭をなでた。
「まだよ!」
「はいはい」
「でも麻紀ちゃんが来てくれてよかった。色々心配だったけど、ここにいれば安全よ。私は安心したわ」
にこにこと笑顔で話す祖母は、祖母の秘密を私に教えてくれた。




