第八話
「良く来たねぇ」
閑古鳥が鳴いていたこの店に、今日もまた、ひとりの客がやって来る。
その男は、いつも恋する相手への花を買っては、玉砕して俺に愚痴を吐く。
「また振られちゃいましたよ……どうしたら本気だってわかってもらえるんですかね」
「そういうものだよ」
何を言えばいいのかもわからず、結局ありきたりなことを口から吐くだけ。
それでも、毎日のように来て愚痴を言い続けている。
それで良いのかもしれない。
「今日は何か、買っていくかい?」
「では、金木犀をひとつ」
金木犀。
それは、この店を開いてから今まで、1度しか呼ばれたことのない名前。
「どうして、それを?」
「なんとなく、です」
そんなはずはない。
そうわかってはいるけれど、その言葉を言えない自分がいた。
「そうかい。ラッピングは?」
「なしで」
自分の手にはいくつかのロアが、彼に一本の枝が渡る。
「いつもありがとう、じいさん」
まるで死に際のような言葉。
店も彼も、まだ生きているはずなのに。
「店はまだ閉めんよ」
「……わかってますよ」
そう言って、彼が見せたのは、明らかに作られた笑顔。
けれど自分は、その笑顔の真意を測れずにいた。
もしかしたら、測りたくなかっただけなのかもしれない。
「……では、また来ますね」
そう言って、彼はこの店に背を向ける。
その前に何か言っていたような気がするのは、きっと気の所為だ。
そんな、少しうつむきがちな彼を見送りながら、自分は店じまいを始めた。




