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【書籍化決定】転生令嬢は旅する編纂者  作者: 采火
第三部

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88/88

88.下着の注文はしたのにお手紙はこないんですが。

いつも編纂者をお読みくださりありがとうございます。

書籍版の発売日につきまして諸般の事情により延期となりました。詳細は活動報告にてお知らせいたします。楽しみにしてくださっていた方には大変申し訳ありません。

 社交界シーズン前の穏やかな時間の中、外交官の仕事を淡々とこなす日々が続く。休日は結婚に向けた準備も怠らない。


 今日もまた、シーリン商会のエルモライさんを王都の屋敷に呼び、結婚に向けた商談をする。


「新居のほうですが、改装が完了しました。改装確認の日程はいつにされます?」

「来週でお願いします」

「大型家具の配置確認もその時でよろしいですかね」

「ええ」


 結婚式の準備も大切ですが、結婚後の住まいも大切。屋敷の管理は女主人の役割なので、新居まわりのことは結婚式以上に力が入ってしまう。


 新居予定の屋敷は出張前にヴィクトルと一緒に選定しておいた。私もヴィクトルも、仕事があるからできるだけ職場に近い立地で……いずれは王都のエリツィン伯爵の屋敷をお父様から継ぐことになると思うので、仮住まいとして小さめのお屋敷を買い取った。


 ご隠居したさる男爵の家なので、本当にお屋敷としては小さい。小さいけれど、王城務めの男爵だったので、職場にはすごく近い立地。仮住まいとしてはとても手ごろだということで、私とヴィクトルの意見が一致した。


 仮にも伯爵の娘ですので、ヴィクトルにはこんな小さな屋敷で良いのかと散々聞かれた。「郊外の大きい屋敷よりも、ヴィクトル様の帰宅時間を短縮させて一緒にいられる時間を増やしたいです」と主張したところ「僕もそのほうが嬉しい」という返答が返ってきたので問題解決。ただ、執拗に何度も同じことを聞かれたので、ヴィクトルなりに気にしているのかもしれない。


 そんなことをつらつらと思い返しながら、エルモライさんと改装したお屋敷について話を進めていく。


「いよいよ家具の選定も大詰めですね。以前の候補はこちらでしたが」

「ええ。基本はそのままで。あ、書斎のほうはどうなりました?」

「無事、備え付けできてますよ。いやー、あの可動式の本棚、便利そうで羨ましいですねぇ。うちの店でも扱わせていただけませんか?」


 新居の改装にあたって、書斎は私発案の可動式本棚を導入した。小さいお屋敷なので、収納スペースの確保はすごく大事。ついでに、書斎以外にも厨房やリネン室など、収納スペースがあると便利そうなところには可動式の棚を設置した。使用人たちに便利に使ってもらえると良いのだけれど。


「可動式の棚の扱いはエクサ工房に一任してますから。商品の取り扱いについては工房長とご相談ください」

「そうでしたか。では、ありがたくご相談させていただきます」


 エクサ工房も小さい工房なので、量産体制は厳しいと思う。そのあたりのことも含めて、ヴェルナーさんとぜひ話し合っていただければと思います。


 あれそれどれそれと話を進めること小一時間。

 家のことについてひと段落すると、エルモライさんがにこりと笑って違う話題をふってきた。


「そういえば最近はどうですか。ヴィクトル様が出張で、フェリシア様は寂しく思われておりませんか」


 急に振られたヴィクトルの話題。私はぱたぱたと顔の前で手を振って。


「寂しいというほどでは。毎日忙しくて、寂しいと思っている暇なんてないくらいです」

「それはそれは。むしろヴィクトル様が寂しがっていそうですね。愛しいフェリシア様に会えなくて、夜毎同じ空を眺めているかもしれませんよ」

「ふふふ。お義兄様ったら、ご冗談がお上手です」


 エルモライさんの冗談についつい笑ってしまう。あの現実主義のヴィクトルがそんなロマンチストのようなことをするなんて想像ができない。報告書を飯テロ文書にしているヴィクトルですよ? そんなロマンチストなことをするくらいなら、私宛に手紙の一つや二つくれても――


「…………」

「おや、どうされましたか?」

「いえ……そういえば先日、ヴィクトル様から仕事の報告書が届いたんですけど……婚約者の私に、手紙の一つもくれなかったなぁ、と思い出して」

「は? あいつ何してるんですか」


 いや、私も今思い至るまで全然気が付かなかったんですけれども。そういえばヴィクトルからお手紙が一度も来ていないなー……って。お手紙の代わりに来たのは、下着の注文書。それ以降、音沙汰なし。どうして。


「クロワゼットで初夜の下着を注文してくれた以降、個人的なやり取りってそれくらいしかないんですよね」

「いや、あの、本当に何してるんですかあいつ」


 エルモライさんも呆れはてて肩が思いっきり下がっている。私もびっくりなんですけど、それが事実なんですよ。下着の注文はしたのに、手紙の一枚も来ないんですよ。


「私、ちゃんと婚約者として存在感、ありますかね……?」

「いや、あると思いますよ? 下着を注文されたんですよね? いやむしろ下着を注文できて手紙の書けないあいつが男としておかしいと思います」


 エルモライさんもだいぶ思うところがあるのか、少し毒舌だ。


 私自身、婚約者として常に意識しているわけじゃない。私だって、ヴィクトルに手紙を書いていないし……旅の途中で、手紙が確実に渡せないからという理由もあるけれど……。それでも、報告書と一緒に、ひと言くらい私宛に添えてくれていても良かったのでは、とか思ってしまう。


 それはちょっと、欲張りな気持ちなのでしょうか……?


「どうしましたか、フェリシア様。難しい顔になってますよ。その、あいつの擁護というか、ヴィクトル様はこういう男女の機微に疎いものですから、今回のこともたぶん気が回ってないだけだと思うんですよ。なので、どうかお気になさらず……!」


 エルモライさんが必死にヴィクトルをフォローしている。養子に出ても、身分が変わっても、兄として弟思いなエルモライさん。素敵な兄弟関係。頬がゆるんでしまう。


「いいえ、気にしてません。お仕事ですもの。公私混同しないあたり、ヴィクトル様っぽいと思います」

「そうですか……? 気の利かないやつなので、フェリシア様はもう少し怒っても良いと思いますが」

「ふふ。エルモライさんはどっちの味方なんですか」


 ヴィクトルのフォローをしたり、私のフォローをしたり。指摘すれば、エルモライさんはきりっとした表情をして。


「それはもちろん、お二人とも大切ですとも。これからも末永くお付き合いしていく方々ですからね」


 家族になる、とは言えない。ヴィクトルの生家は平民で、ヴィクトルは子爵家に養子に出ている。私の家は伯爵家で、面と向かって平民と結婚するとは言ってやれない。


 でも、そんなしがらみがある中でも、家族思いなエルモライさんがヴィクトルの婚約者である私ごと大切と言ってくれるのはすごく嬉しいこと。たとえ商人のリップサービスでも、そう言ってもらえる限りは、私も長くお付き合いしていきたい所存です。


「ああ、そう言えば。婚約者で思い出しました。前にヴィクトル様の婚約破棄の話をしたのを覚えています?」


 覚えていますとも。ヴィクトルが婚約破棄されて、一瞬だけ荒れた話。本人からは円満な婚約破棄だったと聞いていたから、意外に思った記憶がある。


 それがどうかしたのかしら、と思っていれば。


「最近、ヴィクトル様の元婚約者が、うちの商会にヴィクトル様と復縁したいとよく言いに来るんですよね」


 はい……?

 復縁?


「ヴィクトル様からは円満な婚約破棄と聞いているんですが……」

「ええ、そうでした。その流れで向こうもうちを贔屓にしてくれていたものですから、お取り引き自体は続いていたんですけど……」

「そこに復縁、ですか」


 向こう側の家の都合で、婚約破棄になったと聞いている。婚約破棄後もシーリン商会と関係良好だったたくらいだから、本当に円満な婚約破棄で遺恨はなかったはず。


 それがどうして今更、復縁を?


「二年前、事業に失敗したと風の噂で聞きまして。しばらくはその関係でうちの商会にも声がかからなかったんですが。久しぶりに取り引きを、と言われて出向いた矢先、ヴィクトル様との復縁を対価にお金の融通を頼まれましてね」


 なんという都合の良すぎる話。明らかにお金目当ての政略結婚で、呆れてものも言えない。なりふり構っていられないような話に、かなり切羽詰まっている様子なのは伺えるけれど。


「とはいえ本人は長期出張中だし、フェリシア様と婚約してますし。何しろうちはヴィクトル様の生家ではありますが、今のあいつの後見人はミシリエ子爵ですし。復縁を迫られても、色んな意味でうちがとやかく言えるものでもないですから……そう、お伝えはしたのですがねぇ」

「納得してもらえないのですか?」

「金で解決できるなら良かったんですが、身分をかざされるとどうにも。そんな人ではなかったんですけどねぇ」


 苦笑するエルモライさんに、私は渋面になってしまう。身分をたてにシーリン商会に圧をかけて、ヴィクトル様との復縁を迫っているのかしら。事業に失敗した子爵家なら、笠に着るものもそうないはずなのに。


「ミシリエ子爵には、そのことは……?」

「お伝えしています。ですが、元々ミシリエ子爵に一度打診して断られているようで……ミシリエ子爵も再度先方にお話をつけるとは仰っておりましたが……」


 暖簾に腕押し。

 シーリン商会に圧をかけてくる、と。


「次またいらっしゃたらエリツィンの名前を伝えて、それでも引かないようならうちに使いを出してください。今のヴィクトル様の婚約者は私です。直接お話ししますので」

「あぁ、ありがとうございます。でもよろしいんですか? ほら、貴族の社交界って、そういうのに過敏でしょうから」


 エルモライさんなりの配慮らしい。たしかに、もうすぐ社交界シーズン。そうなれば、そういった醜聞はまたたく間に広がっていく。去年も私は神子騒動で社交界の醜聞の的だったし、今年は穏便にいきたいところ。なのにこういった厄介事があるなら、ちょっと心得ていないと、社交界でもみくちゃにされてしまう。


「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です。これくらい華麗に乗り越えてみせますとも」


 とはいえ、一つ問題が。


「……ところで、その、ヴィクトル様の元婚約者の方のお名前って」

「聞いていらっしゃらなかったですか?」

「ええ、そうなんです。聞く機会を逃してしまいまして」

「それは失礼しました。ヴィクトル様の元婚約者はバラクシナ子爵夫人ジャンナ様です」


 名前を聞いて一拍、思考が止まる。子爵夫人?

 ちょっと待って、人妻ですか?


【ヴィクトルの出張日誌11】

玄蒼国には主要都市を結ぶ〝ジョウキキカンシャ〟というものがある。馬車よりも速く走ることのできる乗り物で、馬の代わりにジョウキキカンで動くらしい。玄蒼国には千年前の遺構とされる〝レイウェイ・トレビシック〟がある。長いこと街道として親しまれていたが、〝レイウェイ・トレビシック〟はタマハガネで作られた梯子のような道であり、この道の上を〝ジョウキキカンシャ〟が走る。〝ジョウキキカンシャ〟の構想は千年前からあったものの実用化にはいたらず、〝レイウェイ・トレビシック〟だけが残っていた。しかし十年ほど前、神湖スロイスティエ・ ロジェーニヤの神子が〝ジョウキキカンシャ〟を復活させたらしい。……僕からするとお米が好きな子どもという印象だけれど、彼はとてつもない人物なのかもしれない。


本日夕食:〝ジョウキキカンシャ〟であれば三日で首都に着くらしいが、僕らは視察も兼ねて馬車で首都へ向かっている。道中、小さな町に宿泊。この地域での家庭の味という〝ヘボメシ〟をいただいた。皿の代わりに大きな瑞々しい葉に包まれていたおにぎりで、〝ヘボ〟と呼ばれるものを甘辛く煮て米に混ぜていて美味しかった。食べ終わったあと〝ヘボ〟は蜂の幼虫だと教えてもらった。同行していた官吏は卒倒した。美味しかったけれど、さすがにこれはフェリシアには食べさせられないな……。

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