82.実は二年ぶりの帰郷です
※前話で月の満ち欠けについて致命的なミスがあったので修整しました。どこの国でも満ち欠けはします。形が違うだけです〜。
ようやく今年の仕事納めも終わり、私はお母様とノエルと一緒にエリツィン伯爵領へと帰った。半年ほど一人で寂しく領地の運営をしていたお父様は私たちの帰宅がすごく嬉しかったようで、その日の夕食は豪勢なものが並んだ。ハルウェスタ王国貴族の豪華な食事に慣れないノエルが目を白黒させていたのが可愛かった。
そして翌日、ようやく私はテネッコンの製作状況をヴェルナーさんとドナートさんから聞くことができた。
「久しぶりだな、お嬢。婚約もしたとか。いやー、めでたいことだな」
「…………」
「ドナート、お祝いくらいもう少しはっきり言ったらどうだ」
相変わらずドナートさんの声は小さくて私の耳まで届かない。ヴェルナーさんが呆れた素振りでドナートさんを小突くけど、ドナートさんはむっすとして黙ってしまう。無理やりいただくようなものでもないし、お祝いの気持ちだけで十分です。
「長く留守にしてごめんなさい。本当に色々ばたばたしてしまって……」
「そんなのどうってことない。納期をせっつかれるよりのびのびやれるほうが、俺たち職人も気が楽だからな」
屈託なく笑うヴェルナーさん。
依頼側として管理ができてない駄目な私ですが、職人さんたちが良いものを作ってくれるなら、時間は惜しみませんとも。とはいえ、まるっと一年……いやもう二年も放置していた私は極端すぎますが。
「二人に紹介したい子がいるの。彼女はノエル。テネッコンを開発したザック・アイン博士の娘よ」
ご無沙汰の挨拶もそこそこに、私はヴェルナーさんとドナートさんにノエルを紹介する。ノエルはぺこりとお辞儀をすると、ヴェルナーさんとドナートさんをまっすぐに見上げた。
「ノエル・アインです。テネッコンの開発の手伝いをしてました。今回、改良版の設計図も持ってきたので、分からないことがあれば何でも聞いてください」
「ほぉー、こんな小さなお嬢さんが。すごいなぁ」
堂々としたノエルの立ち振る舞いに、ヴェルナーさんが顎をさすりながら感心する。ドナートさんは相変わらずで、小さく頷いただけだった。
「いやぁ、開発者が直接来てくれたのはありがたい。ちょうど行き詰まっていたもんで」
「そうなの?」
「かなり早い段階でテネッコンはほとんど完成してたんだがな。だがなぁ、何が悪いのか、月が言うほどはっきり見えない」
ヴェルナーさん曰く、レンズ部分に難航しているみたい。ドナートさんが頑張ってくれていて、かなり遠い距離まで見れるレンズが作れているものの、月をくっきり見ることができていないらしい。
「設計図通りに作ったレンズが駄目だったもんで、レンズの種類をいろいろ変えてもらっているんですがねぇ」
ドナートさんがのっそりと動く。彼が能動的に動くのは珍しい。なんだろうと思っていれば、ドナートさんは一枚の紙を懐から出して私に押しつけてくる。紙を見てみれば、これまで作ってきた試験用レンズの合否一覧だった。
話の通り、対象が月じゃなければ、かなりの距離まで見えるレンズができている。さすがドナートさん。でも月を見るにはぼやける、と。
「どれくらいぼやけて見えるの?」
「それは見てもらったほうが早いですな。時間があるなら、今から現物を見に行くか?」
そうね。この後の予定もないし、明日にでもテネッコンが今どうなっているか、視察に行くつもりだったし。
「ノエルも来てくれる?」
「当然です」
ノエルの目がきらきらしている。
それではテネッコンを見に行きましょう!
テネッコンの設置候補地は二箇所あった。
エリツィン伯爵領の中で一番高い山であるウェペナクス山と、忘れられたお墓がすぐそばにあるべプオークの丘。テネッコン計画を始動した時に、ヴィクトルと一緒に視察にも行ったのがもう懐かしい。
あれから悩んだけれど、最終的に観光地としての収益化を図ることも踏まえ、私はべプオークの丘にテネッコンを設置することに決めたのでした。
「べプオークの丘で収益化がうまくできたら、二台目をウェペナクス山に設置すればいいかなって思っているの。その頃にはさらに改良されたテネッコンもあるかもねと思ったんだけれど……ノエルが天才すぎて、先を越されちゃったわね」
「む……ふへへ」
一瞬だけキリッとした表情になったものの、ノエルはすぐに笑みくずれた。可愛い。照れてるのを隠せなかったみたい。可愛い。大事なことなので二回言いました。
私とノエル、ヴェルナーさんとドナートさん、四人で馬車に乗り込み、馬車に揺られること少々。やって来ましたベプオークの丘。
冬の冷たい風が頬を撫でていく。私は馬車から降りると丘の上に建つ建物を見上げた。
「わぁ、建ってるー……」
「エリツィン伯爵がお嬢の代わりに色々と便宜を図ってくれてたからな」
二年あれば建築期間としては十分。シンプルな石造りの塔がベプオークの丘ににょっきと生えていた。
「フェリシア様、高いですね」
「そうねぇ。高いわねぇ」
「そういう風に設計しろって言ったのはお嬢だが」
ヴェルナーさんの言う通り、この塔を建てるように言ったのは私ですけども! でも出来上がったのを見ると、思っていたより細くて高い塔に見えたのだから仕方ない。
「この塔は五階建てになっている。内装は未着手だから、必要なものがあれば言ってくれ」
「五階……けっこう登るわね」
「これもお嬢が決めたんだぞ」
はいそうです。山に建てれなかった分、高ければ高いほうが良いと思って……ハルウェスタ王国の建築技術でいけるギリギリの高さを攻めた結果です。登るのはちょっと大変だけれど……でもきっと、見晴らしはすごく良いはず!
私はさっそく塔の中に入った。一階はエントランス。塔の内部は吹き抜けじゃなくて、きっちり階層ごとに階段がある造り。お洒落なデザイナーズビルも素敵だけれど、ここは研究所も兼ねるので質実剛健なイメージで建ててもらいました。
イメージ通りの建物に満足して、意気揚々と階段を登り始める。一階、二階……
「……、…………、………………!」
「フェリシア様、大丈夫?」
「だい、じょぶ……!」
外交官としてあちこち飛び回っているのでっ、普通のご令嬢より体力はあると思っていたんですがっ! 三階登る頃には足が重いっ! ヒールかしらっ? 貴族娘の見栄っ張りなヒールがよくないのかしら!? 切実にぺったんこ靴が欲しい……っ!
「無理するな、お嬢。背負うか?」
「ぜんっぜん、よゆー、ですぅ……!」
「そうか……?」
ノエルとヴェルナーさんに声をかけられながら、私は階段を登る。言い出しっぺは私なんだから、登りきって見せないと!
変な意地が出てきた私は、なんとか四階までたどり着いた。よぉし、あと一階……!
だけど、やっぱりこんな階段を登るのに私の格好は不向きだったようで。
ヒールが引っかかって、バランスが崩れる。
「ひゃ――」
「……」
「わっ」
私が階段から転げ落ちる前に、すぐ後ろにいたドナートさんが無言で背中を支えてくれた。そろりとドナートさんのお顔をうかがってみる。いつもと変わらない仏頂面。私と視線が一切合わない。
「あ、ありがとうございます……?」
「……、………」
「え、なんて?」
「……、………」
聞き返したけど、やっぱり聞き取れない。困っていると、さらに後ろにいたノエルが私の隣にまでやって来た。
「フェリシア様、大丈夫っ? 危ないですっ」
「大丈夫よ、ノエル。ドナートさんが助けてくれたから」
「お嬢? 落ちそうだったのか? やっぱり背負ったほうが良いか?」
もう、皆ったら心配性! 私だって階段くらい登れるんです! ちょっとドナートさん、ヴェルナーさんの言葉に頷かないでください! 多数決で負けそう……!
三人の心配性たちの視線を受けながら、私は私で意地が出てきてしまっている。どうしても自分の足で登りたい。それにはヒールが邪魔!
「わっ!? フェリシア様っ?」
「ちょわっ!? お嬢!?」
私はペぺいっと靴を脱いだ。ヒールがあるからいけないんです!
「ここまで来たんだから、あと一階分くらい歩きます」
そう言って、ヴェルナーさんの横をすり抜けて先頭に立った。私はずんずんと登っていく。うん、ヒールの靴を履いていた時より断然登りやすい。
「フェリシア様、いいのかな……貴族なのに……」
「お嬢はやっぱり規格外だな。それが良いんだが」
「…………、……」
「お前もそう思うか、ドナート」
私のうしろから聞こえる声に耳をそばだてながらも、階段を登る足は止めない。ドナートさんが何を言ったのか、ずっと気になっているけども。
ちょっとしたアクシデントもありつつ、なんとか最上階へ。
そこには想像通りの、大きな天体望遠鏡があった。
「わぁ……! テネッコン!」
「すごいわ。リストテレスで見たのと寸分変わらないわね」
部屋の真ん中にあるテネッコンにノエルが目を輝かせる。私もちょっとわくわくしちゃう。ノエルが真っ先にテネッコンへと飛びついた。
「レンズは一番遠くまで見れるのを取り付けている。だがなぁ、月まではしっかり見えない」
「フェリシア様ー、天井が邪魔で見えない……」
ヴェルナーさんの説明の最中もさっそくテネッコンを覗いているノエル。私は笑いながら、ヴェルナーさんに天井を開けるようにお願いする。
「わ、天井が開いた!」
「馬車の幌を使った屋根よ」
晴天時に空を観測できるよう、蛇腹式の幌屋根です。壁に収納可能だし、雨の日に水がたまらないように傾斜もつけています。これで快適な観測環境を得られるはず!
「ちなみにテネッコンの台の高さを上げることもできる。これで壁を越えて全景が見れるはずだ」
ヴェルナーさんがテネッコンの設置された台の横にある舵をぐるぐる回すと、テネッコンが台ごと上昇した。重たいから男手が必要だけれど、テネッコンが野ざらしにならないようにという私なりの配慮です。
この塔はテネッコンのためだけに作られた塔。
そのための仕組みに、ノエルの頬が上気する。
「すごい! フェリシア様すごい! テネッコンのこと、ここまで大切にしてくれるなんて!」
「ふふ。いつでも研究しに来ていいのよ? ……ちょっぴり階段がきついかもしれないけれど」
「階段は大丈夫! これくらい大丈夫! ねぇ、フェリシア様、今夜さっそく観測していい?」
興奮しているノエルに、私もヴェルナーさんもにこにこしてしまう。でも、観測という言葉にドナートさんが動いた。
ドナートさんはつんつんとノエルの肩を叩くと、テネッコンを指さす。ドナートさんの意図が分からなくてノエルが首を傾げた。私はここに来た目的を思い出す。
「そうだったわ。レンズの調整をしないと」
「あ、そうだった」
ヴェルナーさんもすっかり忘れていたようで苦笑する。ノエルはきょとんと目を丸くさせてから、テネッコンのレンズを覗いた。
「本当だ。この距離で伯爵邸が見えるなら、月はぼやけて見えるかも」
「調節機能を使っても、あんまりくっきりしなくてなぁ」
「レンズの大きさ分かる?」
「おい、ドナート。分かるか」
「……、………」
ドナートさんが答えてくれる素振りを見せるけど、やっぱり聞こえない。私はドナートさんにいつも持ち歩いている手帳を貸して、レンズの大きさを書いてもらった。
「はい、ノエル」
「フェリシア様、ありがとうございます。えぇと……あー……これじゃ足りない……えぇと〝kusade〟と〝arevus〟って……あ、フェリシア様、ハルウェスタ語で〝kusade〟と〝arevus〟は何て言いますか……?」
ノエルがドナートさんに書いてもらったレンズのメモを見つつ、困ったように眉をへにょりとさせた。欲しい情報が足りなかったのかしら。
「〝kusade〟は半径、〝arevus〟は曲率よ」
「お嬢、よく分かったな」
「これでも外交官ですからー」
えっへんと胸を張って見せれば、ヴェルナーさんはちょっと意地悪をしてきて。
「それならアニマソラ語でそれは何て言うか知ってるか?」
「えっ」
これは困った。基本、そんな専門用語までさすがに網羅していないもの。サピエンス語で書かれていたテネッコンの設計図を翻訳している時に覚えた単語なので、アニマソラ語はさすがに分かりません……!
「……宿題にしておいてください」
「勉強熱心なことだ」
ドヤ顔をした手前、ちょっぴり悔しい。
こうして私がヴェルナーさんにからかわれている間にも、ドナートさんとノエルの間ではメモのやり取りが行われている。手持ち無沙汰になった私とヴェルナーさんは、頭を寄せてメモを覗いている二人の様子を見守ることに。
『ぼやけて見えるのは焦点距離が合ってないから。レンズの大きさは設計図通りだから、焦点距離が変わる要因は素材の屈折率? 屈折率を変数にして、同じ素材で作ったレンズから短距離での焦点距離を計算して……』
「……」
ノエルが難しい独り言を話しながら計算を始めてしまった。聞き取れる単語と聞き取れない単語があるので、かなり専門的なことを呟いているのかも。サピエンス語だけど、ドナートさんはノエルの視線で彼女が何を求めているのか察しているみたいで、どこからかとりだした小さい望遠鏡を持ってきたり、ノエルのメモに何かを書き足したりしている。
そんな二人をしばらく見ていると、ノエルががばりと顔を上げた。
「フェリシア様、ちょっとドナートさんと下で計測します! 月がぼやけて見えるのは、サピエンスの硝子とハルウェスタの硝子の質が違うからだと思うので、ハルウェスタの硝子で見える距離を確認してきます!」
水色の瞳をきらきらさせるノエル。
こんなに目をきらきらさせられたら、断れないわ。
私はノエルに許可を出すと、ヴェルナーさんと先に馬車へ戻って待っていることにした。
【ヴィクトルの出張日誌5】
ウガール王国に着港した。ウガールの港はクンダンと比べて少し静謐な雰囲気を醸している。漁業が盛んなのは島の反対側のほうらしい。こちらの港は観光向けの貴族が訪れるそうで、海の景観を守ることに力を入れているのだとか。言われてみれば、ガムランやクンダンの海に比べて青く、空との境界線がなくなってしまいそうだ。
本日夕食:特産のヒマヒマという魚のグリル。鱗が柔らかいようで、カリカリに焼いて鱗ごと食べる。魚は白身で脂がのっている。一口かじれば鱗のサクサクとした食感の中、白身の旨味がじゅわっと広がり、やみつきになってしまいそうだ。




