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【書籍化決定】転生令嬢は旅する編纂者  作者: 采火
第三部

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80/81

80.研究者あるある?

 ひとまずエリツィン伯爵領に帰るにも、まだ年末年始の長期休暇には少し早い時期。ノエルには一ヶ月ほど王都のエリツィン家に滞在してもらうことに。


 テネッコンのこともあるので、ハルウェスタ王国でのノエルの後見人は私が引き受けることにした。私がエリツィン伯爵領に帰るまでは王都の図書館に通ったり、私の書斎で自分の研究に没頭するみたい。


 ある日の仕事終わり。帰宅すると、カミラが困った顔で私を待ちかまえていた。お母様も一緒で「ちょっと」と玄関で引き留められてしまう。


「フェリシア、あの子をどうにかして頂戴」

「はい? ノエルですか?」


 渋い顔のお母様に私は居住まいをただす。お母様のこんな表情派珍しい。ノエルはいったい何をしたの?


「その……朝からお嬢様の書斎に引きこもっているんです」

「あら。ノエルは学者の卵よ。それくらい許してあげても」

「朝から何も飲まず食わずで、よ? 身体に悪いわ」


 おっと。

 お母様とカミラが私を呼び止めた理由がよく分かった。なるほど、そういうことでしたか。


「声はかけたの?」

「かけましたけど、あれは生返事です」

「カミラに食事をそばへ置かせたけれど、さっき回収した時にはひと口も手をつけられてなかったそうよ」

「あらー……」


 ノエルは何かに没頭すると、寝食を忘れてしまう性格らしい。研究者気質ではあるんだろうけれど……さすがに飲まず食わずは身体に悪いわ。


 私は外套をカミラに預けると、着の身着のまま自分の書斎へと向かう。そろそろ暗くなるし、夕食は一緒に食べるように説得しましょう。


「ノエルちゃん、入るわ」


 日も傾いているせいか、書斎の中はだいぶ暗くなっていた。物の輪郭は見えるけれど、文字を読むには暗すぎる。書斎の奥にノエルはいた。


 ノエルは書き物机に向かい、椅子の上で膝を抱えるようにして座って本を読んでいた。お行儀が悪くて苦笑する。お母様たちが何も言わなかったのは、たまたまこの姿勢じゃなかったのかしら。集中しすぎて、私が入ってきたことにも気づいていない。


 私はノエルのそばにまで歩み寄る。机の上に置きっぱなしにしていた栞を見つけると、そっとノエルが読んでいるページに挿し込んだ。びくっとノエルの身体が震える。


『えっ……? あれっ? あ、フェリシア様』

『おつかれさまです、ノエルちゃん。もうすぐ夕食の時間です』

『あ……』


 ノエルは目を丸くしてあたりをきょろきょろと見渡す。窓の外を見て日がほとんど沈んでいるのを見つけると、ノエルは気まずそうに本を閉じる。


『ごめんなさい、フェリシア様。お出迎えを忘れてしまって』

『お出迎えはいらないです。でも一日、何も食べていないと聞きました』

『ごめんなさい』


 ノエルは小さくなりながら、本を片付けようと立ち上がった。なんの本を読んでいるのかと思ったら、私がそのうち調べようと思って放置していた『天にまつわる物語』の本だった。


『これ、面白かったですか?』

「あー……フェリシア様、ハルウェスタ語で大丈夫。フェリシア様のサピエンス語、ちょっと舌足らずで笑っちゃいそうになります」

「えっ!?」


 そんなに!? ヴィクトルからも問題なしって言われてたはずなのに。私のサピエンス語、そんなに舌足らずなの?


「もしかして、初めて会った時も……?」

「あの時はもう少しはっきり発音していました。片言だったけど」


 自分では流暢に話せていると思っても、現地の人からの評価は手厳しい。立派に話せていると思っていたぶん、少し悲しくなる。


「ノエルちゃんは、ハルウェスタ語が上手ね……」

「そう? そうだと嬉しい。自分でも勉強したんですけど。ハルウェスタに来るまでの道中、ティモ様に練習を付き合ってもらったのが良かったのかも。外交官の人ってすごいです。教え方が上手」


 ちょっと意外な言葉を聞いてしまった。あのティモが、ノエルに言葉を教えたの? 悪戯ばかりでヴィクトルをいつも困らせている彼が? 同僚の意外な一面を知ってしまったわ。


「それとフェリシア様。〝ちゃん〟はやめてください。それ、ハルウェスタ語だと、赤子や小さい子どもに付ける敬称ですよね。私、もうすぐ十三歳です。学園に通うのに、小さい子どもの扱いはやめてください」


 ノエルはついでとばかりに私に呼び方の改善も求めてきた。そこまでハルウェスタ語が堪能になっているなんて思わなかったわ。さすがノエル。頭が良いし、勉強熱心な子なのは間違いなかった。呼び方を理由に子ども扱いするな、って言われるなんて思ってなかったけれど。


 でも、そう……もうすぐ十三歳。思春期真っ盛りだもの。大人になろうとちょっぴり背伸びをする頃。子ども扱いなんてご法度ね。


「分かったわ。二年会わないだけで、すごく成長しているのが伝わったもの。もう子ども扱いはしないわ」


 そう伝えれば、ノエルがはにかんで笑う。とっても良い笑顔。


 で、す、が。


「子ども扱いされたくないなら、ご飯はちゃんと食べましょうね」

「あ」


 とたんにノエルが図星を差されて視線をさまよわせる。私がここに来たのは、それが理由ですからね!


 気まずそうなノエルの肩にそっと触れて、部屋を出るように促した。ノエルはしまいかけの本を本棚へ収納すると、私と一緒に書斎を出る。


「フェリシア様の本棚、すごいです。動くし、たくさんの本がしまえる」

「ふふ、良いでしょう」


 以前、ヴィクトルにも羨ましがられたレール移動式の本棚。領地にある私の書斎にはもちろん、王都のお屋敷にだって設置済みです。本をたくさん読むだろうノエルもやっぱりこれが気になりますか。


「今度、作ってくれた職人を紹介してあげる。器用な人たちだから、ノエルも欲しいものがあれば相談するといいわ」

「ありがとうございます」


 お屋敷の長い廊下を歩きながら食堂を目指す。書斎からは少し距離が離れているので、私はさっき話そうとして遮られてしまった話を、もう一度することにした。


「そういえば、夢中になって本を読んでいたけれど。あの本、面白かった?」


 天にまつわるお話を集めた本だし、ノエルのほうがそういうのに詳しそう。なので、そんなに夢中になるようなものとは思えなかったんだけど。


「お話は知っているものが多かったです。でも気になったのは、フェリシア様がメモを挟んでいたところかな」


 私のメモ。

 本を読んでからだいぶ日が経っていて、メモの内容が思い出せない。そもそもその本を読んだのは、ヴィクトルたちと一緒に資料室を整理した時に、日本の七夕伝説みたいだなって思ったことがあったからで……。


「メモが挟んであるページが全部、星の川を渡って誰かと誰かが会う話だったでしょ。あの書斎にある天文関係の本につけられてたメモが全部、それだったから。何があるのかな、って思って」

「すごいわ。よく気づいたわね」


 たしかにそう。天文系の図書や各地の土着の昔話などを取り寄せて、二人の人物が星の川を渡って会う話を探していた。目印になるように、そこにメモをはさんでいたわ。


「フェリシア様のメモが面白いのは、この星の川の話を体系化したところ。お話に出てくる人が生きているのか、死んでいるのか。どちらが会いに行くのか。どうして会えなくなったのか。星の天体的な部分じゃなくて、人がそこに与えた物語に着目していた。私が持っていない視点です」


 そう改めて言われるとちょっと落ち着かない気持ちになる。自分のために調べていたから、誰かに見られることを想定していなかったメモたち。そんな雑なメモをノエルは見たのね。


 そしてノエルは、そのメモを読んだ上で。


「メモで気がついたのが、死者が星の川を渡る話はたくさんの国に残っているということ。一部地域の特色ではなくて大陸全土、玄蒼国も入っているので世界中ほぼ共通している……これに気がついたフェリシア様、すごいです!」


 目をきらきらさせてそう言われると、ちょっぴり恥ずかしい。でも、ノエルの言っていることはまさしくその通りなので、訂正することは何もない。


 私が資料室の整理の時に見つけた、転生者の足跡の一つがこれだった。元々、外交官の報告書に書いてあった内容はこうだった。


〝星の川が氾濫する季節になると、この地域では死者を迎えるため、メヌエート川のほとりに五色の糸を用意する。昔、機織り上手な妻を亡くした夫が「妻が織りかけで残していった布を織りきるまで、どうか妻と一緒にいさせてほしい」と願ったところ、星の川とメヌエート川の交わるところに死んだはずの妻が現れ、夜通し話をしながら機織りをして最後の別れをすることができたそうだ。〟


 報告書を書いた外交官は「ハルウェスタにも死者が星の川を渡っていく話はあるが、機織りの話は初めて聞いた。興味深い行事である」と綴っていた。


 これを見て、私は思ったのです。

 機織り、五色の糸、星の川……もしや、七夕かな? と。


 そう思ったから、調べ始めたのだけど。


「ノエルに褒められてちょっと嬉しいけれど……手詰まりなの、その調べ物」

「手詰まり、ですか?」

「そう」


 七夕伝説に近いと思った祭りに関しては、今はもう廃れた風習のようで、資料を取り寄せようとしても「そういう行事がある」くらいしか分からなかった。


 今回の注目ポイントは笹の葉の短冊ではなくて、五色の糸を用意しているところ。ここが転生者を探すきっかけだった。


 そもそも日本における七夕祭りの原型は中国の乞巧奠。もともと五色の糸を供え物としていたのが、日本に入って時代を経ていくにつれて、笹の葉とカラフルな短冊になった。つまり五色の糸を使っているということは、中国人転生者、あるいは短冊に変化していく前の日本人転生者!


 ――と、いうことを期待して調べていたものの、廃れた風習のせいで入手できそうな資料も情報も見当たらない。私が直接現地にへ行くには国外で遠いし、ここで断念したわけです。


 とはいえ何も成果がないのも悲しいので、星の川こと、この世界の天の川伝説を調べていたんだっけ。


 分かったことといえばノエルが言うように、この世界の天の川は死者の渡る川として普遍的に知られていること、という事実だけ。元々、三途の川みたいな話だと思っていたけれど、それが浮き彫りになる形で終わった。どちらにせよ、骨折り損の草臥れ儲けでした。


 でもノエルは、そう思わなかったようで。


「手詰まりってことは、フェリシア様は欲しい答えがあって調べているってこと?」

「そうねぇ」

「それはフェリシア様が、星の川の最果てから来たことと関係ある?」


 ん? どういうこと?

 ノエルの話すことが急に飛躍して、私は足を止める。


「私が星の川の最果てから……? 何の話?」

「違った? クーヤから、フェリシア様はそこから来たって聞いたんだけど」


 クーヤくん!?

 えっ、まって、どうしてクーヤくんがそこで出てくるの!?


「アニマソラは神の国だとか言うけれど、月の向こう、星のさらに向こうに、クーヤとフェリシア様の故郷があるって聞いた。それは本当? だから星の川の伝説をフェリシア様は探しているの?」


 あぁ、どうしよう。

 思いがけないノエルの問いかけに、私はどう返すべきか分からなくなってしまった。




たいへんお待たせいたしました。

編纂者の書籍情報が解禁されました。活動報告にて詳細を記載しております。今後もどうぞ「転生令嬢は旅する編纂者」をよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
五色の短冊~っていう歌詞には、そんな原点があったんですね。
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