125.Cin Cin!
前半セクハラ・下ネタ表現が入ります。
苦手な方は素通りしてください……!
亡命途中の旅だとは分かっているものの、せっかくの機会。これまで狭い世界に閉じ込められていたコトヨリ様のために、補給のために寄ったルィバツ王国の港では彼女を積極的に船から降ろしてちょっとした散策を勧めた。
護衛のこともあるので行けるところは限られるけれど、特産品を使っている食事などはその港でしか食べられないものも多い。ぜひそういったものに触れて世界を広げていきましょうと誘えば、コトヨリ様もおずおずと私の散策に付き合ってくれた。
そうはいっても、玄蒼国とは違う味付けのものが多い。私が美味しそうなものを選ぶと、コトヨリ様にとっては苦手なものと食べれるものが今のところ半々くらい。なので今回はコトヨリ様に食べたいものを選んでもらえるように、市場の屋台を見て回ることにしたのだけれど。
「……っ、…………、……!」
「コトヨリ様、どうかしましたか?」
「ぁ……、ぃぃぇ……」
顔を赤くさせたり、きょろきょろと忙しなく視線を移動させたり。挙動不審なコトヨリ様に問いかけると、小さな声で何でもないと言われてしまう。
何でもない、はないでしょう。
「コトヨリ様、体調でも悪いのですか? もし悪いのでしたら、無理をしないで船に戻りましょう」
「ぁ……は……ぃ、ぃぃぇ……」
はい、なのか。いいえ、なのか。煮え切らないコトヨリ様の態度に、私はますます心配になる。
護衛としてついてきてくれているオリガさんともう一人の騎士にそっと目配せしてみるけれど、二人も怪しいものは察知していないようで小さく首を振られてしまう。うーん、コトヨリ様はいったい何を気にされているのかしら……?
周囲を見渡しても、ここは市場の一角なのでちょっとした屋台の軒先が連なっているばかり。稼ぎ時と言わんばかりに呼び込みの掛け声があちらこちらで上がっている。
『いらっしゃい! いらっしゃい!』
『活きのいいゴリマッチョが入荷したよ!』
『今日は豊漁だ! 安くしてやるから寄ってきな!』
気の所為かしら。どこかで『ゴリマッチョ』という単語が聞こえたような気がするわ。ちょっと耳をそばだててみると、斜めうしろのほうから再び『ゴリマッチョが安いよ!』という呼び込みが聞こえてきた。やっぱりゴリマッチョって言ってる! 何を売っているの!?
一度聞こえてしまうと、ついついそちらが気になってしまう。そちらへ行きたい気持ちがあるものの、コトヨリ様が顔を真っ赤にして俯いてしまわれた。根が生えたようにこの場から動けなくなってしまったコトヨリ様に、私たちはどうしたものかと顔を見合わせる。
『コトヨリ様、体調が悪いのでしたら、すぐに船へ戻りましょう。昼食は食べやすいものを私が適当に見繕って参りますので』
『いいえ、あの、体調はなんともありません……』
話しやすいように玄蒼国語で尋ねれば、しどろもどろと答えるコトヨリ様。私はコトヨリ様と目線を合わせる。
『ではどうされたのです』
『……………………………その……フェリシア様は、玄蒼語で……〝goobo〟を知っていますか……?』
長い葛藤のあと、言葉を絞るようにコトヨリ様がささやく。私は耳をそばだててその言葉を拾うけれど、コトヨリ様の意図が分からずに首を傾げる。
『いいえ……? ですが〝goobo〟はこの地域では〝いらっしゃい〟や〝おいで〟の意味で使われている言葉ですね』
皇都玄昌で見た大通りの風景を思い返しながら、言葉の意味を説明する。港の近くはあまり盛んではなかったけれど、玄蒼国にも呼び込みの文化はあったので、これで伝わるはず。
『そう、なんですね……あの、変なことを聞いて、ごめんなさい……』
『いえ、こちらこそ勉強不足で申し訳ありません。〝goobo〟は玄蒼語ではどういった意味を持つ言葉なのでしょうか』
気なしに告げた言葉に、コトヨリ様は金色の瞳をまん丸にした。それからぼっと赤面して、さらに挙動不審になってしまう。その反応には、私のほうも焦った。
『こ、コトヨリ様? もしかしてあまり口にしてはいけない言葉でしたか? 重ね重ね申し訳ありませんっ』
『ぃ、ぃぃぇ……』
挙動不審なコトヨリ様だけれど、意を決したように私へ耳を貸すようにちょいちょいと手招きしてくれる。それから玄蒼語における〝goobo〟の意味を、かなり婉曲的に教えてくれた。……けど、婉曲的すぎて伝わり難く、コトヨリ様には酷なことをしてしまった。
そしてようやく玄蒼語における〝goobo〟の意味を理解した時、私はスッと血の気が下がって。
(やばいやばいやばいやばい! これはセクハラ! 多大なるセクハラ! 玄蒼の斎宮にセクハラしてしまった時の罪ってどうなるの!?)
表情は真顔を取り繕ったまま、私の内心は大嵐。
だって知らなかったんだもの!
玄蒼語で〝goobo〟が〝男性の局部〟を示す単語だなんて!
それは当然、年頃のコトヨリ様にとってはデリケートな話題ですもの!〝媚薬〟の時と同じ轍を踏んでいる!
あぁ、と自分の不明を恥じていると、脳裏に前世のことが思い浮かぶ。
(そういえばイタリア語の〝乾杯〟に日本人が驚くという話を聞いたことがあるわ——)
そんなくだらないことを思い出してしまい、自分の心の柔らかいところがぞりっと削られた気持ちになった。貴族の淑女にあるまじき話題すぎて死にたくなる。この場に玄蒼国語の分かるヴィクトルとマトヴェイさんがいなかったことが救いだわ。聞かれていたらコトヨリ様の沽券に関わるもの……!
とにかく、ここにいてはコトヨリ様も落ち着かないでしょう。
オリガさんへ婉曲的に事情を説明し、呼び込みの声が少ない通りへ向けて移動する。その道中も、私は頭を悩ませた。
(今後はこんなことがないように、もう少し勉強の範囲を広げるべきなのかしら……? でも日常会話ではそういったセンシティブな単語なんてまず出ないし……)
今回は玄蒼国語だったけれど、ハルウェスタ語でも同じようなことが起きないとは限らない。何気なく使ったハルウェスタ語が破廉恥なもので、異国の相手に変な印象を抱かれたりするのは可能な限り避けたいところ。淑女としても、元外交官としても!
言語の勉強というのはどこまで積極的にすれば良いのかと頭を悩ませながら歩く。食事処や宿屋が密集する通りへと出た。本当はコトヨリ様が食べたいものを食べれるように屋台で食事するつもりだったのだけれど……仕方ないので、コトヨリ様が気にする言葉が出ないような敷居が高めの食事処へと入って食事をすることに決めた。
目星をつけた食事処では個室に通された。メニュー表を渡されるけれど、ルィバツ王国の文字が読めるのは私だけなので一つ一つ読み上げる。
港が近いおかげで、メニューのほとんどが魚料理。豊富な種類の魚を焼いているだけのものが多かった。焼き魚は各々好きなものに決めて、あとは適当にスープとサラダ、それからパンを……と思ってメニュー表を読み上げていると、すっかり忘れていたものと邂逅した。
「主食はルィバ麦を加工したものならなんでも選べるみたいだわ。パンと、麦粥と、麺と……トシダマ?」
〝toshidama〟と読めた綴りに一瞬戸惑う。読み上げた言葉に、護衛騎士の二人も首を傾げた。
「トシダマ? なんです、それ?」
オリガさんの言葉に私はちょっと考える。トシダマといえば……ルィバツ王国の漁村には、歳をとるために〝トシダマ〟と呼ばれる餅をぶつけるという新年の風習が伝わっているとか。そこに転生者らしき人物の影があったんだっけ。
たしかトシダマをもたらした転生者について調べている途中で、ルィバツ王国のゾーエという人まで行きついたのよね。すっかり忘れていたわ。
「ミリシン夫人?」
「ごめんなさい、ちょっと記憶を遡ってて……えぇと、トシダマよね。たしかトシダマは玄蒼国の〝mochi〟と同じもののはずよ。ルィバ麦を使っているなら、風味が少し違うかもしれないけれど」
『……お餅』
コトヨリ様が気になったように囁く。それならこのトシダマを注文しましょうか。
控えていた給仕にメニューを注文すると、しばらくしてテーブルの上には美味しそうな料理が立ち並んだ。ガジャビアの香草焼きに、ナカネヒネの塩焼き、ヤオカのフライ……どれも見慣れない魚の名前ばかりだったけれど、切り身はどれも同じ白身だった。味の見分けがつくかしら……?
そんな中、パンの変わりに運ばれてきたトシダマに、コトヨリ様がこてりと首を傾げられた。
運ばれてきたトシダマはなんと、ちょっと桃色がかった可愛らしい色をしていたのです。
「おー、これは可愛いね。あ、しゅごいのびる」
「オリガはまたそんな食べ方して……隊長に叱られるぞ……?」
護衛騎士組が言い合いながら桃色のお餅をのびのびと食べている。つきたてなのか柔らかい餅に、私もうきうきと手を伸ばした。
「…………………見た目に反する味がするわね……」
ピンク色だし、桜餅や苺みたいな味を期待していたら、うっすいアーモンドのような香ばしい味がした。うっすいアーモンド味。なぜ歯ごたえがないのでしょうか……ちょっと残念な気持ちになるものの、見た目の印象さえなければ普通に美味しい。
もちもちとトシダマと呼ばれるお餅を食べながら、視線をコトヨリ様のほうへと向ける。
コトヨリ様もひと口目はちょっと驚いた顔をしたけれど、すぐにふにゃりと表情を崩されて、おいしそうにトシダマを頬張っていた。
クーヤくんは市場で飛び交う下ネタにゲラゲラ笑って、すぐに通常運転に戻れるタイプ。





