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ヘルミーナたちが伯爵邸にたどり着くと、屋敷の中は異様なほど静まり返っていた。
子供の頃、お転婆が過ぎて母親から叱られるのではと、緊張しながら帰ったことを除けば──これほど息を詰めて、生まれ育った屋敷に入るのは初めてだった。
使用人たちの姿も見えず、どこかで息をひそめて隠れているように思えた。
こんなことは今までになかった……。
同時に、それだけのことが起きているのだと悟る。
ヘルミーナは急に息ができなくなり、胸を押さえた。
「は……っ、うっ」
身内の危機、移動装置での長距離移転、ギルドで見た無惨な光景に、正気を保っていられるほど強くはない。騎士団で過ごすうちに慣れてきたとはいえ、数ヶ月前までごく普通の貴族令嬢だったのだ。
「──ヘルミーナ様」
前のめりに倒れ込みそうになったとき、マティアスが横から支えてくれた。
いつもは遠慮がちに触れてくる手が、今日に限って力強い。手を握り、肩を掴んでくる手がやけに大きく感じる。
「マティアス様……」
「どうやらご家族の方は二階の主寝室に集まっているようです。他に、使用人は別室で待機されているようです」
彼の言葉を聞くや否や、爽やかな風が吹き抜けた。それは道しるべになって、これから向かう場所へ導いてくれているようだった。
ヘルミーナは小さく頷き、マティアスに支えられるまま階段を上がって、父親の寝室へと急いだ。
主寝室に到着する前からすすり泣く声が聞こえた。嫌な予感がして、ヘルミーナはノックも忘れて扉を開けていた。
「──……っ!」
部屋に足を踏み入れた瞬間、鼻を刺すビネガーやハーブの香りが部屋中に充満していた。多少の怪我ならここまでではなかった。騎士団の病室で働いているからこそ、患者がどれほどの怪我を負っているか、瞬時に理解してしまった。
同時に、ベッドで青白い顔で横たわる父親の姿に、声にならない悲鳴を上げそうになった。
「……お、姉さま……?」
ヘルミーナが部屋に飛び込むと、すぐに部屋の隅で声を殺しながら泣いていた弟のセルジュと妹のエヴァが気づいて、顔をぐしゃぐしゃにしながら抱き着いてきた。
ベッドの周りには他に、古くから仕えてくれている担当医と年配の執事が控え、そして母親が目を腫らした顔で椅子に座っていた。取り乱すことなく気丈に振る舞っているが、両目から堪えきれない涙が溢れ、唇を震わせていた。
「……かあ、さま……」
ヘルミーナはセルジュたちから離れ、ふらふらと歩きながらベッドに近づいた。
父親は顔や手が傷だらけで、額と胸元に包帯が巻かれていた。運ばれてきたとき、一体どれほどの怪我を負っていたのか、目撃したわけではないのに、鮮血に染まった父親の姿を想像した瞬間、ヘルミーナは無意識のうちに魔力を纏っていた。
「お嬢様……?」
ヘルミーナに気づいた医者と執事が視線を向けるも、その瞬間──眩い光に包まれていくヘルミーナに、息を呑んだ。
水色だった髪は金糸のように輝きながら波打ち、涙を浮かべた目は黄金色の美しい瞳になっていた。
「……お父様」
ヘルミーナが近づくと、母親は言葉を失ってよろめきながら椅子を立ち上がり、その場を譲ってくれた。
ベッドで横たわる父親は近づくほど薬品の臭いが強くなり、呼吸は弱々しく、生きているとは思えないほど弱りきっていた。
もし、自分に光属性が宿っていなければ、この場で大切な人を失っていただろう。
頭が真っ白になって魔力が体を駆け巡ったとき、張り詰めた空気を裂くように風が吹き抜けた。
その風の旋律を、自分は知っている──。
ヘルミーナは両手を持ち上げて、奏でるように指先から溢れる魔力を父親に向けてかけた。すると、光の粒が父親の体に触れた瞬間、頬の傷は瞬く間に塞がって元通りになっていった。
「……んー、…………わた、しは」
「お父様……」
青かった顔色がみるみる戻っていくと、父親はまるで朝の心地良い眠りから目を覚ますように瞼を開き、視界に映った黄金色の光に目を細めた。
「ああ、そうか……お前が」
外見が違ってもすぐにヘルミーナに気づいた父親は自ら手の包帯を取って、その手を伸ばしてきた。いつだって守ってくれた大きな手は、昔も今も優しい。
「ありがとう、ヘルミーナ……」
「──っ、おと、さま……! ……お父様っ!」
親指の腹で目の下の撫でられた途端、視界が歪んで涙が零れ落ちる。ヘルミーナは堪らず泣き出して父親に抱き着いていた。
歓喜と安堵の涙が止めどなく零れると、父親は背中に腕を回して抱きしめてくれた。同時に、固唾をのんで見守っていた母親や弟妹たちも、愛する家族が無事だったことに喜びを爆発させ、ベッドの上に飛び込んできた。
──間に合った。
この力があれば、大切な家族を守ることができる。
けれど、この力を持たない者たちは、ただ祈ることしかできないのだ。
今、この瞬間も。
ヘルミーナは父親の手を強く握りしめた。
一方、扉の傍らに立つマティアスは、何も言わずその光景を見つめていた。
かつて、同じように守れなかった日を思い出しているかのように……。
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ツギクルコミックス様▼
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