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青白い光に包まれ、次に目を開くと王室の緊急用転移装置とは違い、巨大な場所の上に立っていた。
管理人は突然現れた二人に目を丸くし、異変を感じ取った警備兵に取り囲まれる。
「緊急だ、通してくれ」
ヘルミーナを腕の中に隠したまま、マティアスは懐から出した王国騎士団のバッジを見せた。警備兵はハッと息を呑み、すぐに状況を察して道を空けてくれた。
「ヘルミーナ様、ご気分はいかがですか?」
「大丈夫です。それより急いで伯爵邸に……」
「それでは馬を借りてきます。ここで少しの間お休みください」
マティアスが心配してくるのも無理はなかった。
父親の安否に加え、転移装置による体の負担で、ヘルミーナの顔はこれまで以上に蒼褪めていた。しかし、ヘルミーナは首を振ってマティアスの腕を掴んだ。
「私は平気です。近くにギルドがあるので、そちらで馬を借りましょう」
休んでいる暇はなかった。
転移装置のある建物を出ると、そこは間違いなくテイト伯爵領だった。王都に行っている間、変わってしまった店もあるだろう。けれど、幼い頃から知っている光景が目の前に広がっていた。
ホームグラウンドに戻ってきたおかげか、先ほどまで震えていたのが嘘のようだ。ヘルミーナは反対にマティアスの手を取り、彼を領地一の冒険者ギルドへ連れて行った。
二人がギルドを訪れると、中は目を張るほど大勢の人でごった返していた。
「おい、痛み止めはまだか!?」
「そっちの重傷者が先だ! 怪我が軽い奴は後にしてくれ!」
「俺だって怪我人だぞ! ──って! 誰だ俺の頭を叩いた奴は!」
普段から賑わっている場所ではあったが、いつもとは違い多くの怪我人が収容され、足の踏み場もなかった。ギルドの女性スタッフも駆り出され、怪我人の治療にあたっている。
重傷者のいる場所へ目を向ければ、ゾッとするような光景が横たわっていた。赤黒く染まった衣類や、薬品の刺激臭と血の臭いに吐き気がする。決して慣れることはない凄惨な状況に、ヘルミーナは視界を滲ませた。
その時、スタッフの一人がギルド長を呼んだ。
ヘルミーナとマティアスは反射的に声のした方へ振り向いた。すると、若い女性スタッフに呼ばれ、大柄の男が包帯や薬を手に駆け寄る姿が目に止まった。
船乗りに負けず劣らずがっちりした肉体に、紺色の髪と青い瞳をした男だ。ギルド長が父親と同じ年齢だと知らされたときは驚いた。それよりは、ずっと若々しく見えたからだ。子供の頃から知っているギルド長は、父親が信頼している人物の一人だった。
けれど、今はそのギルド長にも疲労の色が浮かんでいる。休まず動き回っている証拠だ。
ヘルミーナは呼び止められる前に転がる人と人の間を縫うようにして移動し、ギルド長に近づいた。
「あの、ギルド長……」
「今は忙しい、後にしてくれ!」
そっと声を掛けたが、間髪を入れず言い返される。視線すら合わせてもらえず、ヘルミーナは開きかけた口を閉じた。
ギルド長は太ももが大きく抉られた青年の治療にあたっていた。止血のために巻かれたシャツは鮮血に染まり、傷口を消毒すれば青年は痛みに呻いた。
ヘルミーナは居ても立ってもいられず、一歩足を踏み出していた。
「──ヘルミーナ様」
直後、背後から音もなく現れたマティアスに手を掴まれ、行動を止められた。ヘルミーナは「ですが……っ」と言いかけたが、こんな時でも落ち着いている表情を向けられて口を噤んだ。
マティアスは静かに俯くヘルミーナから手を離し、代わりにギルド長の横に片膝をついて彼に話しかけた。
「ギルド長、少しだけ時間をくれないか? 貴方にとっても悪い話ではない」
「だから、こっちは手がふさがって……」
忙しいことを理由に断ろうとしてきたギルド長に、マティアスは懐から取り出した白い石を彼の手元に差し出した。
「神聖魔法が付与された魔法石だ」
「……な、なんだって……? あんたは一体……」
白く輝く魔法石をギルド長に手渡すと、マティアスは立ち上がった。
すると、つられてギルド長の視線も持ち上がる。その時になって初めて、彼は真後ろで立っていたヘルミーナに気づいた。
ヘルミーナが軽くフードを持ち上げて顔を見せると、ギルド長は青い目を大きく開いた。
「お、おじょ……!?」
領主の娘で、伯爵令嬢でもあるヘルミーナの姿を見た瞬間、ギルド長は咄嗟に自分の口を塞いだ。それでも途中まで出てしまった叫び声に、周囲が何事かと振り返る。ギルド長は慌てて「何でもない、引き続き治療にあたってくれ!」と声を掛け、ヘルミーナたちの元に近づいてきた。
「お嬢様、なぜこのような場所に……!? それより当主様がっ」
「……ええ、知っているわ。それでギルド長に頼みがあって」
ヘルミーナはギルド内に溢れた怪我人を見て、父親も同じ状況なのだと察した。領民を守るためなら、危険も顧みず自ら先頭に立つような父だ。状態は誰より悪いのかもしれない。
精一杯震えを隠しながら話すヘルミーナにギルド長は息をつき、マティアスに目配せをした。
「ここでは何ですから、とりあえず外へ出ましょう」
そう言ってギルド長は近くにいたスタッフに少しだけ離れることを伝えると、ヘルミーナとマティアスを建物の奥に案内し、ギルドの裏庭に出た。
そこには訓練場や武器庫、馬小屋があった。
「ここなら平気でしょう」
「ありがとう、ギルド長。……早速で悪いのだけど、屋敷へ帰るのに馬を借りたいの」
「それはもちろん、こちらへどうぞ」
ギルド長は一刻も早く父親の元へ駆けつけたいヘルミーナの気持ちを汲み、二人を馬小屋に連れて行った。そこで彼は赤褐色の馬の手綱を引いて持ってきた。
「私の馬ですが、遠慮なくお使いください。それで……あの、この魔法石はどうやって……」
ヘルミーナの代わりに手綱を受け取ったマティアスに、ギルド長は手のひらに載せた白い魔法石を見せてきた。
少し前だったら偽物だと話にもならなかっただろう。しかし、光属性の存在が国中で囁かれるようになった今、半信半疑ながらもギルド長の目には期待の念が込められていた。切羽詰まった現状を考えれば、神聖魔法が付与された魔法石は喉から手が出るほど欲しいはずだ。
ギルド長もまた仲間を救うことに必死だった。ヘルミーナはひしひしと伝わってくるギルド長の気持ちに応え、マティアスと視線を交わして頷いた。
「──神聖魔法が付与された魔法石だ、重傷者に使うといい。くれぐれもここで手に入れたことは内密に。どこかの商人が置き忘れたものだとでも言ってくれ」
ヘルミーナの意思を尊重し、マティアスはあらかじめ持たされていた魔法石を袋ごとギルド長に渡した。これで重傷者は問題ないだろう。
両手で受け取ったギルド長はぐっと涙を堪え「感謝するっ」と頭を下げた。
しかし、マティアスはそんなギルド長に近づき、ヘルミーナに聞こえるか聞こえないぐらいの声で彼に話し掛けた。
「治療が終わったら鉱山までの道と、内部の地図を手配してほしい。魔物に襲われた者たちからも当時の状況を聞いておいてくれ。魔物がまだ残っているなら、日が暮れる前に私が討伐へ向かう。そのために王室から派遣された」
「あんた、いや、貴方は……」
ヘルミーナの護衛騎士であれば、伯爵家の私兵ぐらいに思っていただろう。だが、マティアスが胸元のマントを僅かに持ち上げ、下に着ていた騎士団の団服を見せるとギルド長は目を見張った。
王室と王国騎士団が関わっていると知れば、強い抑制力になって手渡した魔法石も悪いようにはしないはずだ。
案の定、ギルド長は「必ず準備しておきます!」と声を張り上げた。
マティアスは軽く首を縦に振ると、ヘルミーナに向かって手を差し出してきた。
「屋敷へ急ぎましょう、ヘルミーナ様」
「分かりました、お願いします!」
差し伸べられた手を取ると、あっという間に馬へ乗せられる。そして、同じく馬に跨ってきたマティアスに「しっかり掴まっていてください」と言われ、正面から抱き着く形でしがみついた。
伯爵邸まではゆるやかな坂を上った高台にあり、ギルドのある通りからほぼ一本道だ。
ヘルミーナたちはギルド長に一旦別れを告げ、馬を走らせた。
途中、後ろへ流れるはずの風がすべて追い風になって、急ぐ二人を後押しする。すぐにそれが、マティアスの操る風魔法であることに気づいた。息が苦しくないのもそのおかげだ。
ヘルミーナは無事に届けてくれると言ったマティアスの言葉を信じ、彼の体に回した腕に力を込めた。




