全て貴女の言いなりです
最終話になります
一部文章を変えていますが内容に変化はございません
ご指摘ありがとうございます
婚約式と言っても一般的には
「私達、婚約しました〜」
というお披露目会なのだが、タイレケン家とイアソニフ家は公爵家の威厳?格式?よく分からないけれど、目に見えない何かの為に朝からピリピリしていた。
ただドレス着て笑っていればいいのよね?
とは、聞けない何かが両親や今日の為に朝から気合い充分の姉と、ゼィファリックの兄嫁達の女性陣からも殺気を感じる。
ドラゴン討伐時にもこんなに緊張感溢れる現場に居たことないわ…
私は支度の終わった自分の姿を鏡で確認した、よし……
人生で一番綺麗に盛れてる気がする!
「さあっガヴェナラ行きましょうね!」
振り向くととても満足げな姉、義姉達の圧のすごい笑顔が並んでいる。姉達が婚約するんじゃないですよね?
そんな姉達の圧に押されるようにして廊下に出ると、今度は未来の義兄二人に捕まった。二人共ベスリーデア(毛むくじゃらの魔獣ね)並みに大きくて暑苦しいんだよな…
「会場までは私が付き添おう」
これはゼィファリックの長兄。
「なんでぇ?俺だって一緒に…」
これはゼィファリックの次兄。
結局両手にむさ苦しい義兄達を従えて、大広間前の廊下に辿り着いた。
ゼィファリックは既に扉前に立っていた。ちょっとーー!
「ゼ……ゼィファ!?何ですかっ!いつもそうしてて下さいよ!」
ゼィファリックは滅多に着ない軍の正装を着用していた。腕の飾り紐や勲章…飾緒…全部輝いているじゃないのっええっ?いつもの機嫌が悪そうな顔じゃなくて、爽やかに笑っているのもいいわね!
「何ですかって軍の正装だろ?ヴィーも持ってるじゃないか…」
私は口を開けば残念な物言いしか出来ない婚約者を胡乱な目で見てあげた。
「ゼィファ…まずは私を見て何か仰ることがあるでしょう?さあ、どうぞ!今すぐどうぞ?」
ゼィファはキョトンとした後に、ハッと身じろぎしてから私の全身をパパッと見た。
「それがシュシュアメントのドレスか?」
「そうじゃないです!それじゃないです!ゼィファに期待した私が馬鹿でしたっもう!」
ゼィファはオロオロしながら義兄達を見たり、後ろからついて来ていた姉&義姉達を見ている。
「自分で考えなぁ~ゼィファ」
下の義兄がゼィファリックを見てニヤニヤしている。因みに次兄の方は近衛騎士団の副団長を拝命しており、元近衛のゼィファリックの先輩でもある。
式の時間が迫って来ていたので、ゼィファリックと私は腕を組むと扉の前で姿勢を正した。
「ヴィー…正解は何だ?」
考えても答えが出なかったのだろう、ゼィファリックが小声でそう聞いてきたので、同じく小声で囁き返した。
「私を褒めたたえよ…これです」
ゼィファリックは目を丸くした後に、うっとりするような微笑みを見せてくれた。
「ガヴェナラの仰せのままに…」
そして私のこめかみに口付けを落としてくれた。私もお返しにゼィファリックの頬に口付けをした。
「貴方達、式の前からじゃれるのはよしなさい!」
「はぁ~見ているこちらが恥ずかしいわ」
「若いっていいわねぇ~やっぱり恋愛婚は素敵ねぇ」
と、後ろの方からお姉様方の叱責と溜め息と呆れた声が飛んできた。
じゃれてるつもりはないけれど……でも、こんなやりとりって普通はしないの?
扉が開いたのでゼィファリックと共に歩き出した。大広間で私達を待っている人々の視線の集まる中、ゼィファリックと自然に呼吸を合わせて足並みを揃えて歩いている自分がいる。
何も言わなくてもゼィファリックの行動が読めるし、大体の思考が分かるんだよね。
これって婚姻相手としては稀有なことに、ありとあらゆることを把握し合っている最高の相手ってことじゃないの!?
後で、お姉様と義姉様にそのことを伝えたら
「今頃気付くな!」
と怒られた。
どうやら私、最高の伴侶と婚姻出来るようです。
さて婚約式は神殿から来て下さった大神官からお祝いの言葉をかけて頂いて終了だ。婚姻式の方が私達の場合は国王陛下直々にお祝いの言葉を頂けることになっている。偏にゼィファリックが継承権持ちの為だ。
兎に角、滅多にしない社交で先程から笑顔を張り付けて、「はいありがとうございます嬉しいです」…この言葉しか話していない私。
ゼィファリックも同じような笑顔を張り付けたまま、ほぼ私と代わらない言葉を繰り返している。人の事は言えないのだが…言葉を考えるのも面倒なんだな、ゼィファリック?
「ゼィファリック、ガヴェナラ婚約おめでとう」
顔の筋肉が強張ってそろそろ限界かな…と思い始めた頃、ゼィファリックの母フィファリア様が近付いて来られた。
そして相変わらず、妙に緊張しているゼィファリック。前からゼィファリックはお義母様と会っている時は妙に緊張しているのよね…
どうしてなんだろうね?お義母様の方はそうでもないのに、ゼィファリックだけが体に力が入っているし、魔質も不安定になっている。
お義母様はむさ苦しい男三人を産んだとは思えないほど若々しくて、そして華やかな感じの方だ。本当にゼィファリックにこの社交的なお母様の血が入っているのか疑わしいところだけど、顔立ちはびっくりするくらいゼィファリックがお義母様に似ているのだ。
さて私もゼィファリックの緊張がうつったようで今日は疲れている。正直、魔獣討伐よりも精神的に疲れた婚約式を終えて…ゼィファリックの所有する屋敷に移動してきた。ゼィファリックは一応、子爵位も拝命しているので厳密に言うと、イアソニフ公爵子息、レイゼード子爵になる。
婚姻すれば私はガヴェナラ=レイゼード子爵夫人になるという訳だ。
今日は新居にもなるこの子爵邸に泊って行くことになっている。時間もあることだし…ゼィファリックと話しておこうかな~
「ゼィファ~」
「ん?」
共に部屋着に着替えて夕食を終え……眠る前の一時にゼィファリックの私室を訪ねて、私は居住まいを正してゼィファに声をかけた。
「私、子供が出来たら軍を辞めますよ」
「……」
ゼィファリックはポカンとした顔をして私を見ている。私はそのまま言葉を続けた。
「私、子供とは全力で向き合いたいので。それにゼィファリックの子供だと将来有望な魔術師か剣士になるのは確実じゃないですか!そんな優秀な子供を自分の手で育て上げることが出来るなんて、軍人としても母としてもとてもやりがいがあると思うのです」
「ヴィー…」
私は拳を掲げてみせた。ふんっ!とその拳をゼィファリックに向けるとゼィファリックはヨロヨロした足取りで近付いて来て、跪いて私の拳を両手で握り締めた。
「ヴィーには軍を辞めて欲しくない…」
そ…そっちかーー!
「えぇ?どうしてですか…流石に身重になったらドラゴン討伐は難しいかもですが…」
絶対無理です!と言い切れる自信が無い。つまりは魔法を駆使すればそこそこ戦えるんじゃないかと…こっそりと思ってもいるのだ。
ゼィファリックは首を横に振った。
「違う、そんな危険なことはしなくていい。事務官として働けるじゃないか…」
「う~んでも、子供を産んで子供を乳母に預けっぱなしは避けたいんですよね、私の手でこの国一番の剣士を育てたい!」
もはや純粋な子育てというより、ゼィファリックの遺伝子を受け継ぐ才覚のある子を鍛えたい!というのが願望になってきている。
「子供も詰所に連れて来ていいから…ヴィーは軍を辞めないでくれ…」
「ええっ……何故そんなにこだわるの…?」
ゼィファリックは目をウロウロと彷徨わせた後にボソッと呟いた。
「俺はフェガロと軍の勤務で……ほぼ詰所の仮眠室で寝泊まりしていて家に帰るのは数ヶ月に一度くらいだ」
「はあ…そうですね」
もしかしたら…辞めないで!の理由が分かってきたぞ?
「ヴィーや子供に会えないのは…辛いっ頼む!働いていてくれっ!」
ゼィファリック心からの絶叫…!
意外に淋しがりなのかな?
そうか…あんな見え見えのナナファンテにひっかかるくらいだもんね…こんな私でも側に近付かれると離し難くなっちゃうんだね。
「しかし詰所に子連れで押し掛けるのは、軍規的に難しくありませんか?前例を作ってもいいなら、軍法会議にねじ込んで子供の預け入れ施設を王城内に作るって手もあるでしょうけど…」
「!」
ゼィファリックの目と魔質が輝いた。
あ………これアレだ。軍法会議にねじ込んじゃうね。元帥閣下の前で威嚇しながら、王城に子供を預ける施設作っちゃうね。私、余計なこと言ったかな…
それにしても婚姻して子供が出来ても働いちゃうのかな~
「ゼィファ…私、本当に疲れたら軍を辞めちゃいますよ?」
ゼィファリックは顔を歪ませた。ゼィファリックは気が付いてないのかな…恋愛知識が三才児並みだもんね…
「ゼィファリックはそんな無謀な軍規法案を振りかざさなくて大丈夫じゃないですか~」
「え?どういうことだよ?」
本気で分かってないのかな……そうか、ゼィファリックが女性に抱いている印象ってご自分のお母様が基準なんだ。確かに公爵夫人は社交的で華やかで…家にあまりいない印象があるね。もしかしたら軍を辞めたら私も貴族夫人だから、社交や茶会や旅行だ…とゼィファリックを放置するんじゃないかと思っているのかな~?
「私が軍を辞めてもゼィファから離れる訳じゃないですよ?今まで子爵邸に帰っていなかったのは、待っている人がここにいなかったからでしょう?私も今日からここが私の帰る家ですよ?だからどんなに遅くなっても構いません。急に帰って来ても構いません。会いたくなったら帰って来て、すぐに仕事に戻ってもらっても構いません。ここが私とゼィファの帰る家ですから…必ずここにいますからね」
「……ヴィーはここで待っていてくれるのか?」
「はい、勿論」
「……分かった」
ゼィファリックは少し目を潤ませている。
もしかするとゼィファリックは子供の時、お母様が家にあまりいなくて淋しかったのかも…それでお母様とどう接すればいいのか分からなくて、構えているのかな?
「ゼィファ…淋しくなったらすぐに言葉にして私に伝える事、宜しいですね?」
ゼィファリックは益々目を潤ませている。少し苦笑いすると
「ありがとう…」
と言った。
これは…ナナファンテに軽く引っ掛かる訳だ。ちょっと優しくしてあげると、すぐに懐いてくれるものね。
「ゼィファ、何でもすぐに了承したり、鵜呑みにしてはいけませんよ?迷ったら私に相談!いいですね?」
笑顔で頷いているゼィファリックを見ながら、分かってるの?ほんとかな~?と思って見詰めてしまう。こんなすぐに言いなりになっちゃう旦那は私がしっかり守ってあげなきゃね…とその時、心に誓ったのだった。
ご読了頂いてありがとうございました
完結扱いにしておりますが、番外編を記載する予定です