付き合って見て分かること
宜しくお願いします
ゼィファリックはナナファンテとの逢引きの時系列をしっかりと記憶していて、出会いから徐々にカモられていく状況を克明に覚えていた。無駄に記憶力が良いのも、良かったのか、悪かったのか…
ナナファンテへの贈り物(貢物)は髪留めから始まり、手鏡、鞄、靴、宝石、そして…
「で、最終的に『シュシュアメント洋装店』ですか…」
私が溜め息と共にそう告げると、ゼィファリックは頷いた後、小さな声で呟いた。
「母上にも、おばあ様にも散々怒られた……」
そりゃ女性陣は怒るよね~あんな格式の高い洋装店のドレスを、どこの者とも知れない令嬢に2着もあげてしまうなんてね、2着もだよ?下手すりゃ小さめの一軒家が買えるお値段だよ。
「殿下の機転により実害は免れたではありませんか?まあ宝石はや鞄などは…副隊長の不徳の致すところということで、諦めましょう」
ゼィファリックは黙って頷いている。
そう、宝石や鞄などは買ってすぐにナナファンテに手渡してしまったので、もう取り返せなくなっている。調査報告で調べた限りでは、そこまで高い品ではないようなので諦めるしかない。
「ガヴェナラ=タイレケン大尉…いや、婚姻するのだからガヴェナラと呼ぶべきか?」
真面目だな…まだ婚姻してないし!と、言ってあげようかと思ったけど今は裏切られて?傷心している副隊長の為に、優しく接してあげようと思い直して微笑んでみた。
「家族はヴィーと呼んでくれますので…それで…」
私が愛称呼びをお願いすると、ゼィファリックは笑顔になった。
あら……初めて笑顔を見ましたよ?当たり前だけど、勤務中は厳しい顔をしているし、討伐に出ている時はほとんどが無表情、話す言葉は報告と連絡のみ。
笑った顔は思っていたより可愛かった…ということを心に刻み込んだ。
「私はゼィファかゼィフで宜しく頼む」
宜しく頼まれてしまった…
「分かりました、ではゼィファで」
私はあくまで笑顔でゼィファリックに対応した。
さて…イアソニフ家とタイレケン家は婚姻に向けて一気に動き出した。こうなって来ると公爵家の威厳とか格式を振りかざしてくる母親達に、私やゼィファリックに口を挟む隙は無い。
「任せるところは任せておけば勝手にやるだろう、ヴィーは無理をする必要は無い」
「はぁ…」
式の打ち合わせをしていたゼィファの実家の公爵家から魔獣の討伐に向かう道中で、ゼィファはそう言い放っていた。それはあなたは文句言われないだろうけど、嫁の私が未来の義母に丸投げしているみたいで心証が悪くなりそうだから…
すると急に隣を歩いていたゼィファが立ち止まったので、私も立ち止まってゼィファを顧みた。
一旦立ち止まったゼィファはすぐに私に追いついて来ると、手を差し出してくると私の頬に触れてきた。
「顔色が悪い…それに魔質が少し乱れている。疲れているんだろう?討伐で前線に出なくていいぞ」
「!」
ゼィファは初めて見るような、優しい顔をしている。私の頬を撫でる手は、ゆっくりと頬を包み込むように動いている。
「ん?」
小首を傾げて私を見るゼィファは…とてつもなく輝いて見えた!
慌てて顔を隠すようにして下を向いた。なにこれ?なにこれ?頬が熱い、そんな顔して破壊力が半端ないよ!
っていうか、恋人とか(私の場合は政略婚だけど)にこんなに優しく接する人なんだ。ナナファンテもこんな風に優しくされていたのだろうか?家柄も良くて優しくて、美形で…ナナファンテはそれでもゼィファを選ばなかった。もっと上へ、王族へ、上昇志向と言うのか、馬鹿らしいことだ。
ナナファンテの幸せは目の前にあったのに…
胸がズキッと痛んだ。何故だろう?
その日の討伐は心配するゼィファの監視が厳しくて、後方支援のみで終わらせた。本来の私は氷の攻撃魔法が得意なんですけどね…
そんな感じでゼィファは、私を気遣ってくれていたのだったが…急な婚約から数日過ぎたある日、私達の元にとある招待状が届いた。
「アンディアナ=ギュリテウス公爵夫人の夜会の招待状!」
私にその招待状を差し出したゼィファは、苦笑いをしている。
最近、お昼休みが合う時はゼィファと昼食を一緒に取っている。真面目なゼィファが
「お互いを良く理解する為」
と言って始めたことなのだが、軍の皆に私達の婚約は周知されているので、二人で食堂で食べていても生暖かい目で見てくるだけで冷やかされたりはしない。
しかし、定食を食べている時に招待状見せて来るかな?え?リプスリード王太子殿下から先程、直接渡された?そうですか…
「俺とヴィーの二人をご招待頂いている。ナナファンテ嬢には申し訳ないけどな」
軽口を叩くゼィファに目を向けると、まだ苦笑いをしている。
あなたはまだナナファンテ様のことを引きずっていますか?と聞きたいけど、何だか怖い。
真面目なゼィファは公私をキッチリと分けて私に接してくれる。軍の勤務時間内は以前と同じように先輩、上司の副隊長として接してくる。
そして勤務時間外に会う時は、優しい…兎に角優しい。そして思っていたよりよく喋る。そんなゼィファに聞いてみると
「討伐中に私情を挟まないようにしたいだけだ。だが、最近は…」
と言いかけて口を噤んでしまった。
「ん?」
「いや、なんでもない」
取り敢えずゼィファは公私混同はしない真面目な人だと、再認識した訳だった。
「アンディアナ=ギュリテウス公爵夫人……マズいよ、マズい」
ギュリテウス公爵夫人から招待状が届いたことで実家の母とゼィファのお母様は大喜びだろうと思うけど、私は憂鬱だ…行きたくない。何か失敗したら社交界で笑い者にされてしまうっ!
「ゼィファ、一人で行って下さい」
「何言ってるんだ、ヴィーと来て下さいと名指しで書いてあるぞ」
ゼィファは対面に座っている私に招待状を近付けてくると、ほら…と言って招待状の一文を見せてきた。
幸せな二人を是非お祝いさせて欲しい…とやんわりと書いてある風に見せかけて、二人で絶対来い!という謎の圧を感じる。
「この開催日だと今、注文している婚約式用のドレスは間に合わないな…」
と、ゼィファが呟いていたのだが…側にいた軍人達の誰かが聞いていたのだろう…翌日、母から
「ゼィファ様とふたりでドレスを選んで来なさい」
と、言いつけられてしまい更に次の日に強引に休みを取らされ…ゼィファと王家御用達…『シュシュアメント洋装店』に送り出されしまった。
問題の…と言ってはアレだけど、あのシュシュアメント洋装店である。
今回は公爵家からの紹介状も持っているし、正式な…という言い方もおかしいが正面から来店しても問題無いはず…ゼィファはシュシュアメント洋装店の可愛い門扉の前で、まるで魔獣討伐に向かう時のような顔をしていた。
ゼィファ、顔が怖いって…
「以前…ナナファンテ嬢のこともあり…店にとても迷惑をかけている」
「だから…じゃないですか?」
「え?」
私は、怖い顔のゼィファを一瞥してからシュシュアメント洋装店の門扉を見上げた。
「イアソニフ家もそして、タイレケン家も両家からナナファンテ=スオード男爵令嬢のドレスの件で補償を申し出ているのは確かです。それも踏まえて私とゼィファの婚約と婚姻用の衣装もこちらでお願いしています。更にギュリテウス公爵夫人の招待の夜会に着て行く衣装をシュシュアメント洋装店で用意する…三着もですよ?これは社交界ではとても豪華でそして令嬢方から羨望の眼差しで見られるようなことなのです。これはシュシュアメント洋装店に対するお詫びとそして迷惑料の代わりなのですよ」
ゼィファも理解したようだ。
「ヴィーのドレスをこちらでお願いすることも、店には利益を生むことに繋がるのだな」
「ええ、お父様が仰っていたのは宣伝効果が得られるということでしたね!」
「なるほど…」
ゼィファはやっと怖い顔を引っ込めた。そして、シュシュアメント洋装店の門扉を開けた…!
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。ゼィファリック=イアソニフ閣下、ガヴェナラ=タイレケン嬢」
シュシュアメント洋装店はこの数時間を貸切にしてあるそうだ。数名の従業員がカーテシーをして私達を出迎えてくれた。おや?またゼィファの顔が怖いですよ?
「この度は無理を言って済まなかった」
店に入ってすぐにゼィファが謝罪を口にしたことで、シュシュアメントの従業員が慌てふためいている。それはそうだろう…公爵子息が庶民に向かって謝罪なんてね…
「驚かせてごめんなさいね、彼、真面目で堅物だから融通が利かなくて…」
「そんなこ…」
「あるでしょう?従業員の方々が驚いてしまっているじゃないですか~」
私がそう言うとゼィファがオロオロしながら…もう一度済まなかった…と何に謝ってるんだ?みたいな謝罪をしてきた。
私は若干しょんぼりしているゼィファをそのままにして…従業員に向き直った。
「本日はギュリテウス家主催の夜会に出席する為のドレスをお願いに参りました。ドレスをいくつか見せて下さいな」
婚約式のドレスの打ち合わせで先日、ご挨拶頂いた店長が優雅に一礼された。
「はい…聞き及んでおります…ご案内を」
「はい」
従業員に案内されて店舗の奥の部屋に案内された。あっ!ここが、かの有名なシュシュアメントのサロン!
緊張する…そして恐る恐るソファに座ると茶器が準備されて…そして私達の前に5着のドレスが並べられた。
「布地のお色目はゼィファリック=イアソニフ閣下の瞳の色を基に青にさせて頂いております」
さすが…シュシュアメント!青と言っても深い青から…ゼィファの瞳とほぼ同色の紺碧色まで…よく見れば少しずつ色味が違う。
「…綺麗」
思わず無意識に呟いていると、女性従業員が私の傍に近付いて膝を落とした。
「ご試着なさいますか?」
私は笑顔で頷いた。ゼィファの方を見ると嬉しそうに微笑み返してくれた。
私は5着全部を試着して…ゼィファの瞳と同色の紺碧色のドレスに決めた。
そしてそのドレスに合わせて靴と宝石を選んでいると…男性従業員が室内に入って来て店長に耳打ちしている。ん?店長たちの魔質が乱れている。私は魔質を感じることが出来る。特殊部隊『フェガロ』の隊員は全員が魔質を感じることが出来る…否、出来ないと入隊出来ないのだ。
当然ゼィファも気が付いた、顔を上げて店長を見てから廊下を見て眉根を寄せた。
「この魔質は…ナナファンテ嬢だな」
「えぇ?」
こんな所で鉢合わせ……あっ!そうか例のシュシュアメントのドレスの件でやって来ているのかしら?私はすぐに駆け出した。ドレス姿だが、足音と共に魔質の気配を素早く消して移動すると、廊下から店先を覗き込んで見た。
「来ているな…」
勿論ゼィファも付いて来ていて、一緒になって私の背後から店先を覗き込んでいる。
「どういうことなのよ!?この間来た時もドレスの生地の入荷が遅れているって言ってたわ!いつになったら入荷するのよ!」
ナナファンテは店先で大声を出して叫んでいる。あぁ…通りを歩く通行人が騒ぐナナファンテの声につられて店先を覗き込んでいる。
まさかわざと店先で騒いで醜聞を撒き散らそうとしているんじゃ…?
そう思って飛び出そうとした私の肩をゼィファが抑え込んだ。
「ちょっと待て…」
ゼィファの手を払い除けようとした時に店長がスルリと私達の横を通り過ぎて、店先に出て行った。
「申し訳御座いません、スオード男爵令嬢。令嬢のご注文頂いたドレス生地は大変に希少な素材でして取り寄せに非常に時間がかかっております。入荷まで今しばらくお待ち頂いても宜しいでしょうか?」
あら?ナナファンテをすぐに叩き出さないのかしら?
店長の対応に首を傾げながら成り行きを見ていると、ナナファンテは怒鳴ろうとしたのか…何度か口を開きかけては止めている。
「は…早く作ってよ!!じゃないと…ギュリテウス公爵夫人の夜会に間に合わないじゃない!」
な……なんだって?
思わずゼィファと顔を見合わせた。
今ギュリテウス夫人と言ったか?え?ナナファンテが招待されてるの?
すると…店長はナナファンテより一枚も二枚も上手だった。
「おお、あの格式高いギュリテウス家主催の夜会にご招待されていらっしゃるのですね!しかし、夜会までにはお日にちが近付き過ぎておりますね。ご注文の生地はとても間に合いそうにありません……という訳で、本日は当店のセミオーダーのドレスは如何でしょうか?こちらなどは縁飾りをご希望の装飾にして頂けるドレスにございますよ」
店長は流れるように言葉を紡ぐと、ナナファンテの前に一着のドレスを差し出した。
おおっ!店長が見せてきたドレスはナナファンテに似合っている!柔らかい薄い赤色の生地に、首元の露出以外は薄手の刺繍生地に素肌が隠されていて、非常に可愛くて清楚な雰囲気だ。
「あ……あら?そうなの、いいわねこれ!…………いえ止めておくわ」
おやあぁ?どうしたのさ、ナナファンテ?そのドレスすごく似合ってるけど…
ナナファンテは顔を引きつらせている。
店長は再びナナファンテに話しかけた。
「おや?どうしてでしょう?こちらのドレスは令嬢にお似合いかと思いますが…セミオーダーでさほどお待たせせずにお渡し出来ますが…」
ナナファンテは…ホホホと笑い出した。でも顔がひきつっている。
店長は顔を引きつらせているナナファンテに向かってニッコリと微笑んだ。
「お支払いの請求はスオード男爵家でしょうか?それともイアソニフ公爵家でしょうか?」
「ぃ!?」
「あっ!」
思わず声を上げてしまったが、ナナファンテには聞こえなかったようだ。
すると店長は、ああ…と声を上げて更に大きな声を張り上げた。店長の美声が店内から外の通りまで響き渡った。
「そうでしたね!失念しておりました。スオード男爵家ではこれ以上ツケ払いは出来ないのでしたよね。という訳で先日お買い上げ頂きましたフルオーダーのドレス二着分の2000万シゼをお支払い下さいますか?」
2000万って…もしかしてゼィファが買ってあげそうになっていたドレスの値段じゃないのさ!
因みに1000シゼで昼食一食分くらいのお値段だ。2000万シゼだとゼィファの大体約一年分くらいのお給金の総額だ。
ナナファンテは真っ青になった。ドレスのお金を払え!と言われてしまったのだ。
「そ…それ…ゼィファリック様が払うって…!」
「おや?そうでしたか?公爵家と王家から『支払いは全てスオード男爵家に』と賜っておりますので、出来上がり次第、ご請求をお持ちしますね」
「ひぃい!!」
大通りとシュシュアメント洋装店の店内にナナファンテの叫び声が響き渡った。
今更ながらざまあタグを入れてみました




