22話 一同、お怒りの様です
「血生臭い話をしてんじゃないよ!」
おや、私が怒る前にベルが怒りましたか。
「上じゃ子供が寝てるさね、飲んで騒いでも良いがねえ、殺せだの言ってんじゃないよ!」
さてベルの鉄拳が繰り出される前に副女将として対処しなければなりません、この男どういう風に処分いたしましょうか、早くしないとリーリエよりも血の気の多い三名が暴れ出しそうですし。
取り合えず吟遊詩人を名乗る愚か者は退店願いますか。
「それでは、退店を願えますか?淑女の酒宴では舞踊曲などは歓迎いたしますが、今宵語られた物語を始めとする、品位の無い物はお断り致しております」
「な、これ程に好評を博したのにか?」
「そう思われるのなら、よく周りを見てご覧なさい」
「は?な――」
喜んでいたお客は新参の流れ者ばかり、開店よりご愛好頂いている常連のお客様は誰一人として喜ばず、それどころか睨んでおられます。何故なら上で年幅の行かない幼子が眠っている事を知っているからです。
楽しい詩曲なら喜んでいたでしょう、ですがよりにもよってギリウスの火という選曲はマリアの事情を知らなくとも幼子が寝ていると知っているだけで怒ります。戦争にまつわる話でありその中でも屈指の後味の悪さと歪んだ思想が滲み出ている事で有名なのです。
山脈の外に由来する考え、唯一にして絶対の神のみを信仰するプロヴィデンス教、そしてその影響を強く受けた一部の者が戦時中の混乱に乗じて立ち上げたソルフィア教真教派。
彼等が布教の為に捻じ曲げて創作したギリウスの火という物語、陰湿で陰惨な内容で有名です。
そんな話を寝ている最中に聞かされたら、飲んで騒いで喧嘩が起こるそんな状況でも熟睡して見せるマリアローズも悪夢を見てしています、寝ていなかったら大問題です。
「そういことじゃ、この中には先の争乱を経験している者も大勢おる、だからのう小さい子供にはまだ聞かせたくないのだよ、戦争に纏わる話はな。何より上で寝ている子はまだ三歳での、知るには早過ぎる」
「え、そ、あ、し…知っていら、別のを…」
「いいや、お主はそれでもやっておったよ、真教派なのはその派手な服装で分かる、何が目的なのかもな。布教がしたいのなら勝手にしたらいい、だが子供がいる場所でするなら話は別だ」
これは雲行きが危ういですね、よりにもよってアーカム最年長であり叩き上げの元陸軍准将を怒らせてしまうとは、彼はマリアを可愛がっていました。
その気持ちは痛い程、分かります。
そして悪名高い真教派と陸海軍は仲が悪い事でも有名ですし。
男の方も並々ならぬ老人の殺気に当たられて顔を青くして震えています。
「さっさと帰んな、これ以上居座るってんなら私に気を使って黙ってる奴等が暴れ出すよ!」
「ひ、ひぃいい!」
ベルの言葉に先程まで行儀良く飲んでいたこの街で名の知れた強者達が一斉に立ち上がり、それに気圧されて男は逃げ出しました。もうこの街では暮らして行けませんね、下手をすると堆肥に混ぜられてしまいます。
しかしお客様一同、酔いが覚めてしまわれたらようです。
飲み直すという空気でもありませんし、壁に掛けてある時計を見ますと警邏から通達されている閉店時間までそう長くはありません。ですがお客様一同、とても微妙な気分になられているみたいです。
飲み直したいけどそんな気分にはなれない、でもこのまま帰っても微妙な気分が続くだけ、それは私共も同じなのですがお客様優先です、さてどうしたものか。
「女将、すまんがこれ以上飲む気になれんのでな、勘定を頼む」
「あ、ああ、分かったよ、ちっと待ってくれよ」
ご老人が帰ると他のお客様もそれに倣って、次々と勘定を済まされて帰って行きます。
普段よりも早く閉店する事になりました、ですがマリアが心配ですし迅速に片付けを済まして様子を見に行きましょう。
ベティーも鬼気迫る勢いで閉店作業を行っています。
心配です、もし聞いていたらと思うと気が気でなりません。
マリアに何かあったらあの男、どうしてやりましょう。




