第1話 ふふふ、どこへ行こうと言うのかね!?
「ふふふ、どこへ行こうと言うのかね!?」
薄暗い部屋。照明は落としてあり、PCのモニターの明りと、虹色に光るキーボードとマウスの明りだけがその部屋を照らしている。
音も静かだった。PCのモニターに向かってニヤニヤしている青年の上げる声以外は、PCの排熱音と、せわしなくカチャカチャと音を立てるキーボードの音、そしてマウスパッドを滑るマウスの音だけだった。
マウスは静音のものを使用しているのだろう。クリック音はカチカチというものではなく、どちらかというとコトコトという静かな音なのだが、如何せん押下の頻度が多すぎて、まるでエレベーターの「閉」ボタンを連続で押している時のようなせわしない音が部屋に響き続けている。
全体的に静かではあるが、部分的にうるさい。そんな絶妙な音を奏でているのは、一人の男だった。
「はは! 見ろ! ゴミが人のようだ!」
彼は名作アニメのセリフを改変した言葉で、何かを追い立てている。
何を追いかけているのか、その答えは彼が凝視しているモニターの中にあった。
モニターの中では上半身裸で、両手斧を構えた筋骨隆々な男の背中が見える。
そして、その人物は斧を振りかぶり、二度ほど扉に斧を打ち付け、扉を破壊していた。木の砕ける妙にリアルな音が、モニターを凝視している男の装着しているヘッドセットから鼓膜に響くと、彼は歓喜したように叫ぶ。
「ほらほらぁ! 隠れても無駄だよー! どこに行ったのかなあ?」
猟奇的な殺人鬼が舌なめずりをしながら吐くようなそのセリフは、彼をよりゲームに没入させるのだろうか。WASDのボタンで前後左右に動くキャラクターを、彼は実に巧みに操っていた。
彼、柚木 理人が操作しているゲームは、見下ろし方視点、所謂TPSのPvPvEサバイバルアクションゲームというものである。
PvPvEとは、プレイヤー対敵性NPCだけではなく、プレイヤー同士も対戦するというものだ。
そのサバイバルゲームの一つ、ダークワークダンジョン、通称DWDは、総勢20名ほどのプレイヤーが一つのダンジョンでお宝を探して、制限時間内に脱出しなくてはならないというものだった。
勿論、お宝の入手方法はプレイヤーの自由だ。地道に探索して探してもいいし、NPCを倒して素材を集めてもいい。そうやってたんまりとお宝を集めたプレイヤーを襲って横取りしたっていい。
そういうゲームだ。
大学二年の理人は、このゲームにどっぷりハマってしまい、毎日ログインしている状況だった。
しかも今は夏休みという事もあり、寝る時間はもとより、食べる時間も惜しんでプレイしている。
世界中を探しても、これだけ生産性の低い寝食を忘れて何かに取り組むという行為は稀かもしれない。
「お、見つけたぞ! ほほう、狩人と戦士のパーティーか! まずは狩人! 君からいくぞ!」
そんな彼が、標的を見つけてそう言った時には、画面上では弓矢を構えた軽装の男が矢を放っていた。
しかし、それは空を切る事になる。
理人は巧みにキーボードの「A」と「D」を交互に押して、左右にキャラクターを動かし、矢を躱す。
しかも、「Ctrl」キーを押す事でしゃがむ動作も混ぜる。このゲームはヘッドショット判定があるので、首から上に攻撃が当たるとクリティカルダメージになるのだが、こうして頭の位置を上下に動かす事で、それを避けるのだ。
更には時々スペースボタンを押してジャンプをする。これもヘッドラインを上下左右に動かすテクニックの一つだった。
そして、飛び上がりながら狩人に上半身裸のキャラクターが斧を振り下ろす。
その際に矢が足にヒットするが、大したダメージにはならなかった。
上半身裸というと防御力が低いように思うだろうが、いや、現実的に考えれば低いと思うのだが、彼が使っているキャラクターであるバーバリアンのスキルによって、『上半身に防具をつけていない場合に防御力と攻撃力が上昇する』という効果が付与されているのだ。
そのため、防具を付けると逆に裸よりも柔らかくなるという、訳の分からない現象が起きていた。
その効果によって得られた防御力が矢を受け止め、更に振り下ろした斧は相手の頭にクリティカルヒットとなり、裸になる事によって上がった攻撃力を発揮する。
狩人は堪らずポーションを取り出すが、その隙を理人が逃す訳は無かった。
再度振り下ろされる斧は、狙い違わず狩人の頭部に当たり、生々しい音を立てて狩人は崩れ落ちる。
「あとはお前だけだぞ! 戦士くーん!」
聞く者が居たら、間違いなく眉を顰めたであろう絶妙な猫撫で声を出した理人は、キャラクターを操作して戦士に向かう。
戦士は、ある意味万能なキャラクターだ。
大剣を装備すれば攻撃重視になるし、盾を装備させれば守り重視になる。また、一部のボウガンをサブ武器として装備する事も可能で、一定の遠距離戦闘も可能である。
今回の相手は、重そうな鎧を着て盾を構える、重装タイプだった。
そしてそのタイプは、理人が最も得意とする相手だった。
理人は笑みを浮かべながらキーバインド設定で「3」に設定されているスキル、「雄たけび」を発動して攻撃力を上げ、戦士に飛び掛かって斧を振り下ろす。
戦士は逃げる事も敵わず盾で受け止めるが、理人は構わず同じ場所に斧を何度も打ち込んだ。
盾は最強の防御である。魔法以外の攻撃は、盾に当たるとダメージはゼロになるのだ。
だから、先程から数回同じ場所に打ち込んでいる理人の斧は相手にダメージが入っていない。
しかしそれは、相手の体に入っていない、という意味でしかない。
何度目かの斧を受け止めた盾が、破砕音の後、バラバラと砕けて飛び散ってしまう。
盾には耐久値があり、何度も攻撃を受けていると壊れてしまうのだ。とはいえすぐに壊れるものではないのだが、これもバーバリアンのパッシブスキルの影響があるのだ。
バーバリアンは今の様に盾だけではなく、扉、宝箱などを簡単に破壊する事ができる。
いや、盾は頑張ればどのキャラクターも破壊できるが、扉や宝箱を破壊するのは、バーバリアンの特技であった。
そして、それはここから真価を発揮する。
戦士は盾が破壊される直前に、素早さの上がるポーションを飲んでおり、盾が壊れたと同時に背を向けて走りだしたのだ。
道中の扉も素早く締めて鍵をかけ、その動作のスムーズさに、中々の手練れだという事が伺えた。
しかし。
「ふはははは! ほうら、逃げ道がどんどんなくなっていくよぉ!?」
理人が高笑いなど浮かべながら斧を数回振り下ろすと、扉は飛び散る木くずになって飛んでいく。
正にホラー映画のワンシーンのようで、よくある非対称型対戦ゲームのキラーのような振る舞い。理人はこの追い詰める感覚が何より好きなのだ。
結果。
戦士は最後まで戦ったが、抵抗むなしく、斧の餌食となるのだった。
「はあ、最高だった。最後までヤケにならずに出口を探す姿勢は素直に尊敬、プレイスキルも凄かったしな。GJだよまじで」
言いながら理人は、キーボードを使ってチャットに『GJ:)』と打ち込んでおく。
こんなどうしようもない人間に見える理人だが、対戦ゲームはお互いにリスペクトする事が何より大事だと理人は思っていた。
だから、プレイ後に決して相手を罵倒しない。たとえこちらが何もできずに負けたとしても、「うまい!」や「すげえ!」など、相手を上げる発言を最後にするようにしていた。
そうやって自分だけではなく相手にも最高のプレイ体験を得られるように、お互い心がけていかなくては、そのゲームの人口が減っていってしまって翻っては自分がたのしめなくなるという打算もある。
が、それよりも、やはりゲームは楽しい方がいい。勝っても負けても、笑えた方がいい。
現実の世界では中々そうならない分、ゲームの中くらい、勝っても負けても、成功しても失敗しても、みんなが幸せな気持ちになれればいいと思っていた。
「ちょっと休憩するか」
言って、理人はモニターから視線を上げて天井を見上げる。
すると、背後から視線を感じた気がして振り返った。
「……誰もいるわけ、ないんだよなぁ」
誰にともなく呟く。
妙な感覚だった。それは、風呂で頭を洗っている時に、不意に背中に視線を感じるような、そんな不気味さだった。
「ああ、喉乾いた」
不気味さを追い払うように、やや大きな声で独り言ちた彼は、デスクに無数に並んでいるエナジードリンクの一本を手に取り、一気に飲み干そうとして、慌てて中断した。
違和感があった。
(あれ? エナドリってこんなに苦かったっけ?)
そう思うと、プラシーボ効果というものだろうか、胃の辺りが熱い気がした。
喉も熱いような、そんな気さえする。
(腐ってたかな……いや、そういえば、エナジードリンクがもう家に無かったから買わなきゃなって……何時間か……前に……おも……)
ゴン。という音が頭蓋に響く。
それは、自分が机に突っ伏した音だった。
その時、装着していたヘッドセットに『ポロロン』という音が鳴った。
何故か身体が痺れてしまっているが、気になってしょうがない理人は、執念で震えながらモニターを見上げると、『実績解除:真のバーバリアン』という文字が目に入った。
それが、限界だった。
踏ん張っていた右手は滑り、マウスを弾いて崩れ落ちる。理人はキーボードの上に頭から突っ込んだ。
(ああ、このキーボード高かったんだよなあ。壊れてないといいなあ)
彼の最後の思考は、それだった。
薄暗い部屋には、ファンの音だけが響き。
モニターの中には、理人の顔で押し続けている意味のないアルファベットが、どこまでも続いていた。




