29話 危機
この異世界に来て5日目、チームに入って4日目の朝が来た。
顔を洗って、歯を磨く。
歯ブラシはチームに入った初日にトールから置き場所を教えてもらっている。
番号が振ってあって俺は31番。針金でたわしの毛をまとめただけのものだが、それでも用は十分に足せている。
歯磨き粉は箱の中に無造作に入れてある研磨剤のようなもの。
現代の物とは違い、味も臭いもなく、効果があるのかどうか不明。
それでも周りの皆がそうしているので、そうすべきなんだろう。
そして、トイレで少しだけ時間を思考に費やす。
考えることは昨日の夜のことだ。
なぜ、昨日はあんなに心が乱れてしまったのか?
決まっている。
『ちょっと可愛い女の子と長い間しゃべっただけで、好きになってしまう』現象のせいだ。
そして、『女の子が笑顔を向けてくれた or 優しい言葉をかけてくれただけで、俺のこと好きになったのかもと思ってしまう』現象も併発していた。
ああ………、何が「俺への好感度は高くなっているだろう」だ。
勝手に妄想しているだけじゃないか。
何が『もう迷わせないでくれ!』だ。自分で勝手に迷ってるだけだろう!
朝から自己嫌悪で死にそうだ。
もうこのまま一生トイレに籠っておきたい。
ドンドンドン!
トイレのドアが叩かれた。
すみません。すぐ出ます。
はあ……、テンション上がらない。
今日は休みたいな。
と思いながらも、預けていたものを受け取る為、食堂へ向かう。
ナルがブロックや装備を渡してくれたが、いつもの獲物を入れるためのずた袋が大きなナップサックに代わっていた。
「これは?」
「あー。サラヤがヒロさんの袋をもっと大きなものにしなさいってー」
「なるほど。確かに今までの袋はちょっと小さかったし」
「これが一番大きな袋なんですー。実は初代トルネラさんが使っていたーって話もあるんですよー」
「え、そんな貴重なものを……俺に」
期待が大きいな。
ちょっと尻込みしてしまう。
確かに年季が入っていて、擦り傷や補修跡はあるものの作り自体はしっかりしている。
これなら多少大きい獲物でも入りそうだ。
「ヒロさん、無理しないでくださいねー。フルーツブロックはもう少し先でもいいですからー」
少し表情に陰りを見せながらそう言うナル。
そう言えば昨日はかなり心配かけたんだったな。
「大丈夫。毎回、そんな無理はしないって」
「本当に、本当に、無理しないでくださいねー。どんなに強い人だって、怪我をする時はあるんですからー」
あの3人の大怪我がそんなに堪えたのかな。随分と心配性だ。
「分かったよ。今日は無理をせずにできるだけ早く帰ることにするから」
「……すみません。ヒロさんはがんばって稼いできてくれるのにー。こんな小言ばかり行ってしまってー」
「いいよ。心配してくれてるんだから。ありがとう、ナル」
「え………、あー………、えへへ」
俺の感謝の言葉にナルは表情を和らげて照れたように微笑む。
なんか良い雰囲気。
前に専用ルートは無いって思ったけど、
ファンディスクでは追加されそうだ。
というか、昨日はサラヤに惑わされ、今はナルに惹かれてる。
俺ってなんでこうブレブレなんだろうか。
やはり一度死んでしまった方がいいのかも。
少しばかりまた自己嫌悪に陥っていると、ナルが何かを思い出したかのように両手をポンッと合わせる。
「ああ、そうだ。ヒロさん、デップ君たちからプレゼントがありますよー。」
と言って、ナルが鞘に入った大振りのナイフを取り出してくる。
え? あの3人からプレゼント?
「デップ君達にとっても美味しい物をプレゼントしたんですよね。そのお返しだそうです」
ナルから受け取ったナイフを鞘から抜いて確認すると、
木彫りの柄に刃渡り15cm程の刃が付いていた。
ちょっと値打ち物のように見えるが、これをあの3人が俺に?
「それ、実はロップさんからデップ君達へ渡されたものなんですよー。あの3人の中で一番強い人が使っても良いそうなんですー」
3人に渡して、一番強い人にって、結構それ揉めないか。
「そうなんですよー。だからあの3人いつも競い合っていたんですけどー。なんか心境の変化があったのかもしれませんねー」
大怪我をして考えが変わったのかな?
それにしてもなぜ俺に。
そんなに差し入れが嬉しかったのか。
それとも俺が何かしたとを何となく気づいたのか……
「ふふ、ちょっとうらやましいなー。あの子達にそれだけ慕われて。ああ、そうだー。ヒロさん、私にもイイ物プレゼントしてくれたらー、私もお返しを奮発しちゃいますよー」
冗談っぽく言って、お願いごとをするように両手を前で組んで、可愛くおねだりしてくる。
おお、そのポーズ、胸が寄せて上げて状態で……
うーん。なんでも買ってやりたくなりますなあ。
あ、イカンイカン、その手口、キャバクラか!
もう、俺は末期症状だな。女の子ならだれでもいいのか。
頭を振って一度思考をリセットしてみる。
どうも俺はテンションが低いと、物事を悪い方向に考えて自己嫌悪に陥ってしまう。
前はハーレムだとか言っていたくせに。
今更純愛を気取ってどうするんだ。
流石にもうこれ以上自己嫌悪に陥っている暇はないぞ。
早く狩りに出なくては。
ナルには曖昧に答えるに留めて、食堂を出ていく。
ジュードはもう先に出て行ったそうだ。俺も急ぐとしよう。
白兎を迎えに行く途中、もう一度鞘からナイフを抜いて、刃を朝の陽ざしにかざしてみる。
虫の剥ぎ取り用に貰ったナイフとは全く質が違う。
全く刃に欠けたところがないことから、おそらく未使用であろう。
美しく磨き上げられた刃の側面は、鏡のように日の光を反射している。
大きさから対人用なのかもしれない。
どういうつもりでロップという人はあの3人にこのナイフを渡したのだろう?
そして、あの3人はどうしてこれを俺にくれたのか。
大怪我したことへの自分たちへの戒めなのだろうか。
それとも、このナイフとともに何かを俺に託したかったのか。
ちょっと、悪い気はしないな。
おかげで少し気分も晴れ晴れしてきた。
3人の好意をありがたく受け取ることにしよう。
この大振りのナイフは渡されたナップサックの中に入れておく。
どのみち、帰ったら倉庫に銃と一緒に預けるのだ。
ポケットに収納して預け忘れたら、朝、いつも荷物を渡してくれるナルに不信に思われてしまうかもしれない。
今度、この大型ナイフで短剣術の訓練をしてみようか………
ふと、そんなことを考えつつ、
いつもの場所へと進み、白兎を呼ぶ。
すると、地面の中からピョコンと飛び出てきて、
フルフルッ!
『呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!』
「ネタが古い! なんでお前はそんな古いネタを知っているんだよ!」
ピコピコ?
『さあ? 何でなんだろうね?』
白兎はコクンと小首を傾げて不思議そうな顔。
思わずツッコむのも忘れそうになるくらい可愛らしいポーズ。
「はあ……、まあ、この世界の言語は日本語だし、なぜか慣用句も浸透しているみたいだから、白兎だけに限ったことではないのかもしれないけど……」
これが機械種の通常運転なのか、それもと白兎だけが異常なのかは不明。
白兎がオンリーワンのような気もするが、チームトルネラのボスの挙動を見ると自信が無くなってくる。
この辺りは従属機械種を増やしていけばそのうち分かるのだろうが……
「その前に機械種やこの世界についての常識を学ばないといけないんだよなあ~」
フリフリ!
『良かったら僕が調べとこうか? マスターがいない間、街の中を散策して』
「う~ん……、そうだな~………、白兎の傷も完全に完治したみたいだし………」
あれだけ傷だらけだった装甲も今はピカピカの新品同様。
表面を引っ掻かれただけだったから傷口も浅かったこともあるだろう。
これなら街を歩いてもそこまで目立たないだろうし、
いずれチームトルネラの拠点に連れていくつもりなのだ。
だが、今はまだその時ではない。
なにせ、あそこにはボス以外の従属機械種がおらず、俺だけが連れているとさらに目立つことになる。
それに、まだ完全にチームトルネラの皆を信用したわけじゃない。
せめて、リーダーであるサラヤ以外に機械種を従属させている人が増え、その様子を見てから判断したい。
ゲームと違って、セーブ&ロードができないのだ。
安易に選択して間違えたら後悔してもしきれない。
「まあ、街を散策するだけなら良いか。どうせ夜だけだし。ずっと地面に潜らせたままも可哀そうだし」
パタパタ!
『わーい! しっかり調べてくるよ!』
「…………あと、街に俺のヒロインに相応しい、可愛い女の子がいたらチェックしておいてくれ」
フルフル!
『はーい! 可愛い子だね、分かった!』
こんなことまで白兎に任せて良いのか些かわが身が情けなくなるが、他に手が無いので仕方がない。
とにかく、俺が目指す目的の為には、この異世界の情報と可愛いヒロインが必須なのだ。
打てる手は打っておいた方が良い。
「さて、今回は昨日みたいに遅くならないよう先に獲物を狩ってしまうことにするぞ」
パタッ!
『おー!』
「もう虫はいいだろう。探すのに時間がかかり過ぎる。今日はいきなり草原に行ってしまおう」
フルフル
『了解!』
勇ましい白兎の返事を頼もしく思いながら、
俺の足は草原へと向けられた。
草原へ向かっている途中、昨日あったことを白兎へと相談。
白兎と別れた後、3人組の若い男に絡まれ、
最終的に殺害するに至ったことを簡単に説明。
「初の殺人だ。その割にショックを受けなかったことが逆にショックでな………」
こういった相談は早めにしておいた方が良いと、
自分が悩んでいること、違和感を覚えたことを素直に伝えた。
「俺って、そんな酷薄な人間だったのかなって………、それに、絡まれたぐらいで相手をぶっ殺してしまうなんて………」
フルフル
『襲われたら反撃するのは当たり前だと思うけどね。それに相手が3人で武器を持っているなら手加減も難しいだろうし………』
「そうなんだけど……、でも殺人だぞ。同じ人間同士で、普通、殺すまで行くか?」
パタパタ
『ふ~ん……、同族殺しかあ~、でも、良く考えたら僕も同じだね。ちょうどその日に同じ機種である機械種ラビットを大破させたし……』
「あ……、そうだな。白兎にとっては同族になるのか………」
姿に違いはあれど、自身の手で同族を殺したのは白兎も同じ。
襲われたので殺した。
奇しくも条件は全く俺と同様。
そう考えると、なぜか心の負担が軽くなったような気がした。
俺だけではないのだ。
そんな風に思うだけで、俺は救われたような気分となる。
本当に白兎が一緒で良かった。
こんな知り合いが誰もいない異世界で、
無条件で信頼できる仲間がいるのは何と頼もしいことだろう。
ピコピコ
『マスターの話は正当防衛じゃない? 厳密には違うのかもしれないけど、こんな荒んだ世界なんだから、弱いのに強い人へ喧嘩を売った方が悪い。そんな奴、どうせ長生きできなかったと思うよ』
「正当防衛か……、元の世界なら確実に過剰防衛なんだけど……、所変われば法が変わるか………、まあ、この世界の法律なんて全然知らないけどな」
殺伐した考えを淡々と述べる白兎。
可愛いのに世紀末レベルの死生観。
それでも俺にとっては必要な助言であったのだろう。
ずっと喉に痞えていた違和感がスッと消えていくのを感じた。
草原に辿り着いた俺達は、今回の目的について軽く打ち合わせ。
「さて、白兎隊員。今日は狩りもあるけれど、『禁術』の効果を確かめるという目的もある」
兎にもう一度禁術を試すつもり。
なぜ前回かからなかったのか?
機械種には禁術が効かないのか、それとも行使の仕方が間違えていたか等を検証してみたい。
フルフル
『その禁術、僕にかけたら話は早くない?』
「どんな副作用があるか分からんからなあ……」
白兎の健気な申し出をやんわり却下。
もし、禁術をかけたことで白兎が不具合を起こして故障でもしたら大変。
年に念を入れた方が良い。
俺にとって白兎は欠かせない仲間なのだ。
幸いなことに、少し草原を歩き回った所で白兎が兎を発見。
向こうもほぼ同時に気づいた模様。
間の距離は約20m。
機械種ラビットにとってはほんの数秒で詰められる距離。
「白兎、邪魔が入らないかどうか見張っておいてくれ」
フリフリ
『了解!』
昨日の二の舞を演じるのは御免。
白兎へ見張りを命じ、俺は敵意を見せる機械種ラビットと向かい合う。
そして、ゆっくりと右手を前に出し、薬指と小指を折り畳み、手のひらを兎に向け、
「兎よ。動くことを禁じる。禁!」
禁術を唱えた。
だが、やはり効いていない。
耳兼アンテナはグルグル動いている。
そして、前回の時と同様、俺の口訣に反応したのか、兎が飛びかかってくる。
思わず手刀で叩き落としたくなるが、貴重な実験対象だ。
今壊すわけにはいかない。
余裕を持って躱し、俺を横切る兎をそのまま見送る。
攻撃を避けられた兎は少し離れた所に着地すると、そのまま前足で器用にターンして俺に向き直る。
やるなあ。
さすが機械種ラビットか………ん?
そうか、呼び名か!
さっきからつい、兎、兎と呼んでいたが、
正式名称は機械種ラビットだったな。
ならば、もう一度!
「機械種ラビットよ。動くことを禁じる。禁!」
ビクッ!!
一瞬体が震えたかと思うと、兎は完全に動きを止めた、いや、止めさせられた。
耳も動いていない。やったか!
近づいて軽く蹴とばすと、コロンとひっくり返った。
パタパタ!
『やったね! マスター!』
「ああ……、原因は名前だな。きちんと正式名称で呼びかけないと、かからないようだ」
白兎の喝采に、俺は抑えられない笑顔で応える。
「あとはどのくらい動きを禁じておけるかだが………」
動かないラビットをゆっくり持ち上げる。
このまま生け捕りで持ち帰った方が高く売れるかもしれない…………
ゲシッ!!
「ぶッ!」
持ち上げたラビットがいきなり動き出して、俺の顔を蹴りつけてきた。
口から血が流れだす。
唇を噛み切ってしまったようだ。
思わずラビットを手放して蹲る俺。
自由になった兎は後ろ脚で地面を叩いて大ジャンプ。
蹲る俺の頭を狙って追撃をかけようとしてくるが………
パタッ!
「させないよ!」
俺を守るために白兎もジャンプ。
空中で敵を叩き落すべく、飛び上がりながら機体を捻り、
強靭な後ろ脚を以って、敵の頭上へと蹴りをお見舞い!
パタパタッ!
『天兎流舞蹴術………ボールは友達! オーバーヘッド・ラビットキック!』
ガツンッ!!
白兎の天を舞うようなオーバーヘッドキックが命中。
キャプテンな翼君を思わせる見事な蹴りっぷり。
ドシンッ!
空中で蹴り落とされ、地上に叩きつけられる敵、ラビット。
「よっしゃ! トドメ!」
地面に叩き落されたラビット対し、俺はすぐさま追撃。
ハイエナをも両断した手刀にての振り降ろしの一閃。
ザンッ!!
兎の胴体を斜めに両断。
分割され、首から右肩にかけてが滑るように地面へと落ちる。
耳は数秒動いていたが、やがてその眼の光も消え、動かなくなった。
「ふう……」
ため息一つついて、肩を落とす。
前回と同様、金属を素手で両断したのに手には全く痛みは無し。
けれど唇が痛くて口の中が血塗れの状態。
すぐに仙丹を召喚して、唇に擦り付ける。
すると一瞬で痛みが消え、傷が塞がった。
「なんで、禁術の効果が消えたんだ? 確かに効いていたはずだが………」
治療が済んだ所で実験結果の検証。
白兎と話し合って推測を導き出す。
おそらく禁術は意外に効果時間が少ないのであろう。
先ほどであれば、5秒から10秒くらいだろうか。
まあ、確かに禁術という特性から永久に作用するものではないのだろう。
壁のように存在を崩されるようなものでなければ、一時的なデバフ効果に留まるということか。
フリフリ
『早めに気づけて良かったんじゃない?』
「そうだな。禁術を過信したままだったら、どこかで窮地に陥っていたかもしれない」
パタパタ
『今度から新しい術を覚えたら、きちんと検証しないとね』
「そうだよな~………、新しい術か………」
今の所、俺が使える仙術は3つ。
●ショボい威力しかない『五行の術』
●傷を癒す仙丹を作れる『練丹術』
●万物を禁じて封印する『禁術』
仙人が使用したとされる術はまだまだ多い。
例えば、未来を占うような『卜占』も仙術の一つだし、『風水』も仙術が源流だったりする。
また、鬼(霊)を看破する『見鬼の術』や、キツネやタヌキが人を化かす時に使う『変化の術』も同様。
フルフル
『あんまり威力がありそうな術は無いね』
「無いわけじゃないぞ。確かに仙人が使う仙術はあまり派手なモノはないが、『封神演義』に出てくる『陣』は結構凄いぞ。何せ軍隊を壊滅させるような陣もあるからな」
一番有名なのは諸葛孔明が使用した『石兵八陣』。
突風を巻き起こし、軍隊を幻惑して撤退に追い込んだと言われている。
他にも数々の仙人を打倒した『十絶陣』なんかは天変地異をそのまま引き起こすレベルの陣術だ。
そんな陣を全力展開したら、この近辺は地獄絵図になるだろうけど………
「まあ、『陣術』が使えるようになったら便利になるよな~」
『風水』や『見鬼』『変化』に比べて実践的。
おまけに応用も効きそうだから、使い道は抜群。
ただし、どうやって発動するかは不明。
ただ、地面に陣を描くだけでいいのか………
軽く足で地面に円を描いてみる。
そして、自分の中に存在する『仙力』を注いでみると……
「お! ………これは、もしかして」
意外なことに良反応。
ナニカが発動しそうなエネルギー肌で感じる。
ただし指向性がないため、ただ仙力を溜め込むだけの陣に過ぎない。
だからこれに………
パタパタッ!
『マスター! 車だよ!』
「え?」
白兎の言葉にハッと顔を上げてみれば、
数百メートル先の方ではあるが、車が1台通りかかるのが視界に入った。
元に世界で言えばRV仕様のデカい車。
悪路をものともせず、時速40~50km程度で走り抜けていく。
「俺達が来た方向か………、そりゃあ、他にも街があるのなら、車で行き来があって当然だな」
車が視界から消えるまで見送ってから、ぽつりと呟く。
向こうがこちらに気づいたのかどうかは分からない。
だが、こっちは少年1人に白兎が1機。
気づいたとしても、取り立てて構う程のことではないだろう。
「誰が見ているか分からないんだ。あんまり派手なことはできないな」
気にはなったが、陣術を試すのは別の機会にした方が良さそうだ。
なにせ、錬丹術や禁術とは比べものにならないくらい高等仙術。
どこまで影響を及ぼすのか全く想像がつかないのだから。
「さて、コイツを持って帰らないと……、でも、どうするかなあ?」
倒した機械種ラビットの残骸を見下ろしながら思案。
毎回、成果を持って帰るのが大変。
今回はナップサックになって兎1匹丸入れることができるが、それで満杯になってしまう。
もし2体目を仕留めたら、次は前みたいにパーカーで包む必要がある。
しかし、俺にとってパーカーは頼りになる防具だ。
それを脱いで草原を移動するのは少し抵抗がある。
ディックさんも草原では奇襲に気を付けろって言ってたしな。
よし、胴体はもういいか。
頭だけ袋に入れよう。それの方が効率的だろう。
兎の頭を肩から切り取り、袋に詰める。
胴体は埋めるのも面倒なので放置だ。
さあ、これで終いとするか、次を狙うかだが……
「まだ、朝の10時だから、もう少しいけそうだな」
フルフル?
『まだ探すの?』
「ああ、できれば、今回もサラヤをびっくりさせたいし………、俺と白兎だったら、もうちょっと格上でも倒せるだろ。奥の方に行けばそういった敵が出てくるかもしれない」
フリフリ?
『危険じゃない?』
「でも、いつまでもラビットばっかり狩っていても仕方がないぞ。俺が目指す所はそれだけじゃ届かない」
白兎はやや難色を示したが、俺に引きずられる形で次の獲物を求めてさらに草原の奥へ行くことを了承。
少し欲をかき過ぎではとも思うが、どうしても前より大物を求める欲望を押さえることはできなかった。
で、これがその結果である。
今、俺と白兎は、推定、機械種:ウルフの集団に囲まれている状態だ。
あれだけディックさんに忠告を受けていたというのに!
草原をしばらく突っ走っていると、並走してくる黒い犬に気が付いた。
初めは競争を持ちかけられたのかと思ったが、次第に並走する黒い犬が増え始め、いつのまにか20体もの個体に囲まれるに至ってしまった。
ウルフ達は俺から7,8mくらいの位置を保ちながら囲んでいる。
遮るものもない草原だ。背にするような岩も壁もない。
俺はいつ背後から襲われないかどうかを気にしなくてはならない。
一応、白兎が警戒してくれているが、相手は何倍も大きい機体。
とても白兎1機で対処できそうにない。
「ヤ、ヤバい! ど、どうしよう?」
フリフリ!
『今は走るしかないよ! 完全に囲まれたらやられる!』
「で、でも、コイツ等、どう考えても俺達が疲れるのを待っているだろ!」
ディックさんの話だと、かなりの知恵を持っていて、戦術を理解しているそうだから、おそらく合っているはず。
その時を待って一斉に襲いかかってくるに違いない。
ウルフの大きさはハイエナより少し小さいくらいだが、それでも体長1.5m以上はありそうだ。
口元からは立派な牙が生えそろっており、あれで噛みつかれたら流石に怪我は免れないであろう。
攻撃力だけでなく、その動きも俊敏。
狼なのだから当たり前。
俺がパンチやキックを出鱈目に放ってみるも、余裕を持って躱されてしまう。
そればかりか、キックした瞬間、軸足を狙って攻撃してくる。
白兎がすぐにフォローに入ってくれなければ、噛みつかれる所だった。
その上、集団で連携するのだから質が悪い。
実際の狼も集団で狩りをするそうだから、
機械種ウルフの名は伊達ではないのだろう。
「コイツ等、連携が凄くて厄介過ぎる!」
どこかを突破しようとすれば、すぐに周りがカバーに入ってくる。
あれだけ集まられると、流石に飛び込む勇気はない。
集団で噛みつかれてズタズタにされてしまうだろう。
せめて一体ずつ仕留められないかと、仕掛けてみるが、その瞬間後ろに配置されたウルフが攻撃をかけてくる。
また、こちらは素手なので、下手にあの鋭そうな牙に当ててしまうと、こっちが大怪我をしてしまう可能性があり、迂闊に攻撃できない。
しかも、俺がそれを怖がっているのが分かっているかのようにウルフは牙を剥き出して、俺の攻撃に合わせてきた。
頼みの綱の禁術は多数相手には相性が悪い。
対象が1体しかかけられないのだ。
それに動きを止められた時間はほんの一瞬、1秒未満。
しかも1体動きを禁じると、他の個体がその対象のカバーに入るから何の効果も得られない。
さらにそれ以降、術をかけようとすると巧みに動き回って、術の対象になるのを避けようとするようになった。
なんという対応速度だ。
ヤケクソになって「機械種ウルフ達よ。動きを禁じる。禁!」と集団を対象に術を行使してみたが、これも一瞬だけ止まったかのように思えただけで、ほとんど効果が見られなかった。
「どうすりゃあいいんだよ………」
とにかく、完全に囲まれないよう走り回る俺と白兎だが、このままだとジリ貧になるのは確実。
どうにかして反撃の機会を掴まないと、こちらが動きを止めた段階で一斉に襲い掛かられてお陀仏。
俺や白兎ではどうやってもこの囲みを突破できない。
このまま力尽きてコイツラに貪り食われてしまうのか。
あれだけディックさんに忠告を受けていたのに。
あの黒い犬が並走してきた段階で一目散に逃げれば助かっていたかもしれないのに………
パタパタ!
『マスター! 諦めないで! きっと手はあるよ!』
「だが……、もう手がないぞ! どれだけ手を振り回して当たらない。禁術も効果が薄い。こいつ等を一網打尽にできるような大技がないと………」
ピコピコ!
『さっきマスターが言っていた陣術は?』
「陣を描く時間が無い!」
フルフル!
『なら………、その時間は僕が稼ぐ!』
そう言うなり白兎は急に走る向きを変えて、
敵、ウルフの集団に向かって大きく跳躍。
まるで自ら喰われに行くような行動。
いくら白兎でも何体ものウルフに襲われたら一溜りもない。
まさか………
アイツ………
もしかして………
「白兎オオオオオオオ!!!」
俺はウルフに追いかけられていることも忘れてその場に制止。
喉が張りさせんばかりに絶叫。
しかし、そんな中、
ウルフの群れに飛び込もうとする白兎の姿は…………
両前脚を顔の横に置き、手をパーにして、
耳をパタパタ、全身をウルフ達集団に晒すような形で………
パタパタッ!
「天〇飯、技を借りるぜ! 『天兎流舞蹴術 太陽兎拳』」
ピカアアアアアアアアアアアアアアッ!!!
白兎の全身から強烈な光が迸った。
正しく太陽がその場に降臨したごとく。
眩しい!!
俺も目を開けていられず、
手で目を覆い………
フルフルッ!
『マスター! 今のうちに!』
「あ、ああ! 分かった!」
どこからともなく聞こえる白兎の声。
なんでお前が『太陽拳』を使えるんだよ!等のツッコミはとりあえず後回し。
白兎が稼いでくれた時間だ。
何としても『陣』を完成させねば!
目をシバシバさせながらも、左足を軸に右足で俺を中心に1回転して地面に円を描く。
その大きさは僅か半径1mにも満たない。
だが、俺と白兎が避難するには十分。
後は仙力を注ぎ込み、この場に幻想の世界を構築するだけ。
本来、陣の形成には様々な手順、触媒が必要。
その全てをすっ飛ばし、即席、且つ、簡易版の陣を作り上げる。
「白兎! 来い!」
ピコッ!
『うん!』
ピョンッ!
太陽拳を発動し終えた白兎が俺の足元に飛び込んでくる。
それと同時に、強烈な光で目くらましされていたウルフ達が一斉に動く。
四方八方から、
黒い津波のように、
俺と白兎を喰らい尽くすべく、
襲い掛かってきた。
これで『陣』を発動できなければ、ここで俺達は終わり。
無残に荒野で屍をさらすことになるだろう。
だが、そんな最後は御免だ!
俺と白兎の物語はまだ始まったばかりなのだから!
頼む!
俺の中に確かにある『仙術』スキルよ!
俺に力を貸してくれ1
「我が身を守れ! 十絶陣が一つ、『風吼陣』」
ボフフウウウゥゥゥゥ!!!
俺と白兎を中心として突如、猛烈な黒い風が吹き荒れる。
それは黒い竜が俺の周りを舞い踊るかのような光景だ。
ウルフ達は巻き起こった風に爪や牙を阻まれ、大きく弾き飛ばされる。
これが仙術「陣作成」を俺が習得した瞬間だった。




