24話 仙術
「水よ」
右手からチョロチョロと水が噴き出してくる。
どこから湧いているのだろう、この水?
なんて考えてみるが、仙術という、すでに科学から正反対の位置にあるものに、元の世界の常識を当てはめてもどうしようもないことに気づく。
10秒くらいあればコップ一杯の水を出すことができそうだ。
しかし、これ以上はどれだけ力を込めても出そうにない。
「風よ」
俺を中心に風がそよそよと動き出す。
単に風向きが変わったくらいにしか思えないが。
右手に集中すると、団扇で扇いだくらいの風を起こすことができた。
「雷よ」
左手に意識して念じるとパリパリと音が鳴り始め、紫色の電流が小さな火花を上げながら左手に絡みついている。
静電気を少し強くしたくらいか。
これは忍術みたいでちょっとカッコいいな。
仙術の検証の結果については以下の通りだ。
腰の下にある仙骨を意識すると仙術が使えるようになる。
今まで仙術が使えなかったのは、仙骨を意識できなかったからであろう。
仙骨に意識を集中すると、腹の下から何かエネルギーのようなものが体を満たし、仙術を使えるようになるようだ。
今のところ、仙術で火や水、風や雷等を発生させることができる。
しかし………
パタパタ
『なんか、ショボいね』
「そうだよ、ショボすぎる!」
白兎の的確な感想に俺も同調。
大きな期待からの落差に苛立ちが抑えられない。
「なんだよ! 折角仙術が使えると思ったら、このショボさは!」
フリフリ
『そうだよね~、攻撃に使うなら、せめてこの10倍は欲しいよね』
白兎の言う通り、『火』も『水』も『風』も、この10倍以上の出力がなければ役に立つまい。
あまりにも効果がショボすぎる。
『雷』だけは人間相手のスタンガンと考えるなら、有効かもしれないが。
ゲームでの仙術スキルであれば、「大炎」で火計を起こし、一軍を火の海へ叩き込み、「風変」で風向きを操作して、戦場全体までに影響を及ぼし、「落雷」で文字通り天から雷を降らせ、1000人の兵を一撃で焼き払っていた。
それに比べ何という効果の小ささか。
何が原因だ?
やはり宝貝が必要なのか、
単にレベルが足りないのか、
口訣が間違っているのか。
仙術スキルの開眼を熱望していたが、これではあまりにも期待外れだ。
戦闘どころか、日常生活でも役に立ちそうにない。
………いや、諦めるのはまだ早い。
火や水を出す以外の仙術もあったはずだ。思い出せ。
自分の記憶に対し、「仙術」で検索をかける。
すると昔読んだことのある漫画が浮かび上がってきた。
そうだ。
「禁術」という仙術があったはずだ。
その漫画に出てくる仙術使いが、「禁術」を使用していた。
「禁止された術」ではなく、「禁じる術」。
世界の法則に干渉し、万物の在り方を封じるという術だ。
その漫画は妖怪退治もので、仙術使いが禁術で妖の存在を禁じることで、ダメージや即死効果を与えていた。
他にも敵の動きや術を禁じることで妨害効果を与えることもできたはず。
その禁術の口訣がカッコ良かったのでよく覚えている。
よし、禁術を試してみよう。
たまたま目に入った廃墟の崩れかけた壁を対象とする。
腰の下にある仙骨を意識し、腹から湧き出してくるエネルギーを体中に満たす。
漫画の仙術使いがしていたように、右手を前に出し、対象に薬指と小指を折りたたんだ手のひらを向ける。
確かこういった感じの口訣だったよな。
「壁よ。遮ることを禁じる。禁!」
サアアァァァァァァ
壁が一瞬で崩れ去り、砂山と化した。
思わず近づいてみると、壁は非常に細かい砂に分解されてしまっているようだ。
壁の存在意義である「遮る」を禁じられたことの効果であろう。
これは、イケる!
種火や飲み水くらいしか出せなかった仙術に比べれば、ずっと効果が大きい。
他にも試してみなければ。
辺りを見渡し、禁術の対象を探す。
同じ壁では面白くないな。
できれば効果が分かりやすく出そうなものはないだろうか。
よし、これにしよう。
地面に生えている青々とした草。
半径1mくらいに生い茂っている。
壁と違って生物である為、先ほどとは違った結果が出るかもしれない。
さて、何を禁じるか。
少しの間、口訣を考える。
そして、ゆっくりと右手を前に出し、構える。
「草よ。青くあることを禁じる。禁!」
対象とした草の一面は瞬く間に枯れてしまった。
もっと対象が大きくても一瞬で枯らすことができるなら大したものだ。
次はあれだ。
一抱えありそうな岩を対象にして禁術を行使する。
「岩よ。固くあることを禁じる。禁!」
一見、何の変化も見られない。
近づいて岩に触れてみると、まるでクッションのような感触で手が沈み込む。
腰をかけるとまるでソファのように座ることができた。
おおお!
これはかなりの応用が効きそうだ。
固い地面でもベッドのように柔らかくすることができるだろう。
よし、次だ。
ポケットからナイフを取り出して、術をかける。
「ナイフよ。刺すことを禁じる。禁!」
これも見かけ上、変化はない。
ナイフを右手にもって、左手の手のひらに先端を当てて……、
フリフリ?!
『何しているの? マスター、危ないよ!』
突然の俺の凶行に、白兎が慌てて止めに入ってくる。
しかし、俺はゆっくりと首を振り、この実験の趣旨を説明。
「大丈夫だ。さっきも見てたろ。禁術により、このナイフは刺さらなくなっているはずだ」
パタパタ
『でも、危ないって。実験なら僕を刺してよ』
「いや………、それはちょっと………」
構図が完全な小動物虐待だ
白兎をナイフで刺そうとするなら、自分を刺す方が何倍もマシ。
それに白兎の装甲は金属。
禁術がかかっていなくてもこのナイフは刺さらないから実験には不適当。
「まあまあ、見てろって」
左手に当てたナイフをゆっくりと押し込む。
少しずつ力をかけていくが、ナイフの先端が皮膚を破ることはなく、ただ凹ませることしかできない。
何度もナイフで突いてみても、手のひらに全く刺さることがない。
手の甲、袖を捲って腕に突き立ててみても同様。
「ほらほら、白兎。刺さらないだろう?」
フリフリ
『うん………、でも……、う~ん……』
白兎は心配そうな眼で俺を見つめ、
何か言いたそうに口をモゴモゴ。
そんな白兎の心配を吹き飛ばすように、
俺はさらに刺さらないナイフでザクザクと手の平を何度も突き刺し、
「さあさあ! 見ていらっしゃい! こちらのナイフを何度突き立てても、私の手には刺さりません!」
手品でも見せるように口上を述べながら、実験を続けていると、
ザクッ!!
「………って! 痛い!!」
ピコッ!
『マスター!』
俺が手を滑らせたのを見て白兎が叫ぶ。
どうやら調子に乗り過ぎたようだ。
面白半分で、腕に何回もナイフを突き立てていたら、
滑ってしまいナイフの刃の方で腕を切ってしまった。
血が流れだして、ポタポタと地面に血痕を作ってしまっている。
アホか! 俺は。
なんで自分の腕を切って負傷させているんだよ!
これはナイフの「刺す」ことは禁じていたが、
「切る」ことは禁じていなかったことが原因。
「ヤ、ヤバい、血が止まらない! 消毒液! 絆創膏!」
ポケットから消毒液を召喚し、ぶっかけて消毒するも、
それで傷が治るわけではない。
かなり深く傷つけてしまったようで、絆創膏では止血できなさそうだ。
パタパタ
『マスター、落ち着いて!』
「わ、わかった。でも、血が………」
フリフリ
『左手を上げて! 心臓の高さより高く! あと、右手で傷口より少し上を圧迫!』
「こ、こうか………」
白兎の助言のとおりにすると、出血の速度がやや遅くなる。
しかし、完全に止まったわけではない。
ダラダラと流れ出る血を見て、
俺は焦りを隠せず、狼狽え続ける。
ああ………、どうしたらいいのか。
どうやったら血が止まるんだ。
拠点に帰ってサラヤに泣きつくのか。なんて情けない。
人は何リットルの血を流せば、出血多量で死んでしまうのであろうか?(そんなに血は流れていません)
パタパタ
『マスター、大丈夫。見た目は酷いけど、そこまでじゃない。しばらくそうやって止血していればそのうち止まるよ』
「でも、でも………、血が……、ドクンドクンって……」
ピコピコ
『ほらほら、だんだん出血が減ってきたでしょ。あともう少し』
「え? そうかな」
フルフル!
『腕が下がってきてるよ! 右手の方もしっかり押さえて!』
「ああ……」
白兎に励まされて、少しずつ落ち着いていく。
やはり信頼できる相棒が近くにいるという安心感は何物にも代えがたい。
「白兎」
フリ?
『何?』
「この傷、どのくらいで治るんだろ?」
ピコピコ
『結構深く切っていたから、2週間くらいかなあ。完全に傷口が消えるのだと1ヶ月は経たないと駄目だろうけど』
「マジか……、ここに来て負傷って……、サラヤになんて言おう」
フリフリ
『早く治したいなら、傷を治す仙術を覚えるのも手かもね』
「傷を治す仙術………」
白兎に勧められ、必死に記憶を漁ってみる。
するとこれも昔読んだ漫画に出てきたものがヒットした。
「もしかしてアレなら………」
ピコ?
『アレって何?』
「仙マメだよ。ドラゴンボ〇ルの!」
漫画で出た、一つ食べれば満腹になり、
全身の傷も治してしまうアレ。
「名前に『仙』がついているし……、やってみるか」
目を瞑って集中。
脳裏に『仙マメ』を描いて、
仙骨から仙力を引き出す。
そして、高らかに口訣を唱えて、
「仙マメ!出ろ」
……………………………
「出ない」
フリフリ
『出ないね。ちょっと期待してたのに』
残念そうに呟く白兎。
その気持ち、俺も多分一緒。
ポケットからも空中からも仙マメが出てくることはなかった。
やはりフィクションだったか……当たり前だけど。
「他に傷を治すことできる仙術はないかなあ?」
パタパタ
『う~ん………、仙マメが出ないとなると………、でも仙マメって、漫画で出たアイテムであって、仙術とは関係ないよね。仙人が使う薬って言うと……』
「あ、そうだ! 仙丹か! 若しくは金丹!」
仙人が作る薬で、煉丹術と呼ばれていたはずだ。
不老不死の薬や、万病を癒す薬、仙人になる薬等があったはず。
確かこのくらい、そうパチンコ玉くらいの大きさで……と、
親指と人差し指を擦りあわせていると、
「え……、できた?」
指の間に金色の薬玉が現れていた。
仙丹か? いつの間に? 俺が作ったのか?
目の前に現れた仙丹を見つめる。いわゆる丸薬なのであろう。
色が金色でなければ、薬局等で出されたら素直に飲んだかもしれない。
しかし、史実では仙丹は水銀や鉛等の鉱物を原材料として作られたことが多く、飲んだ人の寿命を縮ませたといわれている。
得体のしれない物を飲み込むのはかなり勇気が必要だ。
もし毒だったらと思ってしまう。
しばらく仙丹を飲み込むのを躊躇していると、
白兎が鼻をヒクヒク、仙丹の匂いを嗅いでいるような仕草を見せる。
フルフル
『大丈夫。きちんと傷を治す効果があるみたい』
「え? 白兎……、そんなの分かるのか?」
ピコピコ
『何となく………だけど………、間違いないよ』
白兎は自分の能力がうまく説明できない様子。
しかし、この仙丹に傷を治す効果があると断言。
「白兎がそこまで言うなら………」
フリフリ
『あと、その仙丹、多分、塗り薬にもなるんじゃないかな?』
「え? 塗り薬?」
そう俺が呟いた瞬間、突如、仙丹の固さが失われ、
指の間でグニっと潰れてしまう。
あ、仙丹が……
なるほど、こうして塗り薬として使うのか。
少なくとも飲み込むよりはハードルが低い。
覚悟を決めよう。そろそろ痛みと出血でヤバい状態だ。
潰れた仙丹を傷口を塞ぐように薄く延ばして塗り込んでいく。
すると傷口が一瞬熱くなったと思ったら、痛みがスッと引いていき、あれほど流れていた血もいつの間にか止まっていた。
仙丹を塗り込んだところを擦ると、すでに傷跡も見えない。
恐ろしいまでの回復力。流石は伝説に残る薬効。
「おお、なんという素早い効果。さすが仙丹」
フルフルッ!
『凄いね! エリクサーみたい!』
「そう言われると、勿体なくなって死蔵しそう」
だが、希少なエリクサーと違い、俺の仙丹は幾つでも作ることができる。
これで俺は、応用が効きそうな「禁術」と、怪我をした時の治療手段「煉丹術」を手に入れることができた。
少しずつ自分が強くなっていくことが実感できる。
「さて……、回復手段を得られたのだから、遠慮なく試せるな」
俺は治った方の腕の袖を捲り上げ、
廃墟の壁に近づき、思いっきり拳を叩き込む。
ボゴオオッ!
厚さ30cmはありそうなコンクリートの壁を拳が突き破った。
今まで拳を痛めるのが怖くてできなかったが、治療手段が手に入ったので、遠慮なく拳が使える。
「攻撃力は問題ない」
地面に落ちた壁の破片を掴み、
手に力を入れると簡単に砕ける。
元々、最強武将である呂布の力が出せるのだ。
これくらい朝飯前。
闘神スキルによる身体強化は、このスラムにおいてはトップクラスであろう。
厄介な獲物として認識されていた機械種ラビットを上回る機械種ハイエナを素手の一撃で葬った。
素手による戦闘だったら負けることはないはず。
ただし、あくまでスラムの中ではという注釈が入る。
道中であったメカ熊を相手にしていた狩人のような連中に勝てるかどうかは分からないからな。
「問題は防御力だな」
先ほど血を流した跡を見ながら呟く。
壁を突き破った拳には傷一つないが、ナイフではあっけなく怪我をしてしまった。
どうやらこの体は刺突と斬撃には弱いようだ。
まあ、普通の人間は刺されたり切られたりしたら怪我をするのは当たり前だが。
あとは銃撃に対する耐性か。
しかし、自分の手を銃で撃ち抜くのは流石に無理だ。
代わりに装備の耐久性を調べるか。
パーカーを脱いで、近くの壁にかけ、数歩離れてから銃を抜いて狙いを定める。
パンッ!
パーカーに向けて銃弾を発射する。
弾丸はパーカーに当たると勢いを無くし、布一枚も貫くことなく地面に落ちた。
地面に落ちた弾丸を拾い上げる。
マテリアルが変化したものだと思うが、形状は球型になっていた。
パーカーを手に取り、裏表とひっくり返して弾丸の跡を探すが見当たらず。
後ろの壁にも傷はついていないことから弾丸の威力を防ぎ切ったことが分かる。
「やっぱり、元から着ていた服は特別製か」
パタパタ
『そうだよね~、あれだけ戦場を潜り抜けたのに、傷どころか解れすらないし……』
「仙人が着ている衣服……いわゆる仙衣ってやつかもしれないな」
俺が今まで怪我をしなかったのもこの装備のおかげだろう。
この服の重要性が上がったな。洗濯なんかに出して、無くされでもしたら大変だ。
あと、服が無い部分。顔や頭は気を付けないと。
戦闘時はパーカーのフードを被った方がいいかもしれない。
ピコピコ
『それより、マスター。時間は大丈夫? そろそろ夕方近くなったと思うけど?』
「あ………、まずい…………、げっ! もう15時過ぎてる!」
ヤバい! 獲物をまだ狩っていない。
あれだけ大口を叩いといて俵虫3匹はちょっと幻滅されてしまうかも。
虫は今から探しても見つけられないだろう。
ならば、昨日の草原に行って兎でも狩るしかないか。
「行くぞ、白兎。次の獲物は機械種ラビットだ!」
フリフリ
『はーい! 今度も天兎流舞蹴術が火を吹くよ!』
仙術を手に入れて気の大きくなった俺は、
前回の死闘も忘れて、草原に向かうことにした。




