荒ぶる神の王(7)
結界内で無理やり動いた代償が大きい。欠損していくイザナミの本体は、摩擦熱で火花散り灰の中を大蛇が舞う。
身軽になったわけじゃない。
そのための結界術。
人類の死にたいする恨み妬み嫉み。負の塊、恐怖が造りだす呪いの言霊。
動けば動くほど、結界に強く縛られ重くなる。
イザナミの決意は固く、アラガミオンと戦う意志を見せている。それなのに何故だ。自分が不利になるだけじゃないか。
――ガリガリ。
錆びた金属音が響く。大蛇は機体を呑み込む為に口を開いた。
これは罠か。それとも好機と捉えるべきか。
二つの選択肢が浮かぶ。
一つは敢えて呑み込まれ体内からアマ・テラスを放つ。しかし先程の硫酸が、その選択肢を足踏みさせる。
危険だ。例え炎のマントで、全身を纏っても気化するだけ。ロボットであるアラガミオンは平気でも、合身してる自分達の肉体がどう反応するか。
それこそ神の奇跡にすがるしかなくなってしまう。
――無謀と勇気を間違えるな。
泥のように眠る兄から、声が聞こえた気がする。
「わかってるぜぇい。兄貴」
二つめの選択を選ぶ。
ヒノカクズチの刃で大蛇の口角を横一文字に斬り裂きながら、イザナミの頭上を支配する。
「ぬぅんッ!」
悪魔の翼の形した炎のマントが波打つ。波紋と共に具現化するは、無数の拳。それはオロチの必殺技である。
「燃えろッッ! 俺のソウルよッ! 灼熱無限パンチィィッッ!」
炎で出来た拳が雨となり降り注ぐ。それは勿論、ヒノカクズチで出来ていた。
「その綺麗な顔をグチャグチャにしてやるぜ!」
「うふふっ。綺麗って言ってくれて、ありがとう坊や」
無数の神殺しの拳が体を濡らす前に、イザナミは盾を握っていた。
それは上空へ蹴飛ばした盾である。拳が降るよりもはやく、母の元へ帰ってきたのだ。
雨は止んだ。地上から見上げるイザナミの肉体に、雨水一つ染みつかない。
「……イザナミ。お前その姿……」
響樹が驚くのも無理はない。
下半身は大蛇の頭ではなく、鱗の生える人の素足で大地に立っていた。
「やっと身軽になれたわ」
理解した。今までの無茶な行動は、縛りを解く為であったのだ。
結界術地獄門の縛りは、黄泉津大神に対して効果抜群。しかしそれに大半の術力を使う為、イザナミ自身は結界の外に出られない程度にしか効かない。
それでも充分なのだが。状況は変わってしまった。
イザナミは結界の中という制限付きだが自由を手にした。
イザナミの肉体を守る神の鎧は、ザクロ色のウェディングドレス。
「ケーキ入刀かよ」
「あらっ一緒にしてくれるのかしら」
「いいぜ。だがよ、その時は全員でだ」
「ならば皆殺しにして、祝ってもらいましょう」
軽い口調だが本気だ。命の重さをなんとも思っていない。
正に邪悪。死の神そのもの。
「させねぇよ」
イザナミが刀を引き抜くと、同時に花火はあがる。
アラガミオンの双眸から光線が発射し、それをイザナミが弾いたのだ。
瞬時に産まれる隙を見逃す響樹じゃない。
針の穴さえ通す突きの一撃は、正確無比。
ザクロ装甲のつなぎ目へ、吸い込まれていく。
「この技はまさか」
突き刺さる腹部に額から流れ落ちる一筋の油汗は、単なる痛みから来るものじゃない。
「そのまさかよッ!」
これはスサノオンとアマテラス。鬼神同士が戦ったときに見せたオロチの剣技だ。
その銘はヤマタ流剣術。平和だったムー国の高天原で、兄オロチが毎日の鍛錬で築きあげた努力の結晶。
羅我ならともかく、何故素人の響樹が操れるのか。
それは超神アラガミオンは五人の魂が合身して、一つとなり出来ているから。故に響樹は自分の力として操る事が出来るのだ。
「先ほどのパンチといい今回の剣といい、貴方が彼を強くリスペクトしてるのはわかった。それでも貴方はオロチじゃないわッ」
母として神の化身とし、常に冷静につとめているイザナミの声色が変わった。
「あの人オロチの剣技はもっと美しいんだから!」
尾てい骨から伸びる蛇というよりかドラゴンに近い尾で、頬を殴られ機体は吹き飛ぶ。
それはまるで悪気無く彼氏の悪口を言ってしまい、地雷を踏みぬく間男のよう。
「ナイス攻撃だぜぇい」
これがギャグ漫画世界なら、アラガミオンは鼻血を吹き出していよう。
「ふられちまったぜぇ。だかよ、俺にはコイツらがいる」
「行くぜッ! 沙耶、リリスッ!」
響樹の声に応え、漆黒の炎翼マントが風に揺られはばたく。
機体はヒノカクズチを両手で構えた。
直接刀を打ちこむにはまだ遠い。
「当たらなければ、神殺しも怖くないわ」
「言ってくれるぜぇい。ならこういうのは、どうだ」
刀を鞘に入れる。
片足を前に出し、半身の姿勢で重心をさげた。
居合いの構えだ。
――しゅっ!
響樹の呼気と共に鞘から引き抜き、横一線。
炎の刃は龍となり、イザナミに牙をむく。
「あぎぃぃる」
「うふっ」
イザナミに逃げるという選択肢は、最初からないのだろう。
襲いかかる牙めがけて全力で走り、陸上選手のように刃を飛びこえる。
空を舞う。一輪の野薔薇。美しいが刺のある危険な華。
そんなものを放置するなんて出来ない。
「アラガミオン・レィィザァァッッ!」
使用するは、鬼神ツクヨミの技だ。
背中から噴火する潮は、熱光線。
流石にこれは熱湯どころのレベルじゃない。
反撃なんて考えない。とにかくガードだ。逃げ道等ない。身を守り生き残らなければと、イザナミは必死になり体を丸めた。
「ギャァァァッ!」
今世で受肉後、初めてイザナミは悲鳴をあげた。
「ハァハァハァ」
イザナミの呼吸が強く乱れている。
体を丸め鱗でガードし、致命傷からは逃れた。だがついにダメージが生まれた。
五体満足でいられるのは、奇跡と言ってもいいだろう。
焼け焦げ薄汚れたザクロ色の鎧を見て、誰がモチーフはウェディングドレスなんだと認識できようか。
「さすがは荒ぶる神の魔女ね。お姫様。危うく死の世界に帰ってしまうところだったわ。だけど一番怖いのは……」
そこでイザナミは言葉を区切り、アラガミオンの中にいる響樹を見る。
「……一番怖いのは、五人の能力を操る響樹。貴方よ。恐るべきだわ。荒神王」




