荒ぶる神の王(5)
五人の意思が一つになる。この感覚を響樹は知っている。
神話の時代、ラガ。キリン。リリス。イヨリ。そしてオロチが味わったこの感覚を覚えている。
――そうだ。この感触だった。
誰かが言った。言葉としてでは無く、伝わってきたというべきか。
響樹本人かも知れないし、他の人が発した呟きかも知れない。
――ぎぃぃ。
獣の鳴き声が石から響く。今自分は機体の中にいてそんなものは無いはずなのに、びっしりと敷き詰められた幻の石畳は雪に包まれ鳴いた。
土や花。空からも大地からも聞こえてくる、この鳴き声は地球の鼓動だ。
――ドクン。
この世界は生きている。沢山の命が存在している。
目に見えない沢山の息吹がそこにはあった。
命に替えなどない。だからこそ大切で尊いもの。
それが響樹達のいる世界を創造したイザナギ大神の決めたルールだ。生まれかわりなどありえない。
それを許せば転生できるからと、命を軽んじ粗末にするものがでてくるであろう。
虚無とは戒めなのである。
それが正しいのか正しくないのか。それは個人が決めればいいと、響樹は溶け合う意識の中でそう感じていた。
只、これだけは知っている。どちらも正しく間違ってなんていない。
同じなのだ。虚無自身であるイザナギ大神も、新たなる器を用意できるイザナミ大神も。
表と裏。光と影。創造と破壊。受け手により存在が変わる、同一種の神に過ぎない。
一つだけ違うのはイザナミ神は自らの化身を産み出し、直接干渉する程に子を愛していた。対してイザナギ神は子の進化を信じ干渉せず見守っていた。
二つの柱は我が子の成長を楽しみにしていただけなのだ。
*
一つになった意識の欠片は過去を見ていた。火の塊となり空に浮かんでいる。そこから見える大地は龍の形をしていた。
龍の一族が住む龍の国、高天原だ。
そこは五つの大都市があり、中央に先代の父王がいるムーとそれを囲む四つの神名を冠した都市があった。
今世の現代人より優れた技術と異能の力を持つ彼らは、まるで異世界ファンタジー漫画のキャラクターのようだ。
長命である彼らは同じ先祖を持つ武術に優れた火の国出雲。そして魔術に優れた西の国アトランティスと、長い年月交流を続けていた。
平和であった。あの災厄が地球に落ちてくるまでは。
これは地球が記憶している神話の記録であった。
「この世界に死を平穏を」
イザナミの死の呪いは、地球を蝕む。
それに対して立ち上がったのは、高天原の戦士達と出雲の火の武神達。しかしながら
武術と異能力だけでは、ヨモツ獣を狩ることさえ難しく勝利よりも犠牲者の方が多かった。
そこに一人の女性がアトランティスから来訪する。龍の血を引く真紅の髪をした美しき異人リリスが。
彼女は魔女と呼ばれ、自国を追放された狂気のからくり技術者である。
リリスはラガ達の父である先代の勇者に、イザナミと戦うため独自の技術を売り込んだ。自分をデーモン、魔女と蔑む者たちを見返すために。
古代より口伝で伝承する魔術鬼道と、アトランティスで身に着けたからくりギ術を。しかしそれは危険な賭けでもあった。
イザナミが日の光が弱点であると見抜いたリリスは、ある計画を提案する。
その名は、鬼神プロジェクト。
人の手で人工的に新たなる巨神を産み出すというのだ。
ここまではいい。イザナミと、その眷族ヨモツ獣は巨大だ。
人の力だけでは限界がある。しかし鬼道とからくりで小型の太陽を産み出すという正に異名通りの狂気の魔女の計画内容を聞いた時、オロチは生まれて初めて父に反対した。
暴走すれば、この美しき蒼い星はどうなる。考えなくてもわかりそうなものだろう。この星を護るのが僕達の使命なのだと。
リリスはオロチの言い分を全て聞いたあと、静かに口を開く。
「反対するのは構わないよオロチ殿。では代わりにどうしたらイザナミと死の軍団と戦うんだい? 勇者の銘を継ぐ者よ」
*
「フッ」
オロチはリリスとの会話を思い出し笑った。
「どうした兄貴」
「いいやなんでもない」
「かははは。懐かしいのうオロチ殿」
「んんっ? お兄? リリスちゃん?」
「やっと雪が解けたのよ。美亜ちゃん」
ゴッド・スサノオンとオロチが、光球に包まれていく。
「現れたわね。荒ぶる神の王」
イザナミにそう言われ、五人が一つとなり神化した事に響樹は気づいた。
神話の時代、イザナミを封じた超神アラガミオン(荒神王)が今世にも顕現したのだ。
その姿は黒い鋼でできていた。頭部に四本角。両腕両足を合わせると合計八本のギザギザした角がある。
巨大なボディは真紅のマントを纏い、自ら吹き出す炎で靡く。
それは鋼の一部が炎に転換し形成した焔の龍であり、無限に火力を与え続けている。
アラガミオンに変神した響樹の五感は、鋼の巨人そのもの。
コクピットにいた状態で、鬼神と融合し一体化している。響樹以外も皆同じだが、瞳を閉じていた。
害は無い。只、寝ているだけ。
全員が目を覚ます時にはきっと、響樹が勝利しているだろう。
「ふははは。人それを正夢という!」
響樹はアラガミオンの視線を通して、イザナミと対峙する。
「正夢になんてさせないわ。アラガミオン」
ヒュンッ。真っ直ぐに只真っ直ぐに、超神との距離を縮めてくる。
「勝つのはわたくし!」
甲高い音が鳴り響く。
握りしめた鱗で造りだした歪な刀で上段から打ちこんでくるイザナミの刃を、ヒノカグズチで弾いたのだ。
飛び散る火花は戦場で散る紅蓮の華か。
いける。アラガミオンとなった響樹は確信する。
これでやっと同じリングに立てたと。
攻撃は続く。ぐるりとイザナミは蛇の体を器用に動かして、死角からの一閃。対して響樹の反応が遅れた。
対等になったからと、浮かれてたわけじゃない。
単純にキャリアの差だ。神話の時代から戦い続けてきた女神と、転生し先日記憶を継いだばかりの定命の者。
もしもっと早く響樹が覚醒すれば。
もしもっと遅くイザナミが目覚めてれば。
現実は非情である。
それでもだ。響樹にはそれを補う家族がいた。
アラガミオンの首に巻いてある炎で出来たマントがはばたく。
――キンッ!
刃を弾いた。
「ナイスだぜぃ。皆ッッ!」
響樹は立て直し強く拳を握りしめた。
「ぬんッ!」
熱い炎で燃える拳を、イザナミの腹部に叩き込む。
「ぐふぅぅっ」
受肉した体で味わう痛みは血の味か。イザナミの美しい顔は、初めて苦痛で歪んだ。
「……わたくしの初めてを奪ったのね。責任とりなさい坊や」
「それだけ減らす口叩けるなら、もっと俺の中の俺をぶつけてやるよッッ!」
アラガミオンの口角が裂けた。
鋭く尖り光る牙とデロリと長い真っ赤な舌が見える口内から、炎が吹き出す。
その姿は正に悪魔を連想させるに充分過ぎた。
悪魔の中の悪魔に。
自らの鱗で造りだした巨大な盾で炎を防ぐイザナミの表情に笑みが消えている。
そこから前回の盾攻撃はできないと判断し、追撃の腕を止めない。
「ウラッウラッウラッウラッ!」
熱き炎で紅蓮に燃える拳の連打を、盾に隠れジッと耐えるイザナミの目力は強い。
まだ勝利を諦めてない事が、こちらにも伝わってきた。
響樹の野生の感が教える。イザナミは防御に徹してる間、受けた傷を治癒しようとしているのだ。
「やらせねぇよッッ!」
アラガミオンの右腕が螺旋を描く。
「ドリル・クラッシャッッパンチッッ!」
盾の中心を突き破りイザナミの腹部をガリガリとえぐり、大きく吹き飛ばす。
「あぁ、この痛みこそ生の苦しみ。あなたたちは産まれた時からこれと戦い続けてるのね」
相手の立場になり初めてわかる事もある。
わたくしの国に来れば、この苦しみから解放されるのにと、今でも考えは変わらない。
しかしそれを口にする事は、もう無い。
「定命の者は儚い存在。だから強くならなきゃならない。虚無に負けない為に」
代わりにイザナミは憐憫の瞳でそう語った。
強き者は弱き者を守れ。イザナミもその考えに近い。
愛こそが力であり、力が無ければ守れない。生者も死者も終着点は、皆同じであったのだ。
「へへっ。強者同士が戦ったら、どっちが勝つんだろうな」
「うふっ。バトルという名の我慢比べ。それは勿論、根性あるほうね」
「のったぜ。その勝負ッッ!」
両腕を大きく広げた。頭上から足下まで大小様々な八つの勾玉が、機体には埋め込まれている。
その中でも一番大きい胸部の勾玉が光り輝く。
「アラガミィィィィ・ビィィィィムッッ!」
響樹の叫び声が合図となり、龍の型した超熱光線が発射する。




