荒ぶる神の王(4)
――キィィン。
八又の矛を突きたてオロチは音を鳴らすと、波が発生し空間が歪む。
「フッ。これが最終回ならこう言うのかな。……見よ。響樹、ミアこれが僕の本当の姿だッ!」
オロチは矛を頭上高く上げた。
――ギュルギュルギュル。
オロチの体を中心にして風車が回る。変わる。人の姿から異形な姿した巨大な化け物へ。
そうそれこそオロチが、イザナミの眷族としての証。ヨモツ獣化したオロチの姿であった。
「デュワッ」
八つ首を持つ龍となったオロチは構えた。
「獣化あれほど嫌っていたのに。本気なのね」
「あぁ。全てはこの時の為に。イザナミ、僕は地球人なんだよ。美しき蒼い星を汚す侵略者から守るのが、我らの使命」
「そうならばわたくしは悪役らしくラスボスらしく、この星を侵略するとしましょう」
――バリバリッ。
下半身の蛇の牙が口にくわえていた鬼神を噛み砕き、体内に毒液を更に注入する。
「イザナミィィッッ!」
「どう悪役らしいでしょ」
ペッと、白濁した毒液まみれのゴッド・スサノオンを吐き出しオロチの前に叩きつけた。
「強者の慈悲よ。最後のお別れぐらいさせてあげる」
八つ首の六つがイザナミを怒りの形相で睨み、残り二つは悲しみの表情で鬼神へ向かう。
「兄……貴」
「……お兄」
「すまない。苦しみからお前たちを救うには、これしかない」
そう言ってオロチは機体ごと二人を丸呑みした。
「そうそれよ! それなのよ。苦しみを救うには器からの解放。死しかないの!」
上気し頬を朱に染めて、うっとりした表情でオロチを見つめる瞳は、恋に落ちた乙女そのもの。
「地球人とわたくしヨモツ人は、宇宙の垣根を超えて争わず愛しあえる事だってできるわ」
「無理だ」
「そうね。今は駄目かも知れない。家族を手にかけたのですもの。でもわたくしと貴方ならわかり合える」
「無理だと言っただろう。価値観が違うお前には、決して理解できない。命の重さというものを」
「そこまで拒絶するのね」
イザナミの声に落胆の色は無い。
彼女なりにわかっているのだ。オロチとは神話の時代からの付き合いだ。
一度決めたらオロチは、梃子でも動かない。
味方なら頼もしいが、敵にしたらやっかいな相手。
「やれやれだわ。決めセリフ言わせてもらうわ。それが開戦の証」
「フッ。君らしい。ならば僕もそうしようか」
「……わたくし残酷ですわよ」
鱗で出来た盾から、蛇腹の剣を引き抜く。
オロチは知っている。神話の時代からその剣で、あまたの敵を断罪してきた事を。
「……この日輪を恐れぬならかかって来い! ヨモツの女王!」
八つ首の一つから炎を吐き出したそれが狼煙となり、二体の巨大な怪物はぶつかり合う。
それはお伽話の英雄譚。
銀色に輝く鎧を纏い民の為、剣を振るう美しき女性と、黒き鱗で全身を覆う八つ首のドラゴンが炎で世界を焼きつくす。
そこに正邪は存在せずあるのは、それぞれの家族を守りたいという純粋な想いだけ。
価値観が違うだけで気持ちは同じなのだ。だからこそ互いに負けられない。
負けるわけにはいかないのだ。
「ダァァァッ!」
龍の顎刃が首元を狙う。イザナミは盾で弾き飛ばし剣で応戦する。
「僕の顎は、八枚刃だだ!」
一つ目の首が斬られた。だが残り七つの首は健在。
「くらえッ! 無双乱舞ッ!」
七つの刃が空間を支配する。
降り注ぐ刃の暴風雨から濡れぬように、イザナミは盾で防ぐしかない。それでも止まない雨などない。
雲行き怪しい隙間から日差しが落ちる。それを見逃さない。
「しゅっ!」
鋭い呼気と共に針の穴を迷わず一発で通す剣の一刺しは、二つ目の首を斬り飛ばす。
一つまた一つとタマネギの皮を剥くように、首が切断されていく。
黄泉大神の頭部ほどあった体も、今やイザナミの上半身と同クラス。
残された首は三つ。
「その首どれを斬れば、貴方は死ぬのかしら」
「はい。そうですかと、素直に教えると思うか」
「思わないわ。わたくしは只、楽に貴方を行かせたいだけ。このままだと苦しいでしょ」
「苦しいさ。君とこうして敵対してるのが」
――トゥンク。
イザナミの心がチュクチュク痛む。
恋の駆け引きでも心理戦でもなく、それがオロチの本音である。
死の女神でさえなければ、オロチとイザナミは互いの心の隙間を埋めてくれる良きパートナーとなっていたはず。
「わたくしもよ。産まれ変わっても、貴方の側にいたい」
「嬉しいがそれは無理な話しだ。我らイザナギ宇宙の住人は転生できない」
「そうだったわね。なら尚更、この世界を虚無イザナギ大神から救わなきゃだわ」
「それは無理な話しだぜぇい!」
響樹の声が結界内で響き渡る。
「ど、どうしてそんなに元気なの?」
イザナミはポカーンと口を大きくあけてフリーズする。慌てて首を左右に振りリセットする。オロチの遥か後方死角になっていた物陰。そこに切断された龍の首があった。
イザナミは見た。ゴッドスサノオンが仁王立ちしてる事に。
「フッ。時間稼ぎは終わりだ」
オロチは口角を吊り上げ戦場から離脱すると、鬼神の真横へ並ぶ。
「ふはははは! 俺様復活だぜぇい!」
復活。そのワード通りゴッドスサノオンに傷一つない。自己再生能力で治癒した機体はまるで、一週間ぶりに履き替えたパンツだ。
「また貴方が仕組んだわね。オロチ……今回はどうやって坊や達を救ったの? 優しい優しいお兄さん」
「ふはははッ! 気合よぉ!」
「お兄ちゃん少し静かにしようか」
「フッ。君が人間だとして、毒蛇に噛まれたら君ならどうする? イザナミ」
「喜んで死を受け入れるわ。このくそったれな世界からやっと逃げられると」
「ヨモツならそうだな。だがね、地球人ならこう考える。大変だ病院にいかないと、てね」
「治癒でしょ。それぐらいは、わたくしでも知ってるわ」
ぷくっと頬を膨らます。イザナミは異性に好まれる顔立ちをしている。そのあざとい表情は、とても世界を滅ぼそうとする女神に見えない。
「オロチ、まさか二人を治癒したというの? 一体どうやって」
「血清さ。材料となる毒は溢れるばかりにあるしね」
「機体を呑み込み、首を斬られ続けたのも時間稼ぎだったとはね。……坊や、お姫様。オロチは最高のお兄さんだわ。裏切り者の名を受け全てを捨てても、貴方達を守っている」
「おうよッ! 超最高のアニキだぜぇい! 覚悟はいいか。死の女神。御門三兄妹と愛するリリスと沙耶。五人揃えば無敵だという事を、その体に教えてやるぜッ!」
「あら、わたくしの体に興味があるのね。そういう年頃だもの。でもいいの? 神話から生きているお婆さんよ。わたくし」
「ふははは。残念だな。俺の守備範囲は広いッ!」
「うわぁ。お兄ちゃんそれは流石にアタシもどんびき」
「腕組みして言うセリフではないな」
「だよね。オロチ兄」
「私は響樹くんが良ければハーレムでも受け入れます」
「お主ら今戦闘中じゃぞ。すぐに話しが脱線しおって」
「わたくしは血の繋がりある実の妹さえも受け入れようとする貴方の将来が心配よ」
「言われてるぞ兄貴」
「お前がな響樹」
「クスッ」
「ぬぅ俺、何か可笑しいこと言ったか。イザナミ」
「ホント貴方達といると飽きないわね。敵同士なのに。嫌いになれない」
「うむ。嫌いならこんなに俺も悩まん。脳筋だけが取り柄の俺がだぜ。喧嘩意外で頭使うんなんてはじめてよ」
響樹はコントロールレバーを強く握りしめた。今まであった穏やかな空気感が消える。
――ギンッ。
響樹の表情がシリアスモードに切り替わる。猛禽類の鋭い目つきは最強の敵を睨みつけた。
「行くぜ。皆の魂、俺が預かるッッ!」




