6.チサト~夜の始まり夢の終わり4
長くてすみません。
「では、これで授業を終わります」
礼のために、慌てて立ち上がるチサト。
ざわざわした教室、ファーは真っ先にチサトに近づいた。
「チサト! ずっとハラハラしてたヨ。どうした? 寝不足か?」
(あー、びっくりした。数学の授業、少しも覚えてないわ)
「四限休講でショ? どうする?」
「アカネたちも休講だったよね? 学食にいるかな?」
「行ってみるネ」
チサトとファーが学食に入ると、手招きするのが目に入った。
「こっちこっち」
アカネとミキはすでにいつもの席に座っていた。
「ハーイ、良い席空いてるわよ、お二人さん」
「嬉しいネ。相席よろしいか?」
「もちろん」
チサトとファーは荷物を置くと、ティーサーバーからお茶をついだ。
「う~ん、美味しいネ」
「すいてる食堂っていいわよね~」
「アカネはいつもでしょ」
にこにこ顔のアカネにミキがつっこむ。
「まあね。だあって、授業も必須じゃないしさ~。なんだか出る気がしなくって、ついついサボっちゃう。おかげで友達増えちゃった」
えへへ、とアカネは悪びれなく笑う。
「まぁ、アカネのおかげで私たちもいろんな情報が聞けるしね」
「ミキ、いいこと言うわねえ。というわけで最新情報~。ゲーム『アース』についての情報で~す」
「ゲーム?」
「私、ゲームしないヨ」
「そんなのどうだっていいわよ」
すでに興味なしな感触に、アカネは慌てて話し出す。
「まぁまぁ聞いてよ。『アース』は実験的な試みで、成功したら、そのうち義務になるみたい」
「ゲームが?」
「義務?」
「そう。ゲームって言っても、『アース』は教育ソフトなのよ。夢を見ている時間にできるゲームで、ゲーム中に体験したことは現実とかなり近いレベルで身体に伝わるんだって。つまり時間を倍に使えるようなものね」
「時間を倍?」
「うん。起きてる時にしたいけど、できなかった事を『アース』でするのよ。例えば、テニスの練習とか、勉強とかね」
「それってゲームなの?」
「う~ん。『アース』の目的は、サウスとノース関係なく、人と接する機会を持つソフト……だったかな? 将来的には二つの世界、現実と『アース』に住んでいるような感じになるんだって」
(それって……『夢の国』と似てる?)
「あ、チサトは興味ありそうな顔ね」
「ちょっとね。『アース』ってどうやったらプレイできるの?」
「今は実験中だからね~。十歳から十二歳の子供と開発者だけみたいよ。それも子供は二人一組で片方がプレイ中は片方がトレースするんだって」
「寝たら勝手にゲームするんだったら、トレース無理じゃないのか?」
「夢の中って言っても全部じゃないのよ。アダマスに『アース』をセットしたマシンをつないで強制的に夢を見るの。その情景がモニターに映し出されるから、それを片方が見るってわけ」
すごいことができるのね、と感心するミキ。
(私はアダマスになにもつないでいないのに)
黙るチサトの背をファーはバシバシ叩いた。
「チサト! ゲームより面白いことたくさんあるんだからネ!」
「そうよ! 順調にポイントたまってるんだし、買い物にでも行く?」
ミキもウィンクしながら誘う。情けない声を上げたのはアカネだった。
「あたしを置いて行く気ね~」
「やあだアカネ。ポイントないなら授業に出なさいよ」
「それとも短期バイトのほうがいいか?」
「どっちもイヤ~」
ぶんぶんと首を横に振るアカネ。その姿がゆがむ……。
「俺も色々調べて地図もけっこう埋めたんだけど」
(あ、マサアキ……じゃない。ライトだっけ? そうそう地図の話だった。相変わらず『夢の国』に来るのはいきなりよね)
「この世界には一つの伝説があることがわかったんだ!」
力一杯のライトの言葉に楽しくなりながら聞き返すチサト。
「伝説? この世界に?」
「そう。なんか変な感じだろ?『答え』のある世界なのに、伝説なんてあいまいなもの」
「実在する伝説とは違うの?」
「この世界オリジナルのものみたいだよ。だって俺は今まで聞いたことがなかったし、他の人も知らないっぽいから」
「へぇ。どんな内容なの?」
「う……ん。来るかな? ……ジーニィ、アンジュ、いるかい?」
独り言のようなライトの呼びかけに、一瞬後、金髪の双子はテーブルのそばに現れた。
「なんだい?」
「悪いけど、また、伝説を教えてほしいんだ」
そんなことか、とジーニィはつまらなそうにした。
ごめん、とライト。
「なんでかわからないけど、俺の地図には伝説は記入されないんだ。今まで何回も聞いているんだけどね」
「ふうん?」
「いい?」
アンジュがチサトとライトに確認をとってから、ゆっくりと、かわいらしい声で伝説をうたった。
「夢の中に浮かぶ場所
幾重も道はつながれど
古壁は一つの道示し
真実はその奥にあり
真実はその奥にあり……」
「じゃ、俺たちはこれで」
ジーニィの声にチサトは我にかえった。もう金髪の双子の姿はない。
「どう? なんだか面白そうだろ?」
「うん。それにとってもきれいな声……。アンジュって歌もうたってた?」
「さぁ? でもあの伝説はアンジュにしかうたえないんだよ。俺は覚えようとしても、覚えることすらできない」
「え……?」
(私、覚えてる!)
視線を落としたチサトの目に地図がうつる。チサトの地図には伝説の歌が書き込まれていた。
「どうして?」
ライトは自分の地図を調べ、がっかりする。
「……やっぱり俺のにはない、か。……たぶんね、伝説はチサトに関係があるんだよ。ここは『答えの国』だから。チサトに関係しているから、チサトの地図にも記入されるんじゃないかな」
「でも……私、伝説を今聞いたばかりだし、ここに来たのもなんでかわからないし、伝説の内容もさっぱりわからないのに」
「ラッキーじゃん。はっきり言って羨ましいよ。チサトは今からこの伝説を解いていったらいいよ。それがチサトのここでの『探し物』を見つける鍵だと思う。……ここに来た理由がわからないんだったら、わかるまでの間だけでも、伝説を調べてみてもいいんじゃないかな? 俺も手伝うし……てか、手伝いたい!」
熱心なライトにチサトは申し訳なく思った。
(本当にライトは伝説を調べたいんだ。なのになんで私?)
「一緒に調べてもいい?」
「うん。私一人じゃ心細いし、よくわからないから助かるよ。あ、あともう一人いい? 友達を誘いたいんだけど」
(ミライ、一緒に来てくれるかなぁ)
「もちろんさ」
はずむ声で答えるライトに、さっそくチサトは聞いた。
「えーと。じゃあ……まずなにをしたらいいの?」
「伝説の歌が記されたことだし、それを詳しく調べたいから『図書館』に行こう」
とりあえず『夢の国』でやることが決まって、チサトはほっとした。
「チサト?」
「どうした? ぼーっとして」
「まだ寝たりないの?」
さっきよりも人の増えた食堂はざわざわとにぎやかだった。ファーとアカネとミキはチサトの顔を心配そうに眺めている。あわてて笑うチサト。
「ごめんごめん。ちょっと寝不足みたい」
「最近、チサトずっとそうネ。大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「それってやっぱりマサアキの」
「アカネ!」
あわててさえぎるミキ。口を押さえるアカネの目には謝罪の色がある。
「ううん。そうじゃないの。私、マサアキのことについては本当に大丈夫だから」
(私も不思議なんだけど、『夢の国』の方が気になるから、マサアキのことは前ほど辛くないのよね)
「チサト」
「でも、無理しちゃだめだよ?」
「いつでも私たちはチサトの味方だからね!」
三人は本当に心配そうな顔でチサトを見た。
「あ、ありがとう」
実のところチサトは、ファー以外の友達には親友というほど深い関係じゃないと感じていた。けれど今、こうして自分を心配してくれているのがわかると、なんだか不思議な気分だった。
そうしてこの日は家に帰って眠るまで、夢の断片も見なかった。
後は眠るだけの暖かいベッドの中で、チサトはぼんやりと考える。
(今日、楽しかったなぁ。みんなと遊びに行くのって、久しぶり。ずーっとマサアキと一緒だったから、みんなも遠慮してたのかな? ううん、きっと私がみんなを遠ざけていたんだ。私がみんなと壁を作っていたから、今までみんなといづらかったんだ……)
「嬉しい!」
(え? ミライ?)
いつの間にかチサトは『喫茶店』でミライとライトの三人でお茶を飲んでいた。
「ありがと、チサト。誘ってくれて」
「う、ううん。私が一緒に行きたかったから」
(私、もう誘ったんだっけ?)
「伝説の解読もあと少しだよ」
ライトはギッシリ埋まった地図を開いて嬉しそうだ。
「え……?」
(図書館で調べようって言ってから、まだ一度も調べてないはずなのに)
「はー、でもけっこー苦労したよね~」
「そうそう。ほら、ここのフレーズなんか、なぞなぞみたいでわかんなかった」
「この時は……」
ミライとライトは、チサトの知らない時のことを楽しそうに話し続けている。
「……だったよね? チサト」
「あ、うん。あの時はホントびっくりした」
なんとか話を合わせるチサトだが、少しも知らないし、覚えてもいない。
(どうして私だけ?)
混乱したままチサトは朝を迎えた。
「おはヨ。なに? なんか元気ないネ?」
「おはよう。そんなことないよ」
気遣うファーに精一杯の笑顔で答える。
「無理するな。なんでも相談にのるヨ?」
「ありがと」
(いつもなら、こんな風にぼんやりした時なんかすぐに『夢の国』に行ってたのに、どうしちゃったんだろ? でも、これが普通だよね。『夢の国』に行かなければ、もう怖い思いもしなくてすむ……?)
急にあたりが暗くなった。
じめじめと、湿気があがっていく。
(なに?)
やがて慣れてきた目に、たいまつの炎が揺れた。
「……ここは?」
「気がついた?」
「大丈夫かい?」
心配そうにチサトをのぞきこむのは、ミライとライトだった。
「私……?」
いつの間にか横になっていたことに気づいて、ゆっくりと上半身を起こす。
「さっき間欠泉が噴いたんだよ。とっさに手をつかんだんだけど、流されちゃって。体、大丈夫?」
「ん……。ここ、どこなの?」
顔を見合わせるライトとミライ。
「『伝説の洞窟』だよ」
「この奥に『伝説の魔王』がいるらしいって聞いたから、私たちここに来たんじゃない」
本当に大丈夫? とミライがチサトの額に手を当てる。
(まただ。また、私抜きで夢が進んでる。どうして?)
「ごめん、なんか混乱してて」
「無理もない。いきなり間欠泉に巻き込まれたんだし。さぁ、もう少し休んだら奥に進もう。今は」
ライトは地図を出し、先がない道をなぞる。
「ここ。そのうち道が三つにわかれるけど、正しい道を選べばもっと奥に進めるはずだ」
「正しい道って、どうやってわかるの?」
「伝説に従えば自然とわかるはずだ。今のところ伝説の通り道を進んでるし」
わかった、とミライが明るい声を上げる。
「そこって『古の壁は一つの道示し』の部分ね」
「……チサト!」
先に行きかけたらしいファーが、振り返りながらチサトを呼んでいた。
「あ、ファー……」
登校途中だったのを思い出し、ノースに向かって歩き出すチサト。
「ホントに大丈夫か? せめて教室入ってから寝なヨ」
「あはは、そうよね」
やれやれ、と自分でも思いながら、チサトは教室に入り自分の席に着いた。
(いきなり私だけ『夢の国』からおいてかれてる。でもミライにもライトにも、私は一緒にいたことになって話が進んでる。もしかして『夢の国』って……)
また辺りが暗くなった。薄暗い回廊にチサトは一人きりだった。
(ミライとライトは?)
まわりを見ても誰もいない。
生ぬるい風が、ひゅぅううと吹き抜けていく。
「行かなきゃ」
チサトは風のふく方に足を向けた。
(ミライもライトも途中で倒れた。私を助けて、ううん、これは私が行かなくちゃ意味がないからって)
チサトはどうしてか、自分がいなかったはずの出来事を思い返すことができた。
「行って『伝説の魔王』に会わなくちゃ!」
長く続く回廊の終わりには、大きな扉があった。
閉まっているはずの扉からは、止まることなく生ぬるい風が吹き出している。
カチリ
チサトは扉を開けた。
なにも見えない暗闇の中、何かがいる。
そこは以前、『植物園』や『学校』から行ってしまった『あの場所』だった。
それはゆっくりと振り向いた。
今はもう、それは巨大ななにかではなく、チサトと同じくらいの大きさだった。
チサトとそれは、じっと見つめあった。
ややあって、チサトは口を開いた。
「……やっぱり『私』だったのね」
チサトとそっくりな、しかし黒髪のチサトは黙って微笑んでいる。
「そうよ……私はミユウになりたかった。私のあこがれ、私を救ってくれた、私の大事な人! ミユウのようになりたい……それだけが私の望みだった。いつも思ってた。こんな時ミユウならどうするだろう? ミユウならどう言うだろうって。……でも、それはおかしいのよね。ミユウはそんなこと望んでないし、私は私にしかなれない」
(ミユウはミユウ、私は私。それでいいんだ。昔の友達の記憶が薄れるのは裏切りじゃない。私たちは毎日変化していく。それが当たり前だから)
「さよなら」
チサトの声に、黒髪のチサトはにっこりと笑った。
それは自分でも最近見ていない、快心の笑顔だった。
(バイバイ、ミユウ)
黒髪のチサトは、空気に溶けるように消えていった。
ゆっくりと『夢の国』もうすれていく。
チサトの足場も崩れていく。
「!」
がくん、となった拍子に、チサトは目が覚めた。
頬杖をしていた右手が滑ったようだ。
「チサト! 先生来たヨ」
小声でファーが叫ぶ。
あわててチサトは姿勢を正した。
放課後みんなで新しい服を見に行こうと、チサト、ファー、ミキ、アカネの四人は待ち合わせをしていた。先に授業の終わったチサトとファーは、ノースのカラフルな柱にもたれていた。
「マサアキが『チサト』と別れたのはナンデなんだろうネ」
「それは私もまだ知らないの。今度聞いてみる」
チサトとマサアキはまた付き合うことになったのだが、まだ核心に触れる会話はできていない。
「そうしてヨ」
チサトは腕時計に目を落とす。
「それにしても、アカネもミキも遅いなぁ。私、ちょっと見てくる」
「待ってるヨ」
かけていくチサトを、ファーは笑顔で見送った。
校門近くのこの柱は待ち合わせに最適な場所だ。たくさんの生徒が行き交う中、チサトの姿が小さくなっていく。
「ハイ、ファー。そのまま聞いてください」
動かないままファーがちらりと呼びかけてきた主を確認すると、ドレッドヘアのたくましい女性が柱の向こうに見えた。誰だったか思い出そうとするが、どうにも思い出せない。
(こんな知り合いいたか?)
「『ブラウン・マリア』より伝言です」
その一言でファーは理解した。
「OK、いいヨ」
「『もし後遺症が残るようなら連絡ください。ピアスはつけたままでも問題はありません』……以上です」
「わかった。私も伝言していいか?」
「はい」
「『多謝』……以上だヨ」
「承りました」
ドレッドヘアの女性が目を細める。視線の先には、チサトとアカネとミキがじゃれ合いながらこちらに戻ってくる姿があった。
「チサト、その髪すごくいい」
「最近、おしゃれだよね~」
「それってほめてるの?」
「ほめてるって」
「今まで手抜きすぎ~、とか言ってないじゃん」
「言ってるって!」
チサトたちが来る前に、ドレッドヘアの女性はファーの手に連絡先を滑り込ませた。
「私はこれで失礼します。またお困りのことがございましたら、『ブラウン・マリア』に相談くださいね」
連絡先を鞄にしまいながらファーはつぶやく。
「ないほうがいいけどネ」
柱から離れたドレッドヘアの女性がチサトたちとすれ違った。
「きれいになったわね」
(この声、ミユウ!?)
チサトは振り返った。
でも人がいっぱいで、今すれ違った人が誰か、どこにいるのかすら、もうわからなかった。
「どしたの、チサト?」
「……なんでもないよ」
ファー、アカネ、ミキに向き直るチサトの赤い髪が、ふわりと舞った。
チサトはもう二度と夢の続きを見ることはなかった。




